9 / 13
チュートリアル
第九話
しおりを挟むエマへの報告を済ませたのは午後3時。
残っている依頼は無かったので酒場をあとにするしかなかった。
「うがぁー……、終わったぁ」
外に出て伸びをする。
一仕事やり終えた感じはあるけど、やはり12ゴールドの報酬では心もとない。
残った時間何もしないというのももったいない気がするが……。
「できることないよな……」
遊ぶ金もなければ装備を買う余裕もない。
しばらくはこんな毎日を繰り返すしかなさそうだ。
そんな感じで宿に向かって歩き出そうとしたところで、道端に見覚えのある女の子がいるのを見つけた。
というより路上で小銭を転がして、難しい表情でそれを見下ろしている。
小さな硬貨が5枚――5ゴールドあるみたいだ。
お金は得られたみたいだが、どうしてそんな不景気な顔をしているのだろう。
そのまま素通りしようとしたところで、足を止める。
ふっとある思惑が頭をよぎった。
再び少女の場所にまで足を戻して彼女を見下ろす。
「こんにちわ」
「え?」
小さい彼女の体に俺の影が下りて、彼女の悲しげな表情はいっそう暗く見えた。
「こんなところで金なんて転がして何をしてるので?」
少女ははっとして、散らばった小銭を自分の手元にかき集めた。
「あ、あんたには関係ないでしょ! 向こうに行ってよ!」
「そんな警戒しなくても盗ったりしないよ」
「そんなセリフ信用できるか!」
やたら噛みつくように言われてしまう。
まあそれぐらい、ここには金に困っている奴がたくさんいるってことだろう。
隙があれば他人の金を奪おうとするのはいくらでもいるのだ。
「悪かった。盗るつもりはない。だからほら、金をしまうまでは近寄らないから」
「……」
距離をとっても、少女の瞳の警戒色はとれない。
5ゴールドを手に握りしめたまま、その手を背中へと追いやった。
どうやら金を入れる場所すらないらしい。
直感的にわかる。
この子はたぶん、俺よりもどうしようもない状態に立たされている。
その理由については全く想像もできないが、少なくとも立場的には、俺から手を差し伸べられる相手と判断する。
「お前、金がないのか?」
そういう相手なら、交渉の余地があると思った。
「それがなに? あんたに関係ないでしょ」
「俺も金がない。もっと金が欲しいんだ」
「あっそ? ならなおさら話する意味ないね。お金でも恵んでくれるお金持ちに話しかけなよ。からかいたいだけなら向こうに行って」
取り付く島もないとはこのことだ。
だが俺にだって事情はある。こんなことでは諦められない。
「俺とパーティを組まないか?」
俺は早速本題にはいることにした。
「は?」
その「は?」はなんとなく胃が痛くなる「は?」だ。
新人後輩が同じ現場に来た時、業務指示を飛ばした瞬間真顔でそんなことを言ってきたのを思い出した。
「まあまってくれ、最後まで話を聞いてくれよ」
まだ警戒心まるだしの少女だが、とりあえずその場から逃げ出そうとはしなかった。
言いたいことがあれば言えば? という態度だと、そう思うことにしよう。
「酒場の依頼は午前中に一件しか受けられない。だから一仕事終わると、もうその日お金を稼ぐチャンスはなくなるよな?」
「そんなの当たり前でしょ?」
「でもモンスター退治ならどうだ? 外に出てモンスターを一匹でも倒せれば、わずかでもお金が手に入る」
というかそれ以外に金を稼ぐ方法を知らない。
「そんなの無理に決まってるじゃない。武器もないのにモンスターに戦いを挑むのが無謀だなんて、そんなのあたしでも知ってる」
たしかにそれは、ジェラードからもさんざん聞かされていたことだ。
武器もなしにモンスターに戦いを挑めば、大けがで済まないことだってあるらしい。
「でもそれは一人で戦う場合では、だろ? 二人ならどうだ? 二人がかりならモンスターを倒すのも無理じゃないだろ?」
正直、モンスターを前にしたことがないのでこれは憶測でしかないが……。
でもゲームなら、素手でも仲間がいればごり押しでモンスターを倒すこともできたはずだ。
それがどれほどのリスクを伴うのかは別として、ハンドラーというジョブの有用性を確かめる意味でもどうしてもパーティでモンスターを倒すことを試してみたかった。
「え? うーん……」
その提案、少女もさすがに考えるそぶりをした。
馬鹿な提案だと一蹴されるよりはまともな反応だ。
「おじさん、あたしと組んでくれるの?」
ちょっとまて。
「俺はまだ29だ」
「でもあたし、武器もなにもないよ」
おじさんを否定してくれよ。
「ちなみにお金はいくらある?」
「さっき手に入れた5ゴールドだけ。あげないよ」
「なんか少なくないか?」
俺が見た限りでは報酬は大体10ゴールド以上はあったはずだけど。
「午前中のお仕事、うまくいかなかったんだもん」
なるほど。
今度は依頼を受けさせてもらえたけど、ちゃんとやり遂げることができなかったみたいだ。
「ちなみにいくらの仕事だったんだ」
「15ゴールドの荷物運び。半分はできたはずなのに、報酬だいぶ減らされちゃった……」
いや、依頼はできる数じゃなくて失敗か成功だろう。失敗しても報酬がすくなくなるだけならまだましだ。
とはいえ、消沈している女の子を前にそんなことは言えるはずもない。
「それは、災難だったな」
「そうだよ。せっかくまともなご飯とお風呂にありつけると思ったのに、計画がくるっちゃった」
「だから宿と飯、どっちを選ぶか悩んでたわけか」
さっきまで難しい顔で小銭を見下ろしていた理由がわかった。
でもそれで確信した。
彼女は、冒険者としては落ちこぼれだ。
危険を伴わない雑用みたいな依頼すらまともにこなせず、稼ぎも他の冒険者よりはるかに少ない。
そういう相手なら、こんなよそ者の俺でも必要に駆られてパーティを組んでもらえると考えた。
正直彼女の弱みに付け入っているみたいで後ろめたい気持ちはあったが……俺はどうしてもパーティを組んでみたい理由があったのだ。
ジョブであるハンドラーはパーティを持って初めて真価が発揮されると思われる。
俺は今のままじゃただのリーマン男である。
この先まともに生きていくにはどうにかして俺のジョブを活かす道を見つけるしかない。
だから――
「モンスター退治、試してみないか。たしかこん棒なら、8ゴールドで買えたはずだ」
最初の町の外の敵で、スライムぐらいならそれでどうにかできるかもしれない。危険がないようになるべく町の敷地から離れないように行動すれば複数を相手にせずに戦うこともできるだろう。
「どういうこと? 武器を買うって、あんたのお金で」
「ああ、けど二人分は買えない」
一本なら用意できる。
この子にこんぼうを装備させて、二人でスライムを倒す。
それで手に入るゴールドは……
たしか2倍に4ゴールドになるはずだ。
経験値も2倍。
この世界にレベルって概念があるのかはわからないし、もしスライム退治がうまくいかなかったら今日の宿代が確保できなくなるというリスクはある。
でも試す価値はあると思う。
もしスライム一匹で4ゴールドも手に入るなら――
ここでクエストを受けるよりもたくさん稼げるかもしれない……。
「俺がお前の装備を買ってやる。それで外に出てスライム狩りをやってみよう」
「そんなことしておじさんになんの得があるの?」
「もちろん分け前はもらうし、一応ギブアンドテイクだろ?」
「あたしが、武器だけくすねて逃げちゃうかもしれないよ。それで武器を売ったお金で宿代も食事代も手に入れるの」
「えぇ……」
それは考えてなかった……。
「……まあでも逃げたところで、明日また必死な思いをするのは変わらないよね……」
しかし少女はそんなことをつぶやいた。
幼い見た目でも、目の前の利益にくらんだりしない。先を見据えることができる頭がある。
つらくても生きるのに前向きな女の子だ。
「それにあんた、あたしのたった5ゴールドを奪うために人を殺しそうなタイプにも見えないしね」
いくら積まれても人殺しなんてしたくないが……。
「でもなんであたしなの?」
「見たところ女の冒険者はほとんどいなかった。たいていは兼業か、腕に自身がある奴らだろう。でもお前は金も家もなくて、仕方なくここで仕事をもらってる。その日、生きていくだけでもやっとなんだろ?」
少女はうっと喉につまったような顔をした。
どうやら図星であるらしい。
「で、どうする?」
俺は今一度問う。
できれば提案に乗ってもらいたいところだが、結局のところ無理強いはできない。
しばらくの間、少女は考えに耽っていた。
上を向いたり、かと思えばうつむいて、犬のようにうーと唸っている。
俺は固唾をのんでそれを見守っていた。
「わかった、試してみようか」
首を縦に振った瞬間、
不安しかなかった少女の瞳に、決意のような色がまじりはじめていた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!
椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。
しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。
身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。
そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる