異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

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第二章

第50話 必勝の作戦

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 孤児院を後にした俺たちは、俺を先頭に、他四名はずっと後ろからついて来る形で、カートライア邸に向かった。
 ともかく、肝になるのはアイシャ達の魔素の温存である。雑魚一匹に放つ魔法すら惜しい。こんなのRPGの基本だ。ポーションや直前セーブポイントみたいな便利アイテムが無い以上、節約以外に方法はない。

 従って、こうしてカートライア邸までの道を闊歩している魔物を俺が先に露払いしているわけだ。
 その甲斐もあってか、カートライア邸の入口につくまで、アイシャにも魔法使い達にも、微塵も魔素を消費させることは無かった。

「……なんだか、静かですね」

 キュオが感想を漏らす。
 カートライア邸の中は、以前来た時と同様に静まり返っていた。

 このまま、フェリエラのところまで何も遮るものがいないのならばそれでいい。もしもそうでないとすれば……。

「入るぞ」

 俺はそういって、入り口の門を開けた。

 俺が入り、エミュが続く、そしてキュオとスヴァーグ。
 そして最後にアイシャが屋敷の敷地内に入った瞬間。

 それは起こった。

 屋敷の中心から、赤い光がカートライア邸を覆っていく。
 その赤い光は瞬く間に、半球状のドームを作り出した。
 今俺たちはそのドームの内側の一番外側に立っている、という状況だ。
 それは、俺が前世で体験した、正にあの事件の縮小版だった。

「何!? 結界!? 出られない!」

 キュオが若干パニックになって、赤い光に触れ、そして叩き始めた。その手は、まるで壁を叩いているかのように、物理的な何かによって阻まれていた。
 見ればスヴァーグも顔面蒼白になっている。

「落ち着け! 恐らく、軽い気持ちで内部を探索しようと入ってきた俺たちを逃がさないために仕掛けたトラップだろう。今俺たちは、万全の準備を整えてここに来ている。何も心配する必要はない!」

 俺の言葉に、キュオとスヴァーグが落ち着きを取り戻した。
 アイシャは、と見れば、全く動じる事無く、凛々しい瞳のまま、あたりを警戒していた。

 さすがは聖女様だな。

 ちなみに、俺は、昨日の見たこの状況をアイシャ達に伝えていた。
 もちろん中に入ったとは言っていない。外側から見ただけ、という情報で伝えてあるのではあるが。

 やはりか……。
 あのフェリエラが現れた時と同様、辺りから魔物がうようよと湧きだし始めていた。

 しかし、俺たちは既にこのパターンの作戦を練っている。

「エミュ! 隠れろ!」
「うん! "蜃気楼の壁ミラージュウォール"!」

 エミュの魔法で、俺を除く四人の周りに、透明な膜が出現する。
 彼女の魔法の中でも、最も消費が少ないのがこの魔法だ。
 魔物に気づかれない膜を張るが、物理的防御力は皆無。しかし薄皮一枚の膜を張るだけのこの魔法は極めてリーズナブルなのである。

 玄関までの庭園内に湧きだした魔物はおよそ三十。しかし、そいつらも、突然目標を失い、唸りながら徘徊しているだけである。

「おりゃああ!!」

 俺は一気に走り寄り、そいつらを片っ端から倒していく。大丈夫、きちんと毎日風呂に入ったお陰で、体力も筋肉も絶叫調だ。

 僅か十数分で、全ての魔物を狩りつくし、アイシャ達の元に戻る。

「よし、エミュ、術を解いて良いぞ」
「う、うん」

 エミュがそう言うと、大きく息を吐き、その膜を解除した。
 するとその刹那、再び魔物が周囲から湧き出し始めた。

「エミュ! もう一度だ!」
「うん! "蜃気楼の壁ミラージュウォール"!」

 先程と同様に、再び、目標を失った魔物たちが、何かを探すかのように徘徊し始める。
 これはまるであれだな、エミュが魔法を解いた瞬間に「フィン!」って音がして、緊張感のある音楽が流れ始めるアレみたいな感じだな。さしずめ今はnoticedの状態が解除されたようなものだ。
 にしても、クソッ! 今回は大型が四体もいやがる。
 トカゲ型が二体、巨人型が一体、獣型が一体。

 まずは周囲のザコをなぎ倒す。次は大型だ。
 おっと、トカゲ型が良い位置に固まっている。これはラッキー!
 首の位置が低いトカゲ型は、最も楽に倒せる大型である。走り寄り、一体目の首筋に斜め下からバスタードソードを振り上げるように叩き込む。そしてその勢いのまま、すぐ横にあったもう一匹のトカゲ型の脳天に剣を振り下ろした。

 すぐに距離を取り、巨人型に向かう。コイツもいつも通り。まずは斬り易い方の足を一刀両断。その後どのように倒れ込んでくるかだけがランダムなので、要注意だ。倒れた巨人型の背中に位置するように移動して、首をちょんぱする。
 問題は最後に残った獣型。こいつは首まで届かない分、心臓を突くしかない。しかし、その場合、すぐに絶命するわけでは無いので、暴れまわるコイツから距離を置かなくてはならない。殺されずに退避できれば俺の勝ちである。

「おりゃああああ!」

 獣型の心臓に剣を突き立てる。
 真っ黒の血が噴き出し、俺の身体を染めた。

 よし、一気に退避だ!
 コイツの攻撃で怖いのは前足だ。だからいつも通りに剣を引き抜きつつ、コイツの斜め後側に横っ飛びをする。
 しかし今回に限って、コイツの暴れ方が激しく、空中で、無茶苦茶に振り回す奴の尻尾にしばかれた。

「うぼっ!」

 鞭のように振り回してくるトカゲ型に比べれば、コイツの尻尾など猫じゃらしも同然。しかしそれでも、俺の身体は五メートルほど吹っ飛んだ。

「ルル!」

 叫ぶエミュに、俺は手を挙げて問題ない意のジェスチャーを返した。いやあ、しかし、今のは焦ったぜ。

「ルルはずっと一人で、こんな風に戦っていたのね」
「実際こんな近くで見るのは初めてでしたが、凄まじいですね」

 アイシャとスヴァーグはそう言いながら、エミュの作った膜の中で固く拳を握り込んだ。

 第二波を片付けて、再びアイシャ達の元に戻る。
 魔物の血で真っ黒に染まった俺に、魔法を維持したまま、エミュが心配そうに口を開いた。

「……ねえ、ルル、また同じことが起こったら?」
「また同じことを繰り返す」
「そんな! ルルにばっかり戦わせてられないよ」
「駄目だ! これが最も合理的な戦い方なんだ。エミュの気持ちは嬉しい、でも、それでは魔王の思う壺だ。ここを俺一人で凌げれば、俺たちの勝ちは目の前だ。だから耐えてくれ」

 目に涙を浮かべるエミュの頭を優しく撫でてやった。

「さあ、次だ」
「うん」

 エミュが魔法を解除する。
 そして再び魔物が湧き出す。

「"蜃気楼の壁ミラージュウォール"!」

 そして俺が再び魔物に向かって行く。


 結局。
 エミュの魔法を解除しても魔物が現れなくなったのは、第五波を殲滅させた後だった。

 さすがに疲れた俺に、キュオが回復を申し出たが、怪我もほとんど負ってないし、ただ疲れただけなので断った。

「それにしても、どうして現れなくなったのかしら」

 アイシャが冷静に思考を巡らし始めた。
 うん、さすがである、こういう時に合理的に分析できる仲間は多いに越したことは無い。
 そういう意味では、以前スヴァーグが俺とアイシャが似ている、と言ったのもあながち間違いではないのかもしれない。

「単純に全滅させたという可能性が一つ。しかし、もしもこいつらをフェリエラが生み出しているのだとしたら、魔素切れというのも考えにくい。とすれば……」
「すれば?」

 興味津々で俺を覗き込むアイシャ。

 よくぞ聞いてくれました。
 ここからは俺のターン。推理マニアにとっては、推理を披露する時こそが至福の時なのである!

「なあ、アイシャ。この結界が、聖女や魔法使いを探知するもので、それに反応してフェリエラが魔物を生み出していた、とするよな」
「うん、私も多分そうじゃないかと思ってるけど」
「急に、エミュの魔法で、その反応が消えたら、どう思う? しかも、呼び出した魔物の反応も消えていく」
「……うーん」
「びっくりしながらも、ひとまず、様子を見る、ですかね?」

 考え込むアイシャに変わって、今度はキュオが手を挙げて答えた。

「そうだね。そして様子を見ていたら、また聖女たちの反応がした。当然、もう一回魔物たちを生み出す。しかし、またすぐに反応は消え、魔物たちも消えていく。次にまた反応が現れ、同じことが繰り返される。そして、ついに、フェリエラが、魔物を呼ばなくなった、という事は?」
「……聖女たちの反応が消えたのに、良く分からない理由で、ただただ魔物たちだけがやられていくわけですから。……無駄だと悟って諦めた、のでしょうか?」

 スヴァーグの答えに、俺は頷いた。

「少なくとも無駄に魔物を呼び出して消耗させるよりは、フェリエラは、直接対決を選んだのだと思う。きっと、魔王の間に行くまでの間にも、わざわざ魔物を呼び出さないんじゃないかな。つまり……」

 地面に腰掛けたまま、俺は不敵に笑い、みんなを見上げた。

「こちらの損耗そんもうはほぼ無し。作戦通りだ」

 そしてそう言って親指をビッと上げる俺に、みんなは呆れたような表情をしつつも声を上げて笑った。
 エミュだけは、俺の首元にしがみついて来たけど。

 ……心配かけてスマン。



 少し休憩を貰った後、俺たちは、カートライア邸の玄関に辿り着いた。
 ゲームのようにダンジョンが形成されているわけでは無い。寧ろカートライア辺境伯領全土がラストダンジョンだったようなものだ。そう考えれば、この扉はダンジョンの入り口では無く、ラスボスの間の二つ前の扉である。
 フェリエラがあの時と同様、中庭の中心に居るのであれば、ここを開けて玄関ホールに入り、その一階の奥のドアを開ければ、そこがラスボスの間なのだから。

 とうとう来たか。
 ここからが、俺の必勝作戦の開始である。

 意を決して、アイシャが扉を開ける。
 予想通り、中には魔物一匹いなかった。

「やはり、いないみたいね。となると、後はフェリエラを倒すだけね」

 アイシャが建物の中に入る。
 それに続いて、スヴァーグ、エミュ、そしてキュオが続く。

 しかし、俺はその場を動かなかった。

「……ルル?」

 エミュが気づいて、俺に振り返る。
 そのエミュの言葉に、全員が反応し、こちらを見た。

 そして……。
 そのみんなの表情を受け、俺は口を開いた。

「すまない、みんな。俺はここまでだ」
「……え?」

 エミュが口から小さく疑問符をこぼした。

「俺は、足手まといだ」
「そんな、そんなことない! ルルはここまで凄い強かった! 足手まといなんて思ったことない!」

 俺の言葉に、必死にアイシャがフォローを入れてくれる。
 見れば、魔法使い全員が、泣きそうな表情で頷いていた。

 そう言ってくれるのは嬉しい。しかし、今はそういう事を話しているのではないのだ。

「ああ、ありがとう。もちろん、これまでは俺は十分にみんなの役に立ったと思う。でもな、対魔王戦。ここに関しては、俺は完全に無力なんだ」

 俺の説明を待つ空気がその場に流れたので、俺は構わず言葉を続けた。

「シャルヘイスやドーディアに見えたんだ。当然、俺の姿はフェリエラには見える。もしかしたら、今から俺一人でフェリエラに会いに行けば、敵意は向けられないかもしれない。でも。剣を持って斬りかかった瞬間に殺されるだろう」

 仮定のように話をしているが、これは真実。前世のヴァルクリスとしての俺の最期が正にそうだったのだから。

「俺が一緒に行ったところで、エミュにしてみれば、守らなくてはいけない人間が一人増えるだけ。キュオも、回復しなくてはいけない人間が一人増えるだけでしかない」

 みんなが沈痛な面持ちで俺の話を聞いていた。
 あくまでも冷静に、そして合理的に事実を述べる俺の意見に反論する余地が無かったからだろう。

 みんなの気持ちは、「せっかくここまで一緒に来たのだから、最後まで」という仲間としての感傷でしかない。しかし、それを押し通すことが俺の命の危機に、ひいてはパーティーの危機に繋がるのだ。それを思えば、みんなが「是が非でも一緒に」と言えないのも無理はなかった。

「……ルルはここまで、パーティーの参謀として、いつも正しかった」

 アイシャが意を決したように口を開いた。

「だから、私達も、ルルの判断に従いましょう! あの門をくぐってからここまで、ルルは沢山戦ってくれた。次は、私達の番よ!」
「「「……はいっ!」」」

 こういうのを鶴の一声と言うのだろうな。
 俺の意見に納得はしつつも、歩き出せなかったみんなの背中を、アイシャの一言が押した。

「ルル、必ず魔王を倒して帰るわ。だから、入り口で待っててね!」
「ふふ、ルルは真っ黒だし、孤児院でお風呂に入ってくれてても良いわよ?」
「ルル、最後までご一緒できないのは残念ですけど、本当にありがとう」
「ルル、僕はあなたを尊敬してます。必ず戻りますので、これからも色々教えて下さい」
「ああ、任せたぜ、みんな」

 みんなは、それぞれの思い思いの別れの言葉を口にすると、意を決したように奥の扉に視線を定めた。
 そして、アイシャが、奥のその扉を開けると同時に、玄関の扉を閉めた。

 ……すまん、みんな。騙してしまって。

 フェリエラを倒すのは俺だ。
 俺でなくてはならない。

 俺は、魔獣ゲージャも、魔女シャルヘィスも、魔人ドーディアも、全てを不意打ちで倒してきた男だ。
 つまり、俺のやるべきことは一つ。
 アイシャ達に真正面から全力で対峙してもらい、魔王フェリエラを不意打ちで殺す。

 それこそが、俺の必勝作戦である。



(第51話 『最期の吐息』へつづく)
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