異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

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第三章

第6話 ミューの軌跡 その3

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 まだ夕方前だというのに、街道には人っ子一人いなかった。

 特にリングブリムを抜けたあたりから一気に人気が少なくなった。
 やっぱり、前回魔王が復活したカートライアにわざわざ移住するなんて酔狂な人は少ないようだ。うーん、この分だとお屋敷はかなり荒れ果てているだろうな。

 そんな事を考えつつ、ようやくカートライア邸に到着した私は、門の鍵を開けた。

 なんか不思議な感じがする。良くも悪くも。

 この、ずっと暮らしてきたお屋敷は、沢山の大切な思い出が詰まった場所だ。
 でも、魔王が復活し、私とエフィリア様が命を落としたあの忌まわしき記憶も一緒に脳裏に刻まれている。

 見ると、ヴァルクリス時代の坊ちゃまが戦った跡だろうか、それともルレーフェ様として、前世の聖女様達と共に戦った跡だろうか。
 屋敷の地面や壁には、いたるところに、変色した黒い染みのようなものがあった。

 その量が、いかにここで凄惨な戦いが行われたかを物語っていた。

 少し震えていた。
 あの時の記憶がよみがえる。
 この屋敷の中で、何人の人間が魔物の餌食になった事だろう。

 正直、ずかずかと踏み込んで、「はい! お掃除!」という勇気は無い。
 まさかこんな感じになるとは思わなかった。

 私は、屋敷の正面で立ち尽くしてしまった。

 今日からここで寝泊まりするのだ。
 主人である坊ちゃまが来られるまで、ここを少しでも快適にしておかなくてはならない。それが、唯一残されたカートライア家のメイドの務めだ。
 でも……。

 分かってる、ここにはもう誰も居ない。何もない。
 きっと遺体や魔物の残骸なんかも跡形も無い。
 分かってる……けど。

 ひとまず尻込みした私は、屋敷を一周してみる事にした。
 屋敷の中よりもきっと酷い有様にはなっていない、思い出深い場所がある。そこなら少しはマシかもしれない。

 そう思って、私は裏庭に向かった。

 あそこは私と坊ちゃまが長い時間共に過ごした場所だ。
 そしてロヴェル様とヒューリア様が婚約をした場所でもある。
 そこで少し、気持ちを落ち着けて、覚悟を決めよう。

 裏庭は、草が生えっぱなしにはなっていたが、当時の面影を十分に残していた。
 みんなでよく談笑した、あのテーブルとベンチはすっかり風化して、今にも崩れそうだったが、そこにいつまでも残っていた。

 坊ちゃまとエフィリア様、時々ロヴェル様とヒューリア様。みんなで和気あいあいとしていたあの時の残像が目に浮かんでは消えていく。
 私は立っているつもりだったのに、いつもエフィリア様が私の手を引っ張って、端っこの席に座らさせて下さった。
 そこの位置に、そっと腰かけた。
 なんだか、その隣に、その正面に誰も居ないことが、この上なく寂しく感じられた。
 まるで世界に私一人しか存在していないかのような、そんな気分。

 私はまた、溢れてきた涙を抑えきれずに、一人涙を流してしまった。

(駄目だな、わたし。本当に泣き虫だ)

 きっと、その分あの時間が本当に幸せだったのだと、改めて気づかされた。

 ふと立ち上がると、裏庭の隅に、見たことのないものを発見した。
 何やら三本の棒のようなものが並んで地面に刺さっている。

 あれ?
 裏庭のこんなところに棒が刺さっているのは見たことがない。
 しかし、なんだかその棒自体は見覚えがあるような気がする。

(なんだろう?)

 私はそっとそれ▪▪に近づいた。

 あ……。

 それは、私の槍だった。
 坊ちゃまに贈られた、大切な私の宝物。
 そしてその横に刺さっていたのは、坊ちゃまの使っていた剣だった。
 どちらも腐食と錆びでボロボロだったが、見間違えるはずがない。

 まさか……これは。

 私はそれが何かを瞬時に理解した。
 これはきっと、私とエフィリア様のお墓だ。
 前世の坊ちゃまが、ここに来て魔王との戦いの前に葬って下さったのだろう。

 じゃあきっと、その横にある三つ目の剣は、前世の坊ちゃまのお墓に違いない。
 エミュ様が、前世の坊ちゃまを葬ったと仰っていたから。
 きっと私達のお墓を見つけて、その横に埋めたんだ。

「彼はね、あなたのため▪▪▪▪▪▪に戦っているのよ」

 ふと、エミュ様の言葉が思い出された。

 その瞬間。
 私は走り出していた。

 屋敷の正面に戻った私は、玄関の扉を開け、階段を駆け上がった。そして二階の廊下を一気に突き当りまで走り抜ける。

 ……やっぱり。

 辿り着いたエフィリア様のお部屋は、誰も入れないように、厳重なバリケードで塞がれていた。何とか人一人分のスペースが空いているが、きっとヴァルクリス坊ちゃまが中から塞いで、前世の坊ちゃまがどけたのだろう。

 私達の遺体を魔物から守るために。

 ……全く。何をやってらっしゃるんですか、坊ちゃま。
 ご自身のお命が危険なのに、私たちの遺体なんて気にかけて。

 それに……。
 前々世のヴァルクリス坊ちゃまが私たちの遺体を守るために部屋を封鎖して、生まれ変わって魔物を倒して私たちを葬りに来てくださるなんて。

 そんなの……そんなの。
 なんて愛情深く、なんて悲しい行為なんだろう。

 部屋の中に身体を滑り込ませ、改めてみたそのタンスや棚のバリケードには、明らかに坊ちゃまの意志が感じられた。なんかもうそれだけで、想いがあふれ出してしまう。

「うう……坊ちゃま……」

 私は口を押えて、その場でしゃがみ込み、嗚咽のような泣き声を漏らした。

 ミューは、ミューは、坊ちゃまに早く、早くお会いしたいです。



 少し涙を流して色々洗い流されたのだろうか?
 妙に頭がスッキリしていた。

 改めて部屋を見回すとやはり、その部屋には、私たちの遺体はおろか、服の残骸すらも無かった。

 そう言えば。
 勢いで入ってしまったとはいえ、今私はあれだけ怖気づいていた屋敷の中にいる。
 うん、入って見ればどうということは無い。

 だってここは、私の家であり、私の大切な人たちの家なのだから。
 みんなの為にも、この屋敷を蘇らせるんだ!

 なんか、すっかりやる気を取り戻した私は、その場で服を脱ぐと、新品のカートライア家のメイド服に袖を通した。
 うん。なんか安心するな。

 でも、なんだか物足りない。
 いや、むしろ圧倒的に装備品が足りていない気がする。

 その原因は一つだ。

(……あれはどこにあるの!? あれだけは、絶対に無くしたくない!)

 ふと、部屋に残されていた小棚の引き出しを開ける。
 そこには、あの頃と同じように、エフィリア様の宝箱があった。

(きっと坊ちゃまなら……。)


 私はそう思い、その箱を開けた。

「ああああああ、良かったぁぁぁ……」

 それはそこにあった。

 エフィリア様から贈られた青い宝石のブローチ。
 坊ちゃまから贈られた青い宝石の指輪。

 本当に良かった。
 もしもここに見当たらなかったら、最悪、自分の墓を自分で荒らさなくてはならないところだった。さすがにちょっとそれは嫌だったから。

 私はそれを体感的には11年ぶりに、時間経過的には65年ぶりに身に付け、ミュー・ラピスラズリとしてのフル装備に戻った。

(魔王の復活の年までは一年半。それまでにきっと坊ちゃまは来て下さるに違いない!)

 楽しみだな。
 ああ、早くお会いしたいな。

 でも、坊ちゃまかどうかの見極めはどうしたら良いのだろうか?
 そもそも、同じ格好をしてるからと言って、私がミューだと信用してもらえないかもしれない。
 坊ちゃまも私も違う顔なのだ。

 いや、もちろん、一つ一つ説明すれば、信じては貰えるだろう。

「君がミューだって言うなら、ミューしか知らない質問に答えて貰おう」
「あなたが坊ちゃまなら、この質問には答えられるはずです」

 とか言って?

 でも、なんて言うか……。なんか嫌だ。
 そう!
 坊ちゃま風に言えば、ロマンが無いってやつなんだと思う!

 お互いに、お互いを認識して、思い切り坊ちゃまに抱き着きたい。
 抱き締めてもらいたい。

 一発で分かって貰える何か方法は無いものだろうか。

(……そうだ!)

 こうして私は、現れた坊ちゃまに有無を言わせずに戦いを挑むことを決めたのだった。

 もちろん、こんな理由で坊ちゃまに戦いを仕掛けたなんて、今、目の前で私の話を聞いてくださっている坊ちゃまには言えないけどね。恥ずかしいから。



 ******


 こうして、俺はミューの話を聞き終えた。

 あの後俺たちは、これまでの経緯を話し合うために屋敷の中に移動した。

 そして今は、ほとんど損傷が無かったためミューが完全に復旧を終えてくれていた元ヴァルクリスの部屋……つまり俺の部屋にいた。
 いや、彼女の事だから、俺の部屋は特に優先してやってくれていたのだろうけど。

 色々と整理しなくてはいけないことが沢山ある。
 特にミューとベル様とのやり取りを中心に。

 でも、それは今、急いでやるべき話ではない。
 整理する内容も、ミューに教えるべき話も、共有する事実も全てが多すぎる。

 それよりも……。
 俺はゆっくりと近づいて、話し終えたミューを抱き締めた。

「ミュー、本当に大変だったね。来てくれてありがとう」
「いいえ。坊ちゃまの方が何倍も大変な戦いをしてこられました。私はずっと眠っていただけですから」

 俺の身体に手を回しつつ、ミューが首を横に振るのが分かった。

「でも……」

 そしてミューは続けた。

「死んでも、例え魂になっても、私は坊ちゃまをお慕いし続けておりました。私の愛する坊……ちゃま……。んくっ、みゅーは、ぼ……ちゃま……と」

 堪えつつも、凛とした声色から徐々に泣き声に変わっていく。
 こういうところも、昔と変わっていなかった。

「うわああああん! お会いしたかった……お会いしたかったです……坊ちゃま!」
「ああ……ミュー……俺も、俺も、ずっと、何十年も、ずっと、会いたかったよ」

 そして俺たちは、再び、泣きながら何度も唇を重ねた。

 今は、今だけは、全ての事を忘れよう。
 そんな事よりも、一秒でも長くミューに触れていたかった。

 
 そうして、俺たちは二人、お互いに慈しみ合うように抱きあったまま、その日の眠りについたのだった。



 あ、エッチなことはしていないよ。
 残念だけど、ちょっと今の俺たちは肉体的に若すぎる。
 
 あと五歳、歳とっていれば……くそう。



(第7話 『深淵を覗くとき その1』へつづく)
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