83 / 131
第二章
第50話 必勝の作戦
しおりを挟む
孤児院を後にした俺たちは、俺を先頭に、他四名はずっと後ろからついて来る形で、カートライア邸に向かった。
ともかく、肝になるのはアイシャ達の魔素の温存である。雑魚一匹に放つ魔法すら惜しい。こんなのRPGの基本だ。ポーションや直前セーブポイントみたいな便利アイテムが無い以上、節約以外に方法はない。
従って、こうしてカートライア邸までの道を闊歩している魔物を俺が先に露払いしているわけだ。
その甲斐もあってか、カートライア邸の入口につくまで、アイシャにも魔法使い達にも、微塵も魔素を消費させることは無かった。
「……なんだか、静かですね」
キュオが感想を漏らす。
カートライア邸の中は、以前来た時と同様に静まり返っていた。
このまま、フェリエラのところまで何も遮るものがいないのならばそれでいい。もしもそうでないとすれば……。
「入るぞ」
俺はそういって、入り口の門を開けた。
俺が入り、エミュが続く、そしてキュオとスヴァーグ。
そして最後にアイシャが屋敷の敷地内に入った瞬間。
それは起こった。
屋敷の中心から、赤い光がカートライア邸を覆っていく。
その赤い光は瞬く間に、半球状のドームを作り出した。
今俺たちはそのドームの内側の一番外側に立っている、という状況だ。
それは、俺が前世で体験した、正にあの事件の縮小版だった。
「何!? 結界!? 出られない!」
キュオが若干パニックになって、赤い光に触れ、そして叩き始めた。その手は、まるで壁を叩いているかのように、物理的な何かによって阻まれていた。
見ればスヴァーグも顔面蒼白になっている。
「落ち着け! 恐らく、軽い気持ちで内部を探索しようと入ってきた俺たちを逃がさないために仕掛けたトラップだろう。今俺たちは、万全の準備を整えてここに来ている。何も心配する必要はない!」
俺の言葉に、キュオとスヴァーグが落ち着きを取り戻した。
アイシャは、と見れば、全く動じる事無く、凛々しい瞳のまま、あたりを警戒していた。
さすがは聖女様だな。
ちなみに、俺は、昨日の見たこの状況をアイシャ達に伝えていた。
もちろん中に入ったとは言っていない。外側から見ただけ、という情報で伝えてあるのではあるが。
やはりか……。
あのフェリエラが現れた時と同様、辺りから魔物がうようよと湧きだし始めていた。
しかし、俺たちは既にこのパターンの作戦を練っている。
「エミュ! 隠れろ!」
「うん! "蜃気楼の壁"!」
エミュの魔法で、俺を除く四人の周りに、透明な膜が出現する。
彼女の魔法の中でも、最も消費が少ないのがこの魔法だ。
魔物に気づかれない膜を張るが、物理的防御力は皆無。しかし薄皮一枚の膜を張るだけのこの魔法は極めてリーズナブルなのである。
玄関までの庭園内に湧きだした魔物はおよそ三十。しかし、そいつらも、突然目標を失い、唸りながら徘徊しているだけである。
「おりゃああ!!」
俺は一気に走り寄り、そいつらを片っ端から倒していく。大丈夫、きちんと毎日風呂に入ったお陰で、体力も筋肉も絶叫調だ。
僅か十数分で、全ての魔物を狩りつくし、アイシャ達の元に戻る。
「よし、エミュ、術を解いて良いぞ」
「う、うん」
エミュがそう言うと、大きく息を吐き、その膜を解除した。
するとその刹那、再び魔物が周囲から湧き出し始めた。
「エミュ! もう一度だ!」
「うん! "蜃気楼の壁"!」
先程と同様に、再び、目標を失った魔物たちが、何かを探すかのように徘徊し始める。
これはまるであれだな、エミュが魔法を解いた瞬間に「フィン!」って音がして、緊張感のある音楽が流れ始めるアレみたいな感じだな。さしずめ今はnoticedの状態が解除されたようなものだ。
にしても、クソッ! 今回は大型が四体もいやがる。
トカゲ型が二体、巨人型が一体、獣型が一体。
まずは周囲のザコをなぎ倒す。次は大型だ。
おっと、トカゲ型が良い位置に固まっている。これはラッキー!
首の位置が低いトカゲ型は、最も楽に倒せる大型である。走り寄り、一体目の首筋に斜め下からバスタードソードを振り上げるように叩き込む。そしてその勢いのまま、すぐ横にあったもう一匹のトカゲ型の脳天に剣を振り下ろした。
すぐに距離を取り、巨人型に向かう。コイツもいつも通り。まずは斬り易い方の足を一刀両断。その後どのように倒れ込んでくるかだけがランダムなので、要注意だ。倒れた巨人型の背中に位置するように移動して、首をちょんぱする。
問題は最後に残った獣型。こいつは首まで届かない分、心臓を突くしかない。しかし、その場合、すぐに絶命するわけでは無いので、暴れまわるコイツから距離を置かなくてはならない。殺されずに退避できれば俺の勝ちである。
「おりゃああああ!」
獣型の心臓に剣を突き立てる。
真っ黒の血が噴き出し、俺の身体を染めた。
よし、一気に退避だ!
コイツの攻撃で怖いのは前足だ。だからいつも通りに剣を引き抜きつつ、コイツの斜め後側に横っ飛びをする。
しかし今回に限って、コイツの暴れ方が激しく、空中で、無茶苦茶に振り回す奴の尻尾にしばかれた。
「うぼっ!」
鞭のように振り回してくるトカゲ型に比べれば、コイツの尻尾など猫じゃらしも同然。しかしそれでも、俺の身体は五メートルほど吹っ飛んだ。
「ルル!」
叫ぶエミュに、俺は手を挙げて問題ない意のジェスチャーを返した。いやあ、しかし、今のは焦ったぜ。
「ルルはずっと一人で、こんな風に戦っていたのね」
「実際こんな近くで見るのは初めてでしたが、凄まじいですね」
アイシャとスヴァーグはそう言いながら、エミュの作った膜の中で固く拳を握り込んだ。
第二波を片付けて、再びアイシャ達の元に戻る。
魔物の血で真っ黒に染まった俺に、魔法を維持したまま、エミュが心配そうに口を開いた。
「……ねえ、ルル、また同じことが起こったら?」
「また同じことを繰り返す」
「そんな! ルルにばっかり戦わせてられないよ」
「駄目だ! これが最も合理的な戦い方なんだ。エミュの気持ちは嬉しい、でも、それでは魔王の思う壺だ。ここを俺一人で凌げれば、俺たちの勝ちは目の前だ。だから耐えてくれ」
目に涙を浮かべるエミュの頭を優しく撫でてやった。
「さあ、次だ」
「うん」
エミュが魔法を解除する。
そして再び魔物が湧き出す。
「"蜃気楼の壁"!」
そして俺が再び魔物に向かって行く。
結局。
エミュの魔法を解除しても魔物が現れなくなったのは、第五波を殲滅させた後だった。
さすがに疲れた俺に、キュオが回復を申し出たが、怪我もほとんど負ってないし、ただ疲れただけなので断った。
「それにしても、どうして現れなくなったのかしら」
アイシャが冷静に思考を巡らし始めた。
うん、さすがである、こういう時に合理的に分析できる仲間は多いに越したことは無い。
そういう意味では、以前スヴァーグが俺とアイシャが似ている、と言ったのもあながち間違いではないのかもしれない。
「単純に全滅させたという可能性が一つ。しかし、もしもこいつらをフェリエラが生み出しているのだとしたら、魔素切れというのも考えにくい。とすれば……」
「すれば?」
興味津々で俺を覗き込むアイシャ。
よくぞ聞いてくれました。
ここからは俺のターン。推理マニアにとっては、推理を披露する時こそが至福の時なのである!
「なあ、アイシャ。この結界が、聖女や魔法使いを探知するもので、それに反応してフェリエラが魔物を生み出していた、とするよな」
「うん、私も多分そうじゃないかと思ってるけど」
「急に、エミュの魔法で、その反応が消えたら、どう思う? しかも、呼び出した魔物の反応も消えていく」
「……うーん」
「びっくりしながらも、ひとまず、様子を見る、ですかね?」
考え込むアイシャに変わって、今度はキュオが手を挙げて答えた。
「そうだね。そして様子を見ていたら、また聖女たちの反応がした。当然、もう一回魔物たちを生み出す。しかし、またすぐに反応は消え、魔物たちも消えていく。次にまた反応が現れ、同じことが繰り返される。そして、ついに、フェリエラが、魔物を呼ばなくなった、という事は?」
「……聖女たちの反応が消えたのに、良く分からない理由で、ただただ魔物たちだけがやられていくわけですから。……無駄だと悟って諦めた、のでしょうか?」
スヴァーグの答えに、俺は頷いた。
「少なくとも無駄に魔物を呼び出して消耗させるよりは、フェリエラは、直接対決を選んだのだと思う。きっと、魔王の間に行くまでの間にも、わざわざ魔物を呼び出さないんじゃないかな。つまり……」
地面に腰掛けたまま、俺は不敵に笑い、みんなを見上げた。
「こちらの損耗はほぼ無し。作戦通りだ」
そしてそう言って親指をビッと上げる俺に、みんなは呆れたような表情をしつつも声を上げて笑った。
エミュだけは、俺の首元にしがみついて来たけど。
……心配かけてスマン。
少し休憩を貰った後、俺たちは、カートライア邸の玄関に辿り着いた。
ゲームのようにダンジョンが形成されているわけでは無い。寧ろカートライア辺境伯領全土がラストダンジョンだったようなものだ。そう考えれば、この扉はダンジョンの入り口では無く、ラスボスの間の二つ前の扉である。
フェリエラがあの時と同様、中庭の中心に居るのであれば、ここを開けて玄関ホールに入り、その一階の奥のドアを開ければ、そこがラスボスの間なのだから。
とうとう来たか。
ここからが、俺の必勝作戦の開始である。
意を決して、アイシャが扉を開ける。
予想通り、中には魔物一匹いなかった。
「やはり、いないみたいね。となると、後はフェリエラを倒すだけね」
アイシャが建物の中に入る。
それに続いて、スヴァーグ、エミュ、そしてキュオが続く。
しかし、俺はその場を動かなかった。
「……ルル?」
エミュが気づいて、俺に振り返る。
そのエミュの言葉に、全員が反応し、こちらを見た。
そして……。
そのみんなの表情を受け、俺は口を開いた。
「すまない、みんな。俺はここまでだ」
「……え?」
エミュが口から小さく疑問符を零した。
「俺は、足手まといだ」
「そんな、そんなことない! ルルはここまで凄い強かった! 足手まといなんて思ったことない!」
俺の言葉に、必死にアイシャがフォローを入れてくれる。
見れば、魔法使い全員が、泣きそうな表情で頷いていた。
そう言ってくれるのは嬉しい。しかし、今はそういう事を話しているのではないのだ。
「ああ、ありがとう。もちろん、これまでは俺は十分にみんなの役に立ったと思う。でもな、対魔王戦。ここに関しては、俺は完全に無力なんだ」
俺の説明を待つ空気がその場に流れたので、俺は構わず言葉を続けた。
「シャルヘイスやドーディアに見えたんだ。当然、俺の姿はフェリエラには見える。もしかしたら、今から俺一人でフェリエラに会いに行けば、敵意は向けられないかもしれない。でも。剣を持って斬りかかった瞬間に殺されるだろう」
仮定のように話をしているが、これは真実。前世のヴァルクリスとしての俺の最期が正にそうだったのだから。
「俺が一緒に行ったところで、エミュにしてみれば、守らなくてはいけない人間が一人増えるだけ。キュオも、回復しなくてはいけない人間が一人増えるだけでしかない」
みんなが沈痛な面持ちで俺の話を聞いていた。
あくまでも冷静に、そして合理的に事実を述べる俺の意見に反論する余地が無かったからだろう。
みんなの気持ちは、「せっかくここまで一緒に来たのだから、最後まで」という仲間としての感傷でしかない。しかし、それを押し通すことが俺の命の危機に、ひいてはパーティーの危機に繋がるのだ。それを思えば、みんなが「是が非でも一緒に」と言えないのも無理はなかった。
「……ルルはここまで、パーティーの参謀として、いつも正しかった」
アイシャが意を決したように口を開いた。
「だから、私達も、ルルの判断に従いましょう! あの門をくぐってからここまで、ルルは沢山戦ってくれた。次は、私達の番よ!」
「「「……はいっ!」」」
こういうのを鶴の一声と言うのだろうな。
俺の意見に納得はしつつも、歩き出せなかったみんなの背中を、アイシャの一言が押した。
「ルル、必ず魔王を倒して帰るわ。だから、入り口で待っててね!」
「ふふ、ルルは真っ黒だし、孤児院でお風呂に入ってくれてても良いわよ?」
「ルル、最後までご一緒できないのは残念ですけど、本当にありがとう」
「ルル、僕はあなたを尊敬してます。必ず戻りますので、これからも色々教えて下さい」
「ああ、任せたぜ、みんな」
みんなは、それぞれの思い思いの別れの言葉を口にすると、意を決したように奥の扉に視線を定めた。
そして、アイシャが、奥のその扉を開けると同時に、玄関の扉を閉めた。
……すまん、みんな。騙してしまって。
フェリエラを倒すのは俺だ。
俺でなくてはならない。
俺は、魔獣ゲージャも、魔女シャルヘィスも、魔人ドーディアも、全てを不意打ちで倒してきた男だ。
つまり、俺のやるべきことは一つ。
アイシャ達に真正面から全力で対峙してもらい、魔王フェリエラを不意打ちで殺す。
それこそが、俺の必勝作戦である。
(第51話 『最期の吐息』へつづく)
ともかく、肝になるのはアイシャ達の魔素の温存である。雑魚一匹に放つ魔法すら惜しい。こんなのRPGの基本だ。ポーションや直前セーブポイントみたいな便利アイテムが無い以上、節約以外に方法はない。
従って、こうしてカートライア邸までの道を闊歩している魔物を俺が先に露払いしているわけだ。
その甲斐もあってか、カートライア邸の入口につくまで、アイシャにも魔法使い達にも、微塵も魔素を消費させることは無かった。
「……なんだか、静かですね」
キュオが感想を漏らす。
カートライア邸の中は、以前来た時と同様に静まり返っていた。
このまま、フェリエラのところまで何も遮るものがいないのならばそれでいい。もしもそうでないとすれば……。
「入るぞ」
俺はそういって、入り口の門を開けた。
俺が入り、エミュが続く、そしてキュオとスヴァーグ。
そして最後にアイシャが屋敷の敷地内に入った瞬間。
それは起こった。
屋敷の中心から、赤い光がカートライア邸を覆っていく。
その赤い光は瞬く間に、半球状のドームを作り出した。
今俺たちはそのドームの内側の一番外側に立っている、という状況だ。
それは、俺が前世で体験した、正にあの事件の縮小版だった。
「何!? 結界!? 出られない!」
キュオが若干パニックになって、赤い光に触れ、そして叩き始めた。その手は、まるで壁を叩いているかのように、物理的な何かによって阻まれていた。
見ればスヴァーグも顔面蒼白になっている。
「落ち着け! 恐らく、軽い気持ちで内部を探索しようと入ってきた俺たちを逃がさないために仕掛けたトラップだろう。今俺たちは、万全の準備を整えてここに来ている。何も心配する必要はない!」
俺の言葉に、キュオとスヴァーグが落ち着きを取り戻した。
アイシャは、と見れば、全く動じる事無く、凛々しい瞳のまま、あたりを警戒していた。
さすがは聖女様だな。
ちなみに、俺は、昨日の見たこの状況をアイシャ達に伝えていた。
もちろん中に入ったとは言っていない。外側から見ただけ、という情報で伝えてあるのではあるが。
やはりか……。
あのフェリエラが現れた時と同様、辺りから魔物がうようよと湧きだし始めていた。
しかし、俺たちは既にこのパターンの作戦を練っている。
「エミュ! 隠れろ!」
「うん! "蜃気楼の壁"!」
エミュの魔法で、俺を除く四人の周りに、透明な膜が出現する。
彼女の魔法の中でも、最も消費が少ないのがこの魔法だ。
魔物に気づかれない膜を張るが、物理的防御力は皆無。しかし薄皮一枚の膜を張るだけのこの魔法は極めてリーズナブルなのである。
玄関までの庭園内に湧きだした魔物はおよそ三十。しかし、そいつらも、突然目標を失い、唸りながら徘徊しているだけである。
「おりゃああ!!」
俺は一気に走り寄り、そいつらを片っ端から倒していく。大丈夫、きちんと毎日風呂に入ったお陰で、体力も筋肉も絶叫調だ。
僅か十数分で、全ての魔物を狩りつくし、アイシャ達の元に戻る。
「よし、エミュ、術を解いて良いぞ」
「う、うん」
エミュがそう言うと、大きく息を吐き、その膜を解除した。
するとその刹那、再び魔物が周囲から湧き出し始めた。
「エミュ! もう一度だ!」
「うん! "蜃気楼の壁"!」
先程と同様に、再び、目標を失った魔物たちが、何かを探すかのように徘徊し始める。
これはまるであれだな、エミュが魔法を解いた瞬間に「フィン!」って音がして、緊張感のある音楽が流れ始めるアレみたいな感じだな。さしずめ今はnoticedの状態が解除されたようなものだ。
にしても、クソッ! 今回は大型が四体もいやがる。
トカゲ型が二体、巨人型が一体、獣型が一体。
まずは周囲のザコをなぎ倒す。次は大型だ。
おっと、トカゲ型が良い位置に固まっている。これはラッキー!
首の位置が低いトカゲ型は、最も楽に倒せる大型である。走り寄り、一体目の首筋に斜め下からバスタードソードを振り上げるように叩き込む。そしてその勢いのまま、すぐ横にあったもう一匹のトカゲ型の脳天に剣を振り下ろした。
すぐに距離を取り、巨人型に向かう。コイツもいつも通り。まずは斬り易い方の足を一刀両断。その後どのように倒れ込んでくるかだけがランダムなので、要注意だ。倒れた巨人型の背中に位置するように移動して、首をちょんぱする。
問題は最後に残った獣型。こいつは首まで届かない分、心臓を突くしかない。しかし、その場合、すぐに絶命するわけでは無いので、暴れまわるコイツから距離を置かなくてはならない。殺されずに退避できれば俺の勝ちである。
「おりゃああああ!」
獣型の心臓に剣を突き立てる。
真っ黒の血が噴き出し、俺の身体を染めた。
よし、一気に退避だ!
コイツの攻撃で怖いのは前足だ。だからいつも通りに剣を引き抜きつつ、コイツの斜め後側に横っ飛びをする。
しかし今回に限って、コイツの暴れ方が激しく、空中で、無茶苦茶に振り回す奴の尻尾にしばかれた。
「うぼっ!」
鞭のように振り回してくるトカゲ型に比べれば、コイツの尻尾など猫じゃらしも同然。しかしそれでも、俺の身体は五メートルほど吹っ飛んだ。
「ルル!」
叫ぶエミュに、俺は手を挙げて問題ない意のジェスチャーを返した。いやあ、しかし、今のは焦ったぜ。
「ルルはずっと一人で、こんな風に戦っていたのね」
「実際こんな近くで見るのは初めてでしたが、凄まじいですね」
アイシャとスヴァーグはそう言いながら、エミュの作った膜の中で固く拳を握り込んだ。
第二波を片付けて、再びアイシャ達の元に戻る。
魔物の血で真っ黒に染まった俺に、魔法を維持したまま、エミュが心配そうに口を開いた。
「……ねえ、ルル、また同じことが起こったら?」
「また同じことを繰り返す」
「そんな! ルルにばっかり戦わせてられないよ」
「駄目だ! これが最も合理的な戦い方なんだ。エミュの気持ちは嬉しい、でも、それでは魔王の思う壺だ。ここを俺一人で凌げれば、俺たちの勝ちは目の前だ。だから耐えてくれ」
目に涙を浮かべるエミュの頭を優しく撫でてやった。
「さあ、次だ」
「うん」
エミュが魔法を解除する。
そして再び魔物が湧き出す。
「"蜃気楼の壁"!」
そして俺が再び魔物に向かって行く。
結局。
エミュの魔法を解除しても魔物が現れなくなったのは、第五波を殲滅させた後だった。
さすがに疲れた俺に、キュオが回復を申し出たが、怪我もほとんど負ってないし、ただ疲れただけなので断った。
「それにしても、どうして現れなくなったのかしら」
アイシャが冷静に思考を巡らし始めた。
うん、さすがである、こういう時に合理的に分析できる仲間は多いに越したことは無い。
そういう意味では、以前スヴァーグが俺とアイシャが似ている、と言ったのもあながち間違いではないのかもしれない。
「単純に全滅させたという可能性が一つ。しかし、もしもこいつらをフェリエラが生み出しているのだとしたら、魔素切れというのも考えにくい。とすれば……」
「すれば?」
興味津々で俺を覗き込むアイシャ。
よくぞ聞いてくれました。
ここからは俺のターン。推理マニアにとっては、推理を披露する時こそが至福の時なのである!
「なあ、アイシャ。この結界が、聖女や魔法使いを探知するもので、それに反応してフェリエラが魔物を生み出していた、とするよな」
「うん、私も多分そうじゃないかと思ってるけど」
「急に、エミュの魔法で、その反応が消えたら、どう思う? しかも、呼び出した魔物の反応も消えていく」
「……うーん」
「びっくりしながらも、ひとまず、様子を見る、ですかね?」
考え込むアイシャに変わって、今度はキュオが手を挙げて答えた。
「そうだね。そして様子を見ていたら、また聖女たちの反応がした。当然、もう一回魔物たちを生み出す。しかし、またすぐに反応は消え、魔物たちも消えていく。次にまた反応が現れ、同じことが繰り返される。そして、ついに、フェリエラが、魔物を呼ばなくなった、という事は?」
「……聖女たちの反応が消えたのに、良く分からない理由で、ただただ魔物たちだけがやられていくわけですから。……無駄だと悟って諦めた、のでしょうか?」
スヴァーグの答えに、俺は頷いた。
「少なくとも無駄に魔物を呼び出して消耗させるよりは、フェリエラは、直接対決を選んだのだと思う。きっと、魔王の間に行くまでの間にも、わざわざ魔物を呼び出さないんじゃないかな。つまり……」
地面に腰掛けたまま、俺は不敵に笑い、みんなを見上げた。
「こちらの損耗はほぼ無し。作戦通りだ」
そしてそう言って親指をビッと上げる俺に、みんなは呆れたような表情をしつつも声を上げて笑った。
エミュだけは、俺の首元にしがみついて来たけど。
……心配かけてスマン。
少し休憩を貰った後、俺たちは、カートライア邸の玄関に辿り着いた。
ゲームのようにダンジョンが形成されているわけでは無い。寧ろカートライア辺境伯領全土がラストダンジョンだったようなものだ。そう考えれば、この扉はダンジョンの入り口では無く、ラスボスの間の二つ前の扉である。
フェリエラがあの時と同様、中庭の中心に居るのであれば、ここを開けて玄関ホールに入り、その一階の奥のドアを開ければ、そこがラスボスの間なのだから。
とうとう来たか。
ここからが、俺の必勝作戦の開始である。
意を決して、アイシャが扉を開ける。
予想通り、中には魔物一匹いなかった。
「やはり、いないみたいね。となると、後はフェリエラを倒すだけね」
アイシャが建物の中に入る。
それに続いて、スヴァーグ、エミュ、そしてキュオが続く。
しかし、俺はその場を動かなかった。
「……ルル?」
エミュが気づいて、俺に振り返る。
そのエミュの言葉に、全員が反応し、こちらを見た。
そして……。
そのみんなの表情を受け、俺は口を開いた。
「すまない、みんな。俺はここまでだ」
「……え?」
エミュが口から小さく疑問符を零した。
「俺は、足手まといだ」
「そんな、そんなことない! ルルはここまで凄い強かった! 足手まといなんて思ったことない!」
俺の言葉に、必死にアイシャがフォローを入れてくれる。
見れば、魔法使い全員が、泣きそうな表情で頷いていた。
そう言ってくれるのは嬉しい。しかし、今はそういう事を話しているのではないのだ。
「ああ、ありがとう。もちろん、これまでは俺は十分にみんなの役に立ったと思う。でもな、対魔王戦。ここに関しては、俺は完全に無力なんだ」
俺の説明を待つ空気がその場に流れたので、俺は構わず言葉を続けた。
「シャルヘイスやドーディアに見えたんだ。当然、俺の姿はフェリエラには見える。もしかしたら、今から俺一人でフェリエラに会いに行けば、敵意は向けられないかもしれない。でも。剣を持って斬りかかった瞬間に殺されるだろう」
仮定のように話をしているが、これは真実。前世のヴァルクリスとしての俺の最期が正にそうだったのだから。
「俺が一緒に行ったところで、エミュにしてみれば、守らなくてはいけない人間が一人増えるだけ。キュオも、回復しなくてはいけない人間が一人増えるだけでしかない」
みんなが沈痛な面持ちで俺の話を聞いていた。
あくまでも冷静に、そして合理的に事実を述べる俺の意見に反論する余地が無かったからだろう。
みんなの気持ちは、「せっかくここまで一緒に来たのだから、最後まで」という仲間としての感傷でしかない。しかし、それを押し通すことが俺の命の危機に、ひいてはパーティーの危機に繋がるのだ。それを思えば、みんなが「是が非でも一緒に」と言えないのも無理はなかった。
「……ルルはここまで、パーティーの参謀として、いつも正しかった」
アイシャが意を決したように口を開いた。
「だから、私達も、ルルの判断に従いましょう! あの門をくぐってからここまで、ルルは沢山戦ってくれた。次は、私達の番よ!」
「「「……はいっ!」」」
こういうのを鶴の一声と言うのだろうな。
俺の意見に納得はしつつも、歩き出せなかったみんなの背中を、アイシャの一言が押した。
「ルル、必ず魔王を倒して帰るわ。だから、入り口で待っててね!」
「ふふ、ルルは真っ黒だし、孤児院でお風呂に入ってくれてても良いわよ?」
「ルル、最後までご一緒できないのは残念ですけど、本当にありがとう」
「ルル、僕はあなたを尊敬してます。必ず戻りますので、これからも色々教えて下さい」
「ああ、任せたぜ、みんな」
みんなは、それぞれの思い思いの別れの言葉を口にすると、意を決したように奥の扉に視線を定めた。
そして、アイシャが、奥のその扉を開けると同時に、玄関の扉を閉めた。
……すまん、みんな。騙してしまって。
フェリエラを倒すのは俺だ。
俺でなくてはならない。
俺は、魔獣ゲージャも、魔女シャルヘィスも、魔人ドーディアも、全てを不意打ちで倒してきた男だ。
つまり、俺のやるべきことは一つ。
アイシャ達に真正面から全力で対峙してもらい、魔王フェリエラを不意打ちで殺す。
それこそが、俺の必勝作戦である。
(第51話 『最期の吐息』へつづく)
12
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる