異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

文字の大きさ
58 / 131
第二章

第25話 死闘 その2

しおりを挟む
 剣を深々と眼球に突き刺されたまま、ゲージャが顔を大きく振った。

『ぐがあああ!』

 いくらドラゴンとはいえ、刃物で眼球を潰されては、そのダメージは計り知れまい。生物であればそこは神経の塊なのだから。

『ぐおおお……な、なんだ。一体何をされたのだぁ!?』

 ゲージャが器用に、翼の先の爪で、目に刺さった剣を引き抜いて、そう言った。
 明らかに、その声は戦慄に震えていた。
 奴からすれば、突然自分の目の中に剣が埋まったのだ。いくら幹部魔物とはいえ、その不可解な現象は恐怖でしかないはずだ。

 俺は、ちらりと城壁の少女アオイ(仮)を見る。
 彼女と目が合った。
 彼女はコクリと頷いた。
 少なくとも俺にはそう見えた。

(よし、今のは『防御は任せて!』の意味だと勝手に解釈するぞ!)

 俺は、再びゲージャの真下にダッシュする。
 コイツの背中側は固い殻に覆われている。恐らくショートソードでは歯が立たないだろう。
 しかし言っても爬虫類の仲間、のようなものだ。通るところは限定されるが、ある!

 ズズズブッ!

 俺は持っていたショートソードを、ゲージャの腹部近く、尻尾の付け根部分にまたしても根元まで突き刺した。

『うぐがあああ!』

 慌てて、ゲージャがその周辺を爪で薙ぎ払う。
 しかし、そんなのはこっちも予想済みだ。俺は既に剣を手放してその場を離れている。
 ヒットアンドアウェイ。
 アクションゲームのボス戦の基本だ。

 俺はゲージャが投げ捨てたバスタードソードに走りより、そいつを拾い上げた。

『な……なんだというのだ? まさか、魔法使いがいるのか? 姿を隠す魔法とでもいうのか?』

 おお、良い線いってるじゃないか。お前さんからすればほぼ正解だよ。

 奴の問いに答えることなく俺は、すでに切断した、奴の足の断面に剣を振るった。

 ズバッ!

 致命打にはなるまいが。ダメージの蓄積にはなる。
 HPがあるゲームの世界ではないのだ。削る為には数センチでも傷をつけ続けるしかない。

 奴のやみくもの攻撃をかわし、斬り、時に距離を取り、死角に回り込み、斬る。運悪く奴の攻撃の軌道に入ってしまった時は、城壁の彼女の魔法が俺を守ってくれた。
 そうして地味に、翼の先の爪を二本切断し、小さな斬り傷をなんとか十数か所ほどつけた。
 確かに消耗させてはいる。しかし、これではいまいち決定打に欠ける状態だった。

『おのれ、そこか! ここか!』

 ゲージャの、ランダムに周囲を薙ぎ払う攻撃も、俺を近寄らせないための動作になって来ていた。
 くそ、もう無闇に近寄れない。
 やつは完全に、俺の存在を認知できないまま、認識していた。

『やはり何かいる。貴様、魔法使いだな? ならば!』

 そう言うと、ゲージャは翼を畳み、身を守るような体制を取った。

『ぐおおおおああ……』

 そしてくぐもった唸り声をあげる。
 例えるなら、そう。まるで何か力を溜めているかのような。

 ん? 力を溜める?

 俺が自分の揶揄にピンと来た瞬間。
 ゲージャが、大きな咆哮と共に、翼を真横に薙ぎ払った。

 ちょ、これ、やばっ!

 ゲージャから、奴を中心に衝撃波が発せられた。
 まるでフェリエラに殺された時のような。あの数十倍の質量の攻撃だった。

 衝撃波を受け、砦の城壁には、まるで恐竜が爪で薙ぎ払ったかのような傷がついていた。
 木でできた砦の門は、今の攻撃で真っ二つに切り裂かれている。
 俺の背後にあった樹木は、地面からおよそ一メートル分の幹を残して、それより上は全てが吹き飛んでいた。

 俺も、みぞおちから上にかけて、跡形もなく吹き飛んでいた。
 ……はずだった。

 しかし、俺の周りだけ、いや、俺の正面にだけ展開された謎の見えない防壁によって、俺の身体は無傷だった。
 城壁の少女によるものだ。

(あ、あぶねえ! 二連続で腹から真っ二つにされて死ぬところだった。助かった!)

 俺は、感謝の意を込めて、城壁の上を見上げた。
 しかし、俺を守ってくれた少女は、もう完全に力を使い果たすかのように壁に寄りかかり、立っているのがやっとの状態だった。

 よく考えたら、伝説の竜のブレスを、真正面から二回防いでいるのだ。
 それだけでも本来ならば限界のはずだ。きっと。

(早く決めないと、次はねぇ!)

 しかし、見るとそれはゲージャも同じだったようで、荒い呼吸を吐きながら、それに合わせて大きく体を上下に動かしていた。ありがちな表現を用いるならば『魔力切れ』のような状態にあるようだった。

 そうでなければ困る。あんな攻撃を何度も撃たれてたまるかっての。

『やったか……どうなのだ、分からぬ……。しかし、やったはずだ』

 倒したことを信じているのか、それとも回復の為か、ゲージャは少し止まったまま、あたりをうかがうように静かに呼吸を繰り返していた。

(もう彼女は俺を守れない。次を最後の一撃にしなくては)

 俺に残されたチャンスは少ない。
 彼女の魔法に頼れない以上、さっきまでのような削り合いはもう出来ない。

 ではどうやって隙を突くべきか。
 圧倒的な隙を。

 ……見れば、いつの間にか、奴の腹に突き刺さっていた俺のショートソードが、数メートル先に落ちていた。先程の衝撃波で抜け落ちて転がって来たようだ。
 ゲージャの視線は今、自分の足元付近に向いている。俺の気配を探ろうと集中しているようだ。
 俺は今、ゲージャの右後方に位置している。
 今までの検証が正しければ、俺の声は魔物には聞こえない。

(これだ!)

 俺は、一つ一つのピースを瞬時に組み上げ、一つの作戦を導き出した。

「おい!」

 城壁に向かって声をかける。
 少女は疲労困憊こんぱいだったが、その横で彼女に肩を貸している二人が俺の方を向いた。
 ゲージャはその様子に気づいていない。

「ヤツの注意を引いてくれ!」
「「え!?」」

 俺の言葉に、二人が同時に声を上げた。
 その瞬間、その声に反応したゲージャが、城壁の二人を見た。

 そして。

 カーン。

 ゲージャの左後方の方で乾いた音がした。
 それは、素早く拾い上げ、天高く放り投げられた俺のショートソードが地面に落下した音だった。

 その音に、その剣に反応して、城壁の二人が同時に、落下したショートソードを見た。
 そして……。
 
 その二人の反応をゲージャは見た。

『そこかあああああ!』

 ゲージャは二人が見た方向めがけて、残された左足を軸に、全力で右の爪を振るった。

 どんなスポーツでも、どんな格闘技でも、そしてどんな格闘ゲームでもそうである。
 隙が生まれる瞬間。
 それは、全力の攻撃が空振りに終わった時である。

「はあああぁ!」

 渾身の薙ぎ払いを空振り、隙だらけになった奴の軸足に、俺は今度こそ全力の一撃を叩きこんだ。

 ボシュッ!

 思いっ切り振り抜いた。
 さすがに一刀で切断は出来なかったが、踵から半分ほどまで切り込みを入れることができた。右足の無い状態では、これで十分だろう。

『があああああ!』

 叫び声をあげて、ゲージャが横に倒れる。もうこれで立ち上がることは出来まい。

「終わりだあぁぁ!!」

 俺は、倒れたゲージャの首もとの中心めがけて、一直線に剣を突き立てた。

 ドシュッ!
 ブシャアアー!!!

 信じられない量の黒い体液が噴き出た。
 これが魔物の血液なのだとしたら、十分致死量の出血だろう。
 しかし油断はならない。
 俺はその剣を奴の腹部の方めがけて力を籠めると、大きく切り裂きながら引き抜いた。

 ブシャアア!!

 再び、傷口から黒い噴水が上がる。

『ゴボボ、ゴバ、ゴババボ……』

 そして、口から溢れる血に溺れ、しばらく苦しそうにもがいていたゲージャだったが、やがてゆっくりと目を閉じ動かなくなった。



 ……。

 場を永劫とも思われる静寂が支配した。

 俺はゆっくりとゲージャから離れると、城壁の三人を見上げた。
 そして剣を天高く掲げた。

「か、彼が、魔獣ゲージャを打ち倒したぞ!!!」

 うおおおおおおおおお!!!!

 砦中の兵が叫んでいるのだろうか?
 それほどの大音量が、ダグシェワの砦中にこだました。

 うおお、つ、疲れた……。

 俺は、その場で尻もちをつくと、ゆっくりと大の字に寝転がった。

 ……あ、やば。

 寝転がって目を閉じた瞬間に、今世紀最大の睡魔が襲ってきた。どうやら精神も肉体も、あらゆる部分が悲鳴を上げていたようだ。

 まあ、いいか。優しく運んでくれよな。

 もはや抗う気すら起きなかった俺は、そのまま疲れと共に深い眠りに落ちて行ったのだった。



(第26話 『魂の再会 その1』へつづく)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...