母の恋愛掌編・短編集

せんのあすむ

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カエルの王子様

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「えひゃひゃひゃ! オレは夜の帝王じゃ! ほれほれ、寄ってこんかい!」
「きゃ~、いや~ん」
…むかーしむかし、関西地方のとある所に、それはそれは放蕩な王子様が住んでおりました。
タッパは187センチ、眉毛のところよりも少し長く伸ばした髪は茶色に染めて、右手の長い中指にはちょっと気取った銀色の細い指輪と、いかにもな「チャラ男」で、
「ほーれほれ、生娘コマ踊りじゃあ~」
「あーれぇ~」
今日も今日とて、まだ十八歳だというのにキャバレーやバーを梯子して、毎日お金を湯水のように使っています。
おまけに、
「三国一のエエ男、っちゅーたらオレのことや」
自惚れも大層強かったのでした。

そしてある日。
「く、苦しい…そこの若いお方、どうかお水を…」
王子が珍しく早起きしてお城の周りを散歩していると、苦しげな声が聞こえてきました。王子がふとそちらへ目をやると、
「げっ! きったないばーさんやなあ。あっちゃいけ、しっ、しっ!」
「よくも言うたな…」
王子がつい、いつもの癖でそんな風に言うと、なんとそのお婆さんはむくむくと起き上がり、それはそれは綺麗な魔女へと変わったのです。
「あ、あいやー! そんな綺麗なねーちゃんやったとは露知らず。どうか許したってー!」
「もはや遅いわ! お前のような傲慢な男には、鉄槌を食らわしてくれる!」
「あ~れぇ~!」
ばりばりと雷が響き渡り、思わず王子は気を失いました。そして次に気づいた時には、
『な、なんやこれ~!』
城のお堀に映る自分の姿が、哀れ醜いヒキガエルに変わっていたのでした。
「ほーほほほ。お前のことを本当に好きになってくれる女が現れるまで、その姿のままでいるがいい。締め切り(←?)は5年後のクリスマスだよ。それまでに戻れなければ、ずーっとお前はその姿のまま。もっとも、そんな姿のお前を気に入る女がいるとは思えないけどね、ほーほほほほ!」
そして魔女の高笑いが辺りに響き…。

土管の中から、氷雨の降る曇り空を見上げながら、
(ああ…オレって、やっぱり傲慢やったんかな…)
ヒキガエルの世界にも仁義があるらしく、あちらこちらの縄張りから追い出され、今ではどこぞの学校の塀の側で、ひっそりと暮らしている王子は、なんとも情けない思いでため息をついていました。
…ぴちゃん、ぴちゃん…。
(5年後のクリスマス、いうたかてお前。5年やなんてあって間やんけ)
どうやら雨が降っているようです。教会の裏に積んである土管の中にも、その雨は冷たく沁みこんでくるようで、
『ひっきし!』
思わず王子はクシャミをしていました。
今年も間もなくクリスマス。他のヒキガエル達はとっくの昔に冬眠に入っていますが、
『冬眠やなんて、けったくそ悪いことでけるかい。オレは人間じゃ』
王子は呟きました。
『ああ、誰でもええ。そこらへんで遊んでる、スカートからパンツはみでとるガキでもええから、オレにチッスしてくれへんかなー』
そして淡い淡い期待を抱いて、今日も寒さを堪えつつ、優しい女の子がいないかと辺りをうろついたりしているのです。
「あ、ヒキガエルだ~」
「今ごろいるなんて、間抜けなヤツだなあ」
王子がのそのそと這い出すと、子供の声がしました。
『げ、やばい!』
自分もそうだったので、子供がどれだけ残酷かを知っている王子は、慌てて逃げ出そうとしましたが、そこは悲しいかな、やはりカエル。半冬眠状態に入っているためか体の動きが鈍く、
「つっかまえた!」
「ケツから石入れてみようぜ、石!」
『ひええええ、やめてくれええ!』
哀れ、あっという間に捕まってしまったのです。もちろん王子の悲鳴は「げこげこ」としか子供たちには聞こえません。
ですがそこへ、
「やめなさいよアンタ達。可哀相じゃない」
新たな声が響き、王子はそちらへ顔を向けました。
「先生が言ってたよ、アンタ達、いっつもゴミ当番さぼるから、私に連れてきてくれって」
傘を差して、肩までの髪の毛をさらさらと揺らしながら、その女の子は怒って言っています。
「ちえー、分かったよ」
「んじゃ行くか」
男の子達はしぶしぶ王子を放りだし、これもまた傘を振り回しながら教室のほうへと去っていったのでした。
「大丈夫だった?」
そして女の子はしゃがみこんで、呆然としている王子へ優しく声をかけました。
「げこげこ(可愛いねーちゃん、ありがとうな。助かったわ)」
「うん、良かったねえ。それじゃ、私も行くね。ばいばい」
『ああー、行かんといて。もう一声! オレにもっと優しく~』
何か勘違いされそうな発言をしつつ、王子はその女の子の後姿を見送ったのですが、
『ま、エエか。一個だけ分ったこと、あるし』
しばらくして、ゲフ、などとカエルらしいため息をついて、王子は思いました。どうやらここは、彼の故郷から遠くはなれた「関東圏」らしい。
『エエわいエエわい。東京モンはもともと好かんし。もう期待なんかせえへんもん』
ガッカリして拗ねながら、王子は土管の中へのそのそと戻っていったのです。

…それから5年。
『あー、今年でもうタイムリミットやんけ。もうオレ、ずーっとこのまんまなんかなー…』
あの女の子の姿なりともせめて拝めないかと、王子はあれから毎日学校付近をうろうろしているのですが、どうやらその学校は、小学校から高校までの一貫教育らしく、生徒数が大変多かったのです。
そのせいで、あの女の子がどこにいるのか皆目分からないまま、月日だけが過ぎていき、もうあと一週間でクリスマス。
王子はため息をつきながら、教会裏の薪置き場からのそのそと這い出しました。
すると…。
「げっ! 痛~い!」
がらがらとすさまじい音がして、つい王子はそちらへ目をやりました。
女の子が、どうやら転んでできたらしい擦り傷を見て悲鳴を上げています。
『やれやれ、しゃあないなあ』
王子はのそのそとそちらへ行き、その女の子の顔を見上げました。
『あ、あれ?』
「あ。見られてたんだー。でも珍しいね、カエルさんが今ごろ出てくるなんて。おー痛」
その女の子の顔に見覚えがあって、王子は思わず首を傾げていました。
『ひょっとしたらお前さん、あんときの子ぉとちゃうんけ?』
「やだなあ。ホント、私ったらドジだから。えへへ」
女の子は王子へ笑いかけながら地面に座りこみ、傷にふうふうと息を吹きかけています。
『しゃあないなあ』
王子はその膝に向かってひょいと跳ね上がり、傷の上に座り込みました。
「ぎゃあ! 一体何すんの!」
『黙っとらんかい』
断わっておきますが、もちろん王子の声は「げこげこ」としか聞こえません。
女の子が固まっていると、王子はしばらくしてその膝から降り、
『もうええやろ』
「あ…れ? 傷が消えてる。うわー! ありがとー!」
女の子はいきなり王子を抱き上げ、その頬をすりすりしました…あのー、ヒキガエルなんですけど。
「うわ、いっけない! 次、数学の授業だったよ! じゃあね、カエルさん。また来るね!」
『お、おう…』
…なんとも賑やかな声を残し、その女の子は王子に手を振って駆けて行きました。
そして、それから毎日、その女の子はおやつを持って王子を訪ねてくるようになったのです。
学校での出来事、家でのこと、そして友人達のこと。
色んな出来事を話してもらいながら、今更のように王子の胸に、人間だった頃のことが懐かしく思い出されました。
そうしてやっぱりあっという間に時間は過ぎて、
『もうこのままでもええかな』
明日がクリスマスだというのに、王子は今ではそう思い始めています。
こうやって、この女の子が訪ねて来てくれるのだから、寂しくないし、なにより王子は彼女のことが好きになっていたのですから…。
今日も彼女があれやこれやと王子に話していると、
「おーっと、いたいた!」
「よくもチクッて俺らを停学にしやがったな!」
『げげ! こいつら、いつかオレをいじめようとしたヤツらやんけ!』
5年前の出来事がたちまち王子の脳裏にフラッシュバックします。
成長したあの時の子供達が同じように王子の前に再び現れて、
「アンタ達…だって、アレはアンタ達が悪いんじゃない! 高校生の癖に、酔っ払って交番の前で
立小便するなんて、さいてー!」
「そ、それを学校中に言い触らしたのはお前じゃねえか!」
「お前こそ、さいてーだあ!」
その会話を聞いていた王子は、思わず眩暈を覚えましたが、
「だいたいよお。お前、昔っから女の癖に生意気だったんだよな」
「むいちまえ!」
少年達が口々にわめきつつ、彼女に襲いかかってきたので、その顔に飛びかかりました。
そして…。
「げ! なんだよこ…れ…わああ!」
「ぎゃああ」
そして顔に飛びかかったままのオナラ攻撃…別のものまで出ました…、泡を食った少年達は、悲鳴を上げながら逃げていったのです。
「うわー。すごいねえ、カエルさん」
『あんなん屁のカッパや。出すモンがモンだけにな』
呆然としていた女の子が、我に帰って王子をそっと抱き上げました。
「ありがとう。ねえ、カエルさん」
『ああ?』
「カエルさん…五年前のあの時のカエルさんなんでしょ? おかしいんだよね。私ったら、ずっと貴方のことが好きだったみたい」
王子は驚いて、女の子の顔を見上げます。女の子は王子を抱き締めて、
「ありがとう。カエルさんなのに、すっごくカッコ良かった…」
その額に、そっとキスを落としました。
すると…。
「あ…オレ…戻れたんや~!」
ぼわん!とまたレトロな音がして、王子の姿は人間に戻っていました。
そして、腰を抜かした女の子に手を差し出して、
「ありがとうな。オレ…オレも多分、ずっと自分のこと、好きやった」
笑って言いました。
その顔は、昔の放蕩な彼からは想像も出来ない素敵な笑顔だったといいます。

…人間に戻った王子様は、親切なその女の子と一緒に、それからずーっと幸せに暮らしましたとさ。



FIN~
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