呪われた騎士は記憶喪失の乙女に愛を捧げる

玉響

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205.紅い月

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空気が震える気配がした。
風が急に強く吹き付けてきて、アンネリーゼの長い髪が攫われた。
場の空気が一瞬で塗り替えられたように、異様な圧迫感を感じた。
息を吸い込むだけでぴりっと稲妻が走るような痛みを覚えるようで、息が詰まりそうだった。
それに加えて目を開けていられない程に強く吹き付ける風に、思わず顔を顰めて空を仰ぐと、厚い雲が物凄い速度で動いていくのが目に入った。

「あれは…………」

丁度魔女の真上の辺りの辺りが竜巻のように渦を巻きながら、雲が晴れていく。
同時に血を塗り固めたように紅い月が姿を現した。
今はまだ陽が出ている時間帯のはずなのに、空を支配しているのはその不気味な月明かりだった。
まるで、魔女がこの世界の創造主であるかのようなその恐ろしい光景に、アンネリーゼは思わず息を呑んだ。

紅い月は、禍月の魔女の象徴。
ジークヴァルトから聞いた言葉が脳裏に蘇る。
それを目の当たりにすると、なんとも言えない恐ろしさが込み上げてくるようだった。

「あはははっ…………!驚いているのかしら?」

紅い月光を浴びて、魔女の恐ろしい顔がみるみるうちに若々しさを取り戻していく。
その様はまるで呪いが解けたお姫様が本来の姿を取り戻していくかのようでとても美しいはずなのに、禍々しさを感じた。

「あなたが消した魔法陣は、この国を滅ぼす為のものという役割の他に、この月に溜めた魔力を強化する役割もあったのよ?こんな不完全な姿を晒すのは納得出来ないけれど…………後であなたの身体を有効活用させて貰って魔力を補充するわ」

残念そうに溜息を漏らすと、魔女は掲げていた腕を下ろした。
そして徐に、ジークヴァルトの突き出した剣を素手のままで強く握りしめた。
白銀色に輝く鋭い刀身に触れた部分から、月と同じ色をした鮮やかな血が勢いよく吹き出し、魔女の滴り落ちていく。

「えっ…………?」

アンネリーゼは信じられないという表情を浮かべた。
何故自らの身体を傷つけるのだろう。まさかそれで同情を引こうというのだろうか。
だがその疑問はすぐに答えが判明することになった。

魔女の手から滴った血液が、何か別の生き物のように蠢き、やがて紅い刀身のレイピアへと姿を変えた。

「よほど私に殺されたいようだから…………残酷な方法で、最上級の苦しみを味わわせながら殺してあげるわ………」

魔女が掌を軽く握ると黒い魔力が溢れて傷口を塞いでいく。
完全に傷が塞がったのを確認すると、魔女は全てが元通りになった顔に、怒りに満ちた笑みを浮かべた。
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