10 / 97
第九話 レイラ
しおりを挟む
などと考えていた昨日。それはあまりにも早計でした。
朝食。どちらも一言も喋らず終了してしまった。給仕をするリエーフさんが一人でペラペラしゃべっていたのがまだ救い。
私も口数が多い方ではない。どっちかといえば、喋るより聞く方が楽なタイプだし。そんな私とあの人は、一体どのようにコミュニケーションを取っていたのか謎だ。
……今朝も調子が悪そうだった。でもそれを心配しても、きっと突っぱねるんだろう。
カタ、と音がして振り返る。壁に飾られた絵が、少し傾いている。また、あの視線。
少し考えて、私は指輪を取り出した。小指になら入りそう。嵌めてさえいれば幽霊が見えるのかな。そうしたら、この視線の主に出会えるのだろうか。
当主と幽霊との仲立ちが本来の役目であるならば、そのくらいは果たさなくては、あまりに私がいる意味がなさすぎる。それにこの家の役に立つことができれば、あの人も少しは何か喋ってくれるかもしれない。
これは、あきらかに不釣り合いな契約内容の補填だ。
取り出した指輪を小指に嵌めて振り向くと、青い瞳と目があった。
まだ十かそこらくらいの、幼い……、でも美しい少女だった。
まるでお人形のような、豊かに波打つ金色の髪。蒼玉のような瞳はとても大きい。それを飾る長いまつげ。その美しさを存分に引き立てる、上品で可愛らしい青いドレス。
「あなたが、レイラ?」
死霊だとか幽霊だとか言うから、どんなにおぞましいものかと思っていたけれど……普通の人間と何も変わらなくて拍子抜けする。問いかける私に、彼女は答えることなく、宙を滑るように近づいてくる。
「べ、別に、会いたくなんてなかったわよ……!」
そう言って、彼女は私の腰にぎゅっと抱き着いてきた。なに……この子。
めちゃくちゃ可愛い!!
「あの、ごめんね。私、……覚えていないの」
その言葉も仕草も、私を知っているようだったけれど、私は彼女を初めて見る。こんなに慕ってくれているようなのに申し訳なくて謝ると、彼女は体を離して私を見上げた。
「知ってるわ。でもどうでもいいわよ、そんなの。あたしは覚えてもの。あの子を直してくれたこと」
あの子……、もしかしてあのぬいぐるみのことかな。直した跡があったのを思い出してピンと来る。
縫い方の癖で、なんとなく気づいていた。
「あれを直したの……私だったんだね」
レイラがこくりと頷く。
「やっぱり変な気分。この屋敷で私を知らないの、私だけみたいなんだもの」
「そうでもないわ。今この屋敷、入れ替わりが激しいから」
俯いて呟く私に、肩を竦めてレイラがそう教えてくれる。
「でも、あなたは知っているんでしょ?」
「ええ。でも何も教えられないわよ、私が知ってるアナタについては。そんな、何か聞きたそうな顔されても」
私、そんなに顔に出やすいのだろうか。実際何から聞こうかと、そればかり考えていたから、すげない返事を返されて少なからずがっかりした。
「……どうして?」
「当主が望んでいないから」
「口止めされているの?」
「違うわ。命令されなくても、当主の意志には逆らえないの。あたしたちは」
吐き捨てるようにレイラが答える。まるで当主を憎んででもいるような言い方だ。それを詮索するより前に、今度はレイラが私に問いかけてくる。
「でも、どうして指輪をする気になったの? 出て行こうとしていたじゃない。こないだは」
彼女が言う後ろで、ピシッと窓が鳴る。
あのとき、部屋を荒らしたあのポルターガイストを起こしたのは、きっとこの子の仕業だったんだ。
「……出て行っても、行く宛がないもの。現実的に考えただけ」
「でも、指輪をしなくても、掃除をしなくても、当主も執事もアナタを追い出したりしないと思うわ」
「それが嫌なの。一方的に与えられているだけなのは嫌。私がここにいる意味が欲しいの。教えてくれないのなら自分で探さないと」
「そう……」
何か眩しいものを見るように目を細めて、レイラが私を見上げる。
「生きてる人間ならではの発想ね」
幼さに似合わないうつろな瞳に、ドクンと心臓が鳴る。
この子は幽霊……つまり生きてはいないんだ。まだこんなに小さいのに。どうして幽霊になってしまったのだろう。でもそれを本人に聞くのは酷、かな。
私、この屋敷のことについてまだ何にも知らない。そのくらい教えてくれてもよさそうなのに。
「……どうして何も教えてくれないのかな。あの人もリエーフさんも」
「執事は当主に従っているだけ。ミハイルが教えないのは、アナタを巻き込みたくないだけ」
「ならどうして私を助けたの? どうして……」
契約に応じたりしたの。
「大事な人を大事にするのが下手なのよ。あの坊やは」
いやに大人びた声に、私は改めてまじまじとレイラを眺めた。唇を尖らせて言う様子は、子供っぽいんだけど、言ってる内容と釣り合っていない。
「……レイラって、いくつなの?」
「アナタよりはずっと年上よ」
「じゃあ、お姉さん。私がこの屋敷でできることを、何か知りませんか?」
そんな風に聞いてみると、レイラがはニッコリと満足そうに微笑んだ。いや、ニッコリというよりドヤ顔に近いか。とりあえず気を良くしたのは間違いない。
「ついてきて」
すいっとレイラは宙を滑っていく。私は見失わないようにその後を追った。
朝食。どちらも一言も喋らず終了してしまった。給仕をするリエーフさんが一人でペラペラしゃべっていたのがまだ救い。
私も口数が多い方ではない。どっちかといえば、喋るより聞く方が楽なタイプだし。そんな私とあの人は、一体どのようにコミュニケーションを取っていたのか謎だ。
……今朝も調子が悪そうだった。でもそれを心配しても、きっと突っぱねるんだろう。
カタ、と音がして振り返る。壁に飾られた絵が、少し傾いている。また、あの視線。
少し考えて、私は指輪を取り出した。小指になら入りそう。嵌めてさえいれば幽霊が見えるのかな。そうしたら、この視線の主に出会えるのだろうか。
当主と幽霊との仲立ちが本来の役目であるならば、そのくらいは果たさなくては、あまりに私がいる意味がなさすぎる。それにこの家の役に立つことができれば、あの人も少しは何か喋ってくれるかもしれない。
これは、あきらかに不釣り合いな契約内容の補填だ。
取り出した指輪を小指に嵌めて振り向くと、青い瞳と目があった。
まだ十かそこらくらいの、幼い……、でも美しい少女だった。
まるでお人形のような、豊かに波打つ金色の髪。蒼玉のような瞳はとても大きい。それを飾る長いまつげ。その美しさを存分に引き立てる、上品で可愛らしい青いドレス。
「あなたが、レイラ?」
死霊だとか幽霊だとか言うから、どんなにおぞましいものかと思っていたけれど……普通の人間と何も変わらなくて拍子抜けする。問いかける私に、彼女は答えることなく、宙を滑るように近づいてくる。
「べ、別に、会いたくなんてなかったわよ……!」
そう言って、彼女は私の腰にぎゅっと抱き着いてきた。なに……この子。
めちゃくちゃ可愛い!!
「あの、ごめんね。私、……覚えていないの」
その言葉も仕草も、私を知っているようだったけれど、私は彼女を初めて見る。こんなに慕ってくれているようなのに申し訳なくて謝ると、彼女は体を離して私を見上げた。
「知ってるわ。でもどうでもいいわよ、そんなの。あたしは覚えてもの。あの子を直してくれたこと」
あの子……、もしかしてあのぬいぐるみのことかな。直した跡があったのを思い出してピンと来る。
縫い方の癖で、なんとなく気づいていた。
「あれを直したの……私だったんだね」
レイラがこくりと頷く。
「やっぱり変な気分。この屋敷で私を知らないの、私だけみたいなんだもの」
「そうでもないわ。今この屋敷、入れ替わりが激しいから」
俯いて呟く私に、肩を竦めてレイラがそう教えてくれる。
「でも、あなたは知っているんでしょ?」
「ええ。でも何も教えられないわよ、私が知ってるアナタについては。そんな、何か聞きたそうな顔されても」
私、そんなに顔に出やすいのだろうか。実際何から聞こうかと、そればかり考えていたから、すげない返事を返されて少なからずがっかりした。
「……どうして?」
「当主が望んでいないから」
「口止めされているの?」
「違うわ。命令されなくても、当主の意志には逆らえないの。あたしたちは」
吐き捨てるようにレイラが答える。まるで当主を憎んででもいるような言い方だ。それを詮索するより前に、今度はレイラが私に問いかけてくる。
「でも、どうして指輪をする気になったの? 出て行こうとしていたじゃない。こないだは」
彼女が言う後ろで、ピシッと窓が鳴る。
あのとき、部屋を荒らしたあのポルターガイストを起こしたのは、きっとこの子の仕業だったんだ。
「……出て行っても、行く宛がないもの。現実的に考えただけ」
「でも、指輪をしなくても、掃除をしなくても、当主も執事もアナタを追い出したりしないと思うわ」
「それが嫌なの。一方的に与えられているだけなのは嫌。私がここにいる意味が欲しいの。教えてくれないのなら自分で探さないと」
「そう……」
何か眩しいものを見るように目を細めて、レイラが私を見上げる。
「生きてる人間ならではの発想ね」
幼さに似合わないうつろな瞳に、ドクンと心臓が鳴る。
この子は幽霊……つまり生きてはいないんだ。まだこんなに小さいのに。どうして幽霊になってしまったのだろう。でもそれを本人に聞くのは酷、かな。
私、この屋敷のことについてまだ何にも知らない。そのくらい教えてくれてもよさそうなのに。
「……どうして何も教えてくれないのかな。あの人もリエーフさんも」
「執事は当主に従っているだけ。ミハイルが教えないのは、アナタを巻き込みたくないだけ」
「ならどうして私を助けたの? どうして……」
契約に応じたりしたの。
「大事な人を大事にするのが下手なのよ。あの坊やは」
いやに大人びた声に、私は改めてまじまじとレイラを眺めた。唇を尖らせて言う様子は、子供っぽいんだけど、言ってる内容と釣り合っていない。
「……レイラって、いくつなの?」
「アナタよりはずっと年上よ」
「じゃあ、お姉さん。私がこの屋敷でできることを、何か知りませんか?」
そんな風に聞いてみると、レイラがはニッコリと満足そうに微笑んだ。いや、ニッコリというよりドヤ顔に近いか。とりあえず気を良くしたのは間違いない。
「ついてきて」
すいっとレイラは宙を滑っていく。私は見失わないようにその後を追った。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
【完結】憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」
イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。
ある日、夢をみた。
この国の未来を。
それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。
彼は言う。
愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる