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10.月夜

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その夜、アンネリーゼは中々寝付けずにいた。
目を閉じるとまたあの悪夢を見るのではないかという恐怖心が沸き上がってくるせいだ。

起き上がってベッドから抜け出すと、月明かりに誘われるように、アンネリーゼは窓辺へと向かった。
月以外にも、深い藍色の空には無数の星が散りばめられ、互いに競い合うように瞬いている。
その様子をじっと見つめていると、いよいよ目が冴えてきてしまい、アンネリーゼは徐に窓を開け放った。

初夏とはいえ、夜も更けてこれば気温は下がってきている。
ひんやりとした柔らかな風が、アンネリーゼの頬を擽った。

「気持ちのいい風ね」

目を閉じると、深呼吸をすると体の中に、森の匂いが充ちていく気がした。
その心地良さに僅かに笑みを浮かべながら、アンネリーゼは闇に支配された景色を眺める。
月明かりに、静寂に包まれた黒い針葉樹林が照らし出される光景は、幻想的にさえ思え、それはどこかジークヴァルトを彷彿とさせた。

「優しい方、よね………」

ぽつり、と呟くとアンネリーゼの長い髪を、風が攫う。
それはアンネリーゼの乱れた心の中を表しているようだった。

彼に抱き締められた時の温もりと、彼の魔力の温かさを思い出すだけで、アンネリーゼの心臓の鼓動が早くなっていく。
過呼吸を起こしたの時の苦しさとは全く別の、甘さを含んだ苦しさに、アンネリーゼは切ない吐息を零した。

彼は、命の恩人。
それ以外の何ものでもないと分かっているのに、何故こんなにも気になるのか、不思議でならなかった。

アンネリーゼを気遣ってくれるのに、突き放すような冷たい態度も、感情を映さないのにどこまでも澄み渡ったような金色の瞳も、何か理由がある気がして、それが知りたくて仕方ない。
好奇心とは違う、少ない記憶の中には経験のないこの感情に、翻弄される。

彼に迷惑を掛けたくなくて、早く記憶を取り戻したいと願う反面、記憶を取り戻したらこの城に留まる理由はなくなるという事が嫌だと感じている自分が、心の中にいる事に気が付いて、アンネリーゼは驚いたように瞠目した。

「こんなのは、気の所為だわ。………少し、弱気になっているだけよ」 

自分に言い聞かせるかのように、わざと口に出してみるが、その言葉は虚しく闇に呑まれていく。

やり場のない気持ちをどうしていいのか分からなくて、アンネリーゼは蜂蜜色の月を見上げた。
柔らかな光が、アンネリーゼに寄り添うように降り注ぐ。
暫くの間、その月を見つめながら、アンネリーゼは物思いに耽るのだった。
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