【完結】死神探偵 紅の事件 ~シリアルキラーと探偵遊戯~

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第九幕 理由 一

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   第九幕 理由

     一

 どこか空々しく寒々しく、殺伐とした空気は警察関係者の喧騒だけが作り出したものではない。邸内の閑散とした雰囲気が、それを助長しているのだ。
 誰もが散り散りになっていき、それぞれの仕事に戻っていく昼下がり。
 まだ今朝のショックから立ち直り切れていないながらも、少しずつ邸内の時間は動き始めていた。
 それは、探偵達の集った広間でも例外ではない。新しい契機となった出来事に心の整理をつけると、それぞれは自分の仕事に戻るために広間を去っていった。
 人影もなくなり、今朝方とは雰囲気の変わった広間に、ヒョウとリンは舞い戻っていた。
 昼食を終え、食後の散歩といった足取りで、二人は広間に足を踏み入れる。
「おや?」
 だが、広間には、まだ去っていない人影が一つ残されていた。
「これはこれは横山サン。どういたしました?」
 ソファにぽつんと取り残されたように座っているのは、女探偵・琉衣だ。何時間、この場所に座っていたのだろう。散り散りになっていく探偵達の中で、彼女だけはこの場所にとどまり続けていたようだ。
「凍神さん。」
 力なく呟いて、琉衣は顔を上げる。今朝のショックから立ち直れていないようで、顔色は蒼白なままだ。頭を拭いたタオルはソファの角に追いやられている。
「どうしました?顔色が優れないようですが?」
 微笑を浮かべているヒョウ。
 琉衣はヒョウの微笑を見上げて、瞬きを繰り返した。
「別に。大丈夫よ。」
 髪をかき上げて、さばさばとした口調で返す琉衣。最初の頃に見せた、他人にどこか媚びたような様子はない。愛嬌も笑顔も消え失せて、実年齢以上に冷め切った女探偵がそこにいるだけだった。
「そうですか。」
 興味もなく呟くヒョウ。
 琉衣は表情を作ることをやめた顔の中で、鋭く光る知性の視線をヒョウに向けた。
「ええ。それで、凍神さん、事件は解決できそう?」
 他人事のように呟く琉衣。覇気すらもなくなった雰囲気は、世間に疲れた気だるさと相まって、一つの大人の魅力として昇華される。煙草の火でも燻らして、紫煙でも吐き出しそうな雰囲気だ。わずか一日という時間で、あまりに様変わりしてしまった琉衣。女は、化けるものだ。
 琉衣の変化に戸惑うことなく、ヒョウは琉衣の正面のソファに腰掛ける。
「まあ、もう少しというところですか。事件は一ヶ月の時を経て、再び動き出しましたから。」
 世慣れた雰囲気の琉衣とは違い、ヒョウは浮世離れした雰囲気だ。相容れぬ二人の空気だが、反発しているわけではない。
 琉衣は大きく息を吐き出す。
「ねえ、凍神さん。探偵の仕事って何だと思う?」
「どうしました?突然。」
 視線を虚空に向けながら呟く琉衣。
 ヒョウは長い足を組んだ。
 リンは、ちょこんとヒョウの隣に座った。
「聞いてみたくなったのよ。凍神さん、探偵を始めてどのくらい?」
 深夜のバーで出合った行きずりの男と女の会話のような雰囲気。二人の前に、酒瓶とグラスでも置いてあったらいいのかもしれない。
「そうですね。何年になるでしょうか。」
「ふふっ。秘密主義ってわけ?まあ、いいわ。私は、探偵を始めたのが大学生の時よ、初めは大手の探偵事務所でバイト兼見習いとして入ったの。」
 ヒョウの返答など期待していなかったようで、琉衣は話を続ける。時折ため息を混じらせ、自嘲気味な笑いを混ぜながら。昔話を語る女。それは、過去に引きずられているかのようで、未来に絶対的な希望を抱いていない物悲しさがある。
「霧崎さんのような理想とか、そういうのじゃなくて、どうしても知りたいことがあったからなの。自分で調べたいことがあったから・・・・。それから、私はなりふり構わず必死に働いて、やっと最近、評判が立つようになったわ。」
 過去を見る遠い目。自分の実績と自信を足元に固め、決意に満ちていながらも、どこか空虚。愛嬌や笑顔の下に隠された琉衣の本質が、少しずつ垣間見えている。
「でも、バカみたい。評判が立ったところで、仕事をこなしたところで、どんどん虚しくなってくるの。事件の度に他人の死に立ち会って、誰かの悲しみに居合わせて、そんな状況下で働く。やり切れなくなったりすること、ない?」
「いいえ。」
 微笑のまま首を振るヒョウ。
「いつも誰かの死の中にいて、少しずつ奇怪しくなっている自分がいたりしない?心が麻痺するような?」
 ヒョウの微笑は変わらなかった。
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