死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第四十二話 ネメスの魔法陣

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 レナートが不穏なことを言うから、てっきりまたあの仮面たちでも襲ってきたのかと思ったのだけど。
 部屋に表れたのは、カッチリとしたスーツをまとった女性一人だった。とはいっても敵でないとは言い切れず。
 警戒する私たちに、彼女は自分をネメスの領主だと名乗った。

「先刻、街で起きた騒ぎについて事情を聞きたい」

 開口一番そう告げた彼女に有無を言わさず、馬車に乗せられている。
 馬は苦手だけど、屋根のある馬車だとだいぶ落ち着ける。単車は絶対無理だけど、車なら大丈夫みたいな感覚だ、この世界の誰にも通用しない理屈だろうけど。まぁ、そんなことは私以外にはどうでもいい話で。

 恐らく、馬車はネメスの領主邸に向かっていると思われる。確証はないけど、単身訪ねてきて、少なくとも表向き敵意の感じられない彼女の様子に、私もレナートも毒気を抜かれてしまった。人柄だろうか。

 それにしても、大きな街だ。フェリニとはだいぶ趣が違う。どちらかというとプリヴィデーニと似ていて、家が密集しており、集合住宅っぽい建物も見受けられる。人口も多そう。宿がたくさんあったり、街の中での移動に馬車を使う時点で規模の大きさが伺える。
 水路があるのはフェリニと近い。多分、帝国が引いたものだろう。フェリニほど土地がないせいか、幅はだいぶ狭いけど。

 そんな町並みを見るともなしに見ている間に、やがて馬車が止まる。プリヴィデーニの屋敷ほどではないが少し街並みからは外れた場所で、広い敷地に、柵に囲まれた大きな館が見えた。とくに拘束されることもなく、客人のように館に招かれ、領主自らの案内で、貴賓室のような場所に通される。

 彼女は真っ先に大きなソファにドスンと腰を下ろすと、テーブルを挟んだ向かいのソファを指す。私たちが座ったところで、彼女はおもむろに口を開いた。


「さて、改めて。私はフェオドラ・レノヴァ。帝国軍人だ……主にこの街を任されている」

 足を組み、不敵な笑顔を浮かべる彼女は、気さくな調子でそう切り出した。肩より少し上で切りそろえられた、ややアッシュのかかったブロンド。勝気そうな瞳。腰には剣を携えている。

 それきり誰も声を上げなかったが、じっとこちらを見る彼女――フェオドラさんの視線を受けて、レナートが口を開いた。

「おれはレナート。レナート・イル・イスカ」

 その名を聞いて、領主が器用に片方だけの眉毛をあげる。私も、少し驚いた。

「ほう……イスカの王子様がどうしてこんなところに?」
「継承順位十二位だ。一介の退魔士……聖職者にすぎない」
「それにしては態度がでかいな。で、君は?」

 水を向けられて答えを迷う。どうしよう……、帝国の人相手にプリヴィデーニの名前を出してミハイルさんに迷惑がかかったりしないだろうか?
 私が立ち回りを迷っている間に、しかしレナートがさっさと答えてしまう。

「プリヴィデーニ伯爵夫人だそうだ」
「かの幽霊伯爵に妻がいるとは聞いていないが」
「白々しい。街で襲われたぞ。イスカならおれを襲いはしないだろう。そうなると帝国しか考えられん」
「少なくとも私は知らん」

 態度を言うなら、この人もそう変わらないと思うんだけど……。ここにミハイルさんがいたらさぞかし混沌とした場になったことだろう。

「騒いでいたのはその幽霊伯爵か? 化け物の目撃証言もあったぞ」
「それはおそらく死霊だろう」

 レナートとフェオドラさんの会話に、身を固くする。
 レイラ……、レイラとミハイルさんはどうなったんだろう。できることなら今すぐにでも探しに行きたい。その思いを押し殺しながら、けど堪らず私は口を挟んだ。

「その……、その騒ぎはその後どうなったんですか」
「化け物は消えて、幽霊伯爵には逃げられた。が、白い服の少年と女性の二人連れも騒ぎに関わっていたと聞いて、お前たちを捕まえたというわけだ。住民からの苦情があってな。余所者なので、せいぜい媚を売らねばならん」
「それには悪者を仕立てて処分するのが効果的だと」
「そこまでは言ってない。しかし次善策が欲しいところではある」

 再び沈黙が訪れる。つまり、それがなければ処分されてしまいかねないということか。それに対するいい解決法はまだ、思い付かないけど。

「あなたは、死霊の出現について心当たりはありませんか?」

 問いかけると、彼女は組んでいた足をほどいて、少し身を乗り出した。

「何故私に聞く? 私には死霊なぞ見えんぞ」
「……ここではない場所で、魔法陣を見ました。それによって死霊が生まれて、人をおかしくしていました」
「私にそんなオカルトを信じろとでも?」
「じゃあ、あなたは領民は幻を見たと言うんですね」

 とりつく島もないフェオドラさんにそう切り込むと、彼女は腰を上げた。そしてテーブルを迂回して私の前に立ちはだかる。

「何か知ってる風だな」
「お互い様ではないですか?」

 彼女を見上げて、答える。
 震えるな、私。
 ハッタリには自信がある。けれど……立ち回りを間違えていない自信はない。
 でも、今は誰も頼れない。こうしている間にもミハイルさんは……、もしかしたら怪我をして、どこかで動けなくなっているかもしれない。
 捕まるわけにも、もたついているわけにも、まして脅えて何もできずにいるわけにも、いかない。

「あなたが死霊を信じるか否かは勝手です。けれど私が言うことを信じないなら、領民にもあなたにもいずれ安息はなくなります」
「おれもこの目で化け物を見ている。イスカは霊を否定しないが、あんなものは初めて見た」

 思わぬ助け船を得た。しばらくの睨み合いののちに、フェオドラさんが大きく息を吐く。

「私がカードを切ったとしたら、お前たちは何を差し出せる?」
「残念ながらおれは何も持っていないな。死霊をどうにかできる力はない」
「伯爵夫人、そちらは」
「ミオです。私にも、何も。でも、あの人なら……、当主様なら死霊に抗うことはできます」
「なるほど。君自身がカードになると?」

 試すような視線をまっすぐに見上げる。
 これで、もしミハイルさんが彼女の部下に見つかったとしても、手荒なことはされないはず。それに、もし……彼が私を探してくれているのだとしたら、早く合流できるはずだ。

 彼女はしばし私を見下ろしていたが、やがてくるりと踵を返し、扉を開けて人を呼ぶ。それから一言二言話をして、再び私たちの向かいに座った。

「幽霊伯爵を見つけたら、君の名を出すように伝えておいた。丁重に私の元へ案内するようにともな」
「ということは、心当たりがあるのですね? 死霊について」
「私にカマをかけたつもりか?」

 ふっとフェオドラさんから友好的な色が消える。触れてはいけないところだったのかもしれない。だが今更だ。表情の変わらない私を見て、フェオドラさんはふっと短く息を吐き出した。そして相好を崩す。

「……まあいい。私もオカルトじみた話にはうんざりしていた。そんな私にしてみれば、秘密というほどのことでもない」

 踵を返すと、彼女は「来い」と短く告げて部屋を出た。一瞬だけレナートと顔を見合わせ、しかしここに残ってもどうしようもなく。どちらからともなく彼女の後に続く。

外に控えていた警備っぽい人たちを片手を振って払うと、彼女は回廊を進み、どんどん奥へと進んで行く。いくつか扉を抜け、何もない場所で彼女は立ち止まり、壁に手を当てた。すると、壁が動いて、回転扉の要領で通路が現れる。

「……嫌な空気だ。街でも感じた」

 レナートの呟きが背筋を寒くする。
 私もフェリニの領主邸では感じた。でも今は何もわからない。あれは指輪のお蔭だったのかもしれない。
 無意識に左手を撫でる私の前に、地下へと続く階段が現れる。

 ……フェリニと同じ。嫌な空気はわからなくても、嫌な予感はひしひし感じる。階段を下りて行く、フェオドラさんとレナートの後に私も続く。
 
 フェリニとは違って、ここの階段は木が貼られていて屋内の作りになっている。壁は掃除の大変そうな土壁だ。フェリニは全て石造りだった。
 階段を降りきると、開けた空間に出る。床だけは階段のように、木で舗装されている。フローリングというほど綺麗なものではないけど。
 カチッとスイッチの音がして、仄かに部屋が照らされる。赤い線で描かれた魔法陣が目に入り、私は息を飲んだ。

「これが死霊発生の原因か?」
「……違うな」
 
 フェオドラさんがこちらを振り返って問いかける。そうだと言いかけた私に先だって、レナートがそれを否定した。

「この陣からは何も感じない」
「ほう……よくわかったな。これは血ではない。ただのインクだし、模様もデタラメだ」
「だったらなんで」

 魔法陣は偽物だった。それにも関わらずレナートの表情は固い。そしてその理由は……私にもわかっている。
 額の汗を拭って、彼は身構えた。



「……ここにはこんなに死霊がいるんだ」
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