死霊使いの花嫁

羽鳥紘

文字の大きさ
93 / 97

第九十二話 八百年

しおりを挟む
 ――思ってたよりも、天井裏は狭かった。私でも辛いから、リエーフさんなどはもっとギリだ。なのにリエーフさんの方が私よりすいすい進んで行く。

「大丈夫ですか、ミオ様」
「はい。もう少し動きやすい服なら良かったんですが」

 とはいえ、皇帝に会いに来るのにラフな格好というわけにもいかなかっただろう。言ってる側から、スカートの裾が配線に引っ掛かる。それを引っ張っていると、にわかに下が騒がしくなった。この声は、フェオドラさんと……皇帝? 

「……なぜ……殺した!」
「……から……」

 足元から聞こえてくる声は籠っていてよく聞きとれない。さらに身をかがめて、床にピッタリと耳をつける。

「エノスは幽霊伯爵に会ってはならんと言って譲らなかった。私がその力を軍事利用するとでも思っていたのだろう」
「その方がまだいくらかマシだったと言わざるを得んな。今の私欲しかない陛下に比べれば」
「私欲? 私欲で動かない人間などいないだろう」

 きっぱりとした口調で皇帝が言い放つ。

「賢者とて自分が神になるためにロセリアを作った。それに比べたら私の欲などささやかなものではないか。いつか結界を壊し、私が失ったものを取り返すため……その目的はあれど、私がこの八百年帝国の発展に尽くしたのは事実だ」
「ならば、帝国は八百年も前から貴様の手の上で踊っていたというのか!」

 フェオドラさんの声には憤りがこもっていた。だけどこれは、怒っているというより時間を稼いでいるようにも思える。もしそうなら、聞き入ってる場合じゃないけど。
 けど……ここじゃ表情も見えないし、状況もわからない。

「ミオ様」

 リエーフさんの囁き声に顔を上げると、少し離れたところからリエーフさんが手招きしていた。この薄暗さでそれがわかるのは、彼の足元から漏れ出す光があるからだ。

「ここから見えます」

 リエーフさんが指し示す一角は網状になっている。絡まっていたスカートを力ずくで引っ張って破き、リエーフさんのところまで這いずっていく。だいぶ視界は悪いが辛うじて下の様子が見えた。

「……まずいですね。ご主人様の姿が見えません。あの二人だけでは……」

 皇帝は遠くからでも自傷技で攻撃できるし、死霊も使う。戦いになれば、きっと長くは持たないだろう。あの二人の身も心配だけど、ミハイルさんの安否も気にかかる。かといって迂闊に動くこともできない。

「私の手で踊ることを選んだのは帝国だ。犯した罪ゆえか廻ることのできず漂う我が魂を、当時の皇帝が受け入れた。向上心のないイスカと違い、帝国は常に貪欲で、のし上がることに手段を選ばなかったからな」
「それが向上心だと? 笑わせる――ッ」

 祖国を貶められて黙っていられなかったのか、口を挟んだレナートの体が突如前触れもなく崩れ落ちた。何か、光が弾けたように見えたけれど。自傷技を使ったのだろうか?
 私の考えを読んだかのように、リエーフさんが小さく首を横に振る。

「あれは……自傷技ではなく、魔法ですね」
「魔法……!?」

 確かに、賢者に引けを取らないくらいの魔法の才があった、とは聞いていた。聞いていたけど……ミハイルさんと同じ死霊使いとしての力を持つ上に、魔法まで使えるなんて。私たちに勝ち目はあるのだろうか。

「滅びゆく帝国を魔法だけで救うことは叶わず、私は外法を研究し続けてこの雪を生み出した。だからこそ帝国は栄え、ここまで永らえたのだ。感謝されても恨まれる理由はない」
「はっ。今の帝国の惨状で感謝しろと?」
「永遠に栄えるものなどない。ロセリアとてそれは同じであっただろう」

 つまらなそうに吐き捨て、皇帝がゆっくりとフェオドラさんに向かって手を翳す。

「……皇帝陛下ともあろうものが、遠くからなぶり殺して満足か? 剣で勝負しろ」
「はははっ、エノスと同じことを言うのだな。なぜ私がそのような原始的な武器で戦わねばならんのだ」

 ――なぜ、帝国は便利な資源を持ちながら剣で戦うのか。
 嘲るような皇帝の笑い声に、悔しげに歪むフェオドラさんの顔に、答えを見てしまった。

 きっと、自分にとって脅威となる存在を生み出さないためだったんだ。

「だが彼を殺したのは失敗だったな。大元帥不在のせいで私の負担が増え、余計に身動きが取れなくなってしまった。こうして君が連れてきてくれたことには感謝せねばな。レノヴァ少佐」
「……ッ、貴様ァ!!」

 挑発をまともに受けたフェオドラさんが、剣を振りかぶって皇帝へと走る。だが皇帝はその場から動くことなく、翳した手を横に振った。その軌跡が光を描き、刃となってフェオドラさんへと襲い掛かる。間一髪、フェオドラさんは大きく横に跳んでそれを避けたが、光もまた軌道を変えてフェオドラさんへと追随した。

「……!」

 光が彼女の脇腹を掠めて、血飛沫が舞う。

「フェオドラさん!」
「お待ちください、ミオ様。わたくしが行きます。もはや説得が通じるとは思えませんが、時間は稼げるはず。ミオ様はご主人様をお探し下さい!」

 身を乗り出した私の体を掴んで押し戻し、リエーフさんが金網を蹴破って飛び降りる。今まさにフェオドラさんに止めを刺そうとしていた皇帝が動きを止めてそちらを見やった。

「……リエーフか」
「もう終わりにしませんか。旦那様」
「誰に意見している」

 ぐっとリエーフさんが怯む。だが、なおも彼は言い募った。

「意見ではなく、お願いにございます。もうこれ以上、旦那様に罪を重ねてほしくありません」
「いつ私が罪を犯したというのだ?」

 心底わからない、という顔で皇帝が首を傾げる。

「愛する者を失いたくないということの、取り返そうとすることの何が罪だと言うのだ」
「奥様をその手にかけたのは旦那様ご自身でございましょう!」
「だからこそ、それを償うための八百年であった!!!」

 今度こそ、リエーフさんが言葉を失う。

「そこにいるな、白石澪」

 皇帝が顔を上げ、咄嗟に顔を引っ込める。……いや、無駄だ。ばれてる。

「旦那様、いい加減目をお覚まし下さい!奥様とミオ様は別の人格、別人でございます!」
「だが魂は同じだ。魂さえ同じなら記憶を引き出すことはできる。代償はいくらでも払える。この国に循環させている生命エネルギーからでも、それで足りなければ兵士も民もいくらでもいる」
「……貴方にとって1つの命は、そこまで軽いものになってしまったのですね……」

 ……無理もない、と思う。
 だって失いたくない命を、この人は取り戻すことができたのだから。
 もう隠れていても意味はないだろう。改めて顔を出し、辺りを見回して……寒気がした。
 おびただしい血の跡。
 この僅かな時間で、フェオドラさんもレナートもボロボロだ。
 だけどあちこちに残るこの血の跡は……きっと。

「……今、そっちに行きます」
「馬鹿か! お前が来て何に」

 今までうずくまっていたレナートが、再びその場から弾き飛ばされる。

「やめて! 言うことを聞くと言ってるんです。それともこの体がどうなってもいいんですか? また時間をかけて、異世界まで魂を探しますか?」
「…………」

 ただのハッタリだ。言ったものの、私にはこの場で死ねるような覚悟などないし手段もない。多分皇帝にも見透かされてる。それでも彼は嘲るように笑いながら、手をおろし少し後ずさった。

 下まで大した高さではないものの、私がここから飛び降りるには少し高い。それでもそろそろと足を下ろす。

「ミオ様――」
「動くなリエーフ」
「しかし、怪我をされるかもしれません!」
「この程度の高さで死にはしない。魂が無事ならばよい」

 歯を食い縛り、心配そうに見上げるリエーフさんを視線で制して、意を決して飛び降りる。
 案の状うまく着地できるわけもなく、壊れた椅子や机が散らばる床に体を打ち付ける。

「ミオ……」
「大丈夫です」

 脇腹を押さえながら、フェオドラさんが私を見て唸る。
 あちこちが痛む。頬を何かが這う感触がして、手で擦ると血で汚れた。立ち上がると、今度は足首に鈍い痛みが走る。着地で挫いたっぽい……でも歩けないほどじゃない。
 こんな傷、怪我のうちにも入らない。フェオドラさんもレナートも、もっと酷い怪我をしてる。それに……

「……ミハイルさんは? どこですか?」

 立ち上がって問うと、彼の視線が窓を向く。最初にお茶を飲んでいた部屋。硝子張りの一角は見事に割れて風が吹き込んでいる。

「外で死霊に食われている。見たければ見に行くがいい」
「……っ」

 痛みも忘れて窓へと駆け寄る。落ちれば無事にはすまない高さから、彼の姿を探す――探すまでもなかった。瓦礫のような城の一部に死霊が群がっているのが見える。

「ミハイルさん!!」

 駆け寄りたくとも、ここから高さも距離もある。とても私には飛び移るのは無理だ。

「まだ生きてはいる。君が言うことを聞くなら、彼もこれ以上苦しむことはないだろう」

 今は、そうかもしれない。だけど、ここで私が皇帝に従っても、何も解決はしないだろう。
 あの人はきっとそれで諦めたりしない。リエーフさんも、フェオドラさんも、レナートだって、きっと。

 割れたガラスを踏みしめて、床がなくなるギリギリまで歩いていく。破れたスカートを、風が巻き上げる。

「もうハッタリはよせ。君にそこから飛び降りて死ぬ勇気などないだろう」

 確かに、その通りだ。だけど。
 一度だけ皇帝を振り返ってから、再び窓の外へと向き直る。そして息を吸って、吐き出す。

 大丈夫。怖くなんてない。

 そのまま私は床を蹴ると、風の吹きすさぶ外へと身を躍らせた。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

処理中です...