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【初級者 編】

予兆

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「「なんか、すみませんでした(です)」」

 タケシに謝罪し頭を下げた直後、ベニネコの頭上に突如として現れたのはキララであった。
 キララとは、ネコのぬいぐるみとも思える姿をした、ベニネコのサポーターである。

「あっ! トーク、トークっと。面倒くちゃいけど、コレ超無視できないじゃんねー」

 タイミング良く現れたキララ。
 ベニネコはホッと揺れ動く豊満な胸を撫で下ろし、事態を誤魔化すような素振りを見せた。

 そう「最近肩が凝って仕方がないのよねー。わ・た・し」などと、肩が凝っているだけで勝ち誇った顔をする、だ。あと数年もすれば「あ、そう。お仕事大変なんだ」と、言われるのが関の山だとも知らずに。

 キララは両手、両耳をバタバタと振りながらベニネコへ話しかけてきた。

「マスター! リーザ様からトークでぇす!」

 トークには呼び鈴などはない。
 その代わり、サポーターが呼び出した者の名前などを告げ呼び鈴代わりを行う。
 
「ありゃりゃ? なんだろ? オッケー繋げてちょ!」

 マスターはこの時点で通話を拒否することも可能だ。仮に通話を拒否、又は矢も得ず通話できない場合には、サポーターが丁重にお断りしてくれる仕様。

 しかし、現状のベニネコはリーザとのトークを断る理由もなく通話を了承した。

「ハーイ! 了解でぇす!」

 サポーターは、基本的に何らかのぬいぐるみ、又は玩具に近しい容姿。これはゲーム開始時に決められるものであり、プレイヤーに選択する権利はない。

 サポーターを選ぶ権利がなくとも不満を持つものは少ないだろう。これはマスター本人が思い入れのあるもの、又は好むもの、などを投影した姿となる場合が多いからと考えられる。

 トークが始まる際、サポーターの目つきなどが通話相手のように変貌。相手はリーザとなっているため、なんだかダルそうな表情を浮かべるキララ。

《――あー。ベニネコ、今いいかい?》

 キララは身振り手振りをしながら、リーザの口調に合わせ口もパクパクと愛らしく開閉。

「うん、オッケー! どしたのー?」
《――マイコには会えたかい? 一緒にいるなら話しておきたいことが、あるんだけど》

 リーザは米子へ伝えたいことがあるようだ。
 そのリーザの姿は見えなくともキララの動きなどから、ある程度の予測ができた。

「うんにゃ、マイコちゃんはいないよー。結局会えずに森を抜けちゃったんだよねー」
《――そうなのかい? ……って、ことは、あれか》
「あれって??」

 少し思わせぶりな言葉を洩らしたリーザ。
 その真意は、ベニネコや聞き耳を立てる他のメンバーにも理解することは出来ない。

《――あー。いや、こっちの話さあね。それより転送陣のこと知ってるかい?》
「転送陣? なんの話?」


 ――――――


 リーザが言うには、一時間ほど前から転送陣が使用できなくなったようだ。

 それはつまり、転送での瞬時移動は出来ず、全ては徒歩などで移動しなければならない。転送陣を使用できない住人たちにとっては、重要視されるほどの問題とならいのだが。
 
 この世界は仮想空間であり、ゲームである。

 プレイヤー側にとって転送陣の使用不可は、著しく冒険へ支障をきたす。
 従って、これほどの重大な過失を運営局が見逃すはずもなく、”バグ”などと予想された。

 この世界における『バグ』とは、EXプログラムに潜む誤りを指す。

 しかし、このバグに対する運営局の答えは予想を反した。

 
 ◆

 
 【ユーザー各位】

 EXオンラインをご利用いただき、ありがとうございます。
 
 この度、日本サーバ内で発生致しました『転送陣』が使用不可となる現象について、ご報告させていただきます。

 まず先に、これはシステムプログラム、及びネットワーク上の問題ではないことを申し上げておきます。

 これは、ゲーム内キャラクターから派生した『クエスト』となります。
 従って、クエストをクリアしない限り、転送陣をご利用することはできません。

 転送陣の再利用法や、どのようなクエストであるかなどのご質問に関しましては、お答えしかねることをご了承ください。
 尚、このクエスト内容についてはお答えしかねますが、本日行われるバージョン二.〇五のアップデートにて発生したクエストを、より一層お楽しみいただけるかと思われます。

 詳細についてはアップデート後に、告知させていただきます。

 次に、現時点における転送陣が使用不可となった区域について――――

 ――――――――――――

 ――――――


 ◆


「クエストなの? 転送できないの? 面倒なクエストだねー」

《――まあ、要約するとそうなるね。けどね、気になるのはアップデートさあね。今晩行われるアップデート次第でどうなるか……あんたの言う通り転送陣が使えないのはアレだけど、それに代わる何か――が、来るかもしれないね》
 
「ありゃりゃ? リーザが何を言いたいのか分かんないけど、今晩のアップデートは楽しみだよねー! ワクワクが止まらなくて、胸が高鳴りっぱなしだよー!」

 このベニネコの言葉と聞いて、スケベトリオは彼女の重々しくも揺れ動くを血走る眼球で凝視した。
 滴り落ちる鼻痔と共に。
 激熱。 
 そしてレイカは思う。

 ――成長期、セイチョウキ……です。

 レイカは”前後左右”どこを向いても気付かれることのない自身のを見つめ、自身へしかと言い聞かせた。

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