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第二章
第24話 死闘 その1
しおりを挟むドゴオオォォン!
魔獣ゲージャが自身の放ったブレスの勢いも相まって、仰向けに倒れ込んだ。
俺のこの後の目標は既に決定している。
今、この場で魔獣ゲージャを殺る。
しかし、背中の翼が飾りじゃないなら、恐らくコイツは飛竜である。ブレスを撃ち尽くして、右足を切断されたこいつの行動は予想できる。
飛んで撤退だ。
少なくとも俺がこいつならばそうする。
であれば取るべき行動はひとつだ。
俺は、地面に仰向けに倒れ込み、地面に広がったゲージャの片翼めがけて走り込む。
「おらあ!!」
そしてゲージャの左翼の骨に剣を力任せに振り下ろした。
ザシュ!
かなり深くまで切り込みを入れたが、切断するには至らない。
クッソ、足より硬いってどういうことだ。それともさっきので既に刃こぼれしたか?
しかし、要はこいつの生み出す揚力を逃がしてしまえばいいのだ。
俺はゲージャの翼に足をかけ、骨を飛び越えると、翼の中心部の膜を縦に切り裂いた。
ブチブチブチッ!
どういう構造なのかは分からないが、繊維の切れる音と共に、ゲージャの翼に大きく縦に切れ込みが入る。
よし、これでそう易々とは飛べまい!
『があああああ!』
痛みによるものか、それとも怒りによるものかは不明だが、ゲージャが大きく咆哮を上げ、ゆっくりと立ち上がった。片足なのに器用なものである。
幸い俺の居る位置はゲージャの真後ろだ。
奴が、何が起こっているか分かっていないうちに、出来るだけの先制攻撃を畳みかける!
「うおおおおりゃあああ!」
俺は、再び全力で勢いをつけ、今度はゲージャの尻尾の先端部めがけて剣を振るった。
ボシュッ!
奴の尻尾の先端一メートルほどが宙に舞い、ぼとりと地に落ちた。
よし、やつの攻撃のリーチを半径1メートル分削った。トカゲの大型魔物と戦った時と同様、これで少し、後の危険が減る。
『ぐがあああああ!』
ゲージャが叫び声をあげた。
これは分かる。確実に痛みによる叫びだ。
尻尾を切断されたゲージャは、次々と受ける謎の攻撃にパニックに陥り、残った尻尾をめちゃくちゃに振り回した。
危ない危ない、切断と同時にそのまま距離を取っていて大正解だ。
『ぐぬぉぉぉ……』
ゲージャが先ほど俺がいたあたりを見回すように首を捻った。しかし既に俺はそことは逆の木陰に身を潜めている。更には、俺の偽魔法能力の事も鑑みれば、恐らくやつに見つかることはあるまい。
ダメージを受け、奴が警戒している今は、俺は全力でコソコソするのだ。
だって仕方無いだろう!
俺の能力的にも、ボス戦は常にゲリラ戦が有利なんだから!
『貴様、一体何をした? よもや矮小な一匹の魔法使いごときに、ここまでの力があるとは思わなんだぞ』
ゲージャは、砦の正面に向き直ると先ほどの女の子に向かってそう言葉を吐いた。
どうやら、俺の攻撃は彼女の仕業によるものだと勘違いしたらしい。
事の次第が理解できていないご本人は、完全にあっけに取られていた。
恐らく、俺の存在を視認出来なかったのだろう。
いや、仮に視認出来ていたとしても、幻覚か何かだと勘違いしたのかもしれない。このドラゴンに単体で向かって行く馬鹿など居るはずがないのだから。
まあ、ここにいるけどね。
しかし、ゲージャが俺の存在に気づいていないだけならまだしも、この初手の攻撃を、リングブリムの魔法使いのせいだと勘違いしてくれたのはデカい。
であれば隙をついてもう一撃は無条件で決められる。
(ならば、もう片方の足だ!)
両足、翼さえ使い物にならなくしてしまえば、あとはこちらの思うがままだ。となれば残るは左足のみ。
俺は、ゲージャのもう片方の足めがけて突っ込んだ。
茂みから飛び出したその俺の姿を、今度はさすがにみつけたのだろう。
砦の女の子が、そしてその脇に立ち彼女の身体を支えていた二人が、同時に俺の方を見た。
それがいけなかった。
『ふふふ、やはりな。何かが潜んでいるようだな!』
ゲージャはそう言うと、女の子たちの視線の先の一帯を、つまり俺のいる辺りを、一気に尻尾で薙ぎ払った。
コイツは、先ほどまでの俺の攻撃が、目の前の女の子によるものではないという可能性を考えていたようだった。
やはりただの馬鹿では無かった。
あ、やばっ。
俺を狙っているのかどうかは分からない。
しかしいずれにせよ、奴の尻尾が、もの凄いスピードで俺に向かって来ていた。先端を1メートル削っていても焼け石に水。避けるのは不可能だ。
このままでは、時速80キロのトラックにノーブレーキで真正面から跳ね飛ばされえるのと大差ないダメージを受ける事だろう。
俺が瞬時に思ったことは二つ。
喰らえば死ぬ。
そして、避けられない。
だった。
肉薄してくる、ゲージャの攻撃。
俺は、その光景を、成す術なく、若干スローに感じながら見ていた。
ドンッ!
衝撃を受けた俺の身体が、宙に舞った。
ぐわ! 痛って!
咄嗟に両手剣の側部の樋に腕を当て、盾代わりにしたので、跳ね飛ばされた際の衝撃では、致死ダメージにはならないだろう。
しかし奴の攻撃はスピードと位置エネルギーに変換され、今俺は、高さにして5メートル、距離にして50メートルほどを、ものすごい速度で飛ばされている。落下、或いは木や壁に衝突すればその衝撃でひしゃげた肉塊と化すだろう。
そんな事を脳裏によぎらせながら、俺は放物線を描いて落下した。
ああ、死んだ。
そう思った。
しかし、地面に落下した瞬間、全くと言っていいほど衝撃と痛みを感じなかった。
なるほど、これが脳内麻薬と言うヤツか?
いや、しかし、違う。
俺は、地面にぶつかる瞬間の事を思い出した。
そもそも、俺は地面に触れなかったのだ。
そう、例えるなら、まるで、大きな透明のゴムボールの中にでもいるような感じだった。
俺は即座に一つの可能性に辿り着き、城壁の上を見た。
そこには、俺の方に手を伸ばし、肩で息をしている女の子がいた。
彼女が守ってくれたのだろう。
今のはやばかった、サンキュー! アオイ!
俺は心の中で彼女に礼を述べた。
当然名前は俺が勝手につけたので(仮)である。
『なんだ? 確かに何かに触れた感じがしたのだが……』
ゲージャが、飛ばされる直前に俺がいた辺りを、不思議そうに見つめていた。
ヤバイ。
城壁の彼女が守ってくれたとはいえ、尻尾を食らったダメージはゼロではない。いや、それどころか、あばらの一本くらいはいかれていそうなほどに、胸部がズキズキする。
しかも無造作に飛ばされた俺は、今、別に姿を隠してはいない。
今ゲージャが振り向けば、その真正面に無造作に転がっていると言っても良い状態だ。
そしてゲージャはゆっくりと首を捻った。
徐々に、俺から見えるゲージャの顔が横顔から正面に変わっていく。そしてついに、奴の顔が俺の正面と正対し、目があった。
……と、思いきや。
そのまま通過した。
(見えて……いない?)
俺は首を捻ってもう一度当たりを見回すゲージャの様子を、息を殺して見つめていた。
やがて、奴は首を元に戻して、言った。
『何も、おらぬか?』
確信した。
ゲージャに俺は見えていない。
幹部魔物全員に有効なのか、それとも唯一動物タイプであるゲージャのみに有効なのかは分からない。
しかし、ひとまず、俺の魂は、ゲージャに視認できないということは確定した。
『まあ良い。ひとまず我にここまでの手傷を負わせたことを褒めてやろう。勝負は預けて置くぞ、魔法使いよ』
ゲージャがそう言って、翼を広げ羽ばたいた。
馬鹿め、その翼の片方はもはや暖簾、風を掴むことなど不可能である。
『ぐっ、なに!?』
片足で二メートルほど跳びあがり、勢いよく空に飛び立とうとしたゲージャは、不均衡に生み出された揚力にバランスを崩し、そのままもんどりうって墜落した。
こちらの世界に転生してもう長い。
しかも、そのほとんどは一流剣士として生きて来た俺である。
その俺が、そんなガバガバの隙を見逃すはずがないだろうが!
俺は痛みを堪えて、剣を構え、倒れているゲージャに全速力で突進した。
ちらりと城壁の上を見る。
彼女は突進する俺を真剣な表情で見ていた。
きっと奴の攻撃が運悪く飛んできても、アオイ(仮)が守ってくれるだろう。
いや、頼むぜ、マジで。
あと数メートルで奴に届く。
正面には倒れ込んでうまく立ち上がれないヤツの顔があった。
こういう時、狙う場所はひとつである。
走りながら狙いを定める。
そして。
俺は魔獣ゲージャの眼球に深々と剣を突き立てた。
『ぐがあああぁ!!!』
ゲージャは、間違いなくここまでで一番の苦痛の叫び声をあげた。
俺の両手剣は、柄の部分まで深々と食い込み、全力で瞼を閉じようとするヤツの目から引き抜くのは不可能に思えた。
場所を特定されて、掴まれたりしてしまえば、いくら透明人間の俺でもジ・エンドである。
俺は仕方なく剣を手放し、予備の片手剣を腰から引き抜いた。
言っておくが、俺は勇者でも、聖女でも、そして主人公でも無い。
だから強敵を前にして、俺のとるべき作戦はひとつ。
そう。
ひたすら逃げ回り、隙を突いて地味に削る!
さて、覚悟してもらおうか。魔獣ゲージャよ。
俺は深手を負った強敵に向かって切っ先を突きつけ、きわめてカッコ悪い作戦を胸にカッコつけたのだった。
いや、何度も言うけどさ。
しょうがないでしょ、だって!
(第25話 『死闘 その2』へつづく)
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