異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

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第三章

第10話 三度の復活

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 年が明けた。

「坊ちゃま、今年もどうぞよろしくお願いします」
「ああ、ミュー今年もよろしくね」

 起きるやいなや、待ち構えていたように部屋に入って来たミューの挨拶に、俺も笑顔で返す。
 そういえば、ミューと新年の挨拶を交わすなど、よくよく考えれば体感的に三十年弱ぶりである。

 そう思うと感慨深い。

「どうしたんだ?」

 見ればミューが、多幸感を滲ませた表情でこちらを見つめている。

「いえ、坊ちゃまとこういった挨拶をするのが、随分と懐かしく思えてしまって。すみません」

 そう言ってミューは恥ずかしそうに走り去っていた。
 以心伝心と言うやつだろう。

 ともあれ、魔王復活の年になった。
 俺の予想が正しければ、今回は50年目きっかりで復活するはずだ。しかも、かなり早いタイミングだと思う。
 そろそろ具体的な話を決めて行かなくてはいけないな。


 ちなみに、ここ数週間の俺たちであるが……。
 幸い、ここに誰も入り込まなかったお陰でそのままになっていたカートライア辺境伯家の貯蓄があったため、二人でゆうに五年は暮らせるだけの資金がキープできていた。
 なので、まずは後々の旅のための装備や道具を買い揃えた。
 そしてそれ以外の時間は、カートライア邸の修復をしつつ、勘を取り戻すためにも剣と槍の稽古に明け暮れた。

 そうそう、修復で思い出した。

 魔王との激闘があったあの中庭は、ミューが手つかずで残しておいてくれたので、一日を費やして現場検証に当たることが出来た。
 大した情報は得られなかったが、それによって分かったことが一つ。

『恐らく魔王フェリエラは、出現したその位置からほとんど動いていない』

 俺はヴァルクリスの時に、フェリエラが生まれた位置を把握している。それはルレーフェの時に見た、フェリエラが戦っていた位置とほぼ同じだった。
 そしてその位置は、まるでフェリエラの足跡そくせきを残すかのように黒く変色していた。その染みはその位置を中心に徐々に薄まりながら広りつつ、半径五メートルほどの円を描いていた。

「つまり、恐らくフェリエラはこの半径五メートルの外には移動していない、という事になる。もしかしたら移動できないのかもしれない」
「……これもきっと、聖女の決めたルール、ですよね」
「そうだろうな」

 主人公の聖女からすれば、ラスボスにちょろちょろうろつかれては勝手が悪い。
 魔王のあの圧倒的な力をもってして、侵攻開始と同時に自らが打って出れば、人間を滅ぼすのなど容易いのだから。
 しかし、そうはいかないように出来ている。
 そういうルールが設定されている、と見るべきだ。
 やられ役の魔王はどーんと魔王城の玉座で待機していてくれればいいのだから。
 随分と安直で身勝手なルールである。

「なんだか、そう思うと魔王が不憫に思えてきますね」

 同感だった。


「俺の予想だが、魔王の復活は今年のかなり早い段階で来ると思う」
「え? 坊ちゃまには、魔王の復活の年数のズレの原因が、既に解けてるのですか?」

 今年一回目の朝食を二人で取り終わり言った俺の言葉に、ミューは目をキラキラさせた。

「いや、確信はない上に、かなり根拠の薄い話だからな。あまり気にしなくていい」
「はい、坊ちゃまがそう仰るのなら、ミューは気にしません!」

 ミューは一瞬、少し聞きたそうな表情をしたが、明るく笑顔を作るとそう返した。
 あまりに適当過ぎる予想だしな。
 こういうときは大抵大外れで一年後とかになったりして、したり顔で講釈を垂れてしまったことを後悔するものである。
 後々ミューに「あ、あの、魔王、なかなか復活しませんね……」とか、気まずく言わせるのも気が引けるしな。

 しかし。

 そんな俺の言葉とは裏腹に、俺のネガティブな予想はあっさりと覆された。



 ――数週間後。


 カンカンッ! カンカンッ!

 屋敷の表門の鉄のノッカーが音を立てる。

「父上! 父上!」

 次いで小さく声が聞こえた。

 裏庭で稽古のあとの休憩を取っていた俺たちはすぐに表へ回り込んだ。
 すると、そこには馬に跨り、共を引き連れたヴァリス・リングブリム子爵がいた。

「ヴァリス、どうした?」

 事情を知らない人間が見たら、50近い子爵様が、13歳くらいの子供を父上呼びしているその異様な状況に戸惑っただろうが、子爵に従っている者達にその心配は無さそうであった。

「魔王が復活したようです! 先日早馬で知らせが届きました!」
「場所は?!」
「バジェル伯爵領です!」

 ……くっ、予想通りか。
 
 やはり魔王は、大陸南西部で復活を遂げた。

 バジェル伯爵領に魔王の結界が現れたとしたら、リハリス子爵領やハーズワート公爵領などの近隣の貴族が王都に早馬を飛ばす。そして、すぐさま各地にその知らせを持った使者が派遣される。その使者のリングブリムまでの到着の時間を考えると……。
 恐らく魔王の復活は新年になってから二日目か三日目、といったところだろう。

 となると、だ。
 今世の俺の実家、レデルラーク商会および家族たちは全滅の可能性が非常に高くなった。
 いくらあちこちに飛び回っている忙しい商人でも、年末が忙しい分、新年は取引も少なくなる。きっと俺の帰りを待っているところに魔王が復活したに違いない。

 ある程度の予想が出来ていた分、多少の罪悪感は拭えなかったが、思い立ったのが旅に出た後であった以上、こればっかりは仕方がない。
 俺はその罪悪感を捨てることなく、心の奥底にしまい込んだ。

「よくぞ知らせてくれた、礼を言うぞヴァリス。バジェル伯爵領が魔王城に設定されたという事は、恐らく東のゼガータ侯爵領、或いはリハリス子爵領を落としに来るだろう。そうなれば、中央の山脈、森林地帯を伝って、すぐにでもリングブリムに魔の手が及ぶ。領地の境界の守りを万全にするんだ」
「は、はい! 了解しました!」

 慌てて配下が取り出した地図を受け取ったヴァリスに対して、地図を指さしながら今後の状況を示唆した。

 しかし、俺には一つ確信していたことがあった。
 いや、良い意味でね。

「坊ちゃま?」

 またしても癖で、突然考え込み始めた俺を見て、ミューが心配そうに覗き込んだ。

「……ヴァリス、ここから一年は侵攻は無い。しかも、今回、魔物の侵攻はそこまで苛烈なモノにはならないだろう、と俺は予想している」
「そ、そうなのですか?」
「ああ。前回の魔物の侵攻は、それは凄まじかった。僅か数週間でパリアペートが滅び、そこから全国に魔物が散らばった。聖女が動けるようになるまでに王国の領地の半分近くがやられたと言っても過言ではない」

 俺の言葉にヴァリスがごくりと生唾を飲みこんだ。

「しかし、初動の魔物のほとんどを生み出したのは幹部魔物である魔女シャルヘィスであり、初期に近隣の領地を蹂躙するのは圧倒的火力を持つ魔獣ゲージャだ。今回、その二体は出現しない」
「……ま、まさか、父上。」
「ああ、俺が前回の戦いで、その二体を永遠に滅ぼした」

 話を聞いていた共の者達に安堵の表情が浮かぶ。
 しかし、ヴァリスはなおも表情を崩さないまま、俺に進言した。

「しかし、父上。母上から聞いた限りでは、魔鬼バルガレウスと魔人ドーディアも、数多くの領地を滅ぼしたと聞いております。もしもその者たちが現れたらいかが致しましょう?」

 エミュはどちらとも相対してはいないので、前回の旅の途中で俺やアイシャから聞いた話をヴァリスに伝えたのだろう。まあ、そもそも俺もバルガレウスは見たことも無いんだけどね。
 まあでも、どうだろうと、俺のヴァリスへの言葉は一つである。

「問題ない」

 俺の発したその一言に、皆が沈黙した。
 なんだ? 固まるような話ではないだろう?

「……そ、その、父上、問題ないと言うのは?」
「幹部魔物は、リングブリムには現れない、安心しろ」
「父上、その、差し支えなければ、理由をお聞かせ願っても?」

 ……うーん。
 いや、駄目だな。さすがに根拠までは聞かせられない。

「すまん、重要な機密ゆえに、理由は教えられない。しかし、確実な話だ」

 さすがにこの言葉を持ち出されれば、ヴァリスとしても引かざるを得ない。
 彼は「了解いたしました、父上のお言葉通り、その朗報を信じましょう」と笑顔交じりに言い、二、三の伝達事項のやり取りを交わした後、領都に戻って行った。

 さて、忙しくなるな。

「ミュー、ひと月後、最後の旅に出立する」
「はい、坊ちゃま。準備を整えます。ところで、行先はどちらになりますでしょうか?」

 そんなもの、一つしかない。
 俺はにやりと笑い、ミューに返した。

「バジェル伯爵領の北隣、ビーレット男爵領。そこで待機して、魔王の結界が解かれる瞬間を狙い撃つぞ」



 (第11話 『火蓋が切られる前に その1』へつづく)


※過去の近況ノートに、第3章の地図があります。
 皆様の想像の手助けになりますよう。

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