俺の知ってるゲームとは違うんですがそれは

ヒトヨヒトナリ

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チュートリアル

第八話

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 ジェラードの酒場一階。
 入口は解放されていたけど、中はまだ従業員が数名いるだけで静かだった。

「あら新人さん、おはようございます」
「おはようございます」

 昨日の受付のお姉さんが営業スマイルで出迎えてくれる。
 そういえば俺はまだ彼女の名前すら知らない。

「俺の名前はトオルです。毎日顔を合わすことになると思うので名前ぐらいは憶えていただけるとありがたいです……」
「まあ丁寧な言葉遣いですね。なら私も粗野な冒険者さんと同じ扱いは失礼かもですね」

 彼女は指を口元に充てていたずらっぽく笑う。なんとなくこれは営業スマイルではなさそうに見えた。

「私はエマといいます。新人のトオルさん、今後ともよろしくお願いしますね」
「はい、よろしくお願いします」

 一応、これで知人が増えたことになるんだろうか。
 かといってそんな深い仲になれるような手ごたえはまったく感じないけど。

「それにしてもずいぶん早いですね。依頼の貼りだしはまだですよ」
「早起きしただけなので大丈夫です。ここで待ってます」
「もう少ししたら貼り出しますよ。人もすぐにやってくるので割の良い依頼を受けるならすぐにとった方がいいです」

 正直、割の良し悪しなどもまだよくわからない。
 手に取った依頼が俺にできるものなのかも怪しいところだ。

「アドバイスありがとうございます」

 エマと軽く挨拶を交わした後、俺は隅っこの方に移動して事の成り行きを見守ることにした。
 とりあえず慌てて依頼を取りに行かなくても、最悪昨日みたいなドブさらいの仕事なら残るだろうと考えたからだ。

 そして依頼の貼り出しが始まったころから、続々と酒場に人が集まり始めてきた。
 どんどん、人が入ってくる。
 というか多すぎないか?

 広間はあっという間に冒険者たちに埋め尽くされて、早朝の酒場とは思えないほどの賑わいになる。
でも好都合だ。これでどんな依頼が人気なのかの傾向がわかるだろう。

 こんなわけのわからない状況なのに、意外なほど落ち着いている自分がいることに気づいた。
 
 そういえば本当なら今頃、会社で上司から執拗なお叱りを受けている頃だろうか。
 何度言ったらわかるんだ。お前みたいな使えないグズは見たことがない。
 どうしてくれるんだ。何とか言ったらどうだ。

 ああ、すらすらと頭の中にそんな光景が浮かんでいる。
 でも不思議と胸が苦しくなることがない。
 どこか遠くの出来事のように感じられるからだ。

「あたしの仕事は見つけてくれた!?」

 ひときわ明るい声が耳に響いて、我に返る。
 昨日の犬みたいな臭いのする女の子がエマに話しかけているところだった。
 仕事を譲ってくれた彼女には、今日こそまともな依頼が手に入ることを願いたいものだ。

「って他人を気にしてる場合じゃないな……」

 今はとにかく、情報収集だ。
 しばらく観察していて、いくつか気づいたことがある。
 まず男女の比率だが、圧倒的に男が多い。
 冒険者というのはそれなりの力仕事が多いのだろう。モンスター退治などでなくても女の力ではなかなか厳しい依頼が多いのかもしれない。
 そして彼らが身に着けている装備だが、ほぼ全員が布の服で、おそらくゲームでも最弱の装備だ。
 武器についてはほぼ半数以上が所持していない。

「武器ってそんなに高かったっけ……?」

 ゲーム通りなら一番弱いひのきのぼうなら3ゴールドだったはずだ。
でもまともにこの町の外で戦うなら8ゴールドのこん棒はないと厳しいだろう。

たしかスライムと素手で戦ったところで、レベル1なら5、6匹を相手にすれば体力が底をついて宿で休まざる得なくなる。
勇者である主人公でそれなら、普通のモブではどうだ?
もっと厳しい効率になるだろう。
それで得られる成果が一匹2ゴールドなら、まだここでの依頼をこなす方が現実味がある。

昨日の依頼で手に入れたのは10ゴールド。
宿代で8ゴールドが消えれば、残り2ゴールドは食事に消える。

(冷静に考えると一つの依頼に10ゴールドじゃ一日生きるのがやっとだな……)
 
 今の現状を打破するならもっと報酬の高い依頼をこなさないと厳しいように思える。
 複数の依頼を受けるのはおそらく無理だろう。依頼は一人に一つで、一度の依頼を終わらせて酒場に報告に来る頃には、もう依頼自体がすべてなくなっている。

 だからお金をモンスター退治以外でお金を稼ぐチャンスは、このタイミングしかない。

 しばらく見守っていた結果、人気の依頼の傾向が見えてきた。
 警備の仕事が真っ先になくなっていった。
 報酬20ゴールドを超えていて、中には25ゴールドなんてものもあった。
 清掃はピンキリだが10~20ゴールドだ。
 そのほか猫探しや荷物運びなどもあるが、どれも10~12ゴールド程度。
 報酬が低い依頼が残っているという具合だろう。
 
 そして――二階に上がる人たち。
 装備品の質も面構えも、一階にいる連中とは明らかに違う。
 特別な許可が必要と言われただけはあると、見た目でもわかった。

 ただし、二階に行く男女比は半々ぐらいだ。
 女性はローブなどを身にまとっていることが多いから、きっと魔法を使えるジョブもっているのだろう。
魔法が使えるから、男と肩を並べて戦える。
 そういう女性は二階でも十分にやっていけるのだろう。

 そして、全体の10分の一ぐらいが二階に行ける実力を持っていることがわかった。

「依頼も少なくなってきたし、宿代ぐらいは稼ぐためにそろそろ動くか……」

 結局今日選んだ依頼は、12ゴールドで募集していた庭掃除の仕事だった。
 
 ・・・・・・

 庭掃除は昨日ほどきつい仕事じゃなかった。
 どこかのお金持ちの庭園掃除で、土地は広かったが臭くないし依頼主が昼食にパンと水を用意してくれた。
 無心に作業していれば、色々と考える余裕もあった。
 手を動かしながら考えていたのは、俺のジョブであるハンドラーのことだ。
 ハンドラーについての情報はほぼない。というか思い出せないだけだが……。
 少なくとも一つだけ確かなことがある。

 ハンドラーはパーティを組めない限りはなんの意味もないジョブなのだ。

 少なくとも背中を預けられるような相棒が必要なわけだが……果たしてこんな世界で信用できる相手なんて見つけられるのだろうか。
 ましてやこんなさえない男とパーティを組んでくれる人間など、いるのだろうか……?

 そんなことを悶々と考えながら、庭掃除の仕事をこなしていった。
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