死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第七十六話 朝のひととき

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 夢も見ないほど深く眠っていた気がする。ふと目が覚めたもののまだ頭は覚醒しない。少し肌寒くて、寝惚け半分に毛布を手繰り寄せる――、あぁ、温かい。

「……おい」

 再び微睡みの中に落ちかけてて。だが不機嫌な一声で、一気に眠気が吹き飛んだ。見上げた私の眼前に、ほんとにすぐ間近で、ジト目でこちらを見る闇色の瞳がある。

「なっなっ……、何もしないって……!」
何もしてない」

 うまく呂律の回らない私に、ミハイルさんが淡々と述べる。とにかく冷静になろうと努めて、ふと、自分が握っているのがミハイルさんの服だったことに気付き――、一気に体中が煮えたぎった。

「すっ……すみません!!」

 手を離して飛び起きて、距離を取る。溜め息をつきながらミハイルさんも起き上がり、私に掴まれていたせいで乱れた襟元を直す。

「ごめんなさい! 本当にすみません!! 毛布と間違えました!!」
「ぐ……、却って複雑な気分だ」
「うぅもうやだ消えたい」
「そこまでか?」

 だって、寝惚けて抱きついたとか恥ずかしすぎる。さっきまでの肌寒さが嘘みたいに、熱すぎて汗が出そうだ。

「寝惚けているのだろうとは思ったが……」
「はい……寝惚けてました……」
「だろうな。かなりの腑抜け面だった」

 失礼な、と言いたいところだけど否定はできない。そんな顔してた自信はある。それでも引き下がるのは悔しいので、まだ熱い顔を上げて何とか言い返す。

「ミハイルさんだって、寝グセすごいですよ」
「お前もな」
「うっ……み、見ないで」

 慌てて髪を撫で付けていると、堪えかねたようにミハイルさんが吹き出した。

「……笑わないで下さい。そんなに酷いですか?」
「ああ。直してやろうか」
「えっ、遠慮します!!」

 伸ばされた手にのけぞったそのとき、部屋にノックの音が響き渡る。

「リエーフにございます。お目覚めでしょうか」

 相変わらず監視してるのかと思うほどタイミングがいい。
 ミハイルさんがベッドを降りて扉を開けると、リエーフさんが姿を現す。その後ろにはフェオドラさんの姿もあった。

「私も邪魔して構わんか」
「断る」
「邪魔するぞ」

 聞こえていないわけではなかろうに。ミハイルさんの即答を綺麗に無視してフェオドラさんが部屋に入り、ソファに座る。

「おはようございます。ゆっくり休めましたか?」
「お陰様でな」

 そう返す彼の声は含みがあって、とても不機嫌そうだった。しかしリエーフさんは歯牙にもかけず、笑顔で「それはようございました」と返す。

「ふむ。一睡もできなかったという顔だな」
「お陰様でな!」

 フェオドラさんの突っ込みに、同じ台詞をもう一度ミハイルさんが繰り返す。

「え、ミハイルさん、寝てないんですか!?」
「お陰様でな!!」

 三回同じこと言った。
 それにしても、せっかく恥を忍んでベッドを共有したというのに……

「どうして――」
「ミオ様、髪を結いましょう。どうぞこちらにお座りになって下さい」

 問いかける私の肩に手を置いて、リエーフさんが空いている椅子を指し示す。

「あ、はい。じゃあ……お願いします」

 そういえばボサボサのままだった。人に身支度を整えてもらうというのは未だに慣れないんだけど、素直に甘えることにしたのは――少し気まずい気持ちがあったからだ。昨日あんな風に怒鳴ってしまったのに、変わらず優しくしてくれることが嬉しくて……ほっとした。
 しかし、座って顔を上げると、何か言いたげにこちらを見るミハイルさんと視線がかち合う。
 ……あれかな。さっきミハイルさんが直してやるって言ったのは断ってしまったからか。今度はこっちが気まずい。黙って視線を逸らすと、リエーフさんがミハイルさんを見て「ふふっ」と笑う。

「拗ねないで下さい、ご主人様」
「誰が」
「好いた相手なればこそ、寝起き姿などまじまじ見られたくないものでございます」
「そっ……ういうわけじゃ」

 つい否定しかけたけど。
 いつもみたいに茶化した口調じゃなくて、どちらかというとミハイルさんを窘めるような口調だったから。
 考えてみれば、それはまぁ、その通りなわけで……

「……あります、けど」
「ぶっ、ゲホッ」

 ミハイルさんが急に咽せて咳き込むと、そんな私たちを眺めておもむろにフェオドラさんが手を上げた。

「おい執事。コーヒーを頼む。無糖で」
「貴方様の執事ではないのですが……、お気持ちはわかりますゆえ、ミオ様の髪を結い終わりましたら」

 突然のフェオドラさんの注文に、多少いい淀みながらもリエーフさんが承諾する。が、その直後、不意に髪を梳いていた手が止まった。

「あ……、申し訳ございません、ミオ様。茶化したわけでは」

 少し慌てたような声に、はっとする。……昨日のこと、気にしてくれてたんだ。
 やっぱり……甘えてないで、私もちゃんと謝らないといけないな。

「いいんです。私こそ、昨日はすみませんでした」
「とんでもございません。何卒これまでのご無礼をお赦し下さい」

 髪から手を離し、リエーフさんが私の前に回って跪き、頭を下げる。突然そんな態度を取られるものだから、慌ててしまう。

「頭を上げて下さい……! あんな風に大人げなく怒鳴ってしまって、私……」
「大人げなく怒鳴ってばかりの主人に仕えておりますゆえ、そこはお気遣いなく」
「おい」
「故に我が主は周囲との確執が絶えず、このままでは一生孤独に過ごされるのではとずっと心配しておりました。ですからわたくし、少しはしゃぎすぎてしまったようです。ミオ様のお気持ちも考えず……」

 しょんぼりしたその様子を見ていると、ちょっと胸が痛んだ。ミハイルさんは、リエーフさんに育てられたと言っていたし、リエーフさんにとってもきっと息子か孫みたいなものだろう。千歳近いおじいちゃんだと思うと可哀想なことをしてしまったかと思う。

「もう気にしないで下さい。リエーフさんがミハイルさんのことを大切にしてるの、よくわかっていますから」
「それはもちろんそうですが、同様にミオ様のことも大事に思っています」
「ありがとうございます。リエーフさんにはお世話になりっぱなしなのに、下らないことで怒ったりして……本当にごめんなさい」
「ミオ様……さすがご主人様の奥方を務められるだけあって懐が深くあられます」
「さっきからさりげなく俺を貶すな」

 腕組みをし、半眼でミハイルさんが突っ込む。

「とにかく顔を上げて下さい」
「ですが……」
「もう気にしてませんから」
「ミオ様……」

 うるうると目を潤ませて、リエーフさんが顔をあげる。その目にハンカチを当てて、リエーフさんがにこっと笑った。

「それでは……お言葉に甘えまして。昨夜どのように過ごされたのか詳しく」

 ……。うん、まぁ。
 薄々わかってたけど。

 やっぱり全然反省していなかった。
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