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第一章
第14話 ミューの決意 その1
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ロヴェルとヒューリアの婚約から二年が経ち、王国歴で言うと739年。俺は14歳になった。
もうすっかり青年である。
この国での成人は15歳なので、来年の春には、俺の成人のパーティーが行われる。
今はもうすぐ冬を迎えようかという季節なので、カートライア家でも、初めての成人お披露目パーティーを盛大に行うために、父上も母上も、ボルディンスも、連日大慌てであった。
あ、そうそう、去年ロヴェルの成人のお披露目が行われた。
しかし、終始ニコニコしているリングブリム子爵。終始ニヤニヤしているロヴェル。シャキッとしろ、と叱るヒューリア以外に別に面白いものは無かった。
特に語るほどの出来事は無いので、詳細は俺の心にしまっておくことにする。
そして、今はもう前回魔王が討伐されてから、既に47年である。
俺は、三年後訪れるであろう、その時に備え、今まで以上に剣の腕を磨いていた。
「お待たせしました。坊ちゃま」
稽古の後、ミューがいつものように、汗拭き用の布と、飲み物を持って来てくれた。
「ああ、ミューありがとう」
礼を言って、それを受け取る。そして、彼女も俺の隣に座り、俺の汗を拭いてくれる。
「剣の扱いは難しいですね。坊ちゃまから、いまだに一本も取れません」
「ミューは槍を使えばとても強いんだから、無理してショートソードを練習しなくてもいいんじゃないか」
実は、既にミューは、俺の練習相手だけでなく、本格的に、屋敷の警備班や、最近編成された辺境伯騎士隊を相手に戦闘の訓練を始めていた。
正直に言って、彼女に槍を持たせたら、もはや各隊長をも凌ぐほどであった。
異世界ラノベ小説なら、ここでしたり顔で「ふっ、やはり彼女は槍術のスキル持ちだったか」とかなんとか言うところなんだろうけど、残念ながら、この世界にその概念は無い。
ちくしょう、言ってみたかったぜ。
しかし、試合ならともかく、槍では俺の剣の稽古には正直向かない部分もあり、ミューはわざわざこうして俺の為に、苦手な剣を使っての稽古に付き合ってくれているのだった。
「はい、実戦になれば槍を使います。でも、槍が折れたり、狭い場所だったりと、剣でなくては戦えない場合もありますので、いつか必ず役に立つと思います」
「……そうか」
俺の為につき合わせている、なんて小さな罪悪感を俺が感じていた時代もあったが、それは余計な感情であったと思い知らされる。
今や彼女はこの屋敷の重要な戦力の一人だ。それもこれも彼女が望んだ事であり、そして全てひとえにミューの努力のたまものであった。
それにしても、この子が地球に産まれていたら、どれほどの大人物になった事だろう。俺は本当にミューをそう評価していたし、そして尊敬していた。
「それにしても、坊ちゃんは本当に凄いです。地域で最強の剣士になられても、少しも鍛錬に手を抜かれないのですから」
一通り汗を拭き終わったミューは、俺の事をそう評して、目を輝かせた。
そうなのだ!
実は、前に決まった剣術大会は、翌年から無事開催される運びとなった。
で、なんと! 去年の春、今年の春と開かれたその大会の剣の部で、俺は二回連続優勝という快挙を成し遂げたのだ。
どうよ! 聖女に負けず劣らず主人公してるぜ、俺。
まあ、社会人時代の俺だったら「どれもこれもすぐにバトルの大会を開きやがって」と悪態をついていたところであるが。
あ、そういえばまだ聖女様とやらは生まれて無いんだっけか。
いずれにせよ、特別な力「魔法」とやらを使えない俺は、将来、実力で聖女のパーティーに加わらなくてはいけない。でなければ、魔王を直接狩ることなど出来はしない。いや、不可能でも無いのかも知れないが、聖女チームの力を借りられるに越したことは無い。
これはその為の鍛錬であり、その為の優勝である。
「ああ、でもまだだ。もっと強くならなくては。直接魔王を狩れるくらいにね」
「ええ? 魔王を直接坊ちゃまが倒すおつもりですか?」
しまった、ついつい本来のミッションを口にしてしまった。
魔物が攻めて来た時の為の対策だと思っていたミューは俺のこの言葉にさすがに驚いたようだった。しかし、否定したり諫めたりするつもりはないらしい。ミューはニッコリ笑うと、
「では、私ももっと強くならなくてはいけません」
と言った。
「ははは、まあそれは冗談にしても、カートライア領の皆や、エフィリアや君を、俺の大切な人達を守る力は身に着けておきたいんだ」
「大切な人……」
慌てて誤魔化した俺の言葉に、ミューは少し俯いて呟いた。
「ああ、父上も母上も、エフィリアも、そして君も、俺の大切な家族さ」
俺がそう言うと、ミューは恥ずかしそうに頷き、そして花が咲いたように笑った。
その笑顔を、俺は見惚れるように眺めていた。
今年でミューは15歳になっていた。
可愛らしく、凛々しく、そして美しく育ったその容姿も去ることながら、彼女は、本当に尊敬できる素敵な女性に育っていた。
俺の影響かどうかは分からないが、数年前のある日、彼女は「将来、坊ちゃまをもっと支えられるように、武器だけでなく、もっと知識と教養を身に着けたい」と、父上に願い出たのだ。
他の貴族の使用人はどうか分からないが、特にミューは幼いころから屋敷におり、父上と母上からの信頼も厚かった。父上としても、ミューをカートライア家から手放すつもりは毛頭ないらしく、特別扱いで、ミューの要望を全面的に認める事となった。
「使用人にそんな待遇許されるの?」とも思ったが、我が家には、ボルディンス執事長という前例がいる。
カートライア家の執事長のボルディンスは、本来は使用人を取りまとめる立場だが、正式な家臣として、父上の領地経営の補佐もしており、もはや宰相的ポジションに収まっている。
ボルディンス・マーガスという家名は、正式に家臣に取り立てられた際、父上から直々に賜ったとのことだった。
そういえば、ボルディンスも幼い頃は孤児院にいた、という話を父上から聞いたことがある。代々のこの家の習わしがとてもいい方向に機能している前例である。
しかし、その要望が認められたからといって、ミューの為にわざわざ教師を雇う訳にはいかない。
なので、ミューは空いた時間を利用して独学で勉強し、歴史や文化は勿論、栄養学、法律学、礼儀作法など、あらゆる事を吸収していった。今は、税の流れ、辺境伯家の収支、特産品についてなど、本からは学べない、領地に特化した内容まで、執事のボルディンスの手引きで学んでいるらしい。
もちろん俺だって、教えられる事は教えたよ?
(もうそろそろ、良い頃合いか)
「なあミュー、今日は一度、本気で手合わせしてみないか?」
俺はミューに突如そう提案した。
「ど、どうされたんですか、き、急に」
さすがにミューがちょっと驚いた様子で答える。今まで、そんな提案をされたことが無かったのだから当然だろう。
勿論、俺も、遊びや酔狂で提案しているわけでは無い。これはかねてから考えていたことなのである。主な理由は二つあるが、ひとまずここでミューが受けてくれるためにも、そのうちの一つを明かした。
「ミューの本気の実力を知っておきたいんだ。魔王の復活ももう三年後に迫った。魔物が現れるようになったら、ミューに母上やエフィリアを守って貰わなくてはいけなくなるかもしれない。ミューが守る側なのか、守られる側なのか、それをしっかりと知っておきたいんだ」
ちょっと、卑怯な言い方だったかもしれない。しかし、こう言えば、ミューは本気で戦ってくれるだろう。
予想通り、ミューは俺の言葉を聞いて、これ以上無いほどに真剣な表情になった。
「わ、分かりました。その手合わせ、お受けします」
「ありがとう。これから昼食だし……じゃあ今から二時間後、食時の後に、中庭で」
「は、はい」
そう言って、俺は、屋敷に入った。
反射的に返事をしたのだろう。ミューは気づいていなかったようだった。
広く人目の少ないここ「裏庭」では無く、「中庭で」と言ったことに。そして、二時間後がどういうタイミングであるかという事に。
――二時間後。
ミューが中庭に現れた。
ひきつった表情で、冷や汗をかいて。
「やあ、ミュー。待ってたよ」
「や、やっぱり、坊ちゃまはあの時『中庭』と仰ったのですね。聞き間違いと思って、裏庭に行ってしまいましたが、いらっしゃらず、それで、こちらに来てみたら……」
「ミューさん、頑張って!」
「いや、ここは坊ちゃまの応援でしょ!」
「どちらも頑張って下さいね!」
ミューが中庭の周りを見回す。そこには、執事長のボルディンスをはじめ、執事、メイドの皆さんが壁際のベンチに腰かけている。そして、財務官や、書庫官、内政官、騎士隊と、衛兵や料理人チームなどの常駐組の皆さんも、こぞって見物に来ていた。
「あ、あの、坊ちゃん、こ、こ、これは」
「ああ、今の時間はちょうど、みんなのお昼が終わって、休憩時間だからね、皆に、少し場所を開けてもらえるようにお願いしたんだ」
テンパっているミューを尻目に、準備体操を始める。
ミューも、さすがに硬直しっぱなしという訳には行かないので、体をほぐし始めた。
おっと、その前に。
「ミューこれを」
俺は、そう言って、彼女に棒を投げてよこした。
それは、穂先の部分まで木で作られた、つまり、練習用の槍である。もちろん、俺がプレゼントしたあの槍と同じサイズである。
当然、剣での試合を想定していたミューにとっては、寝耳に水である。
それもそのはず。
実はこの世界では、基本的に試合や立ち合いでは、互いに別の獲物を用いての戦いは無い。剣なら剣同士、槍なら槍同士での試合となる。
先程は言い忘れたが、三領地共催での件の剣術大会でも、剣の部と、長物の部に分かれている。ちなみに、俺は剣の部での二年連続の優勝者と言ったが、ミューはどちらにも出場していなかった。
なので、戦争も無い、魔物も襲ってこないこの今の情勢では、剣対槍と言うのは、かなりの特殊な対決なのである。
なんで、そんな事をするのか。それは簡単である。今日のこの催しは、先に述べた俺のもう一つの目的のためだからだ。
しかし、ミューは周りの声援に完全に戸惑っていた。これだと本気が出せないだろう。でも今回ばかりは野次馬を追い払う訳にはいかない。それでは意味がないからだ。
俺は、ミューの元に歩み寄った。
「ミュー、練習用のこの剣と槍では、よほどのことがない限り、互いに怪我はしない。だから本気でやって欲しい。君が、母上やエフィリアを守れることを、俺に、そしてみんなに証明して見せてくれ。でなければ今後、俺が魔物の討伐に向かう時に、君を連れて行くことは出来ない。
そうだな……もしも、今、ここでミューが俺に勝つことが出来たとしたら、それが俺は何よりも一番嬉しいかもしれないな」
俺はそう言って、チラリと吹き抜けの二階を見た。そこには、父上と母上、そしてエフィリアが、突如始まった余興を楽しむかのように立っていた。
当然、父上には、観に来たくなる様な感じで、さっき俺がお知らせした。それでも、万が一にでも見忘れる可能性が無いように、もしもの時には二人を連れてくるようにと、エフィリアにもお願いしておいたのだ。
俺の言葉を聞いて、表情が変わったミューが、決意もあらわに俺に言った。
「私は……この先も、坊ちゃんと、エフィリア様を、何があっても守ります。私が勝つことで坊ちゃんの信頼を得られるならば、私は、坊ちゃんを……倒します」
これで、ミューの本当の実力を計るという一つの目的は達成できるだろう。
そして、もしも、ミューが俺に勝てたら、いや、例え勝てなかったとしても、その実力をここで証明することが出来れば、もう一つの目的は近いうちに達せられるに違いない。
(もちろん、その為には俺も手を抜くわけにはいかないけどな)
俺はそう思い、人生で初めて、俺に対して闘志をむき出しにしたミューと対峙したのであった。
(第15話『ミューの決意 その2』へつづく)
もうすっかり青年である。
この国での成人は15歳なので、来年の春には、俺の成人のパーティーが行われる。
今はもうすぐ冬を迎えようかという季節なので、カートライア家でも、初めての成人お披露目パーティーを盛大に行うために、父上も母上も、ボルディンスも、連日大慌てであった。
あ、そうそう、去年ロヴェルの成人のお披露目が行われた。
しかし、終始ニコニコしているリングブリム子爵。終始ニヤニヤしているロヴェル。シャキッとしろ、と叱るヒューリア以外に別に面白いものは無かった。
特に語るほどの出来事は無いので、詳細は俺の心にしまっておくことにする。
そして、今はもう前回魔王が討伐されてから、既に47年である。
俺は、三年後訪れるであろう、その時に備え、今まで以上に剣の腕を磨いていた。
「お待たせしました。坊ちゃま」
稽古の後、ミューがいつものように、汗拭き用の布と、飲み物を持って来てくれた。
「ああ、ミューありがとう」
礼を言って、それを受け取る。そして、彼女も俺の隣に座り、俺の汗を拭いてくれる。
「剣の扱いは難しいですね。坊ちゃまから、いまだに一本も取れません」
「ミューは槍を使えばとても強いんだから、無理してショートソードを練習しなくてもいいんじゃないか」
実は、既にミューは、俺の練習相手だけでなく、本格的に、屋敷の警備班や、最近編成された辺境伯騎士隊を相手に戦闘の訓練を始めていた。
正直に言って、彼女に槍を持たせたら、もはや各隊長をも凌ぐほどであった。
異世界ラノベ小説なら、ここでしたり顔で「ふっ、やはり彼女は槍術のスキル持ちだったか」とかなんとか言うところなんだろうけど、残念ながら、この世界にその概念は無い。
ちくしょう、言ってみたかったぜ。
しかし、試合ならともかく、槍では俺の剣の稽古には正直向かない部分もあり、ミューはわざわざこうして俺の為に、苦手な剣を使っての稽古に付き合ってくれているのだった。
「はい、実戦になれば槍を使います。でも、槍が折れたり、狭い場所だったりと、剣でなくては戦えない場合もありますので、いつか必ず役に立つと思います」
「……そうか」
俺の為につき合わせている、なんて小さな罪悪感を俺が感じていた時代もあったが、それは余計な感情であったと思い知らされる。
今や彼女はこの屋敷の重要な戦力の一人だ。それもこれも彼女が望んだ事であり、そして全てひとえにミューの努力のたまものであった。
それにしても、この子が地球に産まれていたら、どれほどの大人物になった事だろう。俺は本当にミューをそう評価していたし、そして尊敬していた。
「それにしても、坊ちゃんは本当に凄いです。地域で最強の剣士になられても、少しも鍛錬に手を抜かれないのですから」
一通り汗を拭き終わったミューは、俺の事をそう評して、目を輝かせた。
そうなのだ!
実は、前に決まった剣術大会は、翌年から無事開催される運びとなった。
で、なんと! 去年の春、今年の春と開かれたその大会の剣の部で、俺は二回連続優勝という快挙を成し遂げたのだ。
どうよ! 聖女に負けず劣らず主人公してるぜ、俺。
まあ、社会人時代の俺だったら「どれもこれもすぐにバトルの大会を開きやがって」と悪態をついていたところであるが。
あ、そういえばまだ聖女様とやらは生まれて無いんだっけか。
いずれにせよ、特別な力「魔法」とやらを使えない俺は、将来、実力で聖女のパーティーに加わらなくてはいけない。でなければ、魔王を直接狩ることなど出来はしない。いや、不可能でも無いのかも知れないが、聖女チームの力を借りられるに越したことは無い。
これはその為の鍛錬であり、その為の優勝である。
「ああ、でもまだだ。もっと強くならなくては。直接魔王を狩れるくらいにね」
「ええ? 魔王を直接坊ちゃまが倒すおつもりですか?」
しまった、ついつい本来のミッションを口にしてしまった。
魔物が攻めて来た時の為の対策だと思っていたミューは俺のこの言葉にさすがに驚いたようだった。しかし、否定したり諫めたりするつもりはないらしい。ミューはニッコリ笑うと、
「では、私ももっと強くならなくてはいけません」
と言った。
「ははは、まあそれは冗談にしても、カートライア領の皆や、エフィリアや君を、俺の大切な人達を守る力は身に着けておきたいんだ」
「大切な人……」
慌てて誤魔化した俺の言葉に、ミューは少し俯いて呟いた。
「ああ、父上も母上も、エフィリアも、そして君も、俺の大切な家族さ」
俺がそう言うと、ミューは恥ずかしそうに頷き、そして花が咲いたように笑った。
その笑顔を、俺は見惚れるように眺めていた。
今年でミューは15歳になっていた。
可愛らしく、凛々しく、そして美しく育ったその容姿も去ることながら、彼女は、本当に尊敬できる素敵な女性に育っていた。
俺の影響かどうかは分からないが、数年前のある日、彼女は「将来、坊ちゃまをもっと支えられるように、武器だけでなく、もっと知識と教養を身に着けたい」と、父上に願い出たのだ。
他の貴族の使用人はどうか分からないが、特にミューは幼いころから屋敷におり、父上と母上からの信頼も厚かった。父上としても、ミューをカートライア家から手放すつもりは毛頭ないらしく、特別扱いで、ミューの要望を全面的に認める事となった。
「使用人にそんな待遇許されるの?」とも思ったが、我が家には、ボルディンス執事長という前例がいる。
カートライア家の執事長のボルディンスは、本来は使用人を取りまとめる立場だが、正式な家臣として、父上の領地経営の補佐もしており、もはや宰相的ポジションに収まっている。
ボルディンス・マーガスという家名は、正式に家臣に取り立てられた際、父上から直々に賜ったとのことだった。
そういえば、ボルディンスも幼い頃は孤児院にいた、という話を父上から聞いたことがある。代々のこの家の習わしがとてもいい方向に機能している前例である。
しかし、その要望が認められたからといって、ミューの為にわざわざ教師を雇う訳にはいかない。
なので、ミューは空いた時間を利用して独学で勉強し、歴史や文化は勿論、栄養学、法律学、礼儀作法など、あらゆる事を吸収していった。今は、税の流れ、辺境伯家の収支、特産品についてなど、本からは学べない、領地に特化した内容まで、執事のボルディンスの手引きで学んでいるらしい。
もちろん俺だって、教えられる事は教えたよ?
(もうそろそろ、良い頃合いか)
「なあミュー、今日は一度、本気で手合わせしてみないか?」
俺はミューに突如そう提案した。
「ど、どうされたんですか、き、急に」
さすがにミューがちょっと驚いた様子で答える。今まで、そんな提案をされたことが無かったのだから当然だろう。
勿論、俺も、遊びや酔狂で提案しているわけでは無い。これはかねてから考えていたことなのである。主な理由は二つあるが、ひとまずここでミューが受けてくれるためにも、そのうちの一つを明かした。
「ミューの本気の実力を知っておきたいんだ。魔王の復活ももう三年後に迫った。魔物が現れるようになったら、ミューに母上やエフィリアを守って貰わなくてはいけなくなるかもしれない。ミューが守る側なのか、守られる側なのか、それをしっかりと知っておきたいんだ」
ちょっと、卑怯な言い方だったかもしれない。しかし、こう言えば、ミューは本気で戦ってくれるだろう。
予想通り、ミューは俺の言葉を聞いて、これ以上無いほどに真剣な表情になった。
「わ、分かりました。その手合わせ、お受けします」
「ありがとう。これから昼食だし……じゃあ今から二時間後、食時の後に、中庭で」
「は、はい」
そう言って、俺は、屋敷に入った。
反射的に返事をしたのだろう。ミューは気づいていなかったようだった。
広く人目の少ないここ「裏庭」では無く、「中庭で」と言ったことに。そして、二時間後がどういうタイミングであるかという事に。
――二時間後。
ミューが中庭に現れた。
ひきつった表情で、冷や汗をかいて。
「やあ、ミュー。待ってたよ」
「や、やっぱり、坊ちゃまはあの時『中庭』と仰ったのですね。聞き間違いと思って、裏庭に行ってしまいましたが、いらっしゃらず、それで、こちらに来てみたら……」
「ミューさん、頑張って!」
「いや、ここは坊ちゃまの応援でしょ!」
「どちらも頑張って下さいね!」
ミューが中庭の周りを見回す。そこには、執事長のボルディンスをはじめ、執事、メイドの皆さんが壁際のベンチに腰かけている。そして、財務官や、書庫官、内政官、騎士隊と、衛兵や料理人チームなどの常駐組の皆さんも、こぞって見物に来ていた。
「あ、あの、坊ちゃん、こ、こ、これは」
「ああ、今の時間はちょうど、みんなのお昼が終わって、休憩時間だからね、皆に、少し場所を開けてもらえるようにお願いしたんだ」
テンパっているミューを尻目に、準備体操を始める。
ミューも、さすがに硬直しっぱなしという訳には行かないので、体をほぐし始めた。
おっと、その前に。
「ミューこれを」
俺は、そう言って、彼女に棒を投げてよこした。
それは、穂先の部分まで木で作られた、つまり、練習用の槍である。もちろん、俺がプレゼントしたあの槍と同じサイズである。
当然、剣での試合を想定していたミューにとっては、寝耳に水である。
それもそのはず。
実はこの世界では、基本的に試合や立ち合いでは、互いに別の獲物を用いての戦いは無い。剣なら剣同士、槍なら槍同士での試合となる。
先程は言い忘れたが、三領地共催での件の剣術大会でも、剣の部と、長物の部に分かれている。ちなみに、俺は剣の部での二年連続の優勝者と言ったが、ミューはどちらにも出場していなかった。
なので、戦争も無い、魔物も襲ってこないこの今の情勢では、剣対槍と言うのは、かなりの特殊な対決なのである。
なんで、そんな事をするのか。それは簡単である。今日のこの催しは、先に述べた俺のもう一つの目的のためだからだ。
しかし、ミューは周りの声援に完全に戸惑っていた。これだと本気が出せないだろう。でも今回ばかりは野次馬を追い払う訳にはいかない。それでは意味がないからだ。
俺は、ミューの元に歩み寄った。
「ミュー、練習用のこの剣と槍では、よほどのことがない限り、互いに怪我はしない。だから本気でやって欲しい。君が、母上やエフィリアを守れることを、俺に、そしてみんなに証明して見せてくれ。でなければ今後、俺が魔物の討伐に向かう時に、君を連れて行くことは出来ない。
そうだな……もしも、今、ここでミューが俺に勝つことが出来たとしたら、それが俺は何よりも一番嬉しいかもしれないな」
俺はそう言って、チラリと吹き抜けの二階を見た。そこには、父上と母上、そしてエフィリアが、突如始まった余興を楽しむかのように立っていた。
当然、父上には、観に来たくなる様な感じで、さっき俺がお知らせした。それでも、万が一にでも見忘れる可能性が無いように、もしもの時には二人を連れてくるようにと、エフィリアにもお願いしておいたのだ。
俺の言葉を聞いて、表情が変わったミューが、決意もあらわに俺に言った。
「私は……この先も、坊ちゃんと、エフィリア様を、何があっても守ります。私が勝つことで坊ちゃんの信頼を得られるならば、私は、坊ちゃんを……倒します」
これで、ミューの本当の実力を計るという一つの目的は達成できるだろう。
そして、もしも、ミューが俺に勝てたら、いや、例え勝てなかったとしても、その実力をここで証明することが出来れば、もう一つの目的は近いうちに達せられるに違いない。
(もちろん、その為には俺も手を抜くわけにはいかないけどな)
俺はそう思い、人生で初めて、俺に対して闘志をむき出しにしたミューと対峙したのであった。
(第15話『ミューの決意 その2』へつづく)
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