死霊使いの花嫁

羽鳥紘

文字の大きさ
53 / 97

第五十二話 大義名分

しおりを挟む
 プリヴィデーニの街は近い。あまり急ぐこともないだろうと、お昼を食べてから出ることになった。
 
 リエーフさんと門の前で待っていると、いつもの正装をしてミハイルさんが姿を現す。そういえば、毎回ボロボロになるのに、出掛けるときにはピシッと綺麗になってるな。中のカッターも真っ白だ。スペアがたくさんあるんだろうか。

「礼服、今回は傷めないで下さいね」
「故意でやってるわけじゃない」

 リエーフさんはニコニコしてるけど、声の響きは懇願に近かった。なるほどあれは軍服ではなく、礼服なのか。そして、リエーフさんが直しているのか……。

 確かに、ロセリアはだいぶ昔に軍を持つことを止めたとリエーフさんは言っていた。彼の授業で習ったことだ。賢者は争いを嫌い、こと魔法で人を傷つけることは徹底的に禁じたと。だからこそ、国を守る結界が壊れた途端、帝国に乗っ取られてしまったわけだけど。

「わたくしもお伴しては駄目でしょうか……」
「あいつらだけでは不安だろう。留守を頼む」
「ですが、このところの外出はトラブル続きですゆえ、心配で……」
「嘘をつけ。顔が心配そうじゃない」

 半眼で言うミハイルさんの意見に私も賛成である。
 片手でリエーフさんを追い払い、ミハイルさんが馬に股がり、差し伸べられた手を取って、私も定位置……彼の前に腰を下ろす。……。近いんだよなぁ、やっぱり……

「そういえば、乗馬を教えてもらおうと思ってたんだった……」
「やめとけ」
「どうしてですか?」

 対面じゃないから顔を隠せるだけまだマシだけど。前と同じような答えを返されてたので聞いてみても、やはりそれ以上の返事はない。

「それは乗馬を怖がるミオ様を、大義名分の元、ギュッとできるからですよ♪」

 口を挟んだリエーフさんの脳天に、ミハイルさんが無言で拳を落とす。

「危ないからだ。怪我したらどうする」
「少し過保護すぎでは」
「日頃からお前が危ないことをしすぎるのが悪い。行くぞ」

 言葉が終わらないうちに、昏倒したままのリエーフさんを残して馬が走り出す。
 体に風を受けて、心臓がふわっとなる。

「悪いな、付き合わせて。馬は苦手なんだろう」

 苦手は苦手だ。でもレナートに連れ去られたときを思えば、今は全然怖くない。

「ミハイルさんがいれば平気です」
「……どうした。珍しくやけに可愛いことを言うな」
「かっ、かわ……!? な、何言ってるんですか!」
「お前こそ」

 見上げると、ミハイルさんは目を伏せた。
 今までの失言に比べたらなんてことないとは思う……と自分で言うのもなんだけど。でも、確かに言われてみれば、今までの失言よりも甘えたことを言ったかもしれない……。

 ……甘え、か。リエーフさんが、ミハイルさんは甘え方を知らないと言っていたけど、私だってよくわからない。もう少し素直に人に甘えられるような性格だったらと、思ったことも一度や二度じゃない。でも、やっぱり私は……、何かを与えてもらうなら、何かしなければと思ってしまう。

 それは私の我儘なのかな。今のところ、フェリニでもネメスでも、私がかけた迷惑の方が多大な気がするし。今だって、ミハイルさんがいなきゃ馬にも乗れない。やっぱり……リエーフさんに乗馬を習おうか。でも、そういうことじゃない気もする……、勉強も、髪も服も。何か空回りしてる気がしてならない。

 景色は比較的ゆっくりと進んでいく。街はまだ遠い。……急ぐことはないと、言ってはいたけど。

「もう少し速くても大丈夫ですよ?」
「別に……そこまで急ぐ必要はない」

 私に気をつかってくれているのかと思ったけれど、素っ気ない返事が返ってきただけだった。

 徒歩でも二時間くらいだから、どんなにゆっくりしててもそれよりは掛からないだろうけど。なんか、こんなに近くにいるの……最近なかったから。ちょっと緊張する。
 あれ以来、とくに何もあるわけじゃなくて、ほっとする反面……不安な気持ちにもなる。それを紛らわすように、声を上げる。

「ミハイルさんって領主なんですよね? じゃあ、プリヴィデーニの街はミハイルさんが治めているんですか?」
「…………」

 険しい顔をしたまま、ミハイルさんはしばらく押し黙った。だがやがて口を開く。

「基本的に自治だ」
「いつも見てる書類は?」
「形式上のものだ。昔は見てすらいなかった」

 淡々と言葉を紡いていたミハイルさんが、ふと笑うように息を吐く。

「何もしなくとも、俺を恐れて領民も帝国も干渉しない」

 リエーフさんが言っていた。三年前、帝国の侵略を受けてから、ロセリア領の領主は全て帝国の人間に変えられたけどプリヴィデーニだけはそのままだったって。
 それは他の領地が成すすべなく侵略される中、プリヴィデーニだけは、帝国兵が撤退せざるを得なかったからだって。
 ミハイルさんが、たった一人で退けたからだって――。

 なら、何もしてないということはないだろうと思うけど。
 でもきっとそのせいで、帝国はミハイルさんの力を恐れる反面、その力を手に入れたくなったんだ。

「先代の頃は、それでも多少の親交はあったんだろうがな」
「先代……、ミハイルさんのお父さんですか?」

 ああ、と短く答えて、また沈黙が続く。
 ミハイルさんって、自分の話全然しないな。そもそも、会話自体そんなになかったか。

 三年前の、私の話をしない理由はわかった。でも、それ以外の話だってそんなにしない。
 少し近づけたと思っていたけど、思う度に距離を感じる。

 頼ってばかりだから……私も頼られるようになりたいんだけどな。何をすればそうなれるのか見当もつかない。
 そういえば物理的に仲良くというのも、どういうことかわからないけど。
 せめて埋まらないこの距離を、物理的に埋めてみることにして……、それが大義名分になるかはわからないけど、ちょっと、ギュッとしてみたり……して。

「……なんだ。やっぱり怖いんじゃないか」
「…………」

 とりあえずレイラに倣って、心の中で「バーカバーカ」と言っておいた。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

処理中です...