呪われた騎士は記憶喪失の乙女に愛を捧げる

玉響

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36.居た堪れない気持ち

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「娘とて、苦しんでいる。そのような物言いはお控えいただきたい」

モルゲンシュテルン侯爵が、アンネリーゼを背後に庇うように立ち塞がると、すっと冷えた視線をマルクスに向けた。

「………お言葉ですが、モルゲンシュテルン侯爵。苦しんでいるのは、我が家も同じですよ。最愛の家族が殺され、その犯人は未だに分かっていないのですからね。それなのに、その場にいたはずの婚約者は一時行方不明で、漸く無事に身柄が確保され、親元に戻ったと思えば、一切の記憶を失っていると言われれば、苦しくもなりますよ」

マルクスの榛色の双眸が、侯爵の後ろに佇むアンネリーゼを睨めつけるように射抜いた。
マルクスから向けられる、悪意というよりも、憎しみに近い感情の含まれたその視線に、アンネリーゼは居た堪れない気持ちを抱く。

アンネリーゼとて、記憶を失くしたくて失くしている訳ではない。
出来る事ならば記憶を取り戻し、犯人を捕まえて、一人寂しく死んでいったであろう憐れなルートヴィヒの無念を晴らしてやりたいと思う。
だが、彼の実兄を目の前にしてもなお、ルートヴィヒとの思い出も、ルートヴィヒの面影すらも浮かんでこない自分には、そんな事を言う資格などないだろう。
アンネリーゼは、もどかしさに俯いた。

「マルクス殿………、それについては貴殿の父君と私との間で既に話はついている。とにかく、娘の体調が戻るまでは静かに見守っていただきたい」

モルゲンシュテルン侯爵の低く冷たい声に、マルクスは莫迦にしたかのようにふっと息を吐き出した。

「………勘違いをなさらないで下さい。別に私はアンネリーゼ嬢を責めてなどおりませんよ?アンネリーゼ嬢は、女神に愛された大切な、大切な巫女姫様ですから、替えの利く護衛騎士とは違うことくらいは分かっているつもりですしね」

決して鋭くはない、けれどもじわりと広がる毒を含んだ棘が、ちくりとアンネリーゼの心を刺した気がした。

「………少し無駄話が過ぎましたね。では、私はこれで失礼致しますよ?」

ショックで僅かに見開いた目をマルクスに向ける。マルクスはそう告げながらも、ほんの一瞬、アンネリーゼを見る瞳に燃え上がるような激しい憎悪の炎が浮かび上がる様を、アンネリーゼははっきりと見て取った。

「………」

押し黙ったまま、ゆっくりと立ち去っていくマルクスの後ろ姿を見送りながら、アンネリーゼは何とも言えない感情に心が支配されていくのを感じた。
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