呪われた騎士は記憶喪失の乙女に愛を捧げる

玉響

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92.怒り(SIDE:フローラ)

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「いつまで待ってればいいのよぉっ!」

フローラがヒステリックに叫び声を上げる。

「本当に煩い小娘ねぇ………」

フローラの向かいに座った、黒いローブを纏った女が、飽きれたように溜息をついた。

「焦ったところであなた如きの魔力じゃあ、太刀打ちできるわけ無いでしょう?」

ローブの女は、莫迦にしたかのようにせせら笑う。

「何ですってぇ?私はこの国で一番の魔力の持ち主なのよっ?」

ローブの女に向かって憤るが、全く相手にされていない。
しかしフローラがその事に気がつくことは無かった。

「………本当に愚かで、醜い人間の小娘………」

女の、熟れた林檎よりも紅い唇が、三日月のような弧を描く。

「何か言ったかしら?」
「………いいえ。ただ、贄として差し出す娘の力を高めるには、まだ時は満ちていない。だからまだ『その時』ではないの。わかるかしら、仔猫ちゃん?」

殆どがローブに隠れてしまっていて、女の表情は伺うことは出来ない。
それでも彼女の纏う独特の雰囲気と魔力から、彼女が人間などではなく、人の命を容易く刈り取る魔族。
その女と、フローラが出会ったのは、ほんの偶然だった。

それは、絶対に選ばれると確信していた今代の巫女姫に、アンネリーゼ・モルゲンシュテルン侯爵令嬢が選ばれたと知った日の事だった。

怒りのあまり、部屋中のものを壁に投げつけて、侍女へと暴言をぶつけたが、それでもフローラの気持ちは収まることは無かった。

昔から、アンネリーゼあの女の事が、フローラは大嫌いだった。
いつだって穏やかに微笑み、誰にでも手を差し伸べる、良い子ぶったあの女の事が、何よりも嫌いだった。
………嫌いなどという言葉では言い表せないほど、憎くて仕方がなかった。
だから、あの女の婚約者を誑かし、大勢の人が見ている前で婚約破棄を言い渡させ、貶めてやろうとした。
それなのに、責められるのはフローラやギュンターで、アンネリーゼは『ふしだらな婚約者に裏切られた可哀想な令嬢』として一層の注目を浴びた。

あの女は全てを手に入れているというのに………と思うとどうしょうもなく憎い。
フローラは力任せに、部屋のガラスを叩き割る。

「どす黒くて、いい心の闇だと思ったけれど………案外薄っぺらいのね。…………まあいいわ」

いつの間にかバルコニーに立っていたその女は、にやりと嗤うとフローラを見つめた。

「可愛らしいお嬢さん。………傷ついているのね………。かわいそうに…………」

女はフローラの頭を、優しく撫でた。
その指先はまるで死人のように冷たかった。
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