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第十三話 ライサとエドアルト
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それから数日。
日に日に見える幽霊の姿は増し、普通に挨拶もしてもらえるようになった。そんな矢先、私はようやくエドアルトさんから庭に立ち入る許可を貰えた。
「ライサのぬいぐるみを見て、ミオならあの庭も綺麗にしてくれるんじゃないかと思って」
とのことらしい。
ぬいぐるみと植物を一緒にしてもらっても……とは思うけど、庭掃除や水やりも仕事でやったことはあるし、私も花は好きだ。あの荒れた庭が、お花で溢れるようになったら素敵だろうなと思う。
そんなわけで、エドアルトさんの指示の元、私は庭の手入れをしていた。ライサが大人しくなったなら、本題であるお掃除に専念したいところではあるけど……、エドアルトさんの気が変わらないうちにと庭に入ったら草むしりで一日が終わったりもした。翌日は腰が痛かった。
その代わり、あの果実を好きなだけ持っていってもいいことになったから、さっそく簡易の洗剤を作り、暇さえあれば窓を磨くというそれなりに充実した日々を送っている。
そして今日は――
パチリ、とハサミを動かし、花を落とす。
こんな荒れ放題の庭の中で、頑張って咲いている花を落とすのは心苦しいのだけど。
「ちゃんと剪定したら、もっと見事な花が咲く。奥様がそう教えてくれた」
私がそう言うと、エドアルトさんはどこか遠い目をして答えた。
「だけど、僕はその花を見ることができなかった。この体になってから見た、庭師が世話して咲かせた花も見事だったけれどね。……あのひとが咲かせた花を見たかった」
エドアルトさんの話に出てきた『奥様』は、何代前の奥様なんだろう。彼の言い様だと、まだエドアルトさんが生きてた頃の話っぽいけど。
騎士だったエドアルトさんは、やっぱり戦争で死んだのかな。
それならライサは? あんなに幼い女の子がどうして死んでしまったのだろう。病気? リエーフさんは……二人よりは年上だけど、それでも死ぬには若すぎる。
パチン、と音がして、花が落ちる。茎は太くて丈夫で、結構手に力をこめないと刃が立たない。
……みんなの死因なんて私に関係ないことだ。それに、私が詮索していいことでもない。
彼らは死人と言うけれど、ミハイルさんにも答えた通り、普通の人間と変わりない気がする。だから恐怖を感じたことはないけれど、親しく話すようになると、やるせなく思う。
黙ったまま作業を終えると、私は今切り落とした花を拾い集めた。
「これ、頂いていいですか? お屋敷に飾ろうと思って」
「ありがとう。花も喜ぶ」
にこ、とエドアルトさんが笑う。その笑顔はとても綺麗で、思わず見とれてしまった。
爽やかで少し幼さの残る笑顔は、歴戦の騎士にはあまり見えない。
どちらかというと、深窓の令嬢って感じ。
……深窓の令嬢と言えば。
「ミオ~!」
甲高い声と共に、ふわりと上空からライサが姿を現す。
「探したのよ。今日は掃除しないの?」
「エドアルトさんに教えてもらって、庭の掃除をしていたの」
無邪気に花をのぞき込んでいたライサだが、エドアルトさんの名前を出すと、表情を変えた。なんだろう……、気まずそうな、緊張した、そんな感じの張りつめた顔。
けどすぐにそれを綺麗に消すと、私の後ろにいるエドアルトさんに笑顔を向ける。
「お兄様、ご機嫌麗しゅうございます」
その声を誰が上げたのか、一瞬わからなかった。
ぽかんとする私の前で、ライサがスカートの裾を摘まんで優雅に頭を垂れる。
……微妙に気になってはいた。
いいところのお嬢様っぽいのに、ライサは言葉遣いも素行も、あまりいいとは言えないなと。
けれど、今のライサは大きなお城のプリンセスのよう。もともと人形みたいに可愛らしいし、悪態をついても意地悪に笑っても見惚れてしまうくらいだから……今のライサは大輪の花でも色褪せて見えてしまうほど、文句のつけようのないくらい美しい。
そのギャップに驚いて、思考がなかなか追いつかなかったけれど。
「お兄様?」
と、確かにライサは言った。
え、兄妹?
エドアルトさんとライサは兄妹だったの?
「ライサも、今日も綺麗だよ」
広い庭園で、花をバックに微笑みあう美形兄妹……眩しすぎて眩暈がしそう。
言われてみれば、目元が似ていなくもない。ライサは勝気だし、エドアルトさんは少し気弱そうだから、印象が真逆で気付かなかったけれど。
でも、兄妹だと聞いて、剪定していたときに考えていた疑問がまた首をもたげた。
若い兄妹がどちらも死ぬような何かが、あったのだろうか?
戦争? 流行り病?
どちらにせよ、あり得ないことではないだろうけど。
「ライサ!」
優雅な美形兄妹の会話も、私の思考も、突然の怒声によって破られる。現れたミハイルさんを見て、ライサが「げっ」と漏らしてから、エドアルトさんを気にして慌てて口を押えていた。
「書斎の本を散らかしたのお前だろう!」
「それではお兄様、ご機嫌よう」
「待て!」
挨拶もそこそこに、ライサが空を滑って逃げていく。二階の窓の向こうに消えていくライサを視界で追いかけてから、ミハイルさんも階段の方へと早足で去っていく。
「……力を使って捕まえればいいのに」
「力?」
「当主には代々幽霊達を強制的に従わせる力があるんだよ。……そういえば前も使わなかったな」
そんな力があるならば、私が庭の果実を欲しがってエドアルトさんを怒らせてしまったあのとき――、あのときこそ使えば良かったのではないだろうか。私が思ったことと同じことを、エドアルトさんも思ったようだった。
「ミハイルさんは……人を無理やり従わせるのは好きではないんじゃないでしょうか」
「僕らは人ではないよ、ミオ」
寂しそうな顔で、エドアルトさんが微笑む。しくりと胸が痛い。
この空気を払うように、私は話題を変えた。
「そう言えば、エドアルトさんとライサって兄妹だったんですね。知りませんでした」
「うん。嫌われているけどね」
エドアルトさんがますます寂しそうな顔をする。明るい話にしたかったのに、私は選択を誤ったようだ。いや、でも。
「そんな風には見えませんでしたけど」
あのいっつもツンツンしているライサが、お兄さんの前では随分淑やかになって。むしろ好きだから良く見せたいのかと思えた。
「僕にだけ他人行儀でしょ。でも仕方ないよ。僕は彼女を救えなかったから」
ふと、エドアルトさんの視線が逸れる。
彼が俯いたので連られて私も下を向くと、エドアルトさんのつま先が、私が拾い残していた花に触れていた。エドアルトさんが屈んでその花に指先を伸ばす。だけどその指は通り抜けてしまう。よく見れば爪先も、少し花を通り抜けている。
エドアルトさんは、少し寂しそうに微笑んでから先を続けた。
「ライサっていうのは、本当は彼女の双子の妹の名前なんだ。五歳の時に病死してね。そのとき母上は、死んだのは姉だということにして、入れ替えたんだ」
彼の口から訥々と語られたのは、意外なライサの生い立ちだった。
我儘で、高飛車で、悪戯好きで、お人形のように可愛らしい彼女は、生前は蝶よ花よと育てられ、幸せだったと思っていたけど。
「どうして、そんなことを?」
「アドロフ婦人――母上は、ライサを溺愛していたから。入れ替えた、というのは厳密には正しくなくて、その死を受け入れられずに彼女をライサだと思い込んでしまったんだろう」
エドアルトさんの話に、私はそのうち相槌を打つことすらできなくなった。
ただ、彼女が『ライサの大事なぬいぐるみ』と言っていた理由はわかった。
あれは恐らく死んだ妹のものだったんだ。それを大事にしているということは、ライサは妹を恨んではいないのだろう。
彼女が憎んでいるのは外の人間だけで、母や兄に対する恨み言も、一言だって聞いたことがない。
だからといって部外者の私がエドアルトさんに「嫌っていない」と言っても気休めにしか聞こえないだろうな。実際私もライサから聞いたわけじゃないし。
「ライサの……本当の名前を聞いてもいいですか?」
「恥ずかしい話、覚えていないんだ。誰も覚えていなかった」
そう言って、エドアルトさんは立ち上がった。そのときふわりと優しい風が吹いて、落ちた花を私が抱えていた花束の上に運んだ。
※
……わからないことが二つある。
エドアルトさんと別れ、花束を持って廊下を歩きながら、私は考えに耽っていた。
ライサとエドアルトさんは幽霊だ。つまり彼らは死後幽霊になったのに、本物のライサの姿は見えない。おそらくいないのだろう。いるのなら、あのぬいぐるみは『ライサの大切なもの』なのだから、本物のライサ自身が持っているはず。
私は勝手に、幽霊たちはみなこの屋敷の一族なのだと思っていた。
でも、ライサを探しているときに居場所を教えてくれた貴婦人も、エドアルトさんも、ライサのことを『アドロフ家』と言っていた。そしてこの伯爵家は『プリヴィデーニ』。
つまりライサはこの伯爵家の人間じゃないということになる。
この家の人間じゃない者が、どうして幽霊になってこの屋敷から出られずにいるんだろう。
もう一つ。どうして死んだ妹のライサやそのお母さんは、幽霊となってここにいないのだろう?
きっと、幽霊になるには何か条件があるんだ。
その条件として、考えられるものは――、
「君が掃除婦のミオ?」
唐突に声を掛けられて、私はいつの間にか立ち止まっていたことに気が付いた。
すっかり考えに没頭してしまっていたらしい。
……どうして皆が幽霊になったかなんて、私には関係のないことなのに。
「あ……はい。そうですけど」
思考を手放し、花を抱え直して、私はその声を掛けて来た長身の青年を見上げた。
「坊ちゃんから、君がぼくを探していると聞いて」
その言葉と、彼が着ている白衣でピンと来た。
「もしかして、薬品に詳しい……?」
「そう」
ニコリと人の好さそうな笑みを見せ、その青年が右手を差し出す。だが私の両手が花で塞がっているのを見て、「失礼」とひっこめる。
「あ、ごめんなさい。この花を活けてからでも構いませんか?」
「勿論」
即答すると、彼は眼鏡の奥の細い目をさらに細めて笑った。
日に日に見える幽霊の姿は増し、普通に挨拶もしてもらえるようになった。そんな矢先、私はようやくエドアルトさんから庭に立ち入る許可を貰えた。
「ライサのぬいぐるみを見て、ミオならあの庭も綺麗にしてくれるんじゃないかと思って」
とのことらしい。
ぬいぐるみと植物を一緒にしてもらっても……とは思うけど、庭掃除や水やりも仕事でやったことはあるし、私も花は好きだ。あの荒れた庭が、お花で溢れるようになったら素敵だろうなと思う。
そんなわけで、エドアルトさんの指示の元、私は庭の手入れをしていた。ライサが大人しくなったなら、本題であるお掃除に専念したいところではあるけど……、エドアルトさんの気が変わらないうちにと庭に入ったら草むしりで一日が終わったりもした。翌日は腰が痛かった。
その代わり、あの果実を好きなだけ持っていってもいいことになったから、さっそく簡易の洗剤を作り、暇さえあれば窓を磨くというそれなりに充実した日々を送っている。
そして今日は――
パチリ、とハサミを動かし、花を落とす。
こんな荒れ放題の庭の中で、頑張って咲いている花を落とすのは心苦しいのだけど。
「ちゃんと剪定したら、もっと見事な花が咲く。奥様がそう教えてくれた」
私がそう言うと、エドアルトさんはどこか遠い目をして答えた。
「だけど、僕はその花を見ることができなかった。この体になってから見た、庭師が世話して咲かせた花も見事だったけれどね。……あのひとが咲かせた花を見たかった」
エドアルトさんの話に出てきた『奥様』は、何代前の奥様なんだろう。彼の言い様だと、まだエドアルトさんが生きてた頃の話っぽいけど。
騎士だったエドアルトさんは、やっぱり戦争で死んだのかな。
それならライサは? あんなに幼い女の子がどうして死んでしまったのだろう。病気? リエーフさんは……二人よりは年上だけど、それでも死ぬには若すぎる。
パチン、と音がして、花が落ちる。茎は太くて丈夫で、結構手に力をこめないと刃が立たない。
……みんなの死因なんて私に関係ないことだ。それに、私が詮索していいことでもない。
彼らは死人と言うけれど、ミハイルさんにも答えた通り、普通の人間と変わりない気がする。だから恐怖を感じたことはないけれど、親しく話すようになると、やるせなく思う。
黙ったまま作業を終えると、私は今切り落とした花を拾い集めた。
「これ、頂いていいですか? お屋敷に飾ろうと思って」
「ありがとう。花も喜ぶ」
にこ、とエドアルトさんが笑う。その笑顔はとても綺麗で、思わず見とれてしまった。
爽やかで少し幼さの残る笑顔は、歴戦の騎士にはあまり見えない。
どちらかというと、深窓の令嬢って感じ。
……深窓の令嬢と言えば。
「ミオ~!」
甲高い声と共に、ふわりと上空からライサが姿を現す。
「探したのよ。今日は掃除しないの?」
「エドアルトさんに教えてもらって、庭の掃除をしていたの」
無邪気に花をのぞき込んでいたライサだが、エドアルトさんの名前を出すと、表情を変えた。なんだろう……、気まずそうな、緊張した、そんな感じの張りつめた顔。
けどすぐにそれを綺麗に消すと、私の後ろにいるエドアルトさんに笑顔を向ける。
「お兄様、ご機嫌麗しゅうございます」
その声を誰が上げたのか、一瞬わからなかった。
ぽかんとする私の前で、ライサがスカートの裾を摘まんで優雅に頭を垂れる。
……微妙に気になってはいた。
いいところのお嬢様っぽいのに、ライサは言葉遣いも素行も、あまりいいとは言えないなと。
けれど、今のライサは大きなお城のプリンセスのよう。もともと人形みたいに可愛らしいし、悪態をついても意地悪に笑っても見惚れてしまうくらいだから……今のライサは大輪の花でも色褪せて見えてしまうほど、文句のつけようのないくらい美しい。
そのギャップに驚いて、思考がなかなか追いつかなかったけれど。
「お兄様?」
と、確かにライサは言った。
え、兄妹?
エドアルトさんとライサは兄妹だったの?
「ライサも、今日も綺麗だよ」
広い庭園で、花をバックに微笑みあう美形兄妹……眩しすぎて眩暈がしそう。
言われてみれば、目元が似ていなくもない。ライサは勝気だし、エドアルトさんは少し気弱そうだから、印象が真逆で気付かなかったけれど。
でも、兄妹だと聞いて、剪定していたときに考えていた疑問がまた首をもたげた。
若い兄妹がどちらも死ぬような何かが、あったのだろうか?
戦争? 流行り病?
どちらにせよ、あり得ないことではないだろうけど。
「ライサ!」
優雅な美形兄妹の会話も、私の思考も、突然の怒声によって破られる。現れたミハイルさんを見て、ライサが「げっ」と漏らしてから、エドアルトさんを気にして慌てて口を押えていた。
「書斎の本を散らかしたのお前だろう!」
「それではお兄様、ご機嫌よう」
「待て!」
挨拶もそこそこに、ライサが空を滑って逃げていく。二階の窓の向こうに消えていくライサを視界で追いかけてから、ミハイルさんも階段の方へと早足で去っていく。
「……力を使って捕まえればいいのに」
「力?」
「当主には代々幽霊達を強制的に従わせる力があるんだよ。……そういえば前も使わなかったな」
そんな力があるならば、私が庭の果実を欲しがってエドアルトさんを怒らせてしまったあのとき――、あのときこそ使えば良かったのではないだろうか。私が思ったことと同じことを、エドアルトさんも思ったようだった。
「ミハイルさんは……人を無理やり従わせるのは好きではないんじゃないでしょうか」
「僕らは人ではないよ、ミオ」
寂しそうな顔で、エドアルトさんが微笑む。しくりと胸が痛い。
この空気を払うように、私は話題を変えた。
「そう言えば、エドアルトさんとライサって兄妹だったんですね。知りませんでした」
「うん。嫌われているけどね」
エドアルトさんがますます寂しそうな顔をする。明るい話にしたかったのに、私は選択を誤ったようだ。いや、でも。
「そんな風には見えませんでしたけど」
あのいっつもツンツンしているライサが、お兄さんの前では随分淑やかになって。むしろ好きだから良く見せたいのかと思えた。
「僕にだけ他人行儀でしょ。でも仕方ないよ。僕は彼女を救えなかったから」
ふと、エドアルトさんの視線が逸れる。
彼が俯いたので連られて私も下を向くと、エドアルトさんのつま先が、私が拾い残していた花に触れていた。エドアルトさんが屈んでその花に指先を伸ばす。だけどその指は通り抜けてしまう。よく見れば爪先も、少し花を通り抜けている。
エドアルトさんは、少し寂しそうに微笑んでから先を続けた。
「ライサっていうのは、本当は彼女の双子の妹の名前なんだ。五歳の時に病死してね。そのとき母上は、死んだのは姉だということにして、入れ替えたんだ」
彼の口から訥々と語られたのは、意外なライサの生い立ちだった。
我儘で、高飛車で、悪戯好きで、お人形のように可愛らしい彼女は、生前は蝶よ花よと育てられ、幸せだったと思っていたけど。
「どうして、そんなことを?」
「アドロフ婦人――母上は、ライサを溺愛していたから。入れ替えた、というのは厳密には正しくなくて、その死を受け入れられずに彼女をライサだと思い込んでしまったんだろう」
エドアルトさんの話に、私はそのうち相槌を打つことすらできなくなった。
ただ、彼女が『ライサの大事なぬいぐるみ』と言っていた理由はわかった。
あれは恐らく死んだ妹のものだったんだ。それを大事にしているということは、ライサは妹を恨んではいないのだろう。
彼女が憎んでいるのは外の人間だけで、母や兄に対する恨み言も、一言だって聞いたことがない。
だからといって部外者の私がエドアルトさんに「嫌っていない」と言っても気休めにしか聞こえないだろうな。実際私もライサから聞いたわけじゃないし。
「ライサの……本当の名前を聞いてもいいですか?」
「恥ずかしい話、覚えていないんだ。誰も覚えていなかった」
そう言って、エドアルトさんは立ち上がった。そのときふわりと優しい風が吹いて、落ちた花を私が抱えていた花束の上に運んだ。
※
……わからないことが二つある。
エドアルトさんと別れ、花束を持って廊下を歩きながら、私は考えに耽っていた。
ライサとエドアルトさんは幽霊だ。つまり彼らは死後幽霊になったのに、本物のライサの姿は見えない。おそらくいないのだろう。いるのなら、あのぬいぐるみは『ライサの大切なもの』なのだから、本物のライサ自身が持っているはず。
私は勝手に、幽霊たちはみなこの屋敷の一族なのだと思っていた。
でも、ライサを探しているときに居場所を教えてくれた貴婦人も、エドアルトさんも、ライサのことを『アドロフ家』と言っていた。そしてこの伯爵家は『プリヴィデーニ』。
つまりライサはこの伯爵家の人間じゃないということになる。
この家の人間じゃない者が、どうして幽霊になってこの屋敷から出られずにいるんだろう。
もう一つ。どうして死んだ妹のライサやそのお母さんは、幽霊となってここにいないのだろう?
きっと、幽霊になるには何か条件があるんだ。
その条件として、考えられるものは――、
「君が掃除婦のミオ?」
唐突に声を掛けられて、私はいつの間にか立ち止まっていたことに気が付いた。
すっかり考えに没頭してしまっていたらしい。
……どうして皆が幽霊になったかなんて、私には関係のないことなのに。
「あ……はい。そうですけど」
思考を手放し、花を抱え直して、私はその声を掛けて来た長身の青年を見上げた。
「坊ちゃんから、君がぼくを探していると聞いて」
その言葉と、彼が着ている白衣でピンと来た。
「もしかして、薬品に詳しい……?」
「そう」
ニコリと人の好さそうな笑みを見せ、その青年が右手を差し出す。だが私の両手が花で塞がっているのを見て、「失礼」とひっこめる。
「あ、ごめんなさい。この花を活けてからでも構いませんか?」
「勿論」
即答すると、彼は眼鏡の奥の細い目をさらに細めて笑った。
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