149 / 230
149.心の傷
しおりを挟む
「あ………っ、ジーク様?!」
ジークヴァルトの思わぬ行動に、アンネリーゼは驚いて顔を上げた。
同時に、ぽろりとアンネリーゼの深い蒼の瞳の端から雫が流れ落ちた。
「アンネリーゼ………?」
「違うのです!これは…………っ」
アンネリーゼ自身、何故涙が零れ落ちたのかも分からなかった。
ただ、フローラに対する仄暗い感情と、フローラとギュンターによって負わされた心の傷が、痛みとなってアンネリーゼの中を渦巻いているのだけははっきりと分かった。
「………違うのです。本当に………、ギュンター様の事は………。わたくし…………」
ギュンターに抱いていたのは恋愛感情ではなく、使命感。そして、幼い頃から共に婚約者として過ごしてきた相手への親愛の情。
それは紛れもない事実なのに、上手く言葉が紡げない。
それを伝えようとすると、アンネリーゼがそれまで培ってきた様々なものを滅茶苦茶にされた十五歳の誕生日………大勢の前で婚約破棄を言い渡されたあの日を思い出して、嗚咽が止まらなくなる。
もう、大丈夫だと思ったのに。
ルートヴィヒの死を乗り越えて、ようやく心から愛する人と出会えて、あの日に負った心の傷は癒えたと思っていたのに。
大勢の前で婚約破棄を言い渡されるだなんて、物語や歌劇の中だけの話だと思い込んでいた。
それがまさか自分の身に起こるだなんて、一体誰が想像するだろうか。
「アンネリーゼ・モルゲンシュテルン………巫女姫になれないお前は、私の妻には相応しくない。そう…………女神の祝福を受けた特別な存在である、フローラ・クラネルト男爵令嬢のような娘こそこの私には相応しい」
「アンネリーゼ様、聞こえましたぁ?ギュンター様は人形みたいに冷たくて面白みのない女よりも、私のほうがいいんですって!………うふふっ、惨めですねぇ?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべたフローラの宣言に注目が集まり、主役だったはずのアンネリーゼは憐憫と奇異の視線に晒された。
アンネリーゼは絶望にも似た孤独感を味わう事になった。
ギュンターのことは、兄のような存在だと思っていた。
恋慕の感情ではなかったにしても、ギュンターが嫌いなわけではなかったし、ギュンターもアンネリーゼの事を『人形のような女』と揶揄することは度々あったが、決して険悪な仲だった訳ではないと思っていたのはアンネリーゼだけだったのだ。
言い知れない、虚しさが胸を埋め尽くす。裏切られたような気持ちだった。
やり場のないその感情を、アンネリーゼはどうしていいのかわからず、アンネリーゼはその場に崩れ落ちたのだった。
ジークヴァルトの思わぬ行動に、アンネリーゼは驚いて顔を上げた。
同時に、ぽろりとアンネリーゼの深い蒼の瞳の端から雫が流れ落ちた。
「アンネリーゼ………?」
「違うのです!これは…………っ」
アンネリーゼ自身、何故涙が零れ落ちたのかも分からなかった。
ただ、フローラに対する仄暗い感情と、フローラとギュンターによって負わされた心の傷が、痛みとなってアンネリーゼの中を渦巻いているのだけははっきりと分かった。
「………違うのです。本当に………、ギュンター様の事は………。わたくし…………」
ギュンターに抱いていたのは恋愛感情ではなく、使命感。そして、幼い頃から共に婚約者として過ごしてきた相手への親愛の情。
それは紛れもない事実なのに、上手く言葉が紡げない。
それを伝えようとすると、アンネリーゼがそれまで培ってきた様々なものを滅茶苦茶にされた十五歳の誕生日………大勢の前で婚約破棄を言い渡されたあの日を思い出して、嗚咽が止まらなくなる。
もう、大丈夫だと思ったのに。
ルートヴィヒの死を乗り越えて、ようやく心から愛する人と出会えて、あの日に負った心の傷は癒えたと思っていたのに。
大勢の前で婚約破棄を言い渡されるだなんて、物語や歌劇の中だけの話だと思い込んでいた。
それがまさか自分の身に起こるだなんて、一体誰が想像するだろうか。
「アンネリーゼ・モルゲンシュテルン………巫女姫になれないお前は、私の妻には相応しくない。そう…………女神の祝福を受けた特別な存在である、フローラ・クラネルト男爵令嬢のような娘こそこの私には相応しい」
「アンネリーゼ様、聞こえましたぁ?ギュンター様は人形みたいに冷たくて面白みのない女よりも、私のほうがいいんですって!………うふふっ、惨めですねぇ?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべたフローラの宣言に注目が集まり、主役だったはずのアンネリーゼは憐憫と奇異の視線に晒された。
アンネリーゼは絶望にも似た孤独感を味わう事になった。
ギュンターのことは、兄のような存在だと思っていた。
恋慕の感情ではなかったにしても、ギュンターが嫌いなわけではなかったし、ギュンターもアンネリーゼの事を『人形のような女』と揶揄することは度々あったが、決して険悪な仲だった訳ではないと思っていたのはアンネリーゼだけだったのだ。
言い知れない、虚しさが胸を埋め尽くす。裏切られたような気持ちだった。
やり場のないその感情を、アンネリーゼはどうしていいのかわからず、アンネリーゼはその場に崩れ落ちたのだった。
11
あなたにおすすめの小説
【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領
たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26)
ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。
そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。
そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。
だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。
仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!?
そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく……
※お待たせしました。
※他サイト様にも掲載中
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
いなくなった伯爵令嬢の代わりとして育てられました。本物が見つかって今度は彼女の婚約者だった辺境伯様に嫁ぎます。
りつ
恋愛
~身代わり令嬢は強面辺境伯に溺愛される~
行方不明になった伯爵家の娘によく似ていると孤児院から引き取られたマリア。孤独を抱えながら必死に伯爵夫妻の望む子どもを演じる。数年後、ようやく伯爵家での暮らしにも慣れてきた矢先、夫妻の本当の娘であるヒルデが見つかる。自分とは違う天真爛漫な性格をしたヒルデはあっという間に伯爵家に馴染み、マリアの婚約者もヒルデに惹かれてしまう……。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる