死霊使いの花嫁

羽鳥紘

文字の大きさ
5 / 97

第四話 死霊使い

しおりを挟む
「ご主人様、リエーフです」

 返事があって、リエーフさんが扉を開ける。

「ミオ様をお連れ致しました」
「……そういうことは扉を開ける前に言え……」

 恨みがましそうな声が奥から聞こえる。その声色的に、あまり歓迎されているわけではなさそうだ。
 部屋の奥にあるベッドから体を起こそうとしているのを見つけて、声を上げる。

「お休みだとは聞いていました。そのままで結構です」
「すみません、ご主人様。どうしてもお話したいとのことでお連れしました」
「どうしてもとは言ってませんが……」

 まぁ、それに近いことは言ったかもしれないが。

「では、わたくしは席を外させて頂きます」
「おい!」

 ご当主様は十中八九不満気だったが、気にも留めずに執事さんが退室していく。
 従者の割には、どうも力関係が逆の気がする……。

「……話とは?」
 ベッドに腰かけたまま、当主が声を上げる。
 月明かりや蝋燭の火では気が付かなかったけど、かなり顔色が悪い。手短に済ませるつもりで、私は単刀直入に切り出した。

「私は、貴方のことが好きだったんですか?」

 率直な問いに、当主は馬鹿を見るような目つきをした。

「知るか。何で俺に聞く」
「だって、他に誰に聞けばいいんですか」
「まあ……リエーフに聞かなかったのは英断だと言わざるを得ないが」

 長めの前髪を掻き上げて、当主がそんなことを呟く。その理由はなんとなく私にもわかる。あの人、なんか適当なことを言って丸め込みそうなんだもの。

「……お前が何を考えていたかなど知らん」

 確かに、私はあんまり感情を外に出すタイプではないかもしれないけど……、結婚相手にすらか?
 いや、自分でもわからないんだけど。

「なら……貴方は? 私をどう思っているんですか?」
「そんなこと聞いてどうする」

 ……そんなこと、か。あまりにも素っ気ない答えに、逆に決心がついた。

「突然記憶にない人の花嫁だとか言われたら、気になってもおかしくないと思うんですが……、答えてくれないのなら、いいです」

 やっぱり、無理だ。例え形だけだとしても――いや形だけだからこそ、だろうか。
 自分の保身のためだけに結婚するなんて、私には無理だ。いくら過去に何があろうとも、覚えてない人は知らない人。でも、本当にそんな過去があったなら、少しでもその片鱗が見えるのなら。そう思って話をしに来た。だいたいこういう契約って当人同士でやるものだろう。

 でも無理。この人自身が契約なんか迷惑がりそうだもの。大体、短い間ここでお世話になっても何の解決にもならない。先を考えるなら、どこかの街で仕事を探して自立した方がよさそう。

「この世界のことを教えて頂けませんか? ある程度それがわかれば、ここを出て仕事を探します」
「リエーフに聞け」

 出て行くことを仄めかしても、返ってきたのはそんな淡々とした答えだけ。
 悩んだのが馬鹿らしくなるくらいに、私に関心なんかなさそうで。あんな質問するんじゃなかったと今更恥ずかしくなってきた。軽く頭を下げて、逃げるように踵を返す。

 でも扉に手をかけた瞬間、ふと思い出して、振り向いた。

「恨んでもいいと――言ったのはどうしてですか?」

 少し違和感があった。
 リエーフさんの話では、私を転生させたのは彼だという話だ。確かに、私が頼んだことではない。だけど、場所と立場はともかく、再び生かしてくれたのは事実だし、死ぬ前に戻ることができないのも彼のせいじゃないだろう。
 すまないと、謝ってくれたあのときだけは……暗く冷たい瞳が少し哀しそうだったから。
 なのに、どうして恨まれる必要があるのだろうか。

「……死霊使いに愛されたものは死に魅入られる」
「……?」
「という逸話がある。去るならば早い方がいい」

 答えになっていない。
 話が噛み合わないし、相変わらずこちらをまともに見もしない。
 ……やっぱり、何を考えているのかわからない。いや、早く出て行けってことかな、これは。

「わかりました。……さよなら」

 別れの言葉を口にしても、返ってくる言葉は何もない。
 今度こそ退室しようと扉を開ける――と、執事さんの鋭い声が、扉の隙間から滑り込んでくる。


「いけません、レイラ!」


 その途端、ピシリと部屋が鳴った。
 ガタガタと窓枠が音を立て、机に積み重なった書類が宙を舞う。

「な、何!?」

 激しい揺れに立っていられず、その場にしゃがみ込む。
 地震? でも、それにしては書類が重力に逆らっている。
 執事も当主も同じ方を向いているけど、私にはそこに何も見えない。そのうちペン立てや燭台までが宙に浮かんだ。本がバサバサと鳥にみたいに私の前をかすめて、両手で頭を覆う。何、これ。なんなの。

「ミオ様!」

 リエーフさんのただならぬ声色に、反射的に顔を上げる。

 視界に飛び込んできたのは、私に切っ先を向けて飛んでくるペーパーナイフ。

「……ッ」

 悠長に、それがペーパーナイフであることとか、避けないとこの勢いは軽傷じゃすまないとか考えている余裕はあるくせに、体はまるで動かなかった。
 多分実際はものすごく短い時間だった。 
 頭だけがやけに冷静に、刺さる、と結論を出す。手で体を庇うことはおろか、目を閉じることすらできずに。

 ナイフが突き刺さる。でも、私にではなく。

 私の前に立ちふさがった、当主の肩に。

 呻き声一つ上げず、顔色一つ変えずに、彼は肩に刺さったナイフを自分で抜いた。ピッと鮮血が舞い、シャツが血に染まる。
 それすら歯牙にもかけず、当主は右手を掲げた。

『捉えよ』

 何事かを口ずさんだ瞬間に、傷口から流れた血が魔方陣のような印を宙に模る。それは赤い鎖となって虚空に走った。

 きゃっ、と、小さな悲鳴のようなものが聞こえた――気がした。

 次の瞬間には、浮いていた書類も本もボトボトと床に落ち、揺れもラップ音も嘘みたいに収まっている。


 この屋敷には、死霊が集まると。
 聞いてはいたけれど。

「ミオ様!?」

 執事の制止の声を振り切って、私は部屋を飛び出していた。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】 ※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。 ※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。 愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...