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第三十三話 帰路にて
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しばらく走っただろうか。
全く思考が働かず、ただぼんやりしていると、ふと速度が緩まった。
「……すまん」
謝罪が聞こえて我に返る。横乗りのままだから顔がよく見えるけれど、気まずそうに彼は目を逸らしたままだった。もっともそうでなければ、私もまともに顔を見られなかった。
「……謝るならしないで下さい……」
「本当に悪かった。だが焚き付けたのはお前じゃないか」
「そんなつもりじゃ……だって……」
うまく言葉にならなくて、意味を成さない言葉だけがすり抜けていく。
だって、何も話してくれないから。私の過去も、ニーナさんのことも。だから理由がわからなくて。
――理由なんている?
ニーナさんの言葉が頭に響く。
いつも、彼女は自分の感情に素直だった。ミハイルさんに対して矛盾した二つの感情を持ちながら、ためらいなくその両方をぶつけていた。
私は、ああはなれない。なれないけど。
「ミハイルさん」
「……何だ」
「私多分、貴方のことが」
「おい、ちょっと待て」
言葉を遮られて、視線に不満を込めて彼を見る。
「よく考えてから喋れよ?」
これ以上何を考えろというのかわからないけど、とりあえず頷いておく。
そして、再び口を開く。
「多分、貴方のことが好きです」
馬が止まる。
手綱を持った手で、ミハイルさんが顔を押さえる。
「……っ、だからよく考えろと……、今度は何が違うんだ」
「何も違いません」
「は……!?」
何を言っているんだとでも言いたげな声が返ってくる。
でも今度はわかっていて言ってるので率直に答える。
「どうしてそう思うのかわかりません。でも貴方が傷つくと辛いし、傍にいると安心するし、ニーナさんが来てからずっと不安でした。もう契約は無しだと言われたらどうしようと思って」
「そんなことを言うわけが」
「言わないですよね。貴方はいつだって何も言わないから」
「…………言おうとしているが、いつもタイミングが悪いだけだ」
フェリニの街は、もう片手で隠れてしまうほど小さい。辺りには平原が広がり、聞こえるのは川の音と風の音だけ。
「それなら今教えて下さい。私の失くした記憶のこと」
風が通りすぎてしまうと、川の音だけが残る。でもそれすらも意識の外に消える。耳が痛いほどの無音になる。
「貴方のことが知りたいんです。そしたらきっと、『多分』じゃなくなる……」
馬が歩き出して、音が返ってくる。でも、待っても答えは返ってこない。
期待はしていなかった。教えてくれなくたってどうせ離れられないのだ。だから多分、今後他の婚約者がやってくることがあっても、私はもう隙を見せることはしないだろう。
たった三日しか経っていないのに、リエーフさんの優しい笑顔や、レイラの怒った顔が懐かしくてたまらない。それくらいには、お屋敷のみんなのことも好きになっているから。だから、お屋敷を出ることはもう考えない。
「……すまん。何も話せないことにお前が愛想を尽かしても、出て行くと言っても、俺はもうそれを止めないとは言えん……」
「構いませんよ、出て行くつもりありませんから。早く皆に会いたい。エドアルトとアラムさんには会えたけど、リエーフさんとレイラの声が聞き――」
ふと、また馬が歩みを止める。
ミハイルさんが手綱を放し、嵌めていた手袋を口で咥えて外す。それがパサリと私の上に落ちる。
左手は私を抱えたまま、素手の右手が頬を撫でる。指が頭に掛かって、上を向かされる。
目を閉じることも忘れた。待ってと言えば触れてしまいそうなほどに顔が近づく。
また、音が消える。
黒と無音。それだけの世界にふと。
気配を感じた。
気がつくと私は辺りをキョロキョロと見回していた。見れば、ミハイルさんも同じことをしている。
「何してるんですか?」
「いや、今リエーフの気配がして」
「私もです……」
「まさかな……」
平原のど真ん中。街も遠ければ行き交う人もいない。お屋敷はもっと遠い。
だけど、彼ならそんな理屈を覆しても不思議ではない。
「帰るか……」
「はい……」
そして私たちは帰路についたのだった。
全く思考が働かず、ただぼんやりしていると、ふと速度が緩まった。
「……すまん」
謝罪が聞こえて我に返る。横乗りのままだから顔がよく見えるけれど、気まずそうに彼は目を逸らしたままだった。もっともそうでなければ、私もまともに顔を見られなかった。
「……謝るならしないで下さい……」
「本当に悪かった。だが焚き付けたのはお前じゃないか」
「そんなつもりじゃ……だって……」
うまく言葉にならなくて、意味を成さない言葉だけがすり抜けていく。
だって、何も話してくれないから。私の過去も、ニーナさんのことも。だから理由がわからなくて。
――理由なんている?
ニーナさんの言葉が頭に響く。
いつも、彼女は自分の感情に素直だった。ミハイルさんに対して矛盾した二つの感情を持ちながら、ためらいなくその両方をぶつけていた。
私は、ああはなれない。なれないけど。
「ミハイルさん」
「……何だ」
「私多分、貴方のことが」
「おい、ちょっと待て」
言葉を遮られて、視線に不満を込めて彼を見る。
「よく考えてから喋れよ?」
これ以上何を考えろというのかわからないけど、とりあえず頷いておく。
そして、再び口を開く。
「多分、貴方のことが好きです」
馬が止まる。
手綱を持った手で、ミハイルさんが顔を押さえる。
「……っ、だからよく考えろと……、今度は何が違うんだ」
「何も違いません」
「は……!?」
何を言っているんだとでも言いたげな声が返ってくる。
でも今度はわかっていて言ってるので率直に答える。
「どうしてそう思うのかわかりません。でも貴方が傷つくと辛いし、傍にいると安心するし、ニーナさんが来てからずっと不安でした。もう契約は無しだと言われたらどうしようと思って」
「そんなことを言うわけが」
「言わないですよね。貴方はいつだって何も言わないから」
「…………言おうとしているが、いつもタイミングが悪いだけだ」
フェリニの街は、もう片手で隠れてしまうほど小さい。辺りには平原が広がり、聞こえるのは川の音と風の音だけ。
「それなら今教えて下さい。私の失くした記憶のこと」
風が通りすぎてしまうと、川の音だけが残る。でもそれすらも意識の外に消える。耳が痛いほどの無音になる。
「貴方のことが知りたいんです。そしたらきっと、『多分』じゃなくなる……」
馬が歩き出して、音が返ってくる。でも、待っても答えは返ってこない。
期待はしていなかった。教えてくれなくたってどうせ離れられないのだ。だから多分、今後他の婚約者がやってくることがあっても、私はもう隙を見せることはしないだろう。
たった三日しか経っていないのに、リエーフさんの優しい笑顔や、レイラの怒った顔が懐かしくてたまらない。それくらいには、お屋敷のみんなのことも好きになっているから。だから、お屋敷を出ることはもう考えない。
「……すまん。何も話せないことにお前が愛想を尽かしても、出て行くと言っても、俺はもうそれを止めないとは言えん……」
「構いませんよ、出て行くつもりありませんから。早く皆に会いたい。エドアルトとアラムさんには会えたけど、リエーフさんとレイラの声が聞き――」
ふと、また馬が歩みを止める。
ミハイルさんが手綱を放し、嵌めていた手袋を口で咥えて外す。それがパサリと私の上に落ちる。
左手は私を抱えたまま、素手の右手が頬を撫でる。指が頭に掛かって、上を向かされる。
目を閉じることも忘れた。待ってと言えば触れてしまいそうなほどに顔が近づく。
また、音が消える。
黒と無音。それだけの世界にふと。
気配を感じた。
気がつくと私は辺りをキョロキョロと見回していた。見れば、ミハイルさんも同じことをしている。
「何してるんですか?」
「いや、今リエーフの気配がして」
「私もです……」
「まさかな……」
平原のど真ん中。街も遠ければ行き交う人もいない。お屋敷はもっと遠い。
だけど、彼ならそんな理屈を覆しても不思議ではない。
「帰るか……」
「はい……」
そして私たちは帰路についたのだった。
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