死霊使いの花嫁

羽鳥紘

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第七十八話 同期

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 ざわめく食堂に、どかどかと軍服を来た者たちが乗り込んでくる。ざっと数えて二十人程度だろうか。あまり広いとは言えない食堂内はあっという間に手狭になり、乗り込んで来た軍人の剣がテーブルにぶつかってグラスが倒れ、またガシャンと砕ける音がする。

 そんな中、リーダー格の男が先頭に立ち、剣を抜いて高らかに宣告した。

「この施設に無法者が逃げ込んでいるとの情報が入った! 今よりこの施設は軍が占拠し、出入りを禁ずる!」

 そう叫ぶ男には見覚えがある。明るい金髪をオールバックに整えた、四十歳くらいの男性――フェリニ領主だ。ニーナさんの話じゃ元がつくが。

「やあ久しぶりだな、トルビン大尉。元気そうで」

 緊迫した空気が漂う中、友人にでも話しかけるような気軽さでフェオドラさんが明るい声を上げる。

「中佐だ、レノヴァ少佐。口の利き方に気を付けろ」
「ほう? 少し会わん間に二階級も昇進とは羨ましいな。殉職でもしたのか」

 フェオドラさんが付け加えた揶揄に、今までドヤ顔でえばっていたフェリニ領主――もといトルビン中佐?
 彼は一転してその表情を不快そうに歪ませた。

「聞こえなかったか? 口の利き方に気を付けろ。それから私は任務中だ。指示に従ってもらおうか」
「生憎だが私も任務中だ」
「なんだと?」
「そこの客人を帝都まで連れていかねばならん。手段を問わんと言われたのでここぞとばかりに思い付く限りの越権行為を申請しておいた……この場合どれが相当するかな」

 胸元から丸めた紙束を取り出して、フェオドラさんがパラパラとそれをめくる。だがトルビン中佐はもうそちらを見てはいなかった。今度はその表情を驚愕に変え、ミハイルさんを見て、わなわなと肩を震わせていた。

「貴様は幽霊伯爵ではないか! 何故貴様が帝国にいる!」
「話を聞いてなかったのか。皇帝陛下が会いたいと仰せに」
「やかましい! 貴様には聞いていない!」
 
 口を挟んだフェオドラさんに、トルビン中佐はヒステリックに叫ぶ。黙って肩を竦めると、フェオドラさんは元通り紙束を仕舞った。
 まあ……ミハイルさんの情報を流したのは中佐なのに、実際に命令されて連れてきたのはフェオドラさんとなれば、悔しいのかもしれないな。なんかライバル視しているようだし。

「まぁ昼までなら付き合いましょう、中佐。しかし食事くらいは取らせてもらいます。我らの身元はお分かりでしょうから」

 そう言うフェオドラさんの、言葉こそ丁寧になったものの、よく聞けば上から目線なのは変わっていない。中佐も気付いているだろう、チッ、と舌打ちして彼はテーブルから離れた。
 ぞろぞろと帝国兵がいてピリピリする空気に変わりはないが、彼がテーブルを離れてくれて、ひとまず私はほっと息をついた。

「ニーナさんはすれ違いで帰れたみたいですね。良かった」
「妻だから見逃してやったんじゃないか。私は少し残念だ、いればさらに修羅場が見られたかもしれん」

 椅子に座り直し、足を組んで背もたれにもたれながら、フェオドラさんが無責任なことを言う。この人絶対昼ドラ好きなタイプだ。
 周囲からのチクチクした視線の中でもフェオドラさんは全く怯まず、委縮する店員を呼びつけて、適当に注文する。この状況で調理ができるのか心配だったが、少し時間は掛かったもののやがて料理が運ばれてきた。
 パンと……これは、シチューかな。とろみのついた白い液体の中に、少ない具が浮いている。

「ここはまだロセリアに近いから比較的マシだが、帝都に近づくにつれて食料事情は悪くなる。といって貴族や軍は別だし君たちの食事の保証は一応するが、食えるときは無理してでも食った方がいいぞ」

 こんな雰囲気の中食事をするのは居心地が悪い。そう思っているのを察したように、食事を口に運びながらフェオドラさんが声を上げる。

「……はい、わかりました」
「うむ。おい、中佐!」

 深皿のシチューを空にすると、フェオドラさんは一つ頷いてから振り向いて手を上げた。何を言う気だろうと緊張したのは私だけではないようで、振り向いた中佐も顔を引きつらせている。しかし彼女が口にしたのは、私も、多分中佐もおよそ予想し得ぬことだった。

「風呂は構わんよな?」
「口の利き方に……、くっ、閉鎖に決まってるだろう! 部屋で大人しくしてろ!」

 強いな……フェオドラさん。
 あっさりと切り捨てられて、フェオドラさんはテーブルに向き直ると舌打ちした。そんなにお風呂に入りたかったのだろうか……それとも温泉好きなのか。
 しかし、いくらフェオドラさんと言えど、ただの顔見知りにしては気安すぎる気もする。

「フェオドラさんとフェリニ領主……トルビン中佐? 彼はお知り合いなんですか?」
「同期だ」

 同期……同じ歳には見えないけれど。でも両者とも年齢は知らないし、中佐が老け顔なのかもしれない。そもそも学校じゃないんだから同期だからって歳が同じというわけでもないだろう。と、せっかく私が気にしないことにしたのに。

「お前は幾つなん――」
「坊ちゃん」
「ミハイルさん」

 ミハイルさんが無神経な発言をして、私とリエーフさんの声がハモった。私たちの圧力を感じてくれたようで、ミハイルさんが空気を読んで口を閉じる。ちら、とフェオドラさんをうかがうと、さして気にした風でもなくニコリと笑った。

「君が私に雑談を振ってくるとは珍しいな。光栄だ」

 おぉ、余裕だな。しかし歳は言わないんだな。

 とりあえず……
 お風呂使えないならさっさと食べて、先に部屋に戻ってシャワー使おうかな。せっかくあるんだし。
 そう思って急いで食事を口に運んでいると、そんな私の様子を見てフェオドラさんが声を掛けてくる。

「どうした、ミオ。トイレでも行きたいのか?」
「ちっ違います。……シャワー浴びようかと思って」
「それで先に行こうと? 一緒に戻った方がいいと思うが。私が言うのもなんだが、軍は味方ではないぞ」
「まぁ……そうなんですが……」
「私が付き添おうか」

 許可を得るように、フェオドラさんがミハイルさんに視線を投げる。食事の手を止めて、ミハイルさんは渋い顔をした。

「折角ですがフェオドラ様。ご主人様はご自分で行かれたいようで」
「ははっそうかそうか! それは悪かったな!」

 バンバンとミハイルさんの背中を叩きながら、フェオドラさんが大声で笑う。
 くっ……わかってたけどこの二人、全く反省してないな!
 咳き込んでフェオドラさんを睨みつけながらも、無視を貫くミハイルさんに私も倣う。しかし無視できなかった外野がいたようで。

「下世話な話を大声でするな!!」

 中佐の怒声に、フェオドラさんが了承の意で片手を上げる。
 こればかりは向こうが正論だと思いながら、あとは全員黙々と目の前の食事を平らげた。
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