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第二章
第29話 エミュの告白
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ダグシェワの砦に到着してから二週間。
俺はボチボチと南側の中立地帯(という名の元リングブリム領。今は魔物の領域)をうろちょろし、遭遇する小型魔物を狩っては砦に戻る、という生活を繰り返した。
俺はアイシャの元に戻らなくてはならない。その間、リングブリムは俺無しでの防衛を任せなくてはならなくなる。
まあ、エミュも居るし、ゲージャも倒した。これまでずっと孤立しながら守り続けて来た状況に比べれば遥かにましだろう。
しかし今、一体でも多くの魔物を殺っておけばそれだけリングブリムの人たちの危険が減るのだ。雑魚相手では無敵である俺がすることはひたすら今後におけるリングブリムの露払い、それだけだ。
あ、体はもう大丈夫。恐らくただの打ち身だったらしく、二日もすれば問題なく動けるようになった。
ちなみに俺の露払いにエミュは同行すると言って聞かなかったが、俺の能力の事もある。一人の方が安全という事をしっかりと言い聞かせて遠慮してもらった。エミュも、俺とゲージャとの戦いを間近で見ていたので、しぶしぶながらも聞き分けてくれた。
「さて、今日も帰るか」
今日も百体近くの魔物を斬り殺して、俺は砦に帰還した。
と、思ったのだが、砦の周りに何やら人だかりが出来ている。
なんだ?
「おいおい、マジかよ! こいつは、俺の因縁の相手だ。すげえ、ルル一人でやったのか?」
見覚えのある顔と声の男が、ゲージャの死体の前で、感嘆の声を上げている。
やれやれ、ようやく到着したか。
「やあ、フッツァ、ようやく来てくれたね」
「おお、ルル! やっぱりコイツが魔獣ゲージャだったんだな! お前が一人でやったのか?」
「いいえ、私と、リングブリムの魔法使いエミュの二人で倒しました。危なかったけどね」
そう言って俺は憎々しげにゲージャの死体を見た。
いや、マジで、本当にギリギリの戦いだった。
「もし次、こんなヤツに出会ったら、どうすりゃあいいのよ……」
フッツァの横で、そう言いながらゲージャの死体をツンツンしているシュフィ。
見れば彼女もあちこちに包帯が巻かれている。
それは彼女がただの傭兵団のアイドルではなく、戦いながらしっかりとフッツァについて来た証だった。
「コイツは幹部魔物の一人。こんなヤツはもう二度と現れないから安心していいよ、シュフィ」
俺はゲージャに怯えている彼女に微笑んでそう言った。
俺の声に反応して、シュフィが俺を見る。
「はっ……はっ……はっ……」
そして急に、目を見開き動悸が激しそうな様子で息を漏らし始めた。
なんだ急に? 君は今、実は死にかけていて爆弾の起爆スイッチでも持たされてんのか?
「ここここ、公爵家のご子息に名前を憶えられたぁ!! これで私も有名人! 将来安泰ぃぃ!」
意外にミーハーな奴だった。
「それにしてもフッツァ、随分遅かったじゃない? もう一週間は早く来るかと思ったけど」
俺は、シュフィを無視してフッツァに苦言を呈した。
正直俺だっていつまでものんびりしている訳にはいかない。やらなくてはならないことは沢山あるのだ。
「そう言うなって。思ったより大量でよ、護衛が必要だったんだから」
フッツァは不満そうな俺に、爽やかに笑ってそう答えると、顎で街道の先を指した。
そこには長く伸びた隊列がいて、ダグシェワの砦に今まさに到着するところだった。
そしてその先頭に、こちらに向かって大きく手を振っている、マビューズの姿があった。
「そういう事でしたか。支援部隊の護衛、ありがとうフッツァ。先程の発言は忘れて下さい」
「本当に、最高位貴族とは思えん腰の低さだな、ルルは」
フッツァは笑って、気にするなとでも言うように軽く片手を上げた。
そしてその時、この騒ぎの報告を受け、ロヴェルとヒューリア、そしてエミュが城門の外に現れた。
「ルル! 援軍が到着したと!?」
ロヴェル達がそう言って俺に走り寄って来た。
とっても嬉しそうである。破顔一笑とはまさにこのこと。
「ああ、支援物資ももう来ている。こちらは義勇軍の隊長……」
「フッツァ!?」
「ヒューリアお嬢様!」
俺がフッツァを紹介しようとした瞬間に、二つの叫び声が重なった。
そういえばこの二人は普通に知り合いだった。
「ヒューリアお嬢様、ご無事だったのですね!? 何故こんなところに?!」
「あなたこそ! 南コーラルで死んでしまったものとばかり。生きていたのですね! 良かった」
フッツァとヒューリアは固く両手を握り合い、お互いに喜び合った。
ヴァルクリスの時の知り合いたちが、生きてこうしてお互いの無事を喜び合う。俺はその目の前の光景を守ることが出来た満足感でいっぱいであった。
「これまでの軌跡は、互いに長い話になるでしょう。ひとまず、フッツァと、そしてもう一人のリングブリムの救世主を迎えませんか?」
俺はこちらに意気揚々とした足取りで向かってきた若者の姿を確認すると、ロヴェル達にそう言った。ロヴェルは俺の言葉の意図を察し、一歩前に出て、俺の横に並んだ。
「マビューズ、こちらリングブリム子爵のロヴェル殿だ」
俺の紹介に、マビューズは少し驚いたが、冷静に足を揃えると、胸に手を当てた。
「子爵自ら前線にお出ましとは恐れいります! 私、レバーシー伯爵家が嫡男、マビューズ・レバーシー、盟友であるハーズワート公爵家ルレーフェ殿の指示の下、トラジアーデ男爵からの支援物資を、リングブリムに届けに参りました」
「……マビューズ殿、ありがとう! ありがとう! このロヴェル・リングブリム、伯爵家、および男爵家のご厚意、決して忘れるものではありません!」
ロヴェルはマビューズの手を取り、少し上体を曲げると、その手を自身の額に押し当てた。
マビューズは、その年上の子爵の全身全霊の感謝を、万感の思いで見つめていた。
彼はこんな事で驕るような男ではない。
寧ろ、命からがら生き延びて、義勇兵に拾われ、ただただ何の力も無く逃げるしかなかった彼が、今こうして多くの人を助ける、その一助になれている。それに自分自身で感動しているのだろう。俺にはそう見えた。
そしてロヴェルは、砦の方に振り向くと、大きく息を吸い込み、そして叫んだ。
「皆、聞くがいい!」
ロヴェルのその声に、城壁と城門の兵たちが注目した。
「たった今、レバーシー伯爵領は奪還され、トラジアーデ男爵領からの救援物資が届いた! 我が地は、敵に囲まれただ死を待つのみの領地であったが、今は違う! これからは生きるために、共に盟友たちと戦うのだ!」
うおおおおおおおおおおお!!
砦中の兵の歓声が鳴り響いた。
既に仲間と抱き合って泣いている兵もいる。
なにかに祈りを捧げている者もいる。きっと近しい人を無くしたのだろう。
その歓声が、これまでのリングブリムでの戦いの過酷さを物語っていた。そんな気がした。
それにしてもロヴェルも立派になったもんだ。
物資を運び込むために、忙しく動き始めた義勇軍とダグシェワの皆をよそに、俺はエミュにそっと近寄り、そして頭に軽く手を乗せた。
「本当に、本当によく頑張ったな、エミュ。これは、君が守り切った景色だ」
誰がどう考えたって、満身創痍になりながらも、自分の死さえも顧みずに、この地を守り続けて来たのは彼女だ。それは誰の目にも明らかな、誇るべき事実である。
しかしエミュは頭の感触に驚いて俺の顔を見たが、その表情には得意がる様子など微塵も見せてはいなかった。
そして、その俺の言葉に改めて、目の前の、飛び交う指示の中、生き生きと笑いながら動く砦の皆の様子を眺め、少し涙を滲ませながら、
「うん」
と答えた。
「でもね」
エミュは再び俺の方を見ると、口を開いた。
「あの時、ゲージャの顔を目の前にして、父上と母上と一緒に、私は死を覚悟した。あの瞬間を救ってくれたのはルル、あなたよ」
そんなのは当然だ。俺には俺の出来ることがある。
そしてエミュにはエミュの出来ることがあった。それだけの話だ。
「だからね、魔王を倒して世界を平和にしたら、私と結婚して、ルル」
……ぽ?
何が「だからね」なのかのツッコミをする間もなく、俺はエミュの放り込んで来た爆弾をもろに受け、口からエクトプラズムを放出して固まったのであった。そして彼女はそんな俺の頬に素早くキスをすると、恥ずかしそうに走り去っていった。
――その後。
ダグシェワの砦では二つの会議が開かれた。
一つ目の会議。
出席者。俺、ロヴェル、ヒューリア、エミュ、フッツァ、マビューズ。
議題。
『魔物に対する、今後の予定』
「聖女様の指示の下ここに来ているルルの指示に従おう。王宮にも行き、各地を渡り歩いて来たルルの指示が一番的確だろう」
フッツァのその意見に反対する者は誰もおらず、俺は少し思案した後に、各々に指示を出した。
「レバーシー伯爵領が奪還された以上、ダグシェワの砦は前線から外れました。寧ろ今はパリアペート男爵領側の南の地域がリングブリムの最前線。フッツァは魔法使いエミュと共にそちらに向かい、リングブリムの防衛に当たって下さい」
「なるほどな、確かにその通りだ。俺は構わん。寧ろ古巣パリアペートの奪還が目の前に迫ったんだ、是が非でも行くぜ!」
フッツァは組んでいた腕をほどいて、拳を強く握って見せた。頼りになる男である。
「トラジアーデ男爵領、レバーシー伯爵領とのパイプが繋がったとはいえ、まだまだリングブリムの各地は貧窮にあえいでいるハズです。レバーシー伯爵領も復旧が追い付かないでしょうが、マビューズは、トラジアーデ男爵領や周辺各地の支援を募り、リングブリムに支援を届けてください」
「畏まりました。リングブリムが滅べば明日は我が身。周辺領地にも出来る限り捻出してもらうように使者を出します」
マビューズもフッツァに負けず劣らず頼りになる男だった。
こういう人間が生前の日本の政治家の中に居れば、きっともっとましな国になっていただろうに。
「で、子爵と子爵夫人は領都に戻……らないよね」
「もちろんだ」
ロヴェルの言葉に、同意の意を示すヒューリア。
まあそうでしょうね。
しかし、寧ろエミュのそばが一番安全ともいえるし、仕方ないか。
「では、フッツァと一緒に南の前線の砦へ向かって下さい」
さて、これで、当面のみんなへの指示出しは終わった。
「で? ルルはどうするんだ? 今までと同様に、先行してパリアペート男爵領を一気に取り戻しちまうか?」
そう、それが本題である。
「パリアペートの奪還は今ではありません」
「なんだって?!」
フッツァが意外そうに声を上げた。
でも、それには俺なりの理由があった。
「パリアペートを奪還してしまうと、今度はカートライアが孤立してしまいます。つまり、魔王城で生まれた魔物は、リングブリムかパリアペートを通過しないといけなくなってしまう。つまり、カートライア領からの苛烈な侵攻が来るでしょう」
実はこれは俺の仮説なのだが。
カートライアからの魔物の攻撃は、実は最初のパリアペートを滅ぼした時以降はほとんどない。それは、敵の出現位置がパリアペート、或いはそこと繋がっている森林部や山岳部に移動したからではないか。
魔物は、中立地帯のあちこちで均等に生まれ、そして、水のように各地を行き来し、目についた人間の村や町を集団で襲うが、これは、実はカートライア領で生産された魔物たちを、フェリエラが一筆書きで届く範囲の各地に送り、そこで具現化させているのではないかと考えたのだ。
つまり、魔物の通り道が大陸全土に繋がっていれば、魔物の攻撃は、その範囲は広がるが威力は薄まる。逆にカートライアを孤立させてしまうと、生まれた魔物の逃げ場が無くなる為、攻撃は必ずリングブリムかパリアペートに集中する。と俺はそう考えたのだった。
各地に魔物が残っていて、俺やアイシャがいない状況で、リングブリムに総攻撃が来るのはさすがにまずい。
逆にパリアペートを残しておけば、敵のリングブリムへの攻撃は、そこと接している南側からだけになる。それを防衛するだけならば、エミュも援軍もいる今のリングブリムならば楽勝だろう。
「……じゃあ、どうするんだ?」
俺の説明に納得はしてくれたっぽい。そんな雰囲気でフッツァが俺に聞いた。
「……時を待ってください。私は、これより、パリアペートを突っ切って、ラザフ男爵領を突破して、時計回りに大陸を横断します。恐らくどこかで聖女アイシャと合流できるでしょう。その後、領地を奪還しながら逆回りで戻り、パリアペートに到着し次第、私が知らせに参ります。そこで聖女のパーティーと挟み撃ちにします」
俺の作戦に、全員が頷いて聞いていた。旅に同行できないエミュが不服に思うかと勘繰ったがそんなことは無さそうだった。結果ここに残ることがロヴェルやヒューリアを守ることに繋がる訳だし、彼女もそれを分かっているのだろう。それに、最終決戦には否が応でも同行しなくてはならないのだ。それまで、少しくらいゆっくりしてもバチは当たらないだろう。
出発日は明後日に決まった。
明日にでも出発したそうなフッツァであったが、傭兵団の部下たちにも休息や褒美が必要なので、一日の休養と温かな食事と、領主邸の風呂が振舞われることになったのだった。
こうして一つ目の会議は幕を閉じた。
そして、解散し部屋を出ていく皆を尻目に、第二の会議が開催された。
出席者。俺、ロヴェル、ヒューリア。
議題。
「えっと二人とも。その……エミュに求婚されたんだけど」
「「……は?」」
(第30話 『この世界のただ一人』へつづく)
俺はボチボチと南側の中立地帯(という名の元リングブリム領。今は魔物の領域)をうろちょろし、遭遇する小型魔物を狩っては砦に戻る、という生活を繰り返した。
俺はアイシャの元に戻らなくてはならない。その間、リングブリムは俺無しでの防衛を任せなくてはならなくなる。
まあ、エミュも居るし、ゲージャも倒した。これまでずっと孤立しながら守り続けて来た状況に比べれば遥かにましだろう。
しかし今、一体でも多くの魔物を殺っておけばそれだけリングブリムの人たちの危険が減るのだ。雑魚相手では無敵である俺がすることはひたすら今後におけるリングブリムの露払い、それだけだ。
あ、体はもう大丈夫。恐らくただの打ち身だったらしく、二日もすれば問題なく動けるようになった。
ちなみに俺の露払いにエミュは同行すると言って聞かなかったが、俺の能力の事もある。一人の方が安全という事をしっかりと言い聞かせて遠慮してもらった。エミュも、俺とゲージャとの戦いを間近で見ていたので、しぶしぶながらも聞き分けてくれた。
「さて、今日も帰るか」
今日も百体近くの魔物を斬り殺して、俺は砦に帰還した。
と、思ったのだが、砦の周りに何やら人だかりが出来ている。
なんだ?
「おいおい、マジかよ! こいつは、俺の因縁の相手だ。すげえ、ルル一人でやったのか?」
見覚えのある顔と声の男が、ゲージャの死体の前で、感嘆の声を上げている。
やれやれ、ようやく到着したか。
「やあ、フッツァ、ようやく来てくれたね」
「おお、ルル! やっぱりコイツが魔獣ゲージャだったんだな! お前が一人でやったのか?」
「いいえ、私と、リングブリムの魔法使いエミュの二人で倒しました。危なかったけどね」
そう言って俺は憎々しげにゲージャの死体を見た。
いや、マジで、本当にギリギリの戦いだった。
「もし次、こんなヤツに出会ったら、どうすりゃあいいのよ……」
フッツァの横で、そう言いながらゲージャの死体をツンツンしているシュフィ。
見れば彼女もあちこちに包帯が巻かれている。
それは彼女がただの傭兵団のアイドルではなく、戦いながらしっかりとフッツァについて来た証だった。
「コイツは幹部魔物の一人。こんなヤツはもう二度と現れないから安心していいよ、シュフィ」
俺はゲージャに怯えている彼女に微笑んでそう言った。
俺の声に反応して、シュフィが俺を見る。
「はっ……はっ……はっ……」
そして急に、目を見開き動悸が激しそうな様子で息を漏らし始めた。
なんだ急に? 君は今、実は死にかけていて爆弾の起爆スイッチでも持たされてんのか?
「ここここ、公爵家のご子息に名前を憶えられたぁ!! これで私も有名人! 将来安泰ぃぃ!」
意外にミーハーな奴だった。
「それにしてもフッツァ、随分遅かったじゃない? もう一週間は早く来るかと思ったけど」
俺は、シュフィを無視してフッツァに苦言を呈した。
正直俺だっていつまでものんびりしている訳にはいかない。やらなくてはならないことは沢山あるのだ。
「そう言うなって。思ったより大量でよ、護衛が必要だったんだから」
フッツァは不満そうな俺に、爽やかに笑ってそう答えると、顎で街道の先を指した。
そこには長く伸びた隊列がいて、ダグシェワの砦に今まさに到着するところだった。
そしてその先頭に、こちらに向かって大きく手を振っている、マビューズの姿があった。
「そういう事でしたか。支援部隊の護衛、ありがとうフッツァ。先程の発言は忘れて下さい」
「本当に、最高位貴族とは思えん腰の低さだな、ルルは」
フッツァは笑って、気にするなとでも言うように軽く片手を上げた。
そしてその時、この騒ぎの報告を受け、ロヴェルとヒューリア、そしてエミュが城門の外に現れた。
「ルル! 援軍が到着したと!?」
ロヴェル達がそう言って俺に走り寄って来た。
とっても嬉しそうである。破顔一笑とはまさにこのこと。
「ああ、支援物資ももう来ている。こちらは義勇軍の隊長……」
「フッツァ!?」
「ヒューリアお嬢様!」
俺がフッツァを紹介しようとした瞬間に、二つの叫び声が重なった。
そういえばこの二人は普通に知り合いだった。
「ヒューリアお嬢様、ご無事だったのですね!? 何故こんなところに?!」
「あなたこそ! 南コーラルで死んでしまったものとばかり。生きていたのですね! 良かった」
フッツァとヒューリアは固く両手を握り合い、お互いに喜び合った。
ヴァルクリスの時の知り合いたちが、生きてこうしてお互いの無事を喜び合う。俺はその目の前の光景を守ることが出来た満足感でいっぱいであった。
「これまでの軌跡は、互いに長い話になるでしょう。ひとまず、フッツァと、そしてもう一人のリングブリムの救世主を迎えませんか?」
俺はこちらに意気揚々とした足取りで向かってきた若者の姿を確認すると、ロヴェル達にそう言った。ロヴェルは俺の言葉の意図を察し、一歩前に出て、俺の横に並んだ。
「マビューズ、こちらリングブリム子爵のロヴェル殿だ」
俺の紹介に、マビューズは少し驚いたが、冷静に足を揃えると、胸に手を当てた。
「子爵自ら前線にお出ましとは恐れいります! 私、レバーシー伯爵家が嫡男、マビューズ・レバーシー、盟友であるハーズワート公爵家ルレーフェ殿の指示の下、トラジアーデ男爵からの支援物資を、リングブリムに届けに参りました」
「……マビューズ殿、ありがとう! ありがとう! このロヴェル・リングブリム、伯爵家、および男爵家のご厚意、決して忘れるものではありません!」
ロヴェルはマビューズの手を取り、少し上体を曲げると、その手を自身の額に押し当てた。
マビューズは、その年上の子爵の全身全霊の感謝を、万感の思いで見つめていた。
彼はこんな事で驕るような男ではない。
寧ろ、命からがら生き延びて、義勇兵に拾われ、ただただ何の力も無く逃げるしかなかった彼が、今こうして多くの人を助ける、その一助になれている。それに自分自身で感動しているのだろう。俺にはそう見えた。
そしてロヴェルは、砦の方に振り向くと、大きく息を吸い込み、そして叫んだ。
「皆、聞くがいい!」
ロヴェルのその声に、城壁と城門の兵たちが注目した。
「たった今、レバーシー伯爵領は奪還され、トラジアーデ男爵領からの救援物資が届いた! 我が地は、敵に囲まれただ死を待つのみの領地であったが、今は違う! これからは生きるために、共に盟友たちと戦うのだ!」
うおおおおおおおおおおお!!
砦中の兵の歓声が鳴り響いた。
既に仲間と抱き合って泣いている兵もいる。
なにかに祈りを捧げている者もいる。きっと近しい人を無くしたのだろう。
その歓声が、これまでのリングブリムでの戦いの過酷さを物語っていた。そんな気がした。
それにしてもロヴェルも立派になったもんだ。
物資を運び込むために、忙しく動き始めた義勇軍とダグシェワの皆をよそに、俺はエミュにそっと近寄り、そして頭に軽く手を乗せた。
「本当に、本当によく頑張ったな、エミュ。これは、君が守り切った景色だ」
誰がどう考えたって、満身創痍になりながらも、自分の死さえも顧みずに、この地を守り続けて来たのは彼女だ。それは誰の目にも明らかな、誇るべき事実である。
しかしエミュは頭の感触に驚いて俺の顔を見たが、その表情には得意がる様子など微塵も見せてはいなかった。
そして、その俺の言葉に改めて、目の前の、飛び交う指示の中、生き生きと笑いながら動く砦の皆の様子を眺め、少し涙を滲ませながら、
「うん」
と答えた。
「でもね」
エミュは再び俺の方を見ると、口を開いた。
「あの時、ゲージャの顔を目の前にして、父上と母上と一緒に、私は死を覚悟した。あの瞬間を救ってくれたのはルル、あなたよ」
そんなのは当然だ。俺には俺の出来ることがある。
そしてエミュにはエミュの出来ることがあった。それだけの話だ。
「だからね、魔王を倒して世界を平和にしたら、私と結婚して、ルル」
……ぽ?
何が「だからね」なのかのツッコミをする間もなく、俺はエミュの放り込んで来た爆弾をもろに受け、口からエクトプラズムを放出して固まったのであった。そして彼女はそんな俺の頬に素早くキスをすると、恥ずかしそうに走り去っていった。
――その後。
ダグシェワの砦では二つの会議が開かれた。
一つ目の会議。
出席者。俺、ロヴェル、ヒューリア、エミュ、フッツァ、マビューズ。
議題。
『魔物に対する、今後の予定』
「聖女様の指示の下ここに来ているルルの指示に従おう。王宮にも行き、各地を渡り歩いて来たルルの指示が一番的確だろう」
フッツァのその意見に反対する者は誰もおらず、俺は少し思案した後に、各々に指示を出した。
「レバーシー伯爵領が奪還された以上、ダグシェワの砦は前線から外れました。寧ろ今はパリアペート男爵領側の南の地域がリングブリムの最前線。フッツァは魔法使いエミュと共にそちらに向かい、リングブリムの防衛に当たって下さい」
「なるほどな、確かにその通りだ。俺は構わん。寧ろ古巣パリアペートの奪還が目の前に迫ったんだ、是が非でも行くぜ!」
フッツァは組んでいた腕をほどいて、拳を強く握って見せた。頼りになる男である。
「トラジアーデ男爵領、レバーシー伯爵領とのパイプが繋がったとはいえ、まだまだリングブリムの各地は貧窮にあえいでいるハズです。レバーシー伯爵領も復旧が追い付かないでしょうが、マビューズは、トラジアーデ男爵領や周辺各地の支援を募り、リングブリムに支援を届けてください」
「畏まりました。リングブリムが滅べば明日は我が身。周辺領地にも出来る限り捻出してもらうように使者を出します」
マビューズもフッツァに負けず劣らず頼りになる男だった。
こういう人間が生前の日本の政治家の中に居れば、きっともっとましな国になっていただろうに。
「で、子爵と子爵夫人は領都に戻……らないよね」
「もちろんだ」
ロヴェルの言葉に、同意の意を示すヒューリア。
まあそうでしょうね。
しかし、寧ろエミュのそばが一番安全ともいえるし、仕方ないか。
「では、フッツァと一緒に南の前線の砦へ向かって下さい」
さて、これで、当面のみんなへの指示出しは終わった。
「で? ルルはどうするんだ? 今までと同様に、先行してパリアペート男爵領を一気に取り戻しちまうか?」
そう、それが本題である。
「パリアペートの奪還は今ではありません」
「なんだって?!」
フッツァが意外そうに声を上げた。
でも、それには俺なりの理由があった。
「パリアペートを奪還してしまうと、今度はカートライアが孤立してしまいます。つまり、魔王城で生まれた魔物は、リングブリムかパリアペートを通過しないといけなくなってしまう。つまり、カートライア領からの苛烈な侵攻が来るでしょう」
実はこれは俺の仮説なのだが。
カートライアからの魔物の攻撃は、実は最初のパリアペートを滅ぼした時以降はほとんどない。それは、敵の出現位置がパリアペート、或いはそこと繋がっている森林部や山岳部に移動したからではないか。
魔物は、中立地帯のあちこちで均等に生まれ、そして、水のように各地を行き来し、目についた人間の村や町を集団で襲うが、これは、実はカートライア領で生産された魔物たちを、フェリエラが一筆書きで届く範囲の各地に送り、そこで具現化させているのではないかと考えたのだ。
つまり、魔物の通り道が大陸全土に繋がっていれば、魔物の攻撃は、その範囲は広がるが威力は薄まる。逆にカートライアを孤立させてしまうと、生まれた魔物の逃げ場が無くなる為、攻撃は必ずリングブリムかパリアペートに集中する。と俺はそう考えたのだった。
各地に魔物が残っていて、俺やアイシャがいない状況で、リングブリムに総攻撃が来るのはさすがにまずい。
逆にパリアペートを残しておけば、敵のリングブリムへの攻撃は、そこと接している南側からだけになる。それを防衛するだけならば、エミュも援軍もいる今のリングブリムならば楽勝だろう。
「……じゃあ、どうするんだ?」
俺の説明に納得はしてくれたっぽい。そんな雰囲気でフッツァが俺に聞いた。
「……時を待ってください。私は、これより、パリアペートを突っ切って、ラザフ男爵領を突破して、時計回りに大陸を横断します。恐らくどこかで聖女アイシャと合流できるでしょう。その後、領地を奪還しながら逆回りで戻り、パリアペートに到着し次第、私が知らせに参ります。そこで聖女のパーティーと挟み撃ちにします」
俺の作戦に、全員が頷いて聞いていた。旅に同行できないエミュが不服に思うかと勘繰ったがそんなことは無さそうだった。結果ここに残ることがロヴェルやヒューリアを守ることに繋がる訳だし、彼女もそれを分かっているのだろう。それに、最終決戦には否が応でも同行しなくてはならないのだ。それまで、少しくらいゆっくりしてもバチは当たらないだろう。
出発日は明後日に決まった。
明日にでも出発したそうなフッツァであったが、傭兵団の部下たちにも休息や褒美が必要なので、一日の休養と温かな食事と、領主邸の風呂が振舞われることになったのだった。
こうして一つ目の会議は幕を閉じた。
そして、解散し部屋を出ていく皆を尻目に、第二の会議が開催された。
出席者。俺、ロヴェル、ヒューリア。
議題。
「えっと二人とも。その……エミュに求婚されたんだけど」
「「……は?」」
(第30話 『この世界のただ一人』へつづく)
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「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
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