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【初級者 編】

ホロウ

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「ふぉっふぉっふぉっ。承知したぞえマイコ。ならば、茶でも飲んでゆっくりしていくとエエて。それに……お主にはいろいろと聞きたいこともあるでの」
「え? わたしに聞きたいこと、ですか?」

 ゼンキは何を米子へ聞きたいのかは分からない。
 それに加えて先ほど聞いた『新種』も気になる。
 この後ゼンキはガガとウィルを帰宅させ、米子を居間へ招き入れる。
 メメルは再び外へ遊びへ行ったのだろう、屋内は、米子とゼンキの二人のみ。 

 ゼンキは囲炉裏より熱々の粗茶を用意し終えると、その重い口を開き始めた。

「お主。まだそれほどの刻は経っておらんようじゃが、いつから住み人となったのじゃ? もしや、苟且の塔で入手したアイテムが原因……では、なかろうかの?」
「え? なぜそれを?」

 あっさりと米子の現状を言い当てたゼンキ。
 米子はどうして、それが分かるのかと困惑する素振りを見せた。

「やはりな。ちと長くなるが、お主は聞いておかねばなるまいて。今から話すことは真実じゃ。それを信じるかはお主の自由じゃが……エエの?」
「は、はい。是非聞かせてください」

 これからゼンキが話すこととは、何なのか。
 そう不安に思う米子でも、自身がNPCとなったことを意図も簡単に言い当てたゼンキの話を、今更疑う理由もないだろう。

 そしてゼンキの真剣な眼差しからも、嘘をつく人物とも思えなかった。

 ゼンキは言葉を選ぶようにして語り始める。

 そう、米子には思いもよらなかった苟且の宝玉たる真実を――――

 
 ――――――


 ゼンキは苟且の宝玉について詳しく語った。

 『苟且の宝玉』とは別名『ホロウ』と言われる食べ物。ホロウが食べ物と称される所以は、木の実や果実のような類いではなく作られた物だからだ。

 敢えて分類するなら、チョコレートや飴などの菓子類と類似する。

 この世界においての神とはEXの世界を創り上げた現実世界の開発者。住み人たちは開発者が作ったとされるマザーコンピュータのことを『創造主』と呼ぶ。

 創造主はホロウを、この世界で最も至高なアイテムの一つとして生み出した。

 それを『レジェンド級アイテム』と言い、そのアイテムランクは不明。

 レジェンド級アイテムであるホロウとは食べ物ではあるが、それはこの世界の住人に限った認識であり、本来は見た目が食べ物として構築された、となる。

 その何かをアバターへ取り込んだ時、一連の流れを経てアバターを操るプレイヤーの脳内情報が、アバターへとコピーされようだ。

 このコピーまでの流れは、プレイヤーの脳が『実在する脳を残したまま数値化』され、次にゲーム内のアバターへと移動、そしてデータ保存。この一連の動きを行うためのシステム又は起動スイッチが、ホロウの役目となる。

 身近なもので例えるならば、脳内情報のデータが保存されたものが『USBメモリやゲームソフト』となり、アバターは『パソコンやゲーム機』などの本体。

 そしてホロウは『マウスやゲームパッド』などが近しい。


 一:現実世界にあるEX本体が米子の脳内データを構築して保存。

 二:ホロウにて、データの転送を起動、開始。

 三:転送されたデータはゲーム内アバターへ上書き保存。

 四:上書きされたアバターは単独で自我を持つ存在となり、プレイヤーなしでの行動を可能とする。


 米子のアバターが自身の容姿と重なってしまったのは、日々の生活の中で自身の姿を記憶しているからである。それは脳内で『自分の容姿とは、現実世界における生身の姿が本物である』との認識からくるもの。

 それゆえに、アバターのような仮の姿とはならない。全ては己の脳内から創りあげたキャラクターであり、”自分で自分を生み出した”とも言える。

 加えて、現実世界での米子には後遺症のようなものが残る可能性が高い。その後遺症とはEXでの記憶が無くなってしまうということだ。

 現実世界の米子は約一年間、EXをプレイしていた記憶だけ消え去り、それ以外の記憶は正常に機能している。

 更に自分の部屋に置かれたEX本体へ興味も示さず、放置状態となっていることから、開発者側から意図的に植え付けられた後遺症なのかもしれない。

 とはいえ結論からすると、この世界の米子とは『現実世界の米子を、そのままコピーしたマイコ』となる。

 現時点でゼンキが知るホロウの被害者は米子を含め三名らしい……。

 ゼンキはEXのオープンからこの世界の住人であり、脳のデータ化などは理解できず、そのような言葉はこの世界にはない。米子へは、ただ「ホロウを食すことにより異世界とこの世界に身体が分離される。それは”どちらの米子も本人”である」と伝えた。

 勿論、この言葉は結論として言ったことであり、経緯を説明したうえでの答えとなる。

 そしてゼンキなどの住み人からすれば、現実世界が異世界なのだろう。


 ――――――

 
 謎が解けたとまではいかないが、現実世界を知る米子にとってはゼンキの話を理解できないこともなかった。

 今はそれよりも、この世界の米子が『本人である』と断言してもらったことで、これからの糧になる話だったと思える。

(――よし、成り行きだったけど……婆ばさんに出会えて良かったな)

 こう心中で思う米子は、心の奥で日々悩んでいた柵が一度に洗い流されたような清々しさを感じていた。

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