異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

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第二章

第15話 披露 その2

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「お疲れさま、アイシャ」

 俺は、戻って来たアイシャにニッコリと微笑んで、水筒を渡しつつそう声を掛けた。
 完全にひきつっている心を読み取られる訳にはいかない。

「……あ、あの、ルル? どうかした? その、ぎこちない笑いは、その」

 いや、バレバレだった。
 そりゃあそうだろう。公爵家の息子のくせに妙に悟ったようなニヒルなキャラだった俺が、まるでスポーツドリンクのCMの如き爽やかな笑顔をして、飲み物を手渡してきたのだ。アイシャが気持ち悪がるのも頷ける。

「え? 清々しい笑顔だと思うんだけど?」
「いえ、あの、ルルのその清々しい笑顔が、逆にぎこちない、というか……」

 さすがである。この短い時間で、完全に俺の性格を見抜いている。

「あ、いや、その、聖女の力が凄すぎて、ちょっと驚いてしまったと言うか……」

 俺は正直にそう言った。半分は本当だ。
 技名が中二病云々の話は言っても伝わるわけがないので止めておいた。

「そう……ですよね、こんな力、恐ろしいですよね。領地でも、初めて見た人たちは、驚いていましたし。でも、あなたには怖がられたくなかったな」

 アイシャが若干目に涙を浮かべてそう言った。
 えーい! 美少女がもじもじするな!

 いや、怖いとかそういうのは全くない。寧ろ味方なのだ、これ以上頼もしい事は無い。俺が気に病んでいるのは、その美貌で、その衣装で、その力を持った圧倒的な主人公『聖女アイシャ』の横で戦うには、俺の力は地味すぎて釣り合わないのではないか、という事だ。
 さすがに性格の良い彼女の事だ。そこにマイナスな感情を持つことは無いだろうけど。

「いやいや、アイシャ、君の力を恐れるなんてことは全く無い。あまりに、その、君が救世主過ぎて、その、ちょっと驚いただけだ」
「ほ、ほんと?」

 俺の言葉に、少し紅潮した顔を上げ、上目遣いでアイシャは言った。

 なんなんだ? こいつは。
 可愛すぎる。
 百人男が居れば、九十九人がそう思っただろう。
 しかし残念ながら、アイシャの目の前に居る男は、その百分の一の男だった。

 しつこいようなので弁明しておくが、聖女アイシャに惚れているとかはマジで無い。
 可愛いし、カッコ良いし、性格も良い。タイプかと言われればタイプだし、付き合ってと言われれば、即答でオーケーするだろう。
 しかしまぁそれもこれも、ミューと出会っていなければ、の話だ。

 今の俺は、「ほえぇ……可愛い女の子ってのはいるところにはいるもんだなあ。すげえなあ」って感じだ。もはや感嘆しか出てこないレベルである。

「ああ。あんなに凄い魔法が使えるなんて、びっくりしたよ」
「でも、あなたも魔法使いなのに?」
「ああ、俺の魔法は少し特殊でね、とっても地味なんだ。だからアイシャのと比べられると辛いかな」
「そんな、私はそんな事であなたを貶めたりは致しません!」

 アイシャはそう言うと、俺の手を取ってぶんぶんと振った。
 まあ、ひとまずここまでは予想通りの展開だ。いずれお披露目の機会はあるだろう。

「ひとまず今日はここで一泊しないか? アイシャも疲れたようだし、夜に街道を進むのは危険だ。残された家の中でも、しっかりとしたところを拝借しよう」
「そうだね、そうしましょう」

 魔法を放ち、魔物を殲滅した直後のアイシャは確かに肩で息をしていた。
 魔法と言うヤツはそれほど疲れるものらしい。まあ、あれだけの攻撃を放ったんだ。体力を消耗しても不思議ではないだろう。

 俺たちは、少し大きめの家を拝借した。
 恐らく村長のものだったと思われるその家は、堅固な石造りだったため、いくら魔物でも簡単には突破できそうにはない代物だった。

 それに……。

「うん、まだまだ生きてるな」

 村長の家の敷地内には井戸があった。
 この世界の地下水はとても綺麗なので、枯れてさえいなければ、水の補給も洗顔も問題ない。下着の洗濯はしたいが、外套はもう少し安全な地域に入ってからでいいか。

 付近に魔物の気配がないので、まだ明るいうちに家の備品をチェックする。

(おお、これは)

 良いものを発見した。井戸も生きてるし、バッチリである。
 まあ、アイシャも今日は頑張ったし、ご褒美って事で。
 俺はそう思い、一通り掃除を済ませると、その見つけた装置に、こっちの世界の簡易マッチで火を灯した。

 しばらくして部屋に戻ると、アイシャが簡単な料理を用意してくれていた。

「ルル、嫌いな野菜とかはある?」
「いや、無い、何でも食うぞ。ってか、アイシャ料理出来るのか?」

 聖女の前に伯爵令嬢である。
 料理なんてしたことがあるはずがない。これはアレだ! 「完璧美少女の唯一の弱点」的な展開で、紫色のうごめく謎の物体が出てくるテンプレのイベントだ。そして食べたらきっと体中の穴から魔素が噴き出して、服が弾け飛ぶに違いない!

「あ、うん、聖女になってからは、きっと旅の最中に必要になるだろうって、屋敷のメイドたちに仕込まれました」

 見れば、村長の家に残っていた鍋や食器を使って、前の町で仕入れた野菜をぐつぐつと煮込んでいる。薄緑色のそのスープは、素材の味がしみ込んだとても優しい香りがしていた。

 すみません、不徳な妄想をしてしまって、本当にすみません。

 出来上がった薄塩味の野菜スープはとても美味しかった。


「そろそろ良いかな?」

 俺は、そう言い残し、外に出ようとした。

「ルル、外へ出るの? 魔物が来るかもしれないから気を付けて」
「ああ、大丈夫さ」

 アイシャにそう言い残すと、家の裏手に回り、先ほど火をつけた装置を見る。
 うん、バッチリだ。
 俺は、その装置のふたを開き、下に設置された浴槽に熱湯を注ぎこむ。
 そう、これは風呂の湯沸かし装置だ。
 さすがにこれでは茹であがってしまうので、井戸水をせっせと注ぎ込む。
 うん、ちょうどいい熱さになった。

「ルル、何をして……え? お風呂ラテーモイ?」

 心配して出て来たアイシャが、風呂を用意していた俺に驚いていた。

「ルル、あなたこそ、お風呂を沸かせる公爵家の息子なんて聞いたことないよ?」

 口ではそんな事を言いつつ、湧き上がる湯気を目の前に、完全に恍惚の表情を浮かべている聖女様。
 ふふふ、どうだ!

「ああ、魔物の討伐で周辺各地を回っていた時にね、教わったんだ。入りたいだろ? アイシャ」
「うん、入りたい!」
「周りに魔物がいない、今のタイミングなら大丈夫だろう」

 風呂が嫌いな女子はいない。
 こう言う気遣いが出来るのが紳士ってものだろう。
 アイシャは家の中で素早く服を脱ぐと、髪の毛をひもで縛り、体に布を巻いた状態で外に飛び出してきた。もちろん、俺は後ろを向いていたが。

「ふああぁぁ」

 アイシャの悦楽のため息が聞こえたので、俺は近くの椅子に腰を掛けてアイシャの方を見た。この位置からならば、風呂の淵が邪魔してアイシャの姿は首から上しか見えない。アイシャにもそれが分かっているようで、俺の視線にも特段気にした様子は無かった。

「ありがとう、ルル」
「ん?」
「こんな魔物の生息地域のど真ん中で、湯あみが出来るなんて。しかも、目隠しも無い、こんな広々としたところで。なんだかいけない事をしているみたい」

 アイシャは笑ってそう言った。本来ならば、覗かれないように目隠しが立っていたのだろうが、魔物に壊されてしまったらしく、その風呂は完全に外から丸見えだった。
 しかし、今この村で、俺さえ見なければ、女性の入浴を覗くような生命体は他にはいない。魔物の気配さえなければ、この夕暮れ時、広々とした風呂を楽しんでも問題は無かった。
 ディストピアの極楽。
 そう形容したくなるほどそこには開放的な癒やしがあった。

「まあ、どうせ誰もいないしな」
「はあぁ、幸せ。ルルが旅のパートナーで本当に良かった」
「ははは、まあ、命がけの旅だからこそ、こう言うのもありだろ」

 やはり年頃の女の子だ。お風呂に入って、気持ちがほぐれて幸せな気分になる。いくらアイシャが聖女でも、それは変わらない様だった。
 普段から、生真面目で、気を張っているアイシャのその緩んだ表情に、心なしか癒されている俺がいた。

「……はっ!」

 突然、アイシャが緊張したような声を上げ、顔を風呂の淵のギリギリまで沈めた。

 そう、当然、俺にも分かっていた。

 風呂場から見える正面の村の入口から、魔物が数体入って来たのだ。
 まだ若干明るくて良かった。

「八、いや九? 結構多い、すぐに出て服を」

 そう言って慌てて出ようとするアイシャを、俺は制止した。

「アイシャ、まだ入ったばかりだ。堪能できてないだろう? もう少しゆっくりしとけ」
「それはそうだけど……ルル、まさか?」
「ああ、折角だしな。次は俺の番だ。あいつらは俺がやる。アイシャはそこでのんびり見ていてくれ」

 俺はそう言うと、傍らに置いておいた両手剣バスタードソードを引き抜き、それを顔の前に掲げ目を閉じた。

不可視の魂インビジブルソウル!」

 そして静かに呪文(嘘)を唱え、悠然と魔物の群れに歩いて行った。アイシャはその光景を固唾かたずを飲んで見守っていた。

 あそこなら、魔物たちはまだアイシャの存在には気づかない。
 この、奴等のサーチセンサーの外からなら、アイシャに力を披露できる。

 俺は真正面から堂々と魔物に歩み寄り、何の小細工も無く、剣を振り下ろした。

 ドシュ!

 先頭の魔物の首が飛ぶ。
 はい、続いて、その後ろのやつ。

 ドシュッ! ドシュッ! ズバッ! バシュッ!

 機械的に、効率的に、作業のように魔物の首を落とす。

 ドシュッ! バシュッ! ザシュッ! ドシュッ!

 僅か二分。全ての魔物の首を刈り取って、俺は再びゆっくりと歩いてアイシャの元に戻った。

「終わったぞ」
「……ルル」

 アイシャが固まっている。

 俺の懸念はひとつだ。
 「そんなのは魔法じゃねえ!」とか「魔素を使っているように見えなかった!」とか言われればとても面倒だ。だって、魔素のシステムとか、物質的特徴とか、何にも知らないもん。魔法論、魔素論の言い争いにだけはならないでくれよ?

「お、おう、どうした? 地味な力ですまんな」

 ここで地味な「魔法」ですまん、と言えないところが、俺のチキンなところだった。

「す、凄い、何それ!? え? 何をどうしたの!?」

 アイシャが、目を輝かせて、身を乗り出した。
 こらこら、身を乗り出すな! 見える見える! 男にとっての双子の霊峰ツインセイクリッドマウンテンが。

「あ、ああ。俺の魔法は、何というか、魔物から認識されなくする魔法なんだ。認識阻害魔法。しかし、どんなに特訓しても、自分以外の人間には掛けられなかった」

 聖女のダブルプリンを目撃してしまわないように、後ろを向いて俺はそう答えた。 
 ついでに、突っ込まれそうなポイントについて、前もって「出来ませんよ」という注釈を追加しておく。こう言うのは先に行っておかないと面倒、というか、「過度な期待からのがっかり」に繋がりかねないからな。
 しかし、正直地味すぎて味気ないと思った俺の偽魔法は、聖女様の琴線を爆音でかき鳴らしたようだった。

「す、凄い、そんな魔法、無敵じゃない、ルル」
「そ、そうか?」
「うん、だって、どんなに敵に囲まれても、あなただけは絶対に生き残れる。それこそ最強と言わずして、何を最強っていうの?」
「まあ、確かに、魔物が百匹いる平原で昼寝くらいは出来るけど」

 俺のこの極端な例えに、アイシャはグーにした手を振りながら興奮を抑えきれないでいた。

「いや、俺からすれば、聖なる力で敵を真っ二つにするアイシャの方がよっぽど凄いと思うんだが」
「そんなことない! ルル、あなたは最強よ!」

 まあ、ひとまず、俺の偽の魔法を信じてくれたようで良かった。そこを欺けなければ計画は瓦解するところだったからな。この気立ての良い聖女様を欺いている事実には多少なりとも罪悪感はあったが、まあ、別に迷惑をかける訳でも無いし、そこまで気にすることは無いだろう。

 それと、どこかで、幹部魔物以上の魔物には効かないという事を説明しなくてはならないな。
 まあ、フェリエラには効かなかったのはすでに実証済みなのだけれど、四体の存在が確認されている幹部魔物はまだ確証を得られてはいない。
 先に断定して伝えるのは早計だろう。

 そういや旅の途中に、アイシャが既に魔鬼バルガレウスを倒したと聞いた。
 じゃあ残るのは魔人ドーディア、魔女シャルヘィス、魔獣ゲージャの三体か。

 こいつらには、他の魔法使いを仲間にしてから当たらねばなるまい。
 ボス戦には俺は役に立たないので、せいぜい雑魚の露払いをするとしよう。
 俺は、興奮するアイシャをよそに、そんな事を考えていた。


「ねえ、ルル。あなたも今ので汚れてしまったし、一緒に入りましょ?」
「な、馬鹿! 出来る訳ねえだろ!」

 何を言い出すんだこいつは。貞操観念が緩いのか? 

 ちなみにこの世界では、地球ほど、女性が肌をさらすことには抵抗は無い文化みたいだった。男に裸を見られることに抵抗の無い女性は結構いる。
 
 ……なんて注釈が入る訳ねえだろうが?! どんなご都合主義設定だ?!
 
 「ふふ、そうですよね、残念」

 アイシャはそう言うと、ほんのりと紅潮した顔を風呂の淵に寄りかからせて微笑んだ。
 ……あ、そういう事か。

 アイシャの表情を見て俺は思った。
 絶対に俺が断ることを分かっていて、俺をからかったのだ。
 
 それは、アイシャの俺への信頼の証であり、よそよそしかった距離が縮んだ証拠だった。

 まあ、いっか。

 俺は、湯の安らぐ匂いを感じながら、夕暮と夜の間の、薄暗くなっていく空を眺めていた。

 それはとても綺麗だった。



(第16話『王宮へ』へつづく)
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