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173.不気味な静寂
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翌朝。
その日は鼠色の重たい雲が垂れ込めていて、今にも雨が降り出しそうだった。
「昨日は、あんなに綺麗な夕焼けが見れましたのにね」
身支度を手伝ってくれた女性神官が、不思議そうに窓の外を見つめた。
「そうですね。明日は、いいお天気になれば良いのですけれど」
アンネリーゼが穏やかな笑みを浮かべると、女性神官は笑顔を返し、静かに退出していった。
独り部屋に取り残されたアンネリーゼがぼんやりと薄暗い空を見上げていると、扉を叩く音がしてジークヴァルトが顔を出した。
「巫女姫様。そろそろお時間です」
栗色の瞳がこちらを見つめてきて、アンネリーゼは何だか気恥ずかしくなった。
昨晩はあのまま暫く彼に抱き締められ、気が付いた時には朝になっていて、アンネリーゼは寝台に横たわっていた。
おそらく眠ってしまったアンネリーゼを、ジークヴァルトが寝台まで運んでくれたのだろう。
「ありがとうございます、ジーク様」
何が、とも言わずにアンネリーゼは感謝の言葉を口にすると、ジークヴァルトは彼女が意図したことを正確に汲み取ったようだった。
「いえ。大したことではありません。昨夜は、よくお休みになられたようで何よりです」
薄っすらと笑みを浮かべ、騎士の礼を取り、アンネリーゼの前へと左手を差し出した。
「では、潔斎の間へ参りましょう」
目の前に立つジークヴァルトの顔がまやかしのものでも、彼を意識するだけで自然と頬が紅潮した。
「………はい」
僅かに目を伏せると、右手をそっとジークヴァルトの手の上に乗せた。
緊張のせいで冷たく強張った指先が、ジークヴァルトの大きな掌の温もりを拾う。
アンネリーゼはその優しい温もりを感じながら、ゆっくりと歩みを進めた。
翌日に百年に一度の祈りの儀式を控えているとは思えない、不気味なまでの静寂に包まれた聖殿内の様子に、アンネリーゼは違和感を感じた。
「あの、ジーク様………」
「………些か、静かすぎるな。ずっと規模の小さなクルツの聖殿でさえも儀式の前は賑やかだったが………」
あまりに人が少ないことに、ジークヴァルトも気が付いているようだった。
「ダミアン」
ジークヴァルトは近くにあった窓から身を乗り出し、ダミアンを呼んだ。
「主、お呼びですか?」
ばさりと羽音が聞こえ、次いで枝に降り立つ大鷹の姿が見えた。
「ここまで入り込むと、さすがに体がきついので手短にお願いします」
「ああ、分かっている。クラネルト男爵令嬢が行方不明だそうだ。俺と神官も警戒はしているが………。それに聖殿の内部も少し様子がおかしい。聖殿の周辺に異変がないか、……可能なら、王都全体に異変がないかを見張っておけ。何かあれば、直ぐに知らせろ」
「畏まりました」
美しい翼を広げると、ダミアンは重苦しい湿気を纏った空へと舞い上がっていくのをジークヴァルトは厳しい表情で見つめていた。
その日は鼠色の重たい雲が垂れ込めていて、今にも雨が降り出しそうだった。
「昨日は、あんなに綺麗な夕焼けが見れましたのにね」
身支度を手伝ってくれた女性神官が、不思議そうに窓の外を見つめた。
「そうですね。明日は、いいお天気になれば良いのですけれど」
アンネリーゼが穏やかな笑みを浮かべると、女性神官は笑顔を返し、静かに退出していった。
独り部屋に取り残されたアンネリーゼがぼんやりと薄暗い空を見上げていると、扉を叩く音がしてジークヴァルトが顔を出した。
「巫女姫様。そろそろお時間です」
栗色の瞳がこちらを見つめてきて、アンネリーゼは何だか気恥ずかしくなった。
昨晩はあのまま暫く彼に抱き締められ、気が付いた時には朝になっていて、アンネリーゼは寝台に横たわっていた。
おそらく眠ってしまったアンネリーゼを、ジークヴァルトが寝台まで運んでくれたのだろう。
「ありがとうございます、ジーク様」
何が、とも言わずにアンネリーゼは感謝の言葉を口にすると、ジークヴァルトは彼女が意図したことを正確に汲み取ったようだった。
「いえ。大したことではありません。昨夜は、よくお休みになられたようで何よりです」
薄っすらと笑みを浮かべ、騎士の礼を取り、アンネリーゼの前へと左手を差し出した。
「では、潔斎の間へ参りましょう」
目の前に立つジークヴァルトの顔がまやかしのものでも、彼を意識するだけで自然と頬が紅潮した。
「………はい」
僅かに目を伏せると、右手をそっとジークヴァルトの手の上に乗せた。
緊張のせいで冷たく強張った指先が、ジークヴァルトの大きな掌の温もりを拾う。
アンネリーゼはその優しい温もりを感じながら、ゆっくりと歩みを進めた。
翌日に百年に一度の祈りの儀式を控えているとは思えない、不気味なまでの静寂に包まれた聖殿内の様子に、アンネリーゼは違和感を感じた。
「あの、ジーク様………」
「………些か、静かすぎるな。ずっと規模の小さなクルツの聖殿でさえも儀式の前は賑やかだったが………」
あまりに人が少ないことに、ジークヴァルトも気が付いているようだった。
「ダミアン」
ジークヴァルトは近くにあった窓から身を乗り出し、ダミアンを呼んだ。
「主、お呼びですか?」
ばさりと羽音が聞こえ、次いで枝に降り立つ大鷹の姿が見えた。
「ここまで入り込むと、さすがに体がきついので手短にお願いします」
「ああ、分かっている。クラネルト男爵令嬢が行方不明だそうだ。俺と神官も警戒はしているが………。それに聖殿の内部も少し様子がおかしい。聖殿の周辺に異変がないか、……可能なら、王都全体に異変がないかを見張っておけ。何かあれば、直ぐに知らせろ」
「畏まりました」
美しい翼を広げると、ダミアンは重苦しい湿気を纏った空へと舞い上がっていくのをジークヴァルトは厳しい表情で見つめていた。
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