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第七十一話 温泉宿
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それからもミハイルさんの調子は悪くなる一方で。
宿についてからも歩くのがやっと、という感じだった。それすら相当無理していたんじゃないかと思う。
「どうですか、坊ちゃんの様子は」
部屋を出てすぐに、リエーフさんがいつになく神妙な顔で問いかけてくる。本人の前ではそんな素振りはあまり見せないけれど、やっぱり本当は心配なんだろうな。
「部屋についてすぐ眠ってしまいました。やっぱりだいぶ無理してたんじゃないかと」
「そうですか……。坊ちゃんがご病気など初めてのことでございます」
「……帝国に入ってからずっとです。嫌な空気だと。病気ではなく、ミハイルさんにしか感じられない何かがあるのかもしれません」
最初は指輪で少し持ち直してた。調子が悪くなるにつれて気休め程度になってしまったが、多少なりとも効いたということは、やはり霊が関係しているようにも思える。
でも、帝国に入ってから一度も死霊は見ていない。もしかして私が気付いてないだけかもしれないけれど、ミハイルさんにもその素振りはなかった。
だったら、あの苦痛の原因は何だろう……、霊を捕らえているわけでもないのに。
「とにかく、私もう少し診てます」
「子供じゃあるまいし、そうつきっきりでなくとも良かろう」
フェオドラさんの声が、私とリエーフさんの会話を割る。
「君もあまり顔色が良くない。移動で疲れているんじゃないか」
「でも私、他にできることもないので」
「健康でいるのも努めだ」
ミハイルさんがいる部屋を一瞥して、フェオドラさんが言う。
健康には自信がある……いやあったんだけど、それで一度高熱出して倒れた前科があるから大きなことは言えない。今倒れてる張本人だって、病気知らずだったと言うし。
何もできないなら、せめて自分の体調は管理しないととは思ってはいるけど。
でも、苦しそうなのを放ってもおけなくて。
「食事は」
「えっと……、ミハイルさんが起きたら一緒にします」
「そうか」
怒られるかと思ったが、フェオドラさんはそれについては何も言わなかった。が、黙りもしなかった。
「では風呂にでも行くか」
「お風呂?」
「ああ。風呂は共同だ。だが広いぞ」
広いお風呂……、ちょっと興味はあるけど。
「お待ち下さい。さすがにお二人でというのはどうかと」
成り行きを見守っていたリエーフさんが、おずおずと口を挟む。
「では一緒に来ればいい」
「混浴でございますか」
「違うが、体を隠しておけばまぁなんとかなるだろう」
「色々問題がございましょう」
おお、リエーフさんが突っ込んだ。私は何から突っ込めばいいかわからなかったぞ。確かに、リエーフさんは女性と言われればそう思うほど綺麗な顔をしているけれど。彼も言った通り、そういう問題ではない。
リエーフさんの突っ込みを受けて、フェオドラさんがカラカラと笑う。そしてしばらく笑った後、一瞬で綺麗にその笑みを消した。
「冗談は置いといて、だ。私は皇帝陛下からプリヴィデーニ卿を連れて来るよう命じられている。それを遂行するためにも、君たちの安全を脅かすものがあれば我が剣に誓って排除する。つまりは、私は帝都までは味方だ」
「とは言いましても」
「何か裏があるのならもう少し上手くやるさ。卿が寝込んでいるこの絶好の好機にわざわざまどろっこしいことをする謂われもない。さ、行くぞミオ」
「え、あ、はい」
いいのかな。
でも、確かにフェオドラさんの言うことも尤もだし。ミハイルさんがあんな状態である以上、一人で行動するよりはまだ、フェオドラさんと一緒の方が安全かも……と思うのは気を許しすぎだろうか。
などと考えている間にも、ズルズル引きずられていってしまう。
「大丈夫です、リエーフさん。何かあったら喚びますから」
左手を少し掲げて、心配そうなリエーフさんにそう言うが。
「女湯に……?」
「背に腹は変えられませんので」
違う意味で、リエーフさんの顔が心配そうになった。
※
宿の中には、至るところに剥き出しの配管が通っている。床も壁も打ちっぱなしのコンクリートといった感じで、ロセリアよりだいぶ武骨な印象だ。でも電気があるから明るい。そして、外は寒いがひとたび屋内に入れば暖かだった。フェオドラさんの話ではこの国では雪がエネルギー源になるらしいから、多分暖房設備が整っているんだろう。
先を歩いていたフェオドラさんが扉を押すと、湿気が流れ込んでくる。
「お風呂のお湯を温めているのも雪なんですか?」
「その場合もあるが、ここは天然だな」
ということは、温泉か。
時間が遅いからか、他に人の姿はない。お風呂は好きだけど共同というのはちょっと苦手なのでありがたいな、なんて考えている間に、ためらいなくフェオドラさんが服を脱ぎ捨てる。
「ほら、早く行くぞ。あまり待たせると卿と執事が乗り込んで来そうだ」
早くも全裸になったフェオドラさんが苦笑する。うん、まぁ、あながち冗談にもならない。
設置されている簡素な棚に、フェオドラさんが無造作に服を投げ入れる。どこをとっても豪快だなぁと思わず見とれそうになって目を逸らす。同姓とは言えどまじまじ見ては失礼だ。
私も服を脱いで、簡単に畳んで棚に置いた。置いてあるもの全てに飾り気はないが、掃除は行き届いている感じ。
「ふむ……、卿は果報者だなぁ」
「はい?」
えと……同姓でもあまりじろじろ見るのは失礼かと……
困っていると、ばさりとタオルが飛んでくる。新しくはないし、いい香りがしたりもしないけど、汚れ1つなく無臭。
「さ、行こうか」
そう言って、備え付けのタオルを取って歩き出すフェオドラさんの背を追った。
宿についてからも歩くのがやっと、という感じだった。それすら相当無理していたんじゃないかと思う。
「どうですか、坊ちゃんの様子は」
部屋を出てすぐに、リエーフさんがいつになく神妙な顔で問いかけてくる。本人の前ではそんな素振りはあまり見せないけれど、やっぱり本当は心配なんだろうな。
「部屋についてすぐ眠ってしまいました。やっぱりだいぶ無理してたんじゃないかと」
「そうですか……。坊ちゃんがご病気など初めてのことでございます」
「……帝国に入ってからずっとです。嫌な空気だと。病気ではなく、ミハイルさんにしか感じられない何かがあるのかもしれません」
最初は指輪で少し持ち直してた。調子が悪くなるにつれて気休め程度になってしまったが、多少なりとも効いたということは、やはり霊が関係しているようにも思える。
でも、帝国に入ってから一度も死霊は見ていない。もしかして私が気付いてないだけかもしれないけれど、ミハイルさんにもその素振りはなかった。
だったら、あの苦痛の原因は何だろう……、霊を捕らえているわけでもないのに。
「とにかく、私もう少し診てます」
「子供じゃあるまいし、そうつきっきりでなくとも良かろう」
フェオドラさんの声が、私とリエーフさんの会話を割る。
「君もあまり顔色が良くない。移動で疲れているんじゃないか」
「でも私、他にできることもないので」
「健康でいるのも努めだ」
ミハイルさんがいる部屋を一瞥して、フェオドラさんが言う。
健康には自信がある……いやあったんだけど、それで一度高熱出して倒れた前科があるから大きなことは言えない。今倒れてる張本人だって、病気知らずだったと言うし。
何もできないなら、せめて自分の体調は管理しないととは思ってはいるけど。
でも、苦しそうなのを放ってもおけなくて。
「食事は」
「えっと……、ミハイルさんが起きたら一緒にします」
「そうか」
怒られるかと思ったが、フェオドラさんはそれについては何も言わなかった。が、黙りもしなかった。
「では風呂にでも行くか」
「お風呂?」
「ああ。風呂は共同だ。だが広いぞ」
広いお風呂……、ちょっと興味はあるけど。
「お待ち下さい。さすがにお二人でというのはどうかと」
成り行きを見守っていたリエーフさんが、おずおずと口を挟む。
「では一緒に来ればいい」
「混浴でございますか」
「違うが、体を隠しておけばまぁなんとかなるだろう」
「色々問題がございましょう」
おお、リエーフさんが突っ込んだ。私は何から突っ込めばいいかわからなかったぞ。確かに、リエーフさんは女性と言われればそう思うほど綺麗な顔をしているけれど。彼も言った通り、そういう問題ではない。
リエーフさんの突っ込みを受けて、フェオドラさんがカラカラと笑う。そしてしばらく笑った後、一瞬で綺麗にその笑みを消した。
「冗談は置いといて、だ。私は皇帝陛下からプリヴィデーニ卿を連れて来るよう命じられている。それを遂行するためにも、君たちの安全を脅かすものがあれば我が剣に誓って排除する。つまりは、私は帝都までは味方だ」
「とは言いましても」
「何か裏があるのならもう少し上手くやるさ。卿が寝込んでいるこの絶好の好機にわざわざまどろっこしいことをする謂われもない。さ、行くぞミオ」
「え、あ、はい」
いいのかな。
でも、確かにフェオドラさんの言うことも尤もだし。ミハイルさんがあんな状態である以上、一人で行動するよりはまだ、フェオドラさんと一緒の方が安全かも……と思うのは気を許しすぎだろうか。
などと考えている間にも、ズルズル引きずられていってしまう。
「大丈夫です、リエーフさん。何かあったら喚びますから」
左手を少し掲げて、心配そうなリエーフさんにそう言うが。
「女湯に……?」
「背に腹は変えられませんので」
違う意味で、リエーフさんの顔が心配そうになった。
※
宿の中には、至るところに剥き出しの配管が通っている。床も壁も打ちっぱなしのコンクリートといった感じで、ロセリアよりだいぶ武骨な印象だ。でも電気があるから明るい。そして、外は寒いがひとたび屋内に入れば暖かだった。フェオドラさんの話ではこの国では雪がエネルギー源になるらしいから、多分暖房設備が整っているんだろう。
先を歩いていたフェオドラさんが扉を押すと、湿気が流れ込んでくる。
「お風呂のお湯を温めているのも雪なんですか?」
「その場合もあるが、ここは天然だな」
ということは、温泉か。
時間が遅いからか、他に人の姿はない。お風呂は好きだけど共同というのはちょっと苦手なのでありがたいな、なんて考えている間に、ためらいなくフェオドラさんが服を脱ぎ捨てる。
「ほら、早く行くぞ。あまり待たせると卿と執事が乗り込んで来そうだ」
早くも全裸になったフェオドラさんが苦笑する。うん、まぁ、あながち冗談にもならない。
設置されている簡素な棚に、フェオドラさんが無造作に服を投げ入れる。どこをとっても豪快だなぁと思わず見とれそうになって目を逸らす。同姓とは言えどまじまじ見ては失礼だ。
私も服を脱いで、簡単に畳んで棚に置いた。置いてあるもの全てに飾り気はないが、掃除は行き届いている感じ。
「ふむ……、卿は果報者だなぁ」
「はい?」
えと……同姓でもあまりじろじろ見るのは失礼かと……
困っていると、ばさりとタオルが飛んでくる。新しくはないし、いい香りがしたりもしないけど、汚れ1つなく無臭。
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そう言って、備え付けのタオルを取って歩き出すフェオドラさんの背を追った。
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