死霊使いの花嫁

羽鳥紘

文字の大きさ
70 / 97

第六十九話 心残りを置いて

しおりを挟む
 行くと決まれば慌ただしく時間は過ぎて。留守の間エフィルが困らないような備えと、出かける私たちの用意にリエーフさんは奔走していた。なので、日常の家事は私とエフィルでこなして、あっという間に日が暮れて。
 忙しいのはいい。体を動かしていれば、余計なことは考えなくて済む。

 ――と、思っていたのだけども。

「はぁーーー……」

 夕飯後、ミハイルさんの部屋で繕い物の続きをしながら、つい盛大な溜め息をついてしまった。

 というのも、リエーフさんが夕飯時に言い出したことのせいである。
 


「わたくしから一つご提案があるのですが」


 夕飯を作ったのは私とエフィルだったのだけど、せめて給仕をというリエーフさんに任せ、食卓についたときだった。

「思いのほか街の人たちと打ち解けることが出来はじめ、ようございました。お屋敷から去った人々も今のご主人様を見れば戻って来て下さるかもしれません……、そこでですが、帝国から戻りましたら」

 そういえば、昔はお屋敷にも使用人が沢山いたという話だったな。……うん。きっと、今のミハイルさんなら、もう大丈夫だろう。
 帝国から帰ったら、使用人を募集したりするのかな。そうしたら、お屋敷も賑やかになるのかな。
 なんて考えていたけれど。

「そろそろ結婚式しませんか??」

 お肉を切っていたナイフが滑って、ガシャンと派手な音を立てる。

「ご、ごめんなさい……」

 慌てて取り繕う私を見て、エフィルが不思議そうな顔をする。

「今する話じゃないだろう……」
「今だからこそではないですか。士気が上がるでしょう」
「お前だけだ」

 半眼で突っ込むミハイルさんに、エフィルが無邪気な声を上げる。

「旦那様と奥様のお式、まだだったんですか? わぁ、ボクすごく楽しみです! お手伝いします!」
「エフィ……」

 額を押さえながら、ミハイルさんが複雑そうな声を上げる。期待に満ちたエフィルの手前何も言えず、困り果てる私たちを前に、エンジンの掛かったリエーフさんは止まらない。

「あぁ、今となっては先走らずに良かったです。今なら出席者が死霊ばかりということもないでしょう。当家は不吉とされて招待者の九割が欠席でございましたが、使用人や親交のある領民とささやかに披露宴を催したものでした……」

 などという話を延々と聞かされ今に至る。



「嫌なら嫌だと言えばいいだろ」

 溜息を吐き続ける私を見かねたのか、書類を片手にミハイルさんがボソリと呟く。

「ミハイルさんは平気なんですか?」

 本人を前に、憂鬱な顔をするのは失礼だったと思うけれど。私に判断を委ねるような言い方をするので、ついそんな風に言い返してしまった。

「……平気かとは?」

 問いを問いで返されて答えに困る。私だって、何が引っ掛かっているのか、自分でもはっきりとわからないのだ。

「わ、私と……その、け、結婚してもいいんですか」

 何と言っていいかわからずにそう問うと、彼は妙な顔をした。

 そりゃそうだ。そういう契約でここに住み始めた上に、契約だけでいるわけじゃないとも言った。わかってる。花嫁にしろとも触れ合いたいとも好きだとも言った。言ったけど。思い返せば我ながら凄いことを言ってきたものだと思うけど、違うのだ。多分ミハイルさんも言葉通り受け取ってない気がする。

 彼を支えたい気持ちに嘘はないし、そのために命を削る覚悟もある。
 だけどそれはこのお屋敷の花嫁としての覚悟で。それと彼と結婚することは、同じだけど微妙に違う。少なくとも私の覚悟の種類が違う。

「……お前はどうなんだ」

 結局答えてくれないまま、同じことを問い返される。
 
 ……式挙げるくらいで、そこまで拘る必要はないのかもしれないけど。何か、そういう儀式的なものを挟んでしまったら、関係も距離感も変わってしまいそうで怖い。
 触れられたり、抱きしめられたりするのは本当に嫌じゃない。だけどそれ以上は……やっぱり怖い。ただでさえ弱くなった自分が、もっと弱く情けなくなるんじゃないかと思うと……そんなところは見られたくない。

「式を挙げたり、その……ええと、夫婦がするようなことをしていなかったら、花嫁とは認められないのでしょうか? 死霊がいても、あなたがどんな力を持っていても平気です。危険でも、命を削ることになっても構わない。それだけじゃ駄目ですか? できるなら私は、このまま……、今のままがいい」

 ミハイルさんが書類を置いて、腕を組む。なかなか答えは返ってこなくて、手元に視線を落とす。だけど裁縫の続きをする気にはならなかった。

「ごめんなさい……、私変なことを言っていますよね」
「いや。言いたいことはわからなくもない。俺も、お前が居てくれればそれで充分だと思っていた」

 居るだけでいい……と言われると、安堵と共に少しの寂しさもある。でもそれを言うのはさすがに我儘が過ぎるというものだろう。
 これでいい。曖昧でも、今のままが一番――、

「……いた?」

 ふと、過去形なのに気付いたとき。影が落ちて顔を上げる。その私の顔に手が触れる。

「ああ。今は違う。俺は今のままは少し嫌だ」

 今まで繕っていた服が、膝の上から滑り落ちて行くのを感覚だけで感じる。

「……お前にちゃんと伝えなければいけないと思っていたことがある。帝国から帰ったら聞いて欲しい。その上でお前が今のままを望むなら、それでいい」

 何か答えなければと。思っているのに声が出ない。……いつもこうだ。
 触れている手が優しく頬を撫でる。まるで壊れ物を扱うかのように、そっと。動けないままの私を、彼はしばらく躊躇うように眺めていたが、やがてその顔が近づく。

「……ッ」

 目を閉じようとしたけど、それもできないくらいに体が竦む。だけど一瞬こめかみに唇が触れただけで、すぐに彼は体を離した。

「……表向きだけだとしても、俺の妻としてついて来るならそれくらい慣れてくれ」

 ノックの音が部屋に響いて、ミハイルさんが私に背を向ける。
 扉に向かうミハイルさんを後目に、落とした服を拾って、裁縫道具を仕舞う。……少し、手が震えてる。

 それくらいと言われても。
 破談とはいえ三人も婚約者がいた人と一緒にしないで欲しい。こんなの慣れられるわけがない。

 そんな文句を言う余裕なんかも当然なくて。

 その間に、扉の開く音と、リエーフさんの声が耳に入ってくる。

「……もしかしてわたくし、また邪魔しましたか」
「別に。むしろ珍しくいいタイミングだった」
「でもお顔が真っ赤ですよ、坊ちゃん」
「……え?」

 沈黙したミハイルさんに代わって、声を上げたのは私の方だった。
 リエーフさんの冗談かと顔を覗き込もうとしたら、ふいと顔を背けられてかわされる。

「やっぱりお邪魔だったみたいですね」

 攻防を繰り広げていると、リエーフさんがニコニコとこちらを見つめる。ミハイルさんがそれに対してなにか言う前に、私はリエーフさんの背中をグイグイと扉の外に押し出しにかかった。「おやおや」とか言いながら、されるがままにリエーフさんが外に出たので扉を閉める。
 
「やっぱり、私も今のままは少し嫌かもしれません。はっきりしないの性に合わないですし」
「……ほう」

 今まで顔を見せなかったミハイルさんが、ようやくこちらを見る。真っ赤ではないけどうっすら赤いような気もする……、表情はいつもの仏頂面だけど。

「でははっきりさせてから……ぶっ」

 肩を掴まれ、顔が近づいて、慌てて両手で彼の顔を押さえて、先を続ける。……やっぱさっきのはリエーフさんの冗談だったのでは……?

「か、帰ってからで」
「帰ったらいいのか?」
「話を……聞いてから考えます……」
「長旅になる。心残りは失くしておきたいんだがな」
「心残りがあった方が無事に帰れるとか言いますし」
「確かに。これでは死ぬに死ねん」

 私の手を外して、ミハイルさんが溜息と共に呟く。

「必ず帰ってきましょうね」

 ミハイルさんが「ああ」と即答するのを聞いて、リエーフさんを招き入れるために扉に手をかける。


 考えることがたくさんありすぎて、全然思考はまとまらないし。
 この関係をちゃんとできる自信もあまりないけど。

 でも今は目の前のことを。必ずここに帰ってくるという、確かな決意を。
 ……きっと大丈夫。どんなにひどく散らかった部屋でも、時間をかければ片づけられる。
 

 そう信じて、私は扉を開くのだった。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

処理中です...