異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

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第三章

第40話 そして積み上げた先に その1

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 本来ならば、聖女の侵入に際し見張りを立て、敷地内に侵入するのを目視するべきなのだが、魔王フェリエラの結界の力で、屋敷の敷地内への侵入者は探知出来る。だから魔王はその場でその時を待ち構えるだけだった。

 ……これまでならば。

 しかし、今回は違う。
 俺は魔王の間となっている、このバジェル伯爵領のホールの二階部分。
 つまり、テラスのように四角く縁どられた部分にいた。

 分かり易く言えば、体育館の謎の二階部分のあそこ、みたいな感じだ。

 そしてついにその時がやって来た。

『むっ、来た。結界内に侵入者だ! 四名!』
「間違いない! よし、大量の小型魔物を集結! 聖女を迎え撃たせろ!」
『任せよ! ぬあああぁ!』

 フェリエラが大きく手を天にかざした。
 そして俺はすかさず、バルコニーに飛び出し、建物をぐるりと回るように走り、正面の庭園が見える位置に姿を隠した。

 うじゃうじゃと湧いて出る小型魔物。
 正直小型魔物の群れなんぞ、聖女にかかれば雑魚である。
 
 しかし敢えてこの作戦を取ったのには理由がある。

 これは、前回俺が経験した、魔王側のテンプレの戦法だ。
 敢えてそれを繰り返すことで、聖女に変な疑いを持たれにくくなる。

 そして物量で攻め立てれば、身を守るためにも魔法使いは魔法をある程度は使わざるを得ない。
 少しでも魔法使いの体力を削っておきたかった。

「相変わらず、便利な魔法だな」

 聖女が四方八方に、光のつぶてを乱射している。
 あれは"聖なる礫セイクリッドヘイル"だろう。

 しかし、予想通りだ。
 聖女だけでは対応しきれていない。

「おお、アイツ、やるな」

 銀髪の少年、確かキアス、とかいったか。
 彼が、自分自身に加速魔法をかけ、自らでバッサバッサと魔物たちを斬り伏せている。
 なるほど、本人が剣士でもあれば、ああいう使い方が出来るのか。

 トラップを仕掛けたり、動きを予想して攻撃を軌道上に置いておいたりしない小型魔物が相手なら、十分に効果的だ。

 目つきの悪い防御の魔法使いも、魔素増減の魔法使いも、それなりに魔法を行使している。
 よしよし、十分だろう。

 俺はそれを確認すると、素早く魔王の間に戻った。


「良い感じだ。魔法使い達はかなり魔法を行使している」
『おお、そうか』
「よし、みんな配置につけ!」

 こうして俺たちは聖女を迎え撃つべく、各々の持ち場に散った。


 それからおよそ、一時間後。
 魔王の間の正面扉がゆっくりと開かれた。

 聖女ティセアを先頭に、その真後ろにエルティア。エルティアの両サイドに、キアスとガド……なんとかだ。
 俺は、魔王の玉座のさらに後ろのカーテンに身を潜めて、その様子を伺っていた。

 今、聖女たちには、中央奥の玉座に座っているフェリエラしか見えていない。
そういう配置だ。

『ふふふ、よくぞ来たな聖女よ。積年の恨み、今こそ晴らさん』

 いつも通り、テンプレのセリフを吐くフェリエラ。

「私自身、お前と会ったのは初めてだけれど、良いわ。代々の聖女様に誓って、今日こそお前を永久に滅ぼすわ、魔王よ!」

 ……良く言うぜ。

 この場にいた魔王チームの全員がそう思ったことだろう。
 少なくとも俺はそう思った。

『ふふふ、良かろう。やれるものならばな。最初から全力で行くぞ! おああああ! "破滅の暗黒カタストロフィックダークネス"!』
「やばいのが来る! ガドリム! 防御を!」
「はい! ティセア様! "鉄壁の光アイロンクラッドレイ"!」
『受けてみよ!!』

 フェリエラから放たれた最強の魔素の砲撃が、ガド……リム? の張った光の壁に襲い掛かる。
 そしてそれに触れた瞬間。

 あっさりとその砲撃は霧散した。
 一切の衝撃も無く。
 まるで色のついたそよ風のように。

「……え?」
「なに?」

 ガドリムたちが唖然としている。
 そしてガドリムが術を解いた瞬間。

 その声は聖女たちの上部、真後ろから響いた。

『かかったな、こちらが本命よ!』

 慌てて後ろを振り向き見上げる聖女。
 そこには、二階部分から彼女たちを見下ろす本物▪▪▪のフェリエラがいた。

 ……いや、当然俺の位置からは全部丸見えだったのだけど。

 正面のフェリエラは、変身したドーディアである。
 当然、フェリエラと同じ魔法は使えないので、あくまでもがわ▪▪だけを似せた雑魚魔法だ。
 そして本物のフェリエラは、聖女とドーディアのやり取りを、真後ろからずっと眺めていた、という訳だ。

『ふふふ、すっかり騙されたようだな。では正真正銘、本物の我が魔法を喰らうがいい! 今度のは先ほどのものとはわけが違うぞ! ぬおおおおお!』

 いや、早く撃てよ、と思うこと無かれ。
 そもそも不意打ちしたいなら、ドーディアとの会話中にとっくにやっている。

 これはあくまでも、別の目的だ。
 そう。きちんと防御の魔法を間に合わせて▪▪▪▪▪▪もらわねばならないのだ。

『ゆくぞ! "破滅の暗黒カタストロフィックダークネス"!』
「ガドリム! もう一度!」
「"鉄壁の光アイロンクラッドレイ"!」

 よし、最強防御魔法を二回使わせた!
 これで一人はほぼ無力だ。

 どごおおおおおおん!

 入口付近だったこともあり、ホールの扉が壁ごと吹き飛んだ。
 土煙が巻き起こり、辺りの視界を奪う。

「大丈夫!? みんな!」
「は、はい!」

 ティセアの声が響く。しかしそれに応えられたのはエルティアただ一人だった。

 ひゅん!
 ドガッ!
 ガギンッ!

「ええい! "吹き荒れる風レイジングウィンド"」

 初めて見る聖女の魔法が、土煙を吹き飛ばす。
 そこに現れたのは、ミューによって気絶させられ、完全に白目をいているガドリムと、バルガレウスの剣をかろうじて受け止めているキアスの姿だった。

『ほほう、我が剣を受け止めるとは、さすがは魔法使いか』
「くっ!」

 ひゅん!
 ガキンッ!

 キアスの攻撃を籠手で受け止め、大きく下がるバルガレウス。
 フェリエラはすでに、本来の場所に戻り、フェリエラの姿をしていたドーディアは、ゆっくりと元の褐色の人間のような姿に戻っていった。

「……バルガレウスに……ドーディア。どこにもいないと思ったら、まさかこんなところにいたなんて」
『はっはっは、どうだ聖女よ? 我らも少しは頭を使うようになったのだ』
「くっ……」

 悔しそうにしている聖女。
 勝ち誇っているフェリエラ。

 しかし、俺たちだけは知っている。

 心の底では、聖女は全く悔しがってなどいないことを。
 そして同じく心の底では、俺たちは微塵も勝ち誇ってなどいないことを。

「それに……あなたは何者?」

 ティセアの視線が、ミューに注がれる。
 ミューはいつもの格好に加えて、目元だけを隠すような仮面を身に付けていた。
 あ……俺もなんだけどね。

「わたしはミュー。フェリエラさまの魔法によって作り出されたメイド。あるお方の身の回りのお世話をすることがわたしの役目」

 いいぞ、ミュー。
 唯一のセリフを噛まずに言えた!
 完全棒読みだったのはこの際良しとする。雰囲気出てたし。

「あるお方?」
「そう……ルレーフェ様」
「なっ!!」

 絶句するティセア。
 そしてそう言うや否や、聖女の反応を待つことなく、ミューは聖女に斬りかかった。

 これでティセアは間違っても、情報を聞き出す前にミューを殺すことは出来ないだろう。
 聖女にケンカを売るのならば、きっちりと保険を仕入れてからだ。

 当然、ティセアを一対一でどうにかなるなどとは思ってはいない。
 ミューの攻撃は、あっさりと聖女の防御魔法によって防がれる。

 その瞬間、ミューはキアスに目標を変えた。
 同時にバルガレウスもキアスに斬りかかった。

「キアス!」
『よそ見をしていて良いのか?』

 キアスの手助けに入ろうとするティセア。
 しかし、そうはさせじと、ドーディアとフェリエラの魔法が、二人に立ちふさがった。

『"歪んだ世界ディストーションワールド"』

 ドーディアの魔法が二人に襲い掛かる。
 聞いた話では、この魔法は相手の視覚に作用し、敵が見えなくなる幻影魔法らしい。

『"狂気の炎ルナティックフレイム"』

 そして間髪入れずにフェリエラの魔法が襲い掛かる。

 よし、良いぞ!
 この隙に、二人がキアスを戦闘不能にしてしまえば……。

「エルティア!」
「はい! "魔素増幅ブーストマジック"!」
「ありがとう! "聖なる防壁セイクリッドプロテクション"! そして"天啓の槍レヴェレーションスピア"!」

 聖女の魔法がフェリエラの炎を防ぎ、その間を縫って、正確にドーディアに向かって、ブースト付きの槍が放たれた。

『くっ! なに!?』

 すんでのところでそれをかわすドーディア。

 あ、あぶねえ!
 クソッ! 卑怯だぞ!
 あいつ、どう考えても見えてやがる。

「"爆散バースト"」

 しかし聖女がそう発した瞬間。
 ドーディアの真横で、その光の槍が爆ぜた。

 なんだって?!
 もはや何でもアリかよ!

 どごおおおおん!

『ぐああああああ!』
『ドーディア!』

 吹き飛んだドーディアは、半身を真っ黒に焦がし、煙を上げながら地面に転がった。

 魔物が聖女の魔法で斃された時は、霧状に霧散する。
 しかしまだドーディアがそうなっていないという事は……。
 ドーディアはまだ生きている。

とどめよ! "天啓の槍レヴェレーションスピア"!」

 まずい、次にあれを受ければさすがに命は無い。
 フェリエラが慌ててドーディアの周りに防御魔法を展開する。

 ふう、あれなら何とかドーディアは助かりそうだ。

 しかし、その聖女の魔法は突如、標的を変えたのだった。


 ******


「キアス!」
『よそ見をしていていいのか?』

 フェリエラの挑発で、こっちに加勢しようとしていた聖女の動きが止まった。
チャンス!

 ここで、私とバルガレウスの二人で、彼を無力化する。
 どんなに凄腕の剣士でも、私とバルガレウスを相手では厳しいはずだ。

 ……私のその見立ては甘かった。そう言わざるを得ない。

 速度を上げる魔法。
 それがこんなにも強く、こんなにも圧倒的なものだとは。

 確かに、過去に一度、十倍速の魔法を目にした。
 正に目にも止まらぬ速さだった。
 しかし、あれは一瞬だ。
 その一瞬さえ凌げれば対応できる。

 そんな甘いものじゃなかった。

「“加速三倍《3エクセレレーション》”」

 腕の立つ剣士が、三倍速で、継続して斬りかかってくる。
 そんなの、防ぎようが無かった。

 いきなり肩を斬りつけられ、鋭い痛みが走る。

(くっ! まずい! でも、こんなのどう防御すれば!?)

 以前、キアスの報告をした時、坊ちゃまが「加速装置アクセラレーターは主人公の技なんだけどな」と言っていた。
 その意味は良く分からなかったけど、確かに中心的戦力になりうる強さだと思った。

「くっ!」

 適当に振り上げた槍の柄に、相手の剣が当たった。
 と思った次の瞬間に、右ひざを斬りつけられている。

 しかも正確に防具の隙間を攻撃する余裕すらある。

 駄目だ、やられる!

 そう思った瞬間。
 私の視界が真っ暗に染まった。

 いや、何かが私の視界を隠すほどに覆いかぶさったのだ。

 それが私の赤い友人であることは直ぐに分かった。

「……バルガレウス!?」
『ふん! これが一番確実だ』

 きっとバルガレウスは今、もの凄いスピードで彼に斬りつけられているはず。
 魔物にとって、聖女の魔法は弱点だけど、物理攻撃が無効という訳じゃない。
 このまま斬り続けられれば、バルガレウスだって危険なんだ。

『なに、問題ない。この程度の非力な攻撃であれば、例え一時間斬り続けられようと、致命傷になど……』
「"天啓の槍レヴェレーションスピア!"」

 その不吉な声が響いた直後。

『ぶぎ、あああああ!』

 断末魔の叫びが轟いた。

「バルガレウス!」
『びゅう……あと、お、たの……』

 そして……
 暗闇に閉ざされていた私の視界が広がった。

 いや……そうじゃなかった。

 瞬時に私は理解した。

 私を守ってくれていたものが、消滅したのだと。


「……あああ……ああああああ! バルガレウス!」

 私はそう叫んだが、泣きそうになるのを必死に堪えた。

 駄目だ! これは戦いなんだ。
 バルガレウスは言った。
 多分「後を頼む」と。

 聖女さえ倒せば全てが元通りだ。
 冷静に! 冷静に! それを失えば確実に負ける!

 見れば、キアスの攻撃は止んでいた。
 彼は膝をつき、肩で息をしている。
 さすがに魔素を使いすぎたようだ。しばらくはまともに動けないだろう。

 ガドなんとかは、完全に気絶しているし、あれが息を吹き返したところで魔素枯れだ。


 「魔法使いの最低二人の無力化」
 それが、坊ちゃまから言われていた、このミッションの次の段階への移行条件だ。
 どうにかして、一つ積み上げることが出来た。

(犠牲は払いましたが、なんとかこの状況までたどり着きました、坊ちゃま!)

 私がそう思った瞬間。

 その言葉が発せられた。
 きっと坊ちゃまから合図が出されたに違いない。

『ふ、ふはははは、さすがは聖女。よもやここまでやるとは思わなかったぞ! であれば、こちらも貴様に対抗するための、とっておきの同胞を紹介しよう』

 それは、劇団魔王軍による、お芝居開始のキッカケセリフに他ならなかった。




(第41話 『そして積み上げた先に その2』へつづく)
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