死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第五十四話 自業自得

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「お前の掃除好きには呆れるな……」
「かなりスッキリしました」

 ミハイルさんたちがお話している間に、詰所の中はかなり綺麗になった。
 書類は勝手に見ていいものかわからないので、落ちていたものをまとめた程度で、デスクもほとんど触っていないけど。
 ちらばったものを纏め、窓を拭いて、灰を捨て、発見したモップで床を拭き上げた。モップは使われた形跡がなく大変綺麗だったのだけど、一撃でデロデロになった……。

 しかし、大変に喜んでもらえたので気分がいい。

「数年前までは魔法で済ませていたんだ。生活に最低限必要なものには慣れるしかないが、掃除まではまだ手が回らない者も多いだろうな」
「だったら私、お掃除代行サービスでも始めてみようかな。需要ありそう」
「逞しいな、お前は……」

 少し複雑そうにミハイルさんが私を見る。

「そんなに寂しそうにしなくても、出ていったりしませんよ」
「してない」

 ムスッとしてミハイルさんが即答する。

「じゃあ、お屋敷出て、この街でお仕事していていいんですね」
「好きにしろ」

 てっきり、黙るかと思ったんだけど。気分を損ねてしまったかな。
 ちょっとしょんぼりしていると、不意に頭に手が置かれた。

「その代わり、そのときは俺も屋敷を出て着いていく」

 その手が滑って髪を撫でる。
 さっきよりずっと、人の視線を感じる。

「見られてますよ……」
「お前が悪い」
「……そうですね。すみません。出ていく気なんてないのに下らないこと言いました」

 素直に謝ると、ミハイルさんが足を止める。
 そして突然私を抱き上げた。

「ちょっ、ちょっと、何……」
「さっきから歩き方がおかしい。足痛めてるだろう」
「だからってこんな街中で……!!」
「一人で馬に乗れるなら街の外まで引いてやってもいいが」
「そ、それは無理!」
「だったら大人しく抱かれてろ。騒ぐと余計人目を引く」

 くぅぅ……、確かに、慣れない靴とヒールのせいで、足がかなり痛い。でも、靴擦れで足がボロボロになったとしてもその方がマシだ。

 最初から私たちへの視線は畏怖と好奇があったけど、明らかにその割合が逆転している。すれ違ったマダムが「あらあら」なんて言っているのが聞こえて顔から火が出た。
 ……もうこの際、怖がられたり不吉とか言われるよりいいのかな……

と、半ば開き直ったときだった。

「領主さま!」

 通りを挟んで向い側から声が上がる。まだ幼い、たどたどしい声。

そちらに視線を向けると、ボロボロの服を来た男の子が、必死にこちらに向かって走って来ようとしていた。――馬車が行き交う大通りを。

 悲鳴をあげかけた私の目の前で、ミハイルさんが手近にあった石の彫像に、思い切り頭突きをする。

『捉えよ!』

 その頭から滴る血が、男の子の体に絡みついて彼の体を空へと浮かす。その直後に、馬車は止まった――

 ――男の子がいたところを通りすぎて。


 ※


「ごめんなさい。私を抱えていなければ……」
「俺の自業自得だ。気にするな」

 ミハイルさんが助けた男の子を小脇に抱え、私たちは騒然とする通りをほうほうの体で退散してきた。ようやく人通りの少ない路地裏に入って、念のために持っていた止血セットでミハイルさんの頭の傷を手当てする。

「自業自得?」
「……とにかく。俺に何の用だ」

 手当が終わり、ミハイルさんが男の子を見下ろす。
 歳は……、まだ五、六歳くらいだろうか。薄い金髪に、伏し目がちでよく見えないけど、鮮やかな翠色の瞳をしている。やんちゃそうな顔をしているけど、今はそれより恐怖の色が濃い。

 彼は地面に座り込んで、傍目にわかるほどブルブルと震えていた。馬車に轢かれかけたせいか、いきなり空に投げ出されたためか、それともミハイルさんが怖いのか……或いは、その全てかもしれない。

「ええと……、じゃ、私に教えてくれるかな?」

 埒があかないので助け船を出してみるが、やっぱり男の子は答えてくれない。

「すみません……私もあまり子供に好かれなくて……」
「子供には子供。試しに呼んでみるか」

 子供……、思い浮かぶのは一人だけなんだけど。果たしてうまくいくのか一抹の不安がある。とはいえ他に手段もなく。

『来い、レイラ!』

 ミハイルさんが右手を翳して喚ぶ。
 蒼い光が巻き起こり、波打つ金のツインテールを靡かせて、レイラが地面に降り立った。

「……何よ?」
「この子供に話を聞きたいんだが、俺たちでは怯えて話にならん。そこで子供は子供同士と」
「誰が子供よ!?」

 髪の毛を逆立てて、レイラがミハイルさんの首を両手で掴む。「まぁまぁ」と彼女を宥めても彼女は聞く耳持たずで、気を逸らすために話を変える。

「そういえば、レイラって屋敷の外は調子が悪くなるんじゃないの? 大丈夫なの?」
「当主に召喚された場合は、当主の力で顕現しているから平気なのよ。消耗するのは当主♪」

 適当に振った話は意外と効果があったようで、彼女は手を離すと鼻歌でも歌い出しそうに楽しげに答えた。一方それを睨むミハイルさんは、確かに顔色も調子も悪そうだ。息も少し荒い。
 だったら、早く用件を済ませてほしいんだけど、わざとのんびりしてるな、レイラ……。

 いやそれより、肝心のさっきの男の子。レイラの方をぼうっと見ている。わかる、見とれるよね。レイラは本当に、お人形みたいに綺麗だもの。

「お姉ちゃん、とても綺麗」
「あら……良い子じゃない。少しあたしとお話しましょうか?」

 お、やっと声を上げた。やっぱり男というのは、幾つでも綺麗な女性に弱いものなのか? とにかく、レイラを喚
んだのは大正解だったようだ。
 にこ、とレイラが笑いかけると、男の子はおずおずと話をし出した。

「ボク、ずっと幽霊伯爵に会いたかった。何度も屋敷まで行こうとおもったんだ。でも、辿り着くまでに、大人たちに連れ戻されて……、お手紙もたくさん書いたんだ。だけど、どうやって出すのかわからなかった……」
「この人に何の用だったのよ」
「ママを助けて欲しいの」

 そう口にした途端、堰を切ったように、男の子の両目からボロボロと涙が溢れ落ちる。

「でもこの人、幽霊伯爵よ? 幽霊しか相手にしてない人なのよ。助けて欲しいなら役人とか、街の人の方がいいと思うわ」
「だめだよ。だってママは――」

 そこで一度、男の子は言葉を止めた。それからなかなか次の言葉が継がれることはなく、焦れたレイラが口を開きかけた頃――、ようやく、彼は、その先を告げた。


「――死んじゃったんだもの」


 男の子から出た思わぬ言葉に、私たち三人は黙って顔を見合わせたのだった。
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