死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第六十五話 賢者

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「改めて、諸君。私は前ロセリア国王レオニート。面識があるのは……執事と、あとはエドアルト・アドロフ閣下くらいかな」
「……僕はお前なんか知らない」

 唐突に名指しされて、エドアルトがふいと顔を背ける。

「君は有名だからね」
「名前を知ってるだけじゃ面識とは言わない……」

 言いかけて、ふとエドアルトは言葉を止めた。
 そして何か考え込むように腕を組んで、解き、宙を睨んで、そして再びまじまじと国王を見る。

「……僕は前国王陛下にお会いしたことはない。でも、その顔、見覚えがある……」

 エドアルトの済んだ碧眼を覗き返して、国王が意味ありげに笑う。
 それを見て、エドアルトは「あ」と小さく声を上げた。そして、ぼそりと自信なさげに続ける。

「賢者……、まだ生きてる頃に城で見た」
「正解」

 短く、国王はエドアルトの言葉を肯定した。
 賢者。名前ではないその言葉だけでは曖昧すぎるけれど……、その単語には聞き覚えがある。その記憶を私が引っ張り出すまでもなく、国王は補足するように言葉を継いだ。

「正確にはその子孫だが。ロセリアに魔法をもたらした賢者――私はその賢者の人格と記憶を継いでいる」

 待って、だいぶ話に着いていけないんだけど。
 レイラはともかく、エドアルトやアラムさんも混乱した様子だったが、ミハイルさんやリエーフさんにはそれがない。恐らく二人は知っていたんだろう。

「千年近く昔の話だ。賢者は魔法の力でこの世界を変えようとした。しかし、血を嫌い平和を築きたかった賢者と、その力で人々を支配したかった帝国は折り合わず、両国は結界によって隔たれた……、永き時が流れても、帝国の考え方は変わらないらしいな」

 その話は、前にレナートからも聞いていた。まさか、張本人からも聞くことになるとは思わなかったけど。
 それからはなかなか誰も声を上げなかったので、おずおずと気になったことを聞いてみる。

「……魔法を伝えたのが貴方なら、なぜ魔法の力が暴走したのかわかっているんですか?」
「勘違いしないでほしいんだが、賢者の記憶や人格を持っていたからとて私は賢者本人ではない。そして、永遠に続くものなどありはしない」

 つまり、わからないと言うことか。
 私を見て、国王がふっと笑う。

「ただ、賢者はひとつ誤った。人と共に進化していくものでなければ未来などない。プリヴィデーニ伯爵の過ちにより魔法による無秩序を恐れた賢者は、力に制限をかけた。その時点で、終わりは見えていたね。あ、これは私自身の所見だけど」

 その、長いとは言えない語りから、少ない情報を拾って繋げる。
 プリヴィデーニ伯爵の過ちとは、以前彼自身やミハイルさんが言っていた、亡くなった息子を甦らせたミハイルさんのご先祖のことだろう。死者が甦っては秩序が保てない。だから、魔法でできることを限定した……、そう考えると一つ疑問が生まれる。

「記憶と人格を受け継いでいくというのは制限に入らないんですか? 生き返ってはいないのかもしれないですけど、それもかなり常識外という気がします」
「もちろん制限された。魔法の力は、不便なく生活を送るために限られた。それでも使い方を誤れば無秩序を招く。それを防ぐためには賢者本人は力を継ぐ必要があった。死者蘇生は人の理からも魔法の理からも外れるが、次の器に記憶を渡すくらいなら魔法の範疇ではあるのでね」

 私が何を問いたいのか――、彼は的確に察しているようだった。

「どちらかといえばキミの方が常識外だ。世界が違うとはいえキミは魂と器に加えて前世の記憶まである。その代償は伯爵が払っているけど、全てを有するには――」
「――帝国の話をしに来たんじゃないのか」

 ミハイルさんが、国王の話を遮る。少し不愉快そうに眉を寄せながらも、彼はそこで口を噤んだ。
 
「君に偉そうにされる筋合いはないね。大体キミがもう少し早く呼び出しに応じていれば、わざわざ帝国まで行かなくて済んだだろうに」

 国王の視線がミハイルさんに移る。不愉快そうだったのは一瞬のことで、今は一応唇は笑みの形になっている。だけど目は笑っていない。
 対するミハイルさんは敵意を隠しもしない険しい顔だけど、いつものことといえばいつものことだ。
 睨み合う二人の間に、リエーフさんが割って入る。

「そうでしょうか? 状況の不安定な中、相手の情報もわからぬままに応じるのが得策とも思えません。権力に靡かない不確定な力だからこそ均衡が保たれたとも言えます」
「だからといって今回も無視すれば、全力で潰しに来るだろう。靡かぬ力ならいっそ脅威となる前に摘むべきだと」
「……行かんとは言っていない」
「敵地に単身? あまりに分が悪い」

 暗に行けと示す言葉の後に、百八十度違う意見を口にする。ミハイルさんは取り合わなかったが、今まで黙って成り行きを見ていたアラムさんが飄々とした様子でそこに突っ込む。

「ならどうしろと言うんです?」

 途端、国王がパッと笑う。今までとは明らかに質の違う、無邪気なまでの笑みを浮かべて、楽しそうに――私を見て。

「つまりは、全てを凌ぐ圧倒的力があればいい。だが伯爵の力は偶然の産物にすぎないしあまりに血生臭い。だから――私は澪が欲しい」
「……は?」

 確かに、ずっとちょっかいを出され続けていたけど。それじゃ益々意味がわからない。

「どうして私なんですか? 私には何の力もありません」
「キミになくともキミの記憶にはある。澪は元々高い文明を持つ世界にいただろう。それは魔法に代わる力になる……、私にもう体はないが思考する力はある。私がその力で再びロセリアを平定する。いや……もう私に体はないから、澪が王になればいい。私と来れば、キミは王になれる」

 すっと、彼が私に向かって手を伸ばす。その前にはミハイルさんが立ちふさがっているが、それでも私は逃れるように一歩引いた。

「……私にはもう、その記憶もありません」
「まだ間に合う。その分の代償は私が払う」
「賢者の過ちは……幸せを与えるものだと思っていることじゃないでしょうか。貴方も同じ。自分で言っていたじゃないですか。共に進化していかないと意味がないと」

 賢者も、この人もそうだ。ごく自然に他人を自分の下に置いている。平和は常に圧倒的力の下にあると思っている。
 でも……帝国のように支配するわけじゃなく、あくまで平和を保とうとし、そして千年近くそれを成したなら、私にはそれを間違いとは言い切れない。もしかしたら正しいのかもしれない……でも、それでも私は、誰かの上に立ちたいと、王になりたいとは思えない。
 笑われるか食い下がるかと思ったが、存外素直に彼は手を引いた。

「……やっぱりキミとはそりが合わないね。まぁ、選択肢の一つとして知っていて貰えればいい。気が向いたらいつでもおいで」
「向きません」
「わからないよ。変わらないものはない。現に何度も隙を見せるほど、その男の側にいてもキミは迷ったり苦しんだりしている。信じきっているわけじゃない」
「……ぐちゃぐちゃうるさいわね! ミオは行かないって言ってるでしょ!」

 耐えかねたように飛び出していくレイラの腕を慌てて掴む。彼女を押しとどめながら、私は彼の言葉に答えを返す。肯定でも否定でもない言葉を。

「確かに……そうかもしれません。だけど同じ信じられないのなら、私は裏切られてもいいと思える人を選びます」
「詭弁だね。キミもそこで喚いてる子供とまるで同じだ」
「ええその通りです……、だからそれじゃ挑発にはなりません。あなたは交渉が下手です」

 ふと、興味を失ったように彼は笑みを消した。

「精々気を付けろ、ミハイル・プリヴィデーニ。キミが要だ。挙動一つでロセリアの未来は消える」
「ロセリアの未来など俺の知ったことじゃない」
「だがキミももうこちら側の人間だ。三年前とは違う目をしている。だからきっとキミは戦うさ」
「…………」

 ミハイルさんが押し黙ると、国王は私たち一人一人に視線を当てた。それから、金色の目をすっと細める。その目を、どうしても好きにはなれないけれど。でも視線を逸らせない。国王たる威厳がそこにはあった。
 
「ロセリアが豊かな資源の中で平和に暮らしている間、帝国はそれを横目にじりじりと食い潰してきた。飢えた獣だ……、ただ、唐突に目の前に現れた餌を貪る前に、増やす方法を探っているだけ。ないとわかればとたんに食うぞ」

 真に迫る口調に背中がぞくりとする。

「そろそろ姿を保つのも限界だな。じゃあ、またね。澪――」

 
 最後に私の名を呼んで、彼の姿はかききえた。
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