死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第四十七話 屋敷の掟

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 陽が落ちて、黄昏が闇へと色を次第に色を変えていく頃。
 私は無事、お屋敷の門をくぐっていた。

「……ただいま」

 お屋敷を見上げて呟いた言葉は、自然に出てきたものでこそなかったけれど。無性にそう言いたくなった。

「お帰りなさいませ、ミオ様。ご無事のお戻り、なによりでございます」

 一緒に帰ってきたリエーフさんが、私の呟きを聞きつけて満面の笑顔で答える。
 屋敷からエドアルト、アラムさんも姿を現して私たちを出迎えてくれる。けれど、エドアルトの表情はいつになく固い。それを見て、はっとする。
 振り向いて、私の後に馬車から降りてきたミハイルさんに駆け寄ると、彼は言わなくとも察してくれたようだった。

『レイラ』

 ミハイルさんが名を呼ぶと、彼の体から蒼い光が立ち上り、それは小さな人の形を模った。金の髪がさざ波のようにうねり、ツインテールになって垂れる。光と同じ色の青いドレスがふわりと広がり、長い睫毛の下に、対の蒼玉が周囲の闇を弾いて煌めいた。

「レイ……」

 名を呼び掛けた私に、だけど彼女はスッと背を向ける。そして、その長い睫毛を伏せてミハイルさんの足元に跪いた。

「この度は当主様への大変なご無礼、誠に申し訳ございませんでした……」

 いつもはミハイルさんに対しても勝ち気なレイラが、別人のようにしおらしく項垂れる。エドアルトも固い表情のまま、彼女の隣に膝を着いた。

「妹の非礼、何卒お赦し下さい。私も共に責めを負います」

 ミハイルさんが2人を見下ろして嘆息する。そんな彼らを見て口を挟みかけた私を、リエーフさんが肩を掴んで止めた。そしてゆっくりと首を横に振る。

「どんな理由であれ、悪霊となって当主を傷つけた者は封じられるのが屋敷の掟なのですよ。例え指輪で元に戻ったとしても」
「どうして……!? それじゃ、指輪の意味がないじゃないですか!」
「指輪はあくまで緊急の事態を回避するためだけのものです。そうでないと使用者の身が持たないでしょう」
「でもレイラは私のせいで!」
「どんな理由であれ、と申し上げましたでしょう。でもまあ、ご主人様はきっと……」

 落ち着かせるように私の両肩に手を置いて、リエーフさんは少し困ったような顔をした。それから、ミハイルさんの方を振り仰ぐ。
 ミハイルさんはしばらく二人を見下ろしていたが、やがてレイラの前に片膝をついた。

「お前がしおらしいと気味が悪い」

 ぼそりと呟かれた言葉にレイラが顔を上げる。戸惑ったような顔をする彼女の頭に、ミハイルさんが片手を置く。

「……ミオが待ってる」
「でも、あたし……、あたしのせいでミオも……!」
「お前のせいじゃない。お前はミオを守ろうとしたんだろう。当主として礼を言う」
「でも、でも……! あたし、結局……」

 彼女はしばらく泣きそうな顔で「でも」と繰り返していたが、やがてミハイルさんの手を振り払って体を起こした。それから、私を見上げる。

「ミオ……!」

 飛びついてくるレイラの体を、名を呼びながら抱き止める。やっぱり……レイラは温かい。
 彼女は幽霊だ。指輪をしていなければ見ることも触れることもできない。その力を借りたところで、ただ触れられるだけの存在。体温もなければ体の柔らかな感触すらない。

 でも、私にとってはやっぱり……、何よりも温かだ。

「ミオ、ごめん、ごめんね……!」
「良かった。レイラが無事で本当に良かった」

 心からそう思う。けど顔を上げたレイラの瞳は、少し憂いを帯びていた。

「ありがとう……ミオ。でも……でも、もう二度としないでね。約束してくれないなら、今この場で逝くから……」
「レイラ……」

 悲しそうな瞳に、レイラから手を離す。何も言えないでいると、ミハイルさんに声を掛けられた。

「二人とも今は少し休め。当主命令だ」
「でも、ミハイル……」
「エドアルト。レイラを連れていけ」

 呼ばれて、エドアルトは労わるようにレイラの肩を抱いた。それからミハイルさんに一礼して、レイラと共にフッと姿を消す。
 
「……すみません。怪我をしているのに時間を取らせて……、ミハイルさんこそ休まないと」
「俺は大丈夫だ」
「大丈夫じゃありません。リエーフさん、お湯と薬箱を」

 フェオドラさんのところで応急処置をしただけなのだ。体中血だらけだし、いくら治りが早いといっても一日二日でどうにかなるような傷ばかりじゃない。

「あ、はい。では、お持ちしますのでご主人様はお任せしていいですか? わたくしはその間に食事の用意をします」
「わかりました、お願いします」

 リエーフさんに返事をして、ミハイルさんの体を支える。振り払われまではしなかったが、彼は少し不機嫌そうな顔をした。

「だから、大丈夫だと言っているだろう……、お前も休んで来い」
「嫌です」

 突っぱねると、絶句する彼を半ば引っ張るようにして、私はお屋敷に足を踏み入れた。


 ※


「……死霊の狂気を除く術は、指輪以外にはない。伯爵夫人は代々薄命だったそうだ」

 不意に、ミハイルさんがそんな話をする。
 リエーフさんからお湯と薬を受け取って部屋に戻り、包帯を出していたところだった。

「レイラは永い時間それを見てきた。だから、お前のことを心配しているだけだ」

 元気がないのがバレたのかもしれない。あのレイラの悲し気な瞳が、ずっと胸に引っ掛かっていた。
 指輪を使ったことは後悔していない。使わなければ、レイラもミハイルさんもどうなっていたかわからない。けれど、私を見るミハイルさんの目も、どこか哀し気な色があった。

「俺ももう、使って欲しくない」

 まっすぐに私を見つめて、ミハイルさんが呟く。 

「……なるべく、使いません。でも、約束はできません」
「言うと思った。だが、俺がそれを望んでいないことは知っておいてくれ」
「すみません……心配かけて。それに、また我儘を言って怪我させました……」
「俺のことはいい」

 よくないと言いかけた私を制して、彼は言葉を継いだ。

「だがレイラのことは……、見捨てていたらきっと後悔していた。礼を言う。それから……」

 ふと、視線が逸れる。

「泣かせて済まなかった」
「いっ……いえ。それは忘れて下さい」

 わざわざそんなこと謝ってくれなくても。大体ミハイルさんの所為じゃない。
 今更恥ずかしくなって、私は薬箱に視線を落とした

「いや、お前が普段泣かないのは知ってる。泣きたいときは泣けばいいと思うが」
「も、もういいですその話は……、それより包帯変えましょう」
「……自分でできる」
「駄目ですよ。ほら、体拭きますから脱いで下さい。血塗れじゃないですか」
「馬鹿、脱がすんじゃない」

 上着に手をかけると、めちゃくちゃ睨まれた。何故か舌打ちしながらミハイルさんが上着を脱ぐ。中のシャツはもうそれは酷い有様だった。ボロボロな上に血塗れで元の色が見当たらない。これは、洗濯と繕うくらいじゃどうにもできないな……

 しかし、シャツがそんなになるくらいの失血で縫合の必要がないのは不思議だ。同じく白いところの見当たらない包帯を外すと、深かった箇所の出血も収まっていた。
 でも、さすがにお風呂はまだ良くないだろうな。血流よくなっちゃうし。

「血、拭きますね。傷が痛んだらごめんなさい」
「いやもう、ほんとに自分でやるからいい。リエーフでも手伝ってこい」
「なんでそんな邪険にするんですか」
「お前はその辺りの察しだけ極端に悪いな……、わざとなのか」
「……?」
「いや、いい。リエーフに着替えを貰ってきてくれ」

 そうして私は無理矢理部屋を追っ払われたのだった。
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