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43 ミハイル・アイゼンバッハ,15
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四十三
信じられない事実の羅列に、セレナは頭を振って何とか正気を保とうとしていた。何か希望はないかと縋るような声音で、更に尋ねる。
「メイドとして働いているというのは、さすがに無理がありますよね?あのお姉さまが掃除や片づけなどしたことがありませんわ。そこはやはり、メイドに降格という状況が必要だっただけで、仕事をしているということはありませんわね?」
ミハイルだって絶対的にそうだと思っていた。だが、ミハイル自身が確認している事実は違った。もはや、答えることも申し訳ない気持ちになりながら、ミハイルはそれでも生真面目に答える。
「いえ。掃除や片づけなど、他のメイドと比べても遜色のない仕事ぶりです。」
「メイドであることに当たり散らしもしていないのですか!?他のメイドに当たり前のように仕事を押し付けているのでしょう?」
そうだったらどんなに今頃事態の対処が楽だったかと、ミハイルは少し気持ちが遠くなった。なので、少し声に疲労感を滲ませながら答える。
「いえ、どちらかというと他のメイドに軽く嫌がらせをされているようですが、大人しく生真面目に働いています。」
「……大人しく!?生真面目にっ!?」
セレナはミハイルの言葉に卒倒しそうになっていた。
ミハイルは自分の報告のせいでセレナに何かあっては困ると思い、必死に言葉を続ける。こんな異常事態になっていることには、何か理由があるはずなのだと。
「た、例えばですが……。修道院に送られることを酷く嫌がっているからだとか……。」
リリィ本人が呟いていたのだから、修道院行きが嫌なのは事実だ。
しかし、セレナはその言い分には全く納得が出来ないようだった。
「……私が知るリリィお姉さまなら、修道院に行くのが嫌なら、この国の全ての修道院を燃やし尽くしてでも行かなくていいように手配しかねないと思います。」
セレナの言い分は尤もだとミハイルは心の中だけで納得した。何故ならミハイルも修道院へのリリィ・マクラクラン送致が決まった時点で、各地の修道院に秘密裏に護衛を派遣したからだ。リリィをどんなに見張っていても全ての懸念は消えず、何か企んではいないかと想定して数々の準備をした日々をありありと思い出す。
それでも、現在の状況はその時とは異なっている。ミハイルは半ばやけくそでセレナに別の可能性を提示した。
「ほ、他にもですが……。これは、極秘事項ですが、今回、修道院に移送される途中で刺客に襲われたようなのです。その時に、その、命の危険を感じたことで、何か思うところがあったのかもしれません。」
「あの、リリィお姉さまがですか?」
それはあまりにもあり得ない可能性だと言わんばかりに、セレナは思わず笑い出した。
「あのお姉さまは、命が危なくなったくらいで改心するはずなどありませんわ。だって、あれだけのことをしていれば、さすがに命を狙われることの一度や二度くらいあったはずですもの。それでも、自らの道を突き進んでいったのがリリィお姉さまですよ?あのお姉さまなら、たとえ死んだってお姉さまのままだと断言できますわ。」
ミハイルはこれ以上何も言えなかった。
どんなに足掻いたところで、セレナの言うことの方が尤もなのだ。
稀代の悪女リリィ・マクラクランというのは、ミハイルの知る限りそういう女であった。
「……。」
だが、それでも、どんなに異常でも、現在リリィ・マクラクランはメイドとして大人しく真面目に働いているし、子猫を助けもした。どれだけ否定しようとも、そのことは事実である。
だからこそ、この国のリリィを知る全ての人間が戸惑っているのだ。
戸惑いながらも、全てが事実だという悩ましい現実を表現したようなミハイルの表情に、セレナも言葉が継げずに押し黙る。
その場にはあまりに重々しい二人分の沈黙がしばらく充満したのだった。
信じられない事実の羅列に、セレナは頭を振って何とか正気を保とうとしていた。何か希望はないかと縋るような声音で、更に尋ねる。
「メイドとして働いているというのは、さすがに無理がありますよね?あのお姉さまが掃除や片づけなどしたことがありませんわ。そこはやはり、メイドに降格という状況が必要だっただけで、仕事をしているということはありませんわね?」
ミハイルだって絶対的にそうだと思っていた。だが、ミハイル自身が確認している事実は違った。もはや、答えることも申し訳ない気持ちになりながら、ミハイルはそれでも生真面目に答える。
「いえ。掃除や片づけなど、他のメイドと比べても遜色のない仕事ぶりです。」
「メイドであることに当たり散らしもしていないのですか!?他のメイドに当たり前のように仕事を押し付けているのでしょう?」
そうだったらどんなに今頃事態の対処が楽だったかと、ミハイルは少し気持ちが遠くなった。なので、少し声に疲労感を滲ませながら答える。
「いえ、どちらかというと他のメイドに軽く嫌がらせをされているようですが、大人しく生真面目に働いています。」
「……大人しく!?生真面目にっ!?」
セレナはミハイルの言葉に卒倒しそうになっていた。
ミハイルは自分の報告のせいでセレナに何かあっては困ると思い、必死に言葉を続ける。こんな異常事態になっていることには、何か理由があるはずなのだと。
「た、例えばですが……。修道院に送られることを酷く嫌がっているからだとか……。」
リリィ本人が呟いていたのだから、修道院行きが嫌なのは事実だ。
しかし、セレナはその言い分には全く納得が出来ないようだった。
「……私が知るリリィお姉さまなら、修道院に行くのが嫌なら、この国の全ての修道院を燃やし尽くしてでも行かなくていいように手配しかねないと思います。」
セレナの言い分は尤もだとミハイルは心の中だけで納得した。何故ならミハイルも修道院へのリリィ・マクラクラン送致が決まった時点で、各地の修道院に秘密裏に護衛を派遣したからだ。リリィをどんなに見張っていても全ての懸念は消えず、何か企んではいないかと想定して数々の準備をした日々をありありと思い出す。
それでも、現在の状況はその時とは異なっている。ミハイルは半ばやけくそでセレナに別の可能性を提示した。
「ほ、他にもですが……。これは、極秘事項ですが、今回、修道院に移送される途中で刺客に襲われたようなのです。その時に、その、命の危険を感じたことで、何か思うところがあったのかもしれません。」
「あの、リリィお姉さまがですか?」
それはあまりにもあり得ない可能性だと言わんばかりに、セレナは思わず笑い出した。
「あのお姉さまは、命が危なくなったくらいで改心するはずなどありませんわ。だって、あれだけのことをしていれば、さすがに命を狙われることの一度や二度くらいあったはずですもの。それでも、自らの道を突き進んでいったのがリリィお姉さまですよ?あのお姉さまなら、たとえ死んだってお姉さまのままだと断言できますわ。」
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どんなに足掻いたところで、セレナの言うことの方が尤もなのだ。
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「……。」
だが、それでも、どんなに異常でも、現在リリィ・マクラクランはメイドとして大人しく真面目に働いているし、子猫を助けもした。どれだけ否定しようとも、そのことは事実である。
だからこそ、この国のリリィを知る全ての人間が戸惑っているのだ。
戸惑いながらも、全てが事実だという悩ましい現実を表現したようなミハイルの表情に、セレナも言葉が継げずに押し黙る。
その場にはあまりに重々しい二人分の沈黙がしばらく充満したのだった。
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