死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第四十一話 ロセリアとイスカ

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 雨は弱まりはしたものの、止むことはなく降り続いている。

 幸い近くに宿を見つけることが出来て、少し休んだらレナートの顔色もだいぶ戻った。宿の人に頼んで温かい飲み物を用意してもらい、それを飲みながら、早速私はレナートを質問攻めにしていた。

「ここは、聖イスカとの国境付近の街だ。ロセリアで言えばネメス領に当たる」

 ネメスは初めて聞く地名だ。けど、イスカはなんとなく耳に残っている。
 レイラのことで頭がいっぱいだったからうろ覚えではあるけれど、レナートはミハイルさんに「聖イスカの退魔士」と名乗っていたような気がする。

「レナートはその、聖イスカというところから来たの?」
「そうだ」
「ごめん、私あまり物を知らなくて。イスカというのはどういう国なの? ロセリアとはどういう関係?」
「ロセリアの結界が壊れてからも、イスカはロセリアに一切干渉してない。だからロセリア人にはなじみがないだろう」

 レナートの言葉は、私にとっては少し意外なものだった。

「でも、レナートも魔法みたいな力を使うから。ロセリアと関わりが深いのかと思った」
「逆だな。だからこそ遥か昔からロセリアとの溝が深い。おれたちの力は魔法とは全く違うし、魔法で生活することを忌避したからこそロセリアとイスカは断絶された」
「はあ……」

 と言われても、魔法とレナートの力がどう違うかなど私にはさっぱりわからない。ミハイルさんの使う力が、少し異質だということはなんとなくわかるけど。

「……約千年前、この地を訪れた賢者は魔法で人々を統治しようとした。だが帝国は魔法を軍事利用しようとし、イスカは先の理由で反魔法思想がこと強かった。そこで賢者は結界を作ってこの二国間を断絶した。その間の領地が今の魔法国ロセリアだ。それから永きに渡り、ロセリアは他のどことも干渉せず、干渉させない、閉じた王国だった」

 私が生返事をしたせいか、レナートが丁寧に国の起こりを説明してくれる。

「なるほど」
「……教育を受けていないのか、お前は」

 レナートが馬鹿にしたような目を私に向ける。この世界の人には常識かもしれないけど、私はこの世界での日が浅いのだから仕方ない。
 曖昧に流して、次の質問に移る。

「利用されたと、さっきあなたは言ったよね」
「かもしれない、と言っただけだ。……それにしても、この国は死霊が多過ぎる」

 はぐらかされたのには気づいていたけれど、その言葉もまた気になるもので。敢えてそちらに触れる。

「多い……ということは、多くないだけでイスカにもいるの?」
「霊の概念も様々ある。うまく循環できずに彷徨う魂はどこにでもいる。だが、レイラ? あいつのように、自我を持って動くようなものは異常だ。そうなればいずれ堕ちて害をなすと言われているが、実際にそうなったのを見たことはなかった。退魔士は魂を導く存在で、イスカではさほど特別なものじゃない。まぁ、おれは霊力の高い方ではあるが」

 とりあえず、レナートにもロセリアに死霊が現れるようになった原因はわからないということか。
 ……なんとなく、レナートが言うような霊の概念はわかる。幽霊という概念自体は、私が転生する前の世界にも存在した。かといって、私は幽霊を見たことなどない。ましてレイラ達のような、感情豊かで会話のできるような幽霊など物語の世界だ。
 とすると……死霊もそうだけど、ミハイルさんの存在って、益々異質なものに思えてしまう。

「じゃあ……死霊使いはイスカにもいないのね」
「そんなものがいたら化け物だ」

 そう彼は断言した。
 ……ニーナさんも言っていた。あの人が化け物に見えたと。

「そして、そんなものがいれば帝国は捨て置かないだろう。世界を席巻できる力だ」
「そんなの」

 ミハイルさんが望んでいるとは思えない。
 もし、私が狙われているのなら、やっぱり考えられるのは……、ミハイルさんを思い通りに操るため。私が、そんな餌になりえるのかどうかは、わからない。わからないけど……

 レナートと対峙したときの、彼の殺気立った様子を思い出し、私は両手をぎゅっと握り締めた。

「私、捕まるわけにいかない……」
「おれもそれは看過できない。だが、勘違いするな。決して味方でもない」

 あの人を化け物と呼ぶからにはそうなのだろう。
 それでも、今の窮地を切り抜けるにはレナートの力を借りなきゃならない。

「それでもいい。だけど、あなたも勘違いしないで。私だって死霊が現れるのを止めたいの」
「止めるだと? そんな宛てがあるのか」

 興味を持ったように、カップを置いて、レナートが顔を上げる。

「フェリニ領はここより酷い死霊で溢れてた。でも変な魔法陣を消したらフェリニの死霊も消えた」
「魔法陣?」

 ……どうしよう。フェリニでの話、レナートに詳しく話していいものかどうかわからない。
 ミハイルさんはフェリニ領主と取引をしてた。でもその内容は、領主邸で見たことを帝国とロセリアに秘匿するというものだ。イスカの名前は言ってない……というのは、さすがに屁理屈か。

「とにかく、私、帰らなきゃ」

 迷った末に話を切り上げる。レナートは追及してくるかと思ったが、何も言わなかった。その代わり、険しい顔を部屋の扉の方へ向けている。何か、と問いかけた私を目だけで制すると、彼は音を殺して立ち上がり、扉にぴったりと体を寄せ、片耳をつけた。

 そして、片方だけで肩を竦めた。

「……そう易々もいかないようだぞ」
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