死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第四十八話 執事の胸中

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「というわけで追い払われたのですが」
「チッ」

 ……今、舌打ちが聞こえた気がするんだけど……。ミハイルさんならともかく、リエーフさんが?? 気のせいだろうか。

「着替えならご主人様の部屋に用意してあるはずです」
「え? じゃあミハイルさん、気付かなかったのかな」
「故意でしょうね。まぁ、仕方ありません……、せっかくですから今のうちに、色々聞かせて頂きましょうか」

 すっとリエーフさんの目が細くなる。
 ……確かに色々あった。謎の仮面達に襲われたこと、レナートとフェオドラさんのこと。何から話そうかと頭の中で整理している間にリエーフさんが切り込んでくる。

「そうですね、まず……、」

 調理の手を止めて、リエーフさんの赤い瞳がこちらを向く。少し緊張しながら先を待つ。
 整った美貌から得体の知れない威圧を放ちながら、たっぷりと間を置いて。

 ……長いな。間。

 緊張が最頂点に達した頃、満を持して、リエーフさんが口を開く。


「……坊ちゃんと何か進展はございましたか?」


 思い切り脱力した。

「聞きたいことってそれなんですか……?」
「いえ、あの退魔士のことやフェオドラという領主のこと、レイラが堕ちた経緯など色々ありますが」
「じゃあそっち聞いて下さいよ」
「なにも、興味本位なわけではありません! 当家にとっては極めて大事なことなのです!」

 拳を握りしめて、わなわなと震えながら叫ぶリエーフさんの目は、めっちゃ興味津々にらんらんと輝いている。
 説得力がまるでない。

「黙秘します……」
「ほうほうほうほう、黙秘せねばならない事項が??」
「怒りますよ」

 獲物を前にした獣みたいにグイグイくるな……。ちょっとうんざりしてきた。
 とにかく、ここで動揺したら負けだ。
 真顔で言うと、リエーフさんがどこからか取り出したハンカチを食いちぎる勢いで噛み始めた。

「グギィィ! 今度は何があってもこのリエーフ這ってでも着いていきます!!」
「リエーフさん、ちょっとおかしいですよ……」

 元々っちゃ元々だけどさ……。

「それより、大丈夫でしたか? レナートにやられた怪我……」
「あぁ、はい。恥ずかしながら手加減してもらえたようで、怪我というほどのものは。わたくしがいながら、ミオ様をお守りできず、面目次第もございません……」

 思った以上にリエーフさんがしょげかえる。

「あれほど望んだことなのに皮肉なことです……、こんな体でなければお役に立てたのにと……、この体はあまりにも脆すぎる」
「……どこか悪いんですか?」

 遠くを見るような目には、自嘲のようなものが見える。
 聞くと、リエーフさんは曖昧に笑った。どこか力のない笑みで。いつもは饒舌なリエーフさんが、はぐらかすことすらせずに黙り込む。
 ……これ以上聞いても答えてもらえなそうなので、話を元に戻す。

「リエーフさんの言っていたこと、よくわかりました。帝国もイスカも、今後敵になるかもしれません」
「あの若者は、やはり聖イスカの者でしたか」
「レナートもフェオドラさんも、今は見逃してくれたけど、次もそうとは限りません。リエーフさん、私……、」

 目を閉じて、私は無意識に左手に嵌めた指輪を右手で握りしめていた。

「私なんかに何ができるのかわからないけど……、でも私、帝国にもイスカにもあの人を渡したくありません。兵器にも化け物にもさせない」
「ミオ様……ありがとうございます」

 ちょっと、茶化されるんじゃないかと思っていたけれど。
 思ってもない謝辞が聞こえてくる。心底嬉しそうな顔をしているリエーフさんは、きっと……、何かと茶化してくることさえきっと、本当にミハイルさんのことを大事に思っているんだろう。
 レイラ達だってそうだ。

 でも、私の存在がその延長上なのだとしても、もう迷う気持ちはない。私も……同じだから。
 
「私、お屋敷のみんなのことも守りたい。だから教えて下さい、この国のこと、他の国のこと。それから……指輪のこと。私がもっとしっかりしてたら、あんなことにならなかった。せめて……レイラが堕ちたとき、すぐに戻せていれば……」
「でしたら」

 リエーフさんが目を伏せる。そして私の前に跪くと、恭しく頭を垂れた。

「でしたらどうか、わたくしたちのことより坊ちゃんの……、ご主人様のことだけをお考えになって下さい。前にも申し上げた通り、その指輪は当主のためにしか使えないものです」

 ……確かに、あのとき。私はレイラのことしか考えてなかったかもしれない。そのせいでミハイルさんを危険に晒してしまうくらい。
 ミハイルさんに対しても、どこか不信感を拭えないでいた。あの、声の主に心を乱されたせいで……、いや、結局は私自身の弱さのせいだけど。
 でも、あの声の主のことも、ちゃんと言っておいた方がいいかもしれない。金の瞳をした、あの人のこと。

「指輪をお使いになられる以上、貴女様は名実共に紛れもなく当家の花嫁。わたくしも誠心誠意、奥様にお仕え致します」
「ええと……、気持ちは嬉しいですし、私もできる限りのことはしますが。どうか今まで通り接して下さい」

 覚悟はできている……つもりだけど、そういうのはどうにもむずがゆいし落ち着かない。
 リエーフさんが、気後れする私を見て微笑みながら立ち上がる。

「わかりました。ミオ様がそう望まれるなら、そのように」

 何かちょっと寂しい言い方だ。だけどそれも、覚悟しなければいけないことの一つなのかもしれない。

「ええと……、それで、指輪のことですが」
「そうですねぇ。坊ちゃんと仲を深めてみてはいかがでしょうか」
「すぐそっちに持ってく……」
「いえいえ、本当に茶化しているとかではなく。指輪は当主を想う気持ちに応えて力を発揮するものとしか、わたくしもわからないのですよ」
「えらく抽象的なんですね……」

 そんなの、私の努力でどうこうできそうにないんだけど。想いの強さとか、数値化できるものでもあるまいし。

「そうですかね。精神的なことに依らなければいいではありませんか」
「というと」
「物理的に仲を深めてみるというのは」
「おい」

 会話は、えらく不機嫌な声に遮られた。声の主はもちろんミハイルさんであるが、彼はズカズカと調理場に入ってくると、私を押しのけてリエーフさんをギロリと睨む。

「何の話をしてる」
「いえ、ミオ様が指輪の力を使いたいと仰るので」
「俺は使うなと言ったはずだ」

 私を一瞥して、釘を刺される。その後に彼はもうひとつ付け足した。

「あとリエーフの話にまともに付き合っても時間の無駄だぞ」
「心外な。わたくしは極めて真面目に話をしていますが」
「余計悪い」

 眉一つ動かさず即答すると、ミハイルさんはリエーフさんへと向き直り、止める間もなく突然彼の胸倉を掴み上げた。

「馬鹿な話をしている暇があったら、その鈍った腕をなんとかしろ。お前がいながらみすみすミオを浚われやがって」
「……何の申し開きもございません。如何様にも罰を」

 抑揚のない静かな怒声に、リエーフさんは表情こそ穏やかなままだったが、喉元を締め上げられているせいで声が掠れている。

「ちょっと、乱暴なことはやめて下さい。リエーフさんは悪くないじゃないですか」
「いいんです、ミオ様」

 仲裁に入った私をリエーフさんは止めたが、ミハイルさんはすぐに手を離してくれた。
 少しだけ咳き込んでから、リエーフさんが顔を上げる。

「……ミオ様、申し訳ありませんが少し手伝って下さいますか?もう食事ができますので」
「あ……はい……」

 少し躊躇いながら調理台の方に引き返していくリエーフさんを追いかける。

「……大丈夫ですか?」
「あれは八つ当たりですよ。どうせ誰にも罰も責めも負わせやしません」

 ミハイルさんに聞かれないようにか、リエーフさんは口元に手を寄せ、少し屈んで囁いた。

「八つ当たり?」
「坊ちゃんが一番責めていらっしゃるのはご自身ですから。あ、お皿出していただけますか?」

 返事をして、食器棚に足を向ける。

「他に甘え方を知らないだけです。良かったらミオ様が教えて差し上げて下さい」
「……リエーフさんて」

 無理難題はスルーして、お皿を持って隣に立ち、彼を見上げる。どう見ても、リエーフさんは二十代後半か、行って三十くらいにしか見えないんだけど……

「ミハイルさんより年下ですよね?」
「そう見えます?」
「えっ、違うんですか?」

 お皿を受け取り、リエーフさんがニコニコと私を見下ろす。

「ところでミオ様はご主人様をおいくつだと思われているんです?」
「えっ? えーと……」

 言われて、ミハイルさんの方を振り返る。少し離れたところで壁に寄り掛かってこちらを見る彼は、どうやら話を聞いていたらしい。

「そういえばお前は幾つなんだ」
「坊ちゃん、レディに歳を聞くのは失礼ですよ」

 私が即答しなかったせいか、リエーフさんがミハイルさんを嗜める。いや、気を悪くしたわけじゃなく。
 私、何歳だったっけ? 断じてまだ忘れるような歳じゃないはず。
 本当に……、ここに来る前の記憶が曖昧になってる。

「多分……24? 5……?」

 自分の歳を言い淀んだ私を、二人は一瞬怪訝な目で見たけれど。

「お若く見えますね」

 社交辞令かもしれないけど、実際少し若返っているし。

「こっちに来てから、ほんの少し若返ったような気がします」
「……もしかしたら、俺の記憶に影響されたのかもしれん」

 なるほど、ミハイルさんが知っている私が、この歳の頃だったというわけか。いや……よくわからないぞ。よくわからないけど、私はミハイルさんの力で転生したわけだから……そういうものなのか?

「でしたら、坊ちゃんとそう変わらないではないですか。坊ちゃんは28ですよ。実にお似合いなお年頃です」
「えっ……」
「なんだその反応は……?」

 いや、てっきりもっと上だと思っていた、というのは言わない方がいいのかもしれない。どのみち私が何か言う前に、リエーフさんがいつもの満面の笑みで手を組み合わせて声を上げる。

「いやですねぇミオ様。そんな恥じらうようなお歳じゃないじゃないですか。もうさっさと」
「リエーフさんめちゃくちゃ失礼なこと言いますね??」
「これは申し訳ない。心の声です」

 なんてうるさい心の声なんだ。

「ささ、とりあえず冷める前に食事にしましょう。どうぞ食堂ダイニングへ」

 苦言を呈する前に、リエーフさんに有耶無耶にされる。とはいえ、まぁ、言い返せもしないんだけど……。
 釈然としない気持ちはあったものの、リエーフさんに背中を押され、とりあえず食堂に向かうのであった。
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