99 / 131
第三章
第14話 生への反逆 その2
しおりを挟む
『……その魂、忘れてはおらんぞ。久しいな、ヴァルクリスよ』
俺を吟味したフェリエラは、少し笑みをたたえてそう言った。
そこにはフェリエラのほかに二人の魔物がいた。
向かって左側に赤い大男、右側に浅黒い優男である。
……やはりか。
「肉体が違うのに分かるものなのだな」
『ふふ、貴様のような存在は過去に出会ったことが無いからな。忘れるはずもないわ』
うん?
どうやら、ルレーフェの時の事は覚えていないようだな。
まあ、一瞬の出来事だったし、見極める時間も無かったのだろう。
『フェリエラ様、こやつは一体?』
フェリエラの横に控えていた赤い大男が尋ねた。
きっとこいつが魔鬼バルガレウスなのだろう。
しかし俺は寧ろ、もう一人の方が気がかりだった。
恐らくこの優男、こいつは真の姿のドーディアに違いない。前回出し抜かれて殺された以上、俺のような人間特有の……アゴリー? とかいうのが見えない存在に良い印象は抱いてはいないはず。
しかし、驚いたような表情を浮かべてはいるが、いたって冷静にこちらを観察していた。どうやら思った以上に頭が切れるヤツらしい。
『なに、顔なじみのようなものだ』
フェリエラの返答に、ほう、と言葉を漏らすバルガレウス。
『して、何用じゃ? また我に殺されに来たわけでもあるまい?』
「何用……か。フェリエラよ、忘れたのか? 以前あなた自身が言った言葉を」
『なに?』
「あなたはこう言ったはずだ。『再び別の姿で蘇り、我の前に姿を現したならば、その時は友好的な関係を築こう』と」
俺の言葉を聞いたフェリエラが、少し考え込んだ。
そして、思い出したかのように顔を上げると、声を上げて笑い出した。
『はっはっはっは! 確かに! まさか、本当に来るとは思わなんだぞ』
どうやら忘れてはいないようだ。良かった。
さて、本番はここからである。
『で? まさかそなた、魔物の仲間として人間を滅ぼす側に回ろう、というのではあるまいな?』
「そう見えるか?」
『いや、見えぬな』
このやり取り、だんだん思い出してきた。
フェリエラはこう見えて駆け引きが上手い。
手玉に取ろうとするよりも、正攻法の方が良いだろう。
「まずは詫びよう、魔王よ」
『なに?』
「以前、俺はあなたに、『自分は魔物の生まれ変わりかもしれない』と言った。あれは嘘だ」
『ふふふ、知っておるよ。あの後、全員の部下が無事に蘇ったからな』
前回はこの嘘でフェリエラとの会話に持ち込んだ。しかし、今回そこの誤解を持たせるわけにはいかない。そう思っての発言だったが、既にバレていたようだ。早々に白状しておいて良かった。
「そういえば、今はバルガレウス殿とドーディア殿しかいないようですが?」
俺の言葉に、初めてフェリエラが顔をしかめた。
『う、うむ。なぜか、あの二人が蘇らぬ。このようなことはいまだかつて一度も無かったというのに……』
「魔女シャルヘィスと魔獣ゲージャ。あの二人は蘇ることはありません。もう二度と」
『……なんだと?』
フェリエラの低い声に呼応して、場の空気の温度が下がった。
そんな気がした。
いや、マジで超怖いから。そんな表情しないでよ、魔王さん。
ちらりと横を見るが、ミューは完全に平静を装っている。
いや、マジですごくない? うちのメイドさん。
「魔王フェリエラよ、何故二人が蘇らないのか。そして私の魂の謎と、この世界の秘密をあなたに明かしましょう」
こうして俺は、魔王フェリエラに、全てを打ち明け始めた。
******
『なん……だ、その話は』
俺は順を追ってフェリエラ達に事の真相を話した。
この世界は、聖女の中にいる魂の存在が創り上げた、聖女の英雄ごっこの為の箱庭世界だという事。
全てのルールが聖女によって決められている事。
俺が、この世界の女神を救うために、別の世界から来た人間だという事。
よって、この世界のルールの外の存在が故に、魔物に狙われないという事。
ちなみに面倒なので、ミューの事は俺と同じ地球の魂である、という紹介をした。
まあ、ベル様の管轄に入ったわけだし、あながち嘘でもあるまい。
全ての話を聞いてさすがに唖然としていたフェリエラだったが、何とか言葉を絞り出した。
『にわかには……信じられん』
「ああ、その気持ちは分かる。しかし、真実だ。そんな手の込んだ嘘を言うために、命の危険を冒してまで、わざわざこんなところまで来たりはしない」
『うむ……確かにな』
魔王はかなり冷静かつ合理的に考えられる頭脳を持っている。
突破口はそこにある。
まずは聖女の話からした方が良いだろう。
「前回、聖女は最終魔法を途中で使ったのにも関わらず、対魔王戦でもう一度使った。おかしいとは思わなかったか?」
『ああ、それは思ったぞ。一度しか使えないはずであったからな』
「それはどこで聞いた情報だ? 聖女本人がそう言っていただけなのではないのか?」
フェリエラは少し考え込んだ。
そして、大昔から続く聖女との決戦の際に、歴代の聖女どもがいちいち言ってきた「一度しか使えない、最終魔法よ!」というような言葉を思い出していた。
(確かにヴァルクリスの言う通りだ。数百年もの間、その言葉を聞かされ続けてそう信じてしまっていたが、聖女以外にその真相を知る者はおらんではないか)
「聖女は、恐らく全ての記憶を引き継いでいる。もちろん、俺の居た世界『地球』からの記憶もだ。そして、最終魔法が一度きりというのは嘘。ここは聖女が創った、聖女が英雄になる為の世界だ。やられ役の魔王に負けるような設定には創られてはいない」
『き、貴様、我が主をやられ役……だと』
『よせ、バルガレウス』
『グッ……』
さすがに反応したバルガレウスを、フェリエラが止めてくれた。
いや、怖いからなんかいちいちオーラみたいなのを出すのを止めてくれ。
「勘違いしないで頂きたい。あなた方が弱いからやられ役なのだ、と言ったわけではない。あなた方は強い。しかし、それも所詮聖女が作ったルール。ここは聖女一人の為にある世界なのです。バルガレウス殿にドーディア殿、仮にあなた方を創ったのが魔王でも、魔王フェリエラを創ったのは聖女なんです」
フェリエラもどこかで薄々気づいていたのかもしれない。
いや、もしかしたら前回のあの最終魔法。あれでオカシイと思ったのかもしれない。
その証拠に、フェリエラはかなり俺の話を信じてくれている。
少なくとも俺にはそんな風に見えた。
「ここで一つ証拠を見せよう。……ドーディア殿」
『……なんだ』
「私に素手で攻撃を仕掛けて貰えますか?」
『何?』
俺の急な申し出に、さすがに若干の戸惑いをあらわにするドーディア。
「軽くで構いません。しかし、何をされても、その攻撃を止めないでいただきたい。仮にフェリエラ殿に『止めろ』と止められようとも、絶対に」
俺はドーディアにそう言いつつ、ちらりとフェリエラの方を見た。
ドーディアの死角になっていたフェリエラは、俺の視線を受けると、了解した、とでも言うように息を吐いて目を閉じた。
『……良いだろう』
そしてドーディアは一歩前に出ると、一気に踏み出し、目にもとまらぬ速さで俺に肉薄した。
そして。
『やめろ! ドーディア!』
フェリエラが叫んだ。
それと同時に、ドーディアがまるで何か強い力に引っ張られでもしたかのように、ブレーキをかけ、俺の目の前で拳を振り上げたままの姿で止まった。
『ぐ……なに……』
「ありがとう、ドーディア殿」
俺はドーディアに礼を述べると、フェリエラに向き直った。
「このように……この世界には、聖女が決めた数多くのルールが存在している。
ドーディア殿が魔王に忠誠を誓っていようと、これは俺から申し出た事。止めろと言われても攻撃をすることは出来たはずだ。しかし、ドーディア殿にはそれが出来なかった。恐らくこれも、聖女によって決めたルールだろう。想像するに、『魔王フェリエラに絶対服従の幹部魔物』という形にでもしたのだろうな」
これは、先程のバルガレウスとフェリエラのやり取りを見て閃いた事だった。
フェリエラに制止されたバルガレウスの動きの止まり方は異常だった。
まるで、見えない鎖につながれていたかのような、そんな動きだったのだ。
「魔王よ。以前、なぜ魔王は人間の王都に出現できないか、俺が問うたのを覚えているか?」
『ああ』
先程のドーディアの動きを見て、言葉を失っていたフェリエラは、言葉少なげに相づちをうつ。
「あれは、聖女が決めたルールだ。聖女が欲しいのは権力ではなく賞賛。自分自身で『英雄である』と周囲に言うよりも、最大権力者に『この者は英雄である』と喧伝されたい。そのためには、王に死んでもらっては困る、という訳だ」
俺は以前ミューにしたのと同様の説明をフェリエラにした。
『ではヴァルクリスよ。我が50年を過ぎても目覚められない時があったのは何故だ? 確かあの時、その話もそなたとしたであろう?』
確かに、そんな話もしたな。
フェリエラの問いに、ミューがハッとして俺の方を向く。
これについてはミューには話していなかったから、きっと答えられるかどうかを心配したのだろう。
安心してくれ。あの時はミューの心が心配で話を切り上げただけで、俺にはしっかりと当たりはついている。
「いくら聖女が活躍しても、この50年の周期で毎回少しづつ総人口が少なくなっていくような事態になれば、いずれは人間が滅んでしまう。
とはいえ、魔王をあっさりと倒すようなことは出来ない。人類が救世主と崇め、頼り、すがる。聖女がそんな存在になる為には、魔物たちに大いに人間を苦しめ、殺して貰わなくてはならないからな。
聖女の目的は、人類が苦しみながらも魔物と争い続ける世界を、どちらも滅ぶことの無いように永遠に維持する事だ。つまり、そこには必ず『聖女を賞賛する人間の確保』のためのルールが設定されているはずだ。
恐らくは、一定以上人口が減った場合、その規定数に戻るまで魔王が復活できないようになっているのだろう。魔王が50年を過ぎても復活出来なかったのはそのためだ」
これに関しては確かめようのない事実である。
しかし、聖女の自己顕示欲と承認欲求を考えると、かなり的を射た推測だと思っている。
ちなみに、以前ミューに、今回の魔王の復活は早いだろうと言ったのは、これが根拠である。
ルレーフェの時は、かなり効率よくフェリエラまで辿り着いたからな。その分被害も少なかったはずだ、と予想したのだ。
推測に過ぎないとはいえ、俺の筋の通った意見に、フェリエラたちが沈黙した。
よし、トドメだ。
「……最後にもう一つ」
『まだあるのか?』
「ああ、これに関しては、信用してくれとしか言いようがないが、俺の中では決定的証拠だ。『聖女の魂が地球のものである』という、な」
この決定打は揺るがない。
俺はそう思っていた。
以前、俺とアイシャが王宮を出て二手に分かれた時。
アイシャは確実にボロを出していた。
その時には気づくことは出来なかったけどな。
そう、アイシャは俺にこう言ったのだ。
「『いのちだいじに』で頑張るよ」
と。
「いのちを大事にするよ」でも、「気を付けるよ」でもない。
「いのちだいじに」というのは、後に一般的に用いられるようになった有名な言葉であるが、日本人ならわかるゲーム用語だ。
これだけならば、大した証拠にはならないかもしれない。偶然でそういう言い回しをしないとも限らない。
……しかし。
「魔王よ。聖女の最終魔法の名前は把握しているか?」
『ああ、数百年に渡り何度も聞いているのでな。それにこれだけ他の魔法とは違う独特な響きであるからな。たしか……エクスカリバー、とか言ったか』
「そう、聖女の最終魔法の『エクスカリバー』。これは、『地球』における最も有名な剣の名前なんだ」
アイシャはあの時確かに「エクスカリバー」と叫んだ。
こちらの言葉で聖剣とか叫んだのではない。
英語……いや、日本のカタカナ発音で「エクスカリバー」と言ったのだ。
エクスカリバーは、アーサー王伝説に登場する、イングランド王の証となる剣の名前である。
もちろん、今は様々なゲームやアニメにも登場するが、いずれにせよ言える事は、『地球において用いられる固有名詞』である、という事だ。
これは彼女の魂が地球出身であるという確たる証拠に他ならない。
気持ちはとても分かる。
もしも、「今からあなたが異世界に行って、地球の事を知っている人間が他に誰も居ないその世界で、聖女、聖騎士としての最終奥義の名前を決めてくれ。」
そう言われたらどうだろう?
有名さ、叫んでみたさ、語感。
恐らく、十人中八人は「エクスカリバー」を選ぶのではなかろうか。
少なくとも、俺なら選ぶ。
まさかそれが、この場での決定的な証拠になるとも知らずに。
俺は「確認のしようがない、と言われればそれまでだがな」と付け加えつつ、その説明をした。
しかし、フェリエラ自身が言ったように、ラルアー語には無いその独特な言葉の響きに、ミューはおろか、フェリエラたちまでも、妙に納得したようだ素振りを見せた。
どうやら、信用してもらえたようだ。
しかし、俺を信用すればするほど、その突きつけられた事実に魔王たちの表情は沈痛なものになっていくのは致し方なかった。
そして、しばしの沈黙の後、ようやくフェリエラが口を開いた。
『ヴァルクリスよ。女神……とやらに頼まれてこの世界を救う、と言ったな。貴様は具体的に何を為そうと言うのだ?』
よし、ようやくここまで来た。
ここまではミッション達成である。
「ここは、聖女とやられ役の魔王たちが、永遠の生を謳歌する、出来レースの箱庭世界。あなた方にとっては、聖女の思うままに、聖女に与えられた生を、負け続けながら永遠に生きる世界。しかし、もしもあなた方がその生に反逆する気があるのなら……」
俺の挑発的な単語に、バルガレウスが苛立ちをあらわにする。
俺はひとつ深呼吸をした。
「魔王フェリエラ、魔人ドーディア、魔鬼バルガレウス、そして俺たちヴァルクリス・カートライア、ミュー・ラピスラズリ。この五名で世界の元凶である聖女を、共に討ちましょう」
(第15話 『魔の説得』へつづく)
俺を吟味したフェリエラは、少し笑みをたたえてそう言った。
そこにはフェリエラのほかに二人の魔物がいた。
向かって左側に赤い大男、右側に浅黒い優男である。
……やはりか。
「肉体が違うのに分かるものなのだな」
『ふふ、貴様のような存在は過去に出会ったことが無いからな。忘れるはずもないわ』
うん?
どうやら、ルレーフェの時の事は覚えていないようだな。
まあ、一瞬の出来事だったし、見極める時間も無かったのだろう。
『フェリエラ様、こやつは一体?』
フェリエラの横に控えていた赤い大男が尋ねた。
きっとこいつが魔鬼バルガレウスなのだろう。
しかし俺は寧ろ、もう一人の方が気がかりだった。
恐らくこの優男、こいつは真の姿のドーディアに違いない。前回出し抜かれて殺された以上、俺のような人間特有の……アゴリー? とかいうのが見えない存在に良い印象は抱いてはいないはず。
しかし、驚いたような表情を浮かべてはいるが、いたって冷静にこちらを観察していた。どうやら思った以上に頭が切れるヤツらしい。
『なに、顔なじみのようなものだ』
フェリエラの返答に、ほう、と言葉を漏らすバルガレウス。
『して、何用じゃ? また我に殺されに来たわけでもあるまい?』
「何用……か。フェリエラよ、忘れたのか? 以前あなた自身が言った言葉を」
『なに?』
「あなたはこう言ったはずだ。『再び別の姿で蘇り、我の前に姿を現したならば、その時は友好的な関係を築こう』と」
俺の言葉を聞いたフェリエラが、少し考え込んだ。
そして、思い出したかのように顔を上げると、声を上げて笑い出した。
『はっはっはっは! 確かに! まさか、本当に来るとは思わなんだぞ』
どうやら忘れてはいないようだ。良かった。
さて、本番はここからである。
『で? まさかそなた、魔物の仲間として人間を滅ぼす側に回ろう、というのではあるまいな?』
「そう見えるか?」
『いや、見えぬな』
このやり取り、だんだん思い出してきた。
フェリエラはこう見えて駆け引きが上手い。
手玉に取ろうとするよりも、正攻法の方が良いだろう。
「まずは詫びよう、魔王よ」
『なに?』
「以前、俺はあなたに、『自分は魔物の生まれ変わりかもしれない』と言った。あれは嘘だ」
『ふふふ、知っておるよ。あの後、全員の部下が無事に蘇ったからな』
前回はこの嘘でフェリエラとの会話に持ち込んだ。しかし、今回そこの誤解を持たせるわけにはいかない。そう思っての発言だったが、既にバレていたようだ。早々に白状しておいて良かった。
「そういえば、今はバルガレウス殿とドーディア殿しかいないようですが?」
俺の言葉に、初めてフェリエラが顔をしかめた。
『う、うむ。なぜか、あの二人が蘇らぬ。このようなことはいまだかつて一度も無かったというのに……』
「魔女シャルヘィスと魔獣ゲージャ。あの二人は蘇ることはありません。もう二度と」
『……なんだと?』
フェリエラの低い声に呼応して、場の空気の温度が下がった。
そんな気がした。
いや、マジで超怖いから。そんな表情しないでよ、魔王さん。
ちらりと横を見るが、ミューは完全に平静を装っている。
いや、マジですごくない? うちのメイドさん。
「魔王フェリエラよ、何故二人が蘇らないのか。そして私の魂の謎と、この世界の秘密をあなたに明かしましょう」
こうして俺は、魔王フェリエラに、全てを打ち明け始めた。
******
『なん……だ、その話は』
俺は順を追ってフェリエラ達に事の真相を話した。
この世界は、聖女の中にいる魂の存在が創り上げた、聖女の英雄ごっこの為の箱庭世界だという事。
全てのルールが聖女によって決められている事。
俺が、この世界の女神を救うために、別の世界から来た人間だという事。
よって、この世界のルールの外の存在が故に、魔物に狙われないという事。
ちなみに面倒なので、ミューの事は俺と同じ地球の魂である、という紹介をした。
まあ、ベル様の管轄に入ったわけだし、あながち嘘でもあるまい。
全ての話を聞いてさすがに唖然としていたフェリエラだったが、何とか言葉を絞り出した。
『にわかには……信じられん』
「ああ、その気持ちは分かる。しかし、真実だ。そんな手の込んだ嘘を言うために、命の危険を冒してまで、わざわざこんなところまで来たりはしない」
『うむ……確かにな』
魔王はかなり冷静かつ合理的に考えられる頭脳を持っている。
突破口はそこにある。
まずは聖女の話からした方が良いだろう。
「前回、聖女は最終魔法を途中で使ったのにも関わらず、対魔王戦でもう一度使った。おかしいとは思わなかったか?」
『ああ、それは思ったぞ。一度しか使えないはずであったからな』
「それはどこで聞いた情報だ? 聖女本人がそう言っていただけなのではないのか?」
フェリエラは少し考え込んだ。
そして、大昔から続く聖女との決戦の際に、歴代の聖女どもがいちいち言ってきた「一度しか使えない、最終魔法よ!」というような言葉を思い出していた。
(確かにヴァルクリスの言う通りだ。数百年もの間、その言葉を聞かされ続けてそう信じてしまっていたが、聖女以外にその真相を知る者はおらんではないか)
「聖女は、恐らく全ての記憶を引き継いでいる。もちろん、俺の居た世界『地球』からの記憶もだ。そして、最終魔法が一度きりというのは嘘。ここは聖女が創った、聖女が英雄になる為の世界だ。やられ役の魔王に負けるような設定には創られてはいない」
『き、貴様、我が主をやられ役……だと』
『よせ、バルガレウス』
『グッ……』
さすがに反応したバルガレウスを、フェリエラが止めてくれた。
いや、怖いからなんかいちいちオーラみたいなのを出すのを止めてくれ。
「勘違いしないで頂きたい。あなた方が弱いからやられ役なのだ、と言ったわけではない。あなた方は強い。しかし、それも所詮聖女が作ったルール。ここは聖女一人の為にある世界なのです。バルガレウス殿にドーディア殿、仮にあなた方を創ったのが魔王でも、魔王フェリエラを創ったのは聖女なんです」
フェリエラもどこかで薄々気づいていたのかもしれない。
いや、もしかしたら前回のあの最終魔法。あれでオカシイと思ったのかもしれない。
その証拠に、フェリエラはかなり俺の話を信じてくれている。
少なくとも俺にはそんな風に見えた。
「ここで一つ証拠を見せよう。……ドーディア殿」
『……なんだ』
「私に素手で攻撃を仕掛けて貰えますか?」
『何?』
俺の急な申し出に、さすがに若干の戸惑いをあらわにするドーディア。
「軽くで構いません。しかし、何をされても、その攻撃を止めないでいただきたい。仮にフェリエラ殿に『止めろ』と止められようとも、絶対に」
俺はドーディアにそう言いつつ、ちらりとフェリエラの方を見た。
ドーディアの死角になっていたフェリエラは、俺の視線を受けると、了解した、とでも言うように息を吐いて目を閉じた。
『……良いだろう』
そしてドーディアは一歩前に出ると、一気に踏み出し、目にもとまらぬ速さで俺に肉薄した。
そして。
『やめろ! ドーディア!』
フェリエラが叫んだ。
それと同時に、ドーディアがまるで何か強い力に引っ張られでもしたかのように、ブレーキをかけ、俺の目の前で拳を振り上げたままの姿で止まった。
『ぐ……なに……』
「ありがとう、ドーディア殿」
俺はドーディアに礼を述べると、フェリエラに向き直った。
「このように……この世界には、聖女が決めた数多くのルールが存在している。
ドーディア殿が魔王に忠誠を誓っていようと、これは俺から申し出た事。止めろと言われても攻撃をすることは出来たはずだ。しかし、ドーディア殿にはそれが出来なかった。恐らくこれも、聖女によって決めたルールだろう。想像するに、『魔王フェリエラに絶対服従の幹部魔物』という形にでもしたのだろうな」
これは、先程のバルガレウスとフェリエラのやり取りを見て閃いた事だった。
フェリエラに制止されたバルガレウスの動きの止まり方は異常だった。
まるで、見えない鎖につながれていたかのような、そんな動きだったのだ。
「魔王よ。以前、なぜ魔王は人間の王都に出現できないか、俺が問うたのを覚えているか?」
『ああ』
先程のドーディアの動きを見て、言葉を失っていたフェリエラは、言葉少なげに相づちをうつ。
「あれは、聖女が決めたルールだ。聖女が欲しいのは権力ではなく賞賛。自分自身で『英雄である』と周囲に言うよりも、最大権力者に『この者は英雄である』と喧伝されたい。そのためには、王に死んでもらっては困る、という訳だ」
俺は以前ミューにしたのと同様の説明をフェリエラにした。
『ではヴァルクリスよ。我が50年を過ぎても目覚められない時があったのは何故だ? 確かあの時、その話もそなたとしたであろう?』
確かに、そんな話もしたな。
フェリエラの問いに、ミューがハッとして俺の方を向く。
これについてはミューには話していなかったから、きっと答えられるかどうかを心配したのだろう。
安心してくれ。あの時はミューの心が心配で話を切り上げただけで、俺にはしっかりと当たりはついている。
「いくら聖女が活躍しても、この50年の周期で毎回少しづつ総人口が少なくなっていくような事態になれば、いずれは人間が滅んでしまう。
とはいえ、魔王をあっさりと倒すようなことは出来ない。人類が救世主と崇め、頼り、すがる。聖女がそんな存在になる為には、魔物たちに大いに人間を苦しめ、殺して貰わなくてはならないからな。
聖女の目的は、人類が苦しみながらも魔物と争い続ける世界を、どちらも滅ぶことの無いように永遠に維持する事だ。つまり、そこには必ず『聖女を賞賛する人間の確保』のためのルールが設定されているはずだ。
恐らくは、一定以上人口が減った場合、その規定数に戻るまで魔王が復活できないようになっているのだろう。魔王が50年を過ぎても復活出来なかったのはそのためだ」
これに関しては確かめようのない事実である。
しかし、聖女の自己顕示欲と承認欲求を考えると、かなり的を射た推測だと思っている。
ちなみに、以前ミューに、今回の魔王の復活は早いだろうと言ったのは、これが根拠である。
ルレーフェの時は、かなり効率よくフェリエラまで辿り着いたからな。その分被害も少なかったはずだ、と予想したのだ。
推測に過ぎないとはいえ、俺の筋の通った意見に、フェリエラたちが沈黙した。
よし、トドメだ。
「……最後にもう一つ」
『まだあるのか?』
「ああ、これに関しては、信用してくれとしか言いようがないが、俺の中では決定的証拠だ。『聖女の魂が地球のものである』という、な」
この決定打は揺るがない。
俺はそう思っていた。
以前、俺とアイシャが王宮を出て二手に分かれた時。
アイシャは確実にボロを出していた。
その時には気づくことは出来なかったけどな。
そう、アイシャは俺にこう言ったのだ。
「『いのちだいじに』で頑張るよ」
と。
「いのちを大事にするよ」でも、「気を付けるよ」でもない。
「いのちだいじに」というのは、後に一般的に用いられるようになった有名な言葉であるが、日本人ならわかるゲーム用語だ。
これだけならば、大した証拠にはならないかもしれない。偶然でそういう言い回しをしないとも限らない。
……しかし。
「魔王よ。聖女の最終魔法の名前は把握しているか?」
『ああ、数百年に渡り何度も聞いているのでな。それにこれだけ他の魔法とは違う独特な響きであるからな。たしか……エクスカリバー、とか言ったか』
「そう、聖女の最終魔法の『エクスカリバー』。これは、『地球』における最も有名な剣の名前なんだ」
アイシャはあの時確かに「エクスカリバー」と叫んだ。
こちらの言葉で聖剣とか叫んだのではない。
英語……いや、日本のカタカナ発音で「エクスカリバー」と言ったのだ。
エクスカリバーは、アーサー王伝説に登場する、イングランド王の証となる剣の名前である。
もちろん、今は様々なゲームやアニメにも登場するが、いずれにせよ言える事は、『地球において用いられる固有名詞』である、という事だ。
これは彼女の魂が地球出身であるという確たる証拠に他ならない。
気持ちはとても分かる。
もしも、「今からあなたが異世界に行って、地球の事を知っている人間が他に誰も居ないその世界で、聖女、聖騎士としての最終奥義の名前を決めてくれ。」
そう言われたらどうだろう?
有名さ、叫んでみたさ、語感。
恐らく、十人中八人は「エクスカリバー」を選ぶのではなかろうか。
少なくとも、俺なら選ぶ。
まさかそれが、この場での決定的な証拠になるとも知らずに。
俺は「確認のしようがない、と言われればそれまでだがな」と付け加えつつ、その説明をした。
しかし、フェリエラ自身が言ったように、ラルアー語には無いその独特な言葉の響きに、ミューはおろか、フェリエラたちまでも、妙に納得したようだ素振りを見せた。
どうやら、信用してもらえたようだ。
しかし、俺を信用すればするほど、その突きつけられた事実に魔王たちの表情は沈痛なものになっていくのは致し方なかった。
そして、しばしの沈黙の後、ようやくフェリエラが口を開いた。
『ヴァルクリスよ。女神……とやらに頼まれてこの世界を救う、と言ったな。貴様は具体的に何を為そうと言うのだ?』
よし、ようやくここまで来た。
ここまではミッション達成である。
「ここは、聖女とやられ役の魔王たちが、永遠の生を謳歌する、出来レースの箱庭世界。あなた方にとっては、聖女の思うままに、聖女に与えられた生を、負け続けながら永遠に生きる世界。しかし、もしもあなた方がその生に反逆する気があるのなら……」
俺の挑発的な単語に、バルガレウスが苛立ちをあらわにする。
俺はひとつ深呼吸をした。
「魔王フェリエラ、魔人ドーディア、魔鬼バルガレウス、そして俺たちヴァルクリス・カートライア、ミュー・ラピスラズリ。この五名で世界の元凶である聖女を、共に討ちましょう」
(第15話 『魔の説得』へつづく)
12
あなたにおすすめの小説
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ
月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。
こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。
そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。
太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。
テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
異世界亜人熟女ハーレム製作者
†真・筋坊主 しんなるきんちゃん†
ファンタジー
異世界転生して亜人の熟女ハーレムを作る話です
【注意】この作品は全てフィクションであり実在、歴史上の人物、場所、概念とは異なります。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる