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第二十四話 外の世界
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支度と言っても、私がすることは着替えくらいのもので。
そのほかの必要なものは、全てリエーフさんが用意してくれていた。といっても、ニーナさんが住むフェリニの街まで半日は掛からないそうで、簡単な携帯食、水といった最低限のものだけだ。そう荷物は多くない。
「その子も連れていくの?」
それを受け取ってリエーフさんと屋敷の外に出ると、私を見るなりニーナさんがそんな声を上げた。もちろんミハイルさんに対してである。
「ここだって以前ほど平和じゃないかもしれないけど、今のフェリニは比べ物にならないほど治安が悪いわ」
てっきり二人で行きたいのかと思っていたけど、邪推だったかもしれない。一応心配してくれている、と思っていいのだろうか。
「フェリニ領は田舎だろう。王都からも遠く、魔法暴走の影響も少なかったはずだ。どうしてそこまで悪化する」
「わたしが聞きたいわ。でも今のフェリニは以前までとは違う」
「今の屋敷も前とは違う。死霊が増えたし安全とは言えん」
「指輪を外せばいいじゃない。 そしたら見えないんだから」
うん……、治安の話も嘘ではないのだろうけど、やっぱり私に来て欲しくはないんだろうな。
しかしミハイルさんは取り合わない。
「指輪はそんな気安く着脱するものじゃない。とにかく、何を言われようがミオは連れて行く」
「はいはい。でも移動はどうするのよ」
馬を連れてきたリエーフさんに視線を当てながら、ニーナさんが言う。
そうか、移動、馬なのか。馬のことはよくわからないけど、さすがに三人乗りはキツそうだな。一瞬ミハイルさんも怯んだけれど、ケロっとした顔でリエーフさんが口を挟む。
「何を仰っているのです、ニーナ様。ご自分の馬で来られましたでしょう?」
「な……」
ニーナさんが何か言う前に、リエーフさんが手袋を外して指笛を鳴らす。するとどこからともなく、葦毛の馬が現れて、ニーナさんとリエーフさんの間に止まった。
「リエーフ……あなたってほんと良いのは顔だけよ」
「それは光栄でございます」
暗に性格が悪いと仄めかしているのに気付かないわけではないだろうに、リエーフさんは涼しい顔で優雅に頭を垂れた。一方、珍しくミハイルさんが表情に驚きを見せる。
「お前……馬に乗れたのか。魔法がなくなったからか?」
「昔からよ。魔法で制御された馬って高価だったし、何か可哀想で嫌だったの」
言いながら鐙に足をかけ、実に軽やかに、彼女はひらりと馬にまたがった。どうでもいいけど、スカート履いてそんな動作されるとこっちがハラハラする。
「貴方と一緒に乗りたかったから、隠してたのよ」
見上げる先で笑う、その笑顔が眩しいのは、何も陽の光を背にしているからだけではないだろう。
……敵わないな。最初から争うつもりはないけれど。
少し苛立ったりもしたけど、ここまで率直にアピールされると小気味いいなとしか言えないや。慣れた様子で馬を乗りこなす姿は、可憐な容姿と裏腹に――いや容姿が可憐な分、余計にかっこいい。
「私も乗れるように練習しようかな」
「では、ミオ様用の馬を見繕っておかないといけませんね」
駆けていくニーナさんの後ろ姿を眺めながらぽつりとつぶやくと、リエーフさんがそれを聞きつけてニッコリ笑う。だが、ミハイルさんはそれらを一言で突っぱねた。
「必要ない」
「おや」
笑顔に何か含みを混ぜて、リエーフさんが口元に手を当てる。彼がそれ以上何かいう前に、ミハイルさんが再び声を上げる。
「行くぞ。乗せてやるから早く来い」
「い、いえ。それくらいは自分で」
担ぎあげられそうになって、慌てて見様見真似で鐙に足をかける。でも……見た目ほど簡単じゃないな、これ。結局ミハイルさんに補助してもらって、なんとか馬上の人になる。
前に乗ったときは状況が状況だったのであまり何も思わなかったけど。高いし、安定しないし、結構怖い。練習しても、一人で乗れるようになるまで一体どれくらいかかることやら。
「ではリエーフ、留守を頼む」
「お任せを」
短いやり取りを交わし、ミハイルさんが私の後ろに座る。
「えっと……、二人乗りって、同乗者が後ろに乗るものではないんですか?」
「後ろは揺れるし、落ちても助けられんぞ。しっかり掴まっているならいいが」
しっかり掴まる……
「……ここでいいです」
しっかり掴まったときの密着度を考えて遠慮する。しかし、前にいても、近いものは近いのである。馬が動き出し、ミハイルさんが片手で私の体を抱える。
「は、離して……!」
「いいのか?」
声に呆れを含んでいるのは、まだそこまで速度が出ているわけでもないのに、私がその腕に爪を立てるほどしがみついているからだろう……
だって落ちたら怪我じゃすまない。
「怖いなら目を閉じてろ」
「怖くないです!」
「ふっ」
笑いを噛み殺した声が降ってくる。
声や顔は取り繕えても、この態度ではそりゃバレるか。悔しいけど、人には得手不得手がある。私はジェットコースターはおろか、できればメリーゴーランドすら乗りたくないのだ。
「……いえ、すみません。正直言うと怖いです」
「意外だな。霊も俺も怖れないくせに」
「その辺は怖くてもハッタリが利くだけです」
「おい」
「冗談です。……乗り物は苦手ですが、目を閉じてるのは勿体ないです。だってこんなにいい景色……!」
速度が上がり、揺れも大きくなって口を閉じる。
観念して、やや前傾だった体を後ろにもたれさせる。
「安心して眺めてろ。何が起きようがお前に怪我などさせん」
やっぱり悔しいな……、さっきよりずっと速いのに、もうあんまり怖くない。
一人で外出したときは、景色を楽しんだり、何が待っているんだろうなんて考える余裕はとてもなかった。
だけど今は外の世界が楽しみだ。
目に染みるほど空は底抜けに青い。ひたすら遠くまで続く緑の平原、そのさらに向こうに連なる山の影。
フェリニ領につくまで、あとどんな景色が見られるだろう。
そのほかの必要なものは、全てリエーフさんが用意してくれていた。といっても、ニーナさんが住むフェリニの街まで半日は掛からないそうで、簡単な携帯食、水といった最低限のものだけだ。そう荷物は多くない。
「その子も連れていくの?」
それを受け取ってリエーフさんと屋敷の外に出ると、私を見るなりニーナさんがそんな声を上げた。もちろんミハイルさんに対してである。
「ここだって以前ほど平和じゃないかもしれないけど、今のフェリニは比べ物にならないほど治安が悪いわ」
てっきり二人で行きたいのかと思っていたけど、邪推だったかもしれない。一応心配してくれている、と思っていいのだろうか。
「フェリニ領は田舎だろう。王都からも遠く、魔法暴走の影響も少なかったはずだ。どうしてそこまで悪化する」
「わたしが聞きたいわ。でも今のフェリニは以前までとは違う」
「今の屋敷も前とは違う。死霊が増えたし安全とは言えん」
「指輪を外せばいいじゃない。 そしたら見えないんだから」
うん……、治安の話も嘘ではないのだろうけど、やっぱり私に来て欲しくはないんだろうな。
しかしミハイルさんは取り合わない。
「指輪はそんな気安く着脱するものじゃない。とにかく、何を言われようがミオは連れて行く」
「はいはい。でも移動はどうするのよ」
馬を連れてきたリエーフさんに視線を当てながら、ニーナさんが言う。
そうか、移動、馬なのか。馬のことはよくわからないけど、さすがに三人乗りはキツそうだな。一瞬ミハイルさんも怯んだけれど、ケロっとした顔でリエーフさんが口を挟む。
「何を仰っているのです、ニーナ様。ご自分の馬で来られましたでしょう?」
「な……」
ニーナさんが何か言う前に、リエーフさんが手袋を外して指笛を鳴らす。するとどこからともなく、葦毛の馬が現れて、ニーナさんとリエーフさんの間に止まった。
「リエーフ……あなたってほんと良いのは顔だけよ」
「それは光栄でございます」
暗に性格が悪いと仄めかしているのに気付かないわけではないだろうに、リエーフさんは涼しい顔で優雅に頭を垂れた。一方、珍しくミハイルさんが表情に驚きを見せる。
「お前……馬に乗れたのか。魔法がなくなったからか?」
「昔からよ。魔法で制御された馬って高価だったし、何か可哀想で嫌だったの」
言いながら鐙に足をかけ、実に軽やかに、彼女はひらりと馬にまたがった。どうでもいいけど、スカート履いてそんな動作されるとこっちがハラハラする。
「貴方と一緒に乗りたかったから、隠してたのよ」
見上げる先で笑う、その笑顔が眩しいのは、何も陽の光を背にしているからだけではないだろう。
……敵わないな。最初から争うつもりはないけれど。
少し苛立ったりもしたけど、ここまで率直にアピールされると小気味いいなとしか言えないや。慣れた様子で馬を乗りこなす姿は、可憐な容姿と裏腹に――いや容姿が可憐な分、余計にかっこいい。
「私も乗れるように練習しようかな」
「では、ミオ様用の馬を見繕っておかないといけませんね」
駆けていくニーナさんの後ろ姿を眺めながらぽつりとつぶやくと、リエーフさんがそれを聞きつけてニッコリ笑う。だが、ミハイルさんはそれらを一言で突っぱねた。
「必要ない」
「おや」
笑顔に何か含みを混ぜて、リエーフさんが口元に手を当てる。彼がそれ以上何かいう前に、ミハイルさんが再び声を上げる。
「行くぞ。乗せてやるから早く来い」
「い、いえ。それくらいは自分で」
担ぎあげられそうになって、慌てて見様見真似で鐙に足をかける。でも……見た目ほど簡単じゃないな、これ。結局ミハイルさんに補助してもらって、なんとか馬上の人になる。
前に乗ったときは状況が状況だったのであまり何も思わなかったけど。高いし、安定しないし、結構怖い。練習しても、一人で乗れるようになるまで一体どれくらいかかることやら。
「ではリエーフ、留守を頼む」
「お任せを」
短いやり取りを交わし、ミハイルさんが私の後ろに座る。
「えっと……、二人乗りって、同乗者が後ろに乗るものではないんですか?」
「後ろは揺れるし、落ちても助けられんぞ。しっかり掴まっているならいいが」
しっかり掴まる……
「……ここでいいです」
しっかり掴まったときの密着度を考えて遠慮する。しかし、前にいても、近いものは近いのである。馬が動き出し、ミハイルさんが片手で私の体を抱える。
「は、離して……!」
「いいのか?」
声に呆れを含んでいるのは、まだそこまで速度が出ているわけでもないのに、私がその腕に爪を立てるほどしがみついているからだろう……
だって落ちたら怪我じゃすまない。
「怖いなら目を閉じてろ」
「怖くないです!」
「ふっ」
笑いを噛み殺した声が降ってくる。
声や顔は取り繕えても、この態度ではそりゃバレるか。悔しいけど、人には得手不得手がある。私はジェットコースターはおろか、できればメリーゴーランドすら乗りたくないのだ。
「……いえ、すみません。正直言うと怖いです」
「意外だな。霊も俺も怖れないくせに」
「その辺は怖くてもハッタリが利くだけです」
「おい」
「冗談です。……乗り物は苦手ですが、目を閉じてるのは勿体ないです。だってこんなにいい景色……!」
速度が上がり、揺れも大きくなって口を閉じる。
観念して、やや前傾だった体を後ろにもたれさせる。
「安心して眺めてろ。何が起きようがお前に怪我などさせん」
やっぱり悔しいな……、さっきよりずっと速いのに、もうあんまり怖くない。
一人で外出したときは、景色を楽しんだり、何が待っているんだろうなんて考える余裕はとてもなかった。
だけど今は外の世界が楽しみだ。
目に染みるほど空は底抜けに青い。ひたすら遠くまで続く緑の平原、そのさらに向こうに連なる山の影。
フェリニ領につくまで、あとどんな景色が見られるだろう。
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