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102.闇と光
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アリッサが消えてから、アンネリーゼはずっとその場に立ち尽くしていた。
真っ白な空間はどこまでも続いているのに、何故かこれ以上進んではいけないような気がしたからだ。
ぼんやりと前方を見つめながら、アンネリーゼはアリッサの事を考える。
彼女の言動からして、おそらくアリッサは故人なのだろう。
彼女は何の為に自分の前に現れて、何を伝えようとしたのだろうか。
それに、アリッサの言っていた『彼』というのは、誰なのだろう。
アリッサは、『彼』に好意を寄せているようだった。
でも、そんな『彼』のことを、まるで自分に託すような、あの言葉の真意は何なのだろう。
それにアリッサという名前が、何故か妙に気になった。
アンネリーゼはじっと考え、暫くしてはっと顔を上げた。
「アリッサ…………アリッサ・エーベルス…………?」
アンネリーゼは、愕然とした。
ヴァルツァー王国にとって、禁忌に近い名前だった。
巡礼の途中で病死したために、ヴァルツァーに百年に渡る厄災を招いたと言われる巫女姫。
だが、もし彼女が本当にアリッサ・エーベルスなのだとしたら、彼女の意図が分かった気がする。
自分がこのまま死んだら、ヴァルツァーに再び百年間の厄災が起こってしまうということ。そして、アリッサの護衛騎士だったクラルヴァイン卿同様にジークにも辛い思いをさせてしまうということを伝えようとしたのだろう。
そこまで考えて、アンネリーゼは妙に胸がざわつくのを感じた。
ここでもまたクラルヴァイン卿が関わるのは、単なる偶然なのだろうか。
アンネリーゼは、無意識のうちに一歩、二歩と歩き出していた。
と。
先程までは真っ白だったはずの空間の先に、ぼんやりと黒い霧のようなものが広がり始めていた。
「………あれは、何?」
黒い霧は、ざわざわと蠢きながら少しずつ大きくなり、じわじわとアンネリーゼの方へと広がってくる。
その中心は全てを呑み込むような底なしの闇のようで、得体の知れなさが不気味だった。
アンネリーゼはくるりとドレスを翻し、走り出す。
ざわり、ざわりと耳につく音が幾重にも重なり後ろから迫ってきた。
あれに捕まったら、もう戻れなくなるような気がして、アンネリーゼは懸命に走り続ける。
ただ一心に、生きてジークの元へと戻れる事だけを願って。
どれ位の間走ったのだろうか。
こんなにも必死で走ったのは、ルートヴィヒの事件くらいだろう。
息が苦しくて、足も前に出なくなっていた。
「逃げなければ…………」
涙目になりながら、懸命に足を動かすアンネリーゼの前に、突如として眩い光が現れたのは、彼女の体力が限界に達した時だった。
光を前に、後ろから忍び寄る黒い霧が、怯んだように縮み上がる。
「え…………?」
アンネリーゼは驚いて目の前に現れた光を見つめる。
光は無数の帯となり、黒い霧を押し戻し、凝縮させていく。
一体何が起きているのか分からずに、その様を呆然と見つめているうちに、アンネリーゼはいつの間にか光の中に取り込まれていた。
それは温かくて、力強い光だった。
「アンネリーゼ………」
低く艷やかな声が、愛おしそうに自分の名を呼ぶのを聞いて、もう大丈夫なのだと安堵の笑みを零すと、アンネリーゼはそのまま光に身を委ねる。
遠ざかる意識の中で、温かく柔らかいものが唇に触れた気がした。
真っ白な空間はどこまでも続いているのに、何故かこれ以上進んではいけないような気がしたからだ。
ぼんやりと前方を見つめながら、アンネリーゼはアリッサの事を考える。
彼女の言動からして、おそらくアリッサは故人なのだろう。
彼女は何の為に自分の前に現れて、何を伝えようとしたのだろうか。
それに、アリッサの言っていた『彼』というのは、誰なのだろう。
アリッサは、『彼』に好意を寄せているようだった。
でも、そんな『彼』のことを、まるで自分に託すような、あの言葉の真意は何なのだろう。
それにアリッサという名前が、何故か妙に気になった。
アンネリーゼはじっと考え、暫くしてはっと顔を上げた。
「アリッサ…………アリッサ・エーベルス…………?」
アンネリーゼは、愕然とした。
ヴァルツァー王国にとって、禁忌に近い名前だった。
巡礼の途中で病死したために、ヴァルツァーに百年に渡る厄災を招いたと言われる巫女姫。
だが、もし彼女が本当にアリッサ・エーベルスなのだとしたら、彼女の意図が分かった気がする。
自分がこのまま死んだら、ヴァルツァーに再び百年間の厄災が起こってしまうということ。そして、アリッサの護衛騎士だったクラルヴァイン卿同様にジークにも辛い思いをさせてしまうということを伝えようとしたのだろう。
そこまで考えて、アンネリーゼは妙に胸がざわつくのを感じた。
ここでもまたクラルヴァイン卿が関わるのは、単なる偶然なのだろうか。
アンネリーゼは、無意識のうちに一歩、二歩と歩き出していた。
と。
先程までは真っ白だったはずの空間の先に、ぼんやりと黒い霧のようなものが広がり始めていた。
「………あれは、何?」
黒い霧は、ざわざわと蠢きながら少しずつ大きくなり、じわじわとアンネリーゼの方へと広がってくる。
その中心は全てを呑み込むような底なしの闇のようで、得体の知れなさが不気味だった。
アンネリーゼはくるりとドレスを翻し、走り出す。
ざわり、ざわりと耳につく音が幾重にも重なり後ろから迫ってきた。
あれに捕まったら、もう戻れなくなるような気がして、アンネリーゼは懸命に走り続ける。
ただ一心に、生きてジークの元へと戻れる事だけを願って。
どれ位の間走ったのだろうか。
こんなにも必死で走ったのは、ルートヴィヒの事件くらいだろう。
息が苦しくて、足も前に出なくなっていた。
「逃げなければ…………」
涙目になりながら、懸命に足を動かすアンネリーゼの前に、突如として眩い光が現れたのは、彼女の体力が限界に達した時だった。
光を前に、後ろから忍び寄る黒い霧が、怯んだように縮み上がる。
「え…………?」
アンネリーゼは驚いて目の前に現れた光を見つめる。
光は無数の帯となり、黒い霧を押し戻し、凝縮させていく。
一体何が起きているのか分からずに、その様を呆然と見つめているうちに、アンネリーゼはいつの間にか光の中に取り込まれていた。
それは温かくて、力強い光だった。
「アンネリーゼ………」
低く艷やかな声が、愛おしそうに自分の名を呼ぶのを聞いて、もう大丈夫なのだと安堵の笑みを零すと、アンネリーゼはそのまま光に身を委ねる。
遠ざかる意識の中で、温かく柔らかいものが唇に触れた気がした。
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