死霊使いの花嫁

羽鳥紘

文字の大きさ
72 / 97

第七十一話 温泉宿

しおりを挟む
 それからもミハイルさんの調子は悪くなる一方で。
 宿についてからも歩くのがやっと、という感じだった。それすら相当無理していたんじゃないかと思う。

「どうですか、坊ちゃんの様子は」

 部屋を出てすぐに、リエーフさんがいつになく神妙な顔で問いかけてくる。本人の前ではそんな素振りはあまり見せないけれど、やっぱり本当は心配なんだろうな。

「部屋についてすぐ眠ってしまいました。やっぱりだいぶ無理してたんじゃないかと」
「そうですか……。坊ちゃんがご病気など初めてのことでございます」
「……帝国に入ってからずっとです。嫌な空気だと。病気ではなく、ミハイルさんにしか感じられない何かがあるのかもしれません」

 最初は指輪で少し持ち直してた。調子が悪くなるにつれて気休め程度になってしまったが、多少なりとも効いたということは、やはり霊が関係しているようにも思える。
 でも、帝国に入ってから一度も死霊は見ていない。もしかして私が気付いてないだけかもしれないけれど、ミハイルさんにもその素振りはなかった。
 だったら、あの苦痛の原因は何だろう……、霊を捕らえているわけでもないのに。

「とにかく、私もう少し診てます」
「子供じゃあるまいし、そうつきっきりでなくとも良かろう」

 フェオドラさんの声が、私とリエーフさんの会話を割る。

「君もあまり顔色が良くない。移動で疲れているんじゃないか」
「でも私、他にできることもないので」
「健康でいるのも努めだ」

 ミハイルさんがいる部屋を一瞥して、フェオドラさんが言う。
 健康には自信がある……いやあったんだけど、それで一度高熱出して倒れた前科があるから大きなことは言えない。今倒れてる張本人だって、病気知らずだったと言うし。
 何もできないなら、せめて自分の体調は管理しないととは思ってはいるけど。
 でも、苦しそうなのを放ってもおけなくて。

「食事は」
「えっと……、ミハイルさんが起きたら一緒にします」
「そうか」

 怒られるかと思ったが、フェオドラさんはそれについては何も言わなかった。が、黙りもしなかった。

「では風呂にでも行くか」
「お風呂?」
「ああ。風呂は共同だ。だが広いぞ」

 広いお風呂……、ちょっと興味はあるけど。

「お待ち下さい。さすがにお二人でというのはどうかと」

 成り行きを見守っていたリエーフさんが、おずおずと口を挟む。

「では一緒に来ればいい」
「混浴でございますか」
「違うが、体を隠しておけばまぁなんとかなるだろう」
「色々問題がございましょう」

 おお、リエーフさんが突っ込んだ。私は何から突っ込めばいいかわからなかったぞ。確かに、リエーフさんは女性と言われればそう思うほど綺麗な顔をしているけれど。彼も言った通り、そういう問題ではない。
 リエーフさんの突っ込みを受けて、フェオドラさんがカラカラと笑う。そしてしばらく笑った後、一瞬で綺麗にその笑みを消した。

「冗談は置いといて、だ。私は皇帝陛下からプリヴィデーニ卿を連れて来るよう命じられている。それを遂行するためにも、君たちの安全を脅かすものがあれば我が剣に誓って排除する。つまりは、私は帝都までは味方だ」
「とは言いましても」
「何か裏があるのならもう少し上手くやるさ。卿が寝込んでいるこの絶好の好機にわざわざまどろっこしいことをする謂われもない。さ、行くぞミオ」
「え、あ、はい」

 いいのかな。
 でも、確かにフェオドラさんの言うことも尤もだし。ミハイルさんがあんな状態である以上、一人で行動するよりはまだ、フェオドラさんと一緒の方が安全かも……と思うのは気を許しすぎだろうか。
 などと考えている間にも、ズルズル引きずられていってしまう。

「大丈夫です、リエーフさん。何かあったら喚びますから」

 左手を少し掲げて、心配そうなリエーフさんにそう言うが。

「女湯に……?」
「背に腹は変えられませんので」

 違う意味で、リエーフさんの顔が心配そうになった。


 ※


 宿の中には、至るところに剥き出しの配管が通っている。床も壁も打ちっぱなしのコンクリートといった感じで、ロセリアよりだいぶ武骨な印象だ。でも電気があるから明るい。そして、外は寒いがひとたび屋内に入れば暖かだった。フェオドラさんの話ではこの国では雪がエネルギー源になるらしいから、多分暖房設備が整っているんだろう。

 先を歩いていたフェオドラさんが扉を押すと、湿気が流れ込んでくる。

「お風呂のお湯を温めているのも雪なんですか?」
「その場合もあるが、ここは天然だな」

 ということは、温泉か。
 時間が遅いからか、他に人の姿はない。お風呂は好きだけど共同というのはちょっと苦手なのでありがたいな、なんて考えている間に、ためらいなくフェオドラさんが服を脱ぎ捨てる。

「ほら、早く行くぞ。あまり待たせると卿と執事が乗り込んで来そうだ」

 早くも全裸になったフェオドラさんが苦笑する。うん、まぁ、あながち冗談にもならない。
 設置されている簡素な棚に、フェオドラさんが無造作に服を投げ入れる。どこをとっても豪快だなぁと思わず見とれそうになって目を逸らす。同姓とは言えどまじまじ見ては失礼だ。
 私も服を脱いで、簡単に畳んで棚に置いた。置いてあるもの全てに飾り気はないが、掃除は行き届いている感じ。

「ふむ……、卿は果報者だなぁ」
「はい?」

 えと……同姓でもあまりじろじろ見るのは失礼かと……
 困っていると、ばさりとタオルが飛んでくる。新しくはないし、いい香りがしたりもしないけど、汚れ1つなく無臭。

「さ、行こうか」

 そう言って、備え付けのタオルを取って歩き出すフェオドラさんの背を追った。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

処理中です...