死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第五十三話 プリヴィデーニ

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 あの日……、声に唆されてお屋敷を抜け出したあの日以来、しばらくぶりに訪れるプリヴィデーニの街。
 やっぱり大きいなぁ。ネメスの街も大きかったけど、同じくらい……、賑わいはそれ以上じゃないかな。人通りも多いし、お店もたくさんあって、呼び込みの声がそこら中から聞こえる。

「降りるぞ。掴まれ」
「は、はい」

 通りは広かったけれど、露店が多くて人でごった返している。そんな中時折馬車が通る。危ないからだろうか、ミハイルさんが私を片手に抱えて馬を降り、その手綱を引いて歩き出す。

「はぐれるなよ」

 きょろきょろしていると、ミハイルさんに釘を刺された。前はそれどころじゃなかったから、ついつい色々眺めてしまうんだけど。……今だって遊びに来たわけじゃないもんね。
 色々聞いたり見たりしたい気持ちを押さえ、はぐれないように彼の服の裾を掴む。

 ミハイルさんは、何かの書付け――多分地図のようなものを見ていたが、こちらを一瞥すると私の手を振り払った。そして無言のまま、外れた私の手を握り直す。

 ……け、景色が頭に入ってこなくなったぞ。

「お……大きな街ですね」
「周辺からの移住もあったからな。領地自体は小さくなった」

 気恥ずかしさを隠すように他愛のない会話をする。そのうちに、ふと人込みが引いていることに気が付いた。いや、人が引いたんじゃない。私たちを避けている。
 あちこちから視線を感じる。けど、目が合うとパッとそらされる。
 まるで、不吉なものでも見るみたいに。

 大抵の人はそういう態度だったけど、たまに物珍しそうに私を眺める人もいる。ミハイルさんが言っていたのは、このことか……、確かに気持ちのいいものじゃないけど。
 また一人、好奇の目を私に向けた人と目が合う。だが、その顔はすぐに脅えたようなそれへと変わった。察しがついて、ミハイルさんを見上げて嘆息する。

「……ミハイルさん。そんな顔していたら益々イメージ下がりますよ」
「俺のことはいい」
「私は平気だと言ったはずです」

 ミハイルさんが、真偽を確かめるようにじっと私を見下ろす。
 別に無理をしているわけでもないから、じっとそれを見返す。

 そういう視線には、慣れている。私のことをよく知らない人に、勝手な憶測で評価されたり決めつけられてもそんなに心は痛まなくなった。
 ……わかって欲しい人にわかってもらえれば、いい。私は。
 でも、ミハイルさんはそれじゃ駄目だ。

 再び歩き出す彼の背をぼんやりと見ながら、考える。
 
 ミハイルさんは、きっと今まで周りから畏怖の対象として見られてきた。だからそれに慣れてしまっている。ううん……きっと、それを意に介さない努力をしてきたんだろう。自分が潰れないように。
 だけどそのせいで、すぐ孤独になろうとするし、往々にして自分の体を顧みない立ち回りをする。きっと自覚もないだろうけど。
 それじゃ、また前のようなことになる。

 今は孤立すべきじゃない。
 帝国やイスカとの諍いを避けるにしても、避けられなくなったとしても、私たちだけじゃきっとどうにもならない……、どうするべきか、まだ全くわからないけれど、味方は多い方がいい。少なくとも、敵を作るべきじゃない。
 レナートもフェオドラさんも、味方ではないながら、私たちを助けてくれた。今、仮初めにも穏やかな日々を送れているのは、二人のお陰だ。
 ミハイルさんには、ああいう人との繋がりが必要なんじゃないかな……。

 そんなことをぼんやり考えながら歩いているうち、やがてミハイルさんが足を止める。

「これは……領主様」

 入り口にいた制服の男が、ミハイルさんを見て帽子を取る。

「邪魔をする。馬を頼む」

 手綱をその人に押し付けて、ミハイルさんが建物の中に入っていくので、あわててそれについていく。制服を来た人が出入りしていて物々しい感じ。自警団の詰所……というところか。

「こんにちは。あの、お忙しいところすみません。宜しくお願いします」

 通りすがりにそう声を掛けてみると、今まで震えていた彼が、初めて私の存在に気がついたように顔を上げた。

「あ、はい……」

 返事をしてくれた彼に営業スマイルをきめてから、小走りにミハイルさんの後を追う。

 あの人、人付き合い向いてないからな。幽霊屋敷よりも、死霊使いの力よりも、あの人相と性格のほうが問題という気がする。
 そのあたり、私がフォローできればもしかして、領民からのイメージアップになるのでは?

 ……などと考えていたことは、中に入って吹き飛んだ。
 足の踏み場もないとはこのことだ。しかも、このにおい……、煙草? 散乱する灰に、吸殻に、書類に、上着。辛うじて覗く床も、窓も、黒く曇っている。

「……初めてお目にかかります、幽霊伯爵殿」

 机に向かっていた壮年の男性が、床に落ちたものを器用に避けながらこちらに向かって歩いてくる。彼は帽子も取らず、ミハイルさんに向けて手を差し出した。その手を、変なものでも見るように見下ろして、ミハイルさんが口を開く。

「……俺に握手を求めてきた奴は初めてだ」
「まさか呪われるわけではありますまい? 私はてっきり領民に関わらない、姿を見せない意の幽霊伯爵かと解していましたが」
「間違ってはいないな」

 ミハイルさんが皮肉を肯定すると、彼は意外そうな顔をした。触れるくらいの握手をした後、ミハイルさんが用件を切り出す。

「手間を取らせて悪いが調べたいことがある。このリストの名前で心当たりがあるものは」

 自警団長が、胡散臭そうにミハイルさんから書類を受け取る。だが、それに目を落としてすぐに顔色がみるみる変わった。

「……大体全て。ここ数年内にこの街で殺された者、行方不明になった者です」
「ほう……、名前だけでわかるか。随分仕事熱心だ」

 ミハイルさんが興味深げに声を上げる。

「どこでこのリストを」
「それは我が屋敷に来た死霊のリストだ」

 じわりと、男の額に汗が滲む。

「もし解決済のものがあれば、死霊が安らかに逝けるかもしれんのでな。捜査の進捗を教えてくれないか」
「俄かには、信じられん……」
「別に信じろとは言わん。ならば捜査資料の開示を領主権限で要求するまでだ」
「断る権利はありませんな。……失礼を。自警団長を務めておりますマクシムです。そちらは」

 男が――マクシムさんが顔を上げ、私に視線を移す。何と言っていいかわからずにミハイルさんを見上げると、彼は何か言いたげな顔をした。が、何も言わずにマクシムさんへと視線を戻す。

「……、妻だ」
「は、はじめまして。ミオと申します」

 ま、まあ他に言い様がないよね。自分で言ったことだし……、しかし慣れない。気恥ずかしさに思わず立ち上がって、スカートの端を摘まんだ。リエーフさんに教わった、この国式の礼が早速役に立った――ちょっとぎこちないかもしれないけど。
 慌てたように、マクシムさんが帽子を取って胸に抱く。

「失礼を」
「まだ公表してない。知らなくて当然だ」

 公表してないものを言っていいのだろうか。いいのか。どうせ帝国にも知られているし、レナートが知ってる以上イスカにも知られるだろうし。大体隠したいなら、初めから連れてこないだろう。そもそも最初からそういう契約だ……、さっき何か言いたげだったのはそれかもしれない。
 
「あの、私、お邪魔でしたら外で待ちます」

 捜査内容には守秘義務とかあるだろうし。領主であるミハイルさんはともかく、私が聞いていいものかどうかわからない。フォローしなきゃと思っていたけど、意外とちゃんと話できてるし。
 言うと、マクシムさんは少しほっとしたような顔をした。

「外まで出なくとも構いません。狭苦しいところで恐縮ですがここでお待ちください。領主様はこちらへ」
「あ、待ってください。お願いがあるんですけど……」

 ミハイルさんを伴って奥の部屋に行きかけたマクシムさんを呼び止める。怪訝な顔をした彼に向かって、私はずっと我慢していた一言を、営業スマイルと共に言い放った。


「お掃除してもいいですか?」
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