母の恋愛掌編・短編集

せんのあすむ

文字の大きさ
上 下
17 / 17
ガラスノカケラ

エピローグ

しおりを挟む
 そして、高校に通い始めて一ヶ月。F駅で帰りのバスを待ってたら、雨が降ってきた。
(参っちゃったなぁ)
私はちょっと空を見上げて、ため息を着く。最寄のバス停から家に走って帰るにしても、この調子だと雨は本降りになっているだろうから、濡れるのは避けられない。
 さてどうしたもんかと考えていたら、後ろから肩を叩かれて、私は思わず振り向いた。
「もーちゃん、ミーコ。あれ? 二人ともこっちじゃないよね?」
そこには懐かしい二人が立っていて、それぞれ新しい制服を着ながらニコニコしている。
「それはこっちの台詞。アンタ、なんでオーテンの制服なんか着てるわけ? 似合ってるけどさ」
 もーちゃんが、相変わらずの調子で話しかけてきてくれた。
「コーコちゃん、ほら、こっち来て」
 それに答えかけた私の腕を、ミーコが取って近くのドーナツショップへ引っ張っていく。
「…コーコちゃん、私に遠慮したでしょ? コーコちゃんが生山、落ちたって聞いて、びっくりしたんだよ、私ら、ねえ?」
席に着いてドーナツとドリンクのセットに手をつけながら、ミーコはもーちゃんにもフリながら、いたずらっぽく私を見た。
「オーテンだったら親にも文句言われないシンガッコーとやらだし? 金田とやらにも会わなくて済むし?」
 文句を言い掛けた私を遮って、もーちゃんもニヤニヤしながら言う。まさにそうなのだ。図星だから、私も思わず言葉に詰まってしまう。
「そうはトンヤがダイコンオロシってヤツよ、ほれ」
そこでもーちゃんが、私の後ろの店の扉のほうを指差すもんだから、つられてついそっちを見たら、
「…金田じゃん」
照れくさそうに笑って、公立高校の制服を着た金田が立っている。
「生山に受かったのはいいけど、小テストでアカテンばっかとって、親御さんが嘆いてるんだって。助けてやんなよ、コーコ」
「こればっかりは、私も無理だもん」
 言いながら、もーちゃんとミーコは、「お先に」なんて自分の分のトレイだけを持って、とっとと席を立っていった。
「…お前、ずりぃ」
 二人に「頑張ンな」「負けないで」なんてすれ違いながら言われて、顔を赤くしながら、それでも私の席の前に座った金田は文句を言う。
「入試問題に白紙で出した女子生徒がいるって、今でも語り草だぜ? 浜田や後藤が連絡とってくれなきゃ、
ずっとこのまんまだった」
「…ごめん」
 金田に対しては私、別に謝らなくても良かったと思うんだけどなー、って思いながら、それでも私が謝ったら、
「…これ」
「あ」
 金田は、ポケットから取り出した何かを、手のひらに乗せて私に見せた。
「…もしも」
「うん」
 そこで、すっと真面目な顔をして、金田は私をじっと見る。
「もしも…これから、俺と、彼女として付き合ってくれる気があるなら、これ、受け取らないでいてくれ」
(もう、あれから一年経つんだ)
その手のひらに乗っていたのは、あの修学旅行の時、金田が持っていった透明なシーグラス。
 私はそれに両手を伸ばして、金田のその手をそっと閉じさせる。それが私からの金田への返事。

 傘を持ってきていた金田に家の前まで送ってきてもらって、何気なくポストを見たら、
(あれ?)
そこには珍しく、宛名が私になっている封筒が入っていた。少し多めの切手が貼られているそれを、部屋へ持っていって開けながら、
(懐かしいな)
私は思わず微笑む。中に入っていたのは、彼なりに気を遣ったんだろう、
(『これ、返す。追伸…お前にあの時言われてやっと気付いたけど』)
青くて小さなメモ用紙と、他に何か小さなもの。
(今頃遅いって…もう)
その続きを読んで、私はその封筒へ改めてセロテープで封をしながら、切なさと一緒にほろ苦く笑った。
 鍵のかかる机の引き出し。その奥に仕舞い込んだのは、『お前が好きだった』と書かれた小さなメモ用紙と群青色のガラスのかけら。



FIN
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...