異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

文字の大きさ
127 / 131
第三章

第42話 エンジェルズ・マヌーバー その1

しおりを挟む
 聖女の耳元でわざわざ会話を続けたのは、背中に隠し持っていた抜き身のショートソードを取り出すのをバレないようにするため。
 抱き合ったまま背中から刺さなかったのは、魔法使い達の視界に剣を見せないようにするため。
 仮面を外すように促したのは、俺の顔に意識を集中させるため。

 こうして全てのロジックが積み重なり、俺は聖女の心臓を確実に貫いた。

「ご……、ごばっ!」
「ティセア様!」

 座り込んでいたキアスが声を上げる。
 聖女はよろめきながら、俺を突き飛ばすと、ふらふらと後ろに離れた。

 心臓を貫かれたのだ。
 確実に致死ダメージだ。
 口から大量の血を吐き、ろくに息も出来ない聖女。
 回復をしようにも、呪文ワードの詠唱など出来まい。

 しかし、油断はできない。
 俺が止めを刺そうと両手剣バスタードソードを拾い上げようとした瞬間……。

 信じられないものを見た。

「"完全回復パーフェクトリカバリー"」

 一音すらも、きちんと発音できていたかも定かではないその「ゴボゴボ」という言葉を発した瞬間。
 聖女の身体に刺さっていた剣が、まるで肉体の内部にあった部分が消失でもしたかのように、そのはみ出していた先っぽと柄の部分だけが地面に転がった。
 そして見る見るうちに、胸の傷が塞がっていく。

 なんだそれは?!

(まずい! まずい! まずい!)

 俺の脳が全開で警鐘を鳴らしていた。

 このままでは完全回復される。
 少しでも手負いの隙に!

「おあああああ!」

 俺は猛然と聖女に斬りかかった。

 しかし、時すでに遅し。

「"聖なる防壁セイクリッドプロテクション"」

 聖女の防壁によって、俺の一太刀は完全に遮られた。

 くっ! まだだ、今からでも、何か策を!
 一応まだ俺は、操られているルレーフェだ。
 であればきっとそこに突破口が……。

「"聖なる礫セイクリッドヘイル"」

 すかさず聖女の放った光の礫が俺に襲い掛かる。

「ぐわああああ!」

 これは物理百パーセントに振ってやがる!
 鎧を貫通することは無かったが、むき出しだった俺の太ももや二の腕に穴が開いた。

 からーん。

 そして最後の頼みの綱までもが、空しく乾いた音を立てた。

 そう、俺の仮面が弾き飛ばされたのだ。

「……あなた、ルルじゃない。そう……嘘をついたのね?」

 ……その時の俺はどんなにひどい顔をしていたことだろう。
 きっと絶望に歪んだ顔をしていたに違いない。

 だって、もう俺たちに勝ちの目は無いのだから。

 どうして……。
 どうして俺は、心臓を貫く、なんて生易しい攻撃を仕掛けたのだ!?

 猿轡を噛ませれば、魔法を封じられる。
 そんな弱点を聖女が残すはずもない。
 であれば、念じることすらも出来ない形でらなければならなかった!

 そう。
 どうして一撃で首を斬り落とすという選択をしなかったのだ!?

 少し考えれば分かりそうなものなのに……。

 でも、どんなに後悔しても後の祭りだった。


 ダメージも蓄積しない。いつでも完全回復可能。
 MPマジックポイントも無限。
 接近できても、完璧な防御魔法がある。

 どう考えても詰みだ。

(だったら、だったらもうこの際……)

 ……言いたかった。
 言ってしまいたかった。

 俺が地球からの転生者で、ルレーフェの魂も持っていることを。

 きっと聖女だって、悪気があってこんな世界を創ったわけじゃないんだ。
 ただ、自分の承認欲求を満たすために、俺TUEEEな主人公をやりたかっただけなんだ。
 だからもしかしたら、説得すれば応じてくれるかもしれない。
 みんなが幸せになれるような世界に作り直してくれるかもしれない。

「でもおかしいな。なんであなたがルルの記憶を知ってるの?」

 本当に言っても良いのだろうか?
 話を聞いてくれるのだろうか?


 ふと俺の脳裏に、地球時代の、会社のデスクでの一コマが浮かんだ。
 目の前のPCのディスプレイの中に並ぶ無限のタイトル。

 『なぜか異世界に飛ばされたけど俺だけ……』
 『実は気づかれなかった、俺だけの最強スキル……』
 『追放されたけど、実は俺だけ……』
 『俺だけの特殊スキルで無双したら……』
 『実は生まれつき最強レベルだった俺は……』
 『俺だけのゴミスキルが、実は……』

 実は、実は、実は、実は……。
 俺だけ、俺だけ、俺だけ、俺だけ……。

 その全ての集大成が、
 その全ての欲望の権化が、
 目の前のコイツなのだ。

 そう考えれば、結論はおのずと出た。

 その世界を、その理想郷ユートピアを手に入れたこいつが、果たしてそれを手放すだろうか?

(……いや、無理だろ、普通に)


「もういいや、全員倒せばそれで終わり」

 応えない俺にしびれを切らしたらしい聖女はそう言うと、剣を担ぐように上段に構えた。

『来るぞ! ヴァルス!』
「坊ちゃま!」
「はああああ! "聖剣エクスカリバー"!!」
『ちいっ!』

 慌ててフェリエラが俺の前に出た。
 そして床の仕掛けに手を入れると、畳返しの要領で、事前に床に敷いておいた石壁を持ち上げ、巨大な盾を作った。

 ばしゅん!

 魔素攻撃に全振りしていた聖女の最強魔法が、石壁に当たってあっさりと霧散した。

『しっかりするのだ! 最後まであきらめるな!』
「……でも、フェリエラ」
『良いところまで行ったではないか。お前の作戦で、聖女をあと一歩まで追い詰めた。さすがだったぞ。
 例え我らが消滅しようとも、聖女の奴隷にされようとも、お前と共に戦った日々は楽しかった。未来を思い描けただけでも嬉しかった。もうそれだけで十分だ、悔いはない』

 そういって、魔王フェリエラは爽やかに微笑んだ。

 ……何なんだよ。
 なんでこんなやつが魔王なんてやらされてんだよ。
 マジでなんなんだよ聖女って。
 テメエの方がよっぽど魔王じゃねえかよ!
 承認欲求と自己顕示欲の化け物が!

 駄目だ。
 コイツに媚びへつらうのだけはダメだ。
 それだけは俺の魂にかけて容認出来ない!

 たとえ負けても、最後まで戦う!

「ふうん、じゃあ、これならどう? "聖剣エクスカリバー"!」

 俺とフェリエラの石壁の陰に隠れた会話など聞こえない様子で、聖女は再び最終魔法を放ってきた。

 もう見境無しかよ。

 その魔法で、俺たちを守っていた石壁が爆散する。
 今度は物理全振りだ!

『いかん!』

 フェリエラが慌てて俺をかばい、盾になる。
 さすがに最終魔法とはいえ、物理全振りではフェリエラを倒すことは出来ない。しかし、人間である俺はかすれば消し炭になってしまうだろう。

 どごおおおおん!

 風圧で、床がめくれ、盾用に置いてあった石壁が全て吹き飛んだ。
 もうこれでフェリエラに、最終魔法を防ぐ術は無くなった。

「宣言するわ。次は物理と魔素、半々で打つ。跡形もなく消えなさい」
「一回こっきりの最終魔法のはずじゃねえのかよ?」

 俺はせめてもの抵抗として悪態をついてみた。
 しかし聖女はクスリと笑ってこう言い放った。

「……そうね。次回からは▪▪▪▪▪気をつけるわ」
と。

 そして聖女が、最後の構えに入るその時だった。

 からーん。

 乾いた音がした。

 見れば、ミューがおのれの仮面を投げ捨てていた。

 その音で、一瞬、彼女に注目が集まる。

 そしてその隙に、彼女はゆっくりと俺たちの前に立った。

「……ミュー?」

 ミューは何も言わなかった。
 俺のために盾になろうとしているのだろうか?
 やぶれかぶれで敵に挑もうとしているのだろうか?

 しかし俺にはそうは思えなかった。
 何故なら、その顔を、俺は見たことがあったからだ。

 三辺境領合同で催された剣術大会。
 その時に戦いに挑んだあの彼女の顔だった。

 確信をもって、彼女はその場に立っていた。
 「絶対に私が倒す」と。

 でも、そんな事は不可能だ。いくら何でも。

「やめろ! ミュー!」
「坊ちゃま、初めてです。」
「……え?」

 ミューはゆっくりと俺に振り返ると、眩いばかりの笑顔を向けて俺に言った。

「人生で初めて、坊ちゃまの命に逆らいます」

 その強さと、その凛々しさは、まさしく疾風の戦乙女だった。

 そしてミューは、一気に聖女に向かって突っ込んで行った。

(駄目だ! どう考えても、聖女の魔法の方が早い!)

 そもそもあの"聖剣エクスカリバー"には溜めなんて必要ないのだ。
 撃とうと思えば即座に撃てる。
 これまでわざわざ溜めて溜めて撃っていたあれは、ヤツの演出に過ぎない。

 距離にして三十メートル。
 ミューが近寄る前に消し炭にされるのは目に見えていた。
 そう、俺たちもろとも。

 その時だった……。

「――! ―――!」

 ミューが信じられない言葉を発した。

 その瞬間……。
 何が起こったのかわからなかった。

 しかし、瞬きをするほどの時間の後。

 ミューの、その正確に薙ぎ払われた槍の一閃は……。

 聖女の首を刎ね飛ばしていた。



(第43話 『エンジェルズ・マヌーバー』その2 へつづく)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...