異世界転生ルールブレイク

稲妻仔猫

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第三章

第44話 聖女の辻褄合わせを

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 俺はエフィリアとミューから事の事情を聞いた。

 そうか。やはり、ゲージャとシャルヘィスの二人に費やされていたウル様のメモリが、ミューだけでなく、エフィリアの転生にも使われていたのか。

 それにしても、我が妹エフィリアは、本当に俺の事を隅々まで理解していた。
 悔しいほどに、そしてこれ以上ないくらいに嬉しいほどに。

「エフィリア、本当にありがとう」
「ふふ、どういたしまして、兄上様」

 月並みな礼を述べた俺に、エフィリアはかつての彼女と全く同じ様にそう返した。
 その口調が、仕草が、何よりも懐かしく、そして、愛おしかった。


 ともあれ、俺とエフィリアとミュー。
 この三人で、見事俺たちは聖女を打倒した。
 ミッションコンプリートである。

 思えば、ラルアーで過ごした時間だけで言っても、苦節50年である。

 これだけの状況証拠を揃えたのだ。
 よもや「実は聖女がブレイクすべき対象ではありませんでした!」なんてことは無いよな。
 裏ボスとか裏ダンジョンとか、そういうの要らないからな、マジで!

 さてと。
 これからどうすれば良いのだろう?

 向こうでぶっ倒れている防御の魔法使いや、座ったまま固まっている今世のエフィリアの弟である速度の魔法使い君を放っておくわけにもいくまいが、一体全体、どのように説明したものか。

 まあ、フェリエラを交えてしっかりと説明をすれば大丈夫か。

「なあ、フェリエラ。これから全員で今後についての話し合いを持ちたいんだが……」

 そう言って俺はフェリエラの方を見た。

 ……そしてその異変に気付いた。

「兄上様! これは一体!?」

 同時に、滅多に動揺しないエフィリアが、確実にテンパった声を上げていた。
 見れば、彼女は弟を指さし固まっていた。

 そう、彼らは動いていなかったのだ。
 いや、死んでいるとかそういうことではない。

 フェリエラもキアスも、聖女の命を絶ったその瞬間の表情のまま固まっていた。

「時間が……止まっている?」

 この場にいる、俺とミュー、そしてエフィリアを除いての、一切の時間が止まっていた。

「これは……一体?」
「きっと、この世界をがんじがらめにしていた聖女のルールが急に破壊されたんだ、その瞬間にこの世界が正常に機能しなくなり、歯車が止まったのだろう」

 唖然としているミューに俺はそう説明した。

 具体的にはどこまでが聖女が決めたルールかは分からない。
 ……いや、この際、作成者は誰であろうと関係ないから、表現が違うな。
 どこまで聖女の存在を前提とした▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪▪ルールがあるのかはわからない。
 しかし、この世界は聖女の存在を前提とした世界であるのだ。きっとシステムファイルが破損したPCのような状況になっているのだろう。

 そうなるとエフィリアが動けているのが不思議だったが、きっとこれはウル様かベル様のお計らいだろう。

(と、なると次は……)

 俺が一つの可能性を思い浮かべた瞬間。
 その声が俺たち三人に向けて降り注いだ。

『ありがとうございます。異世界、そしてこの世界の勇者たち』

 聞いたことの無い声だ、きっとこの声の主がウル様なのだろう。

「え? 一体何が!?」

 女神とのやり取りに慣れていないエフィリアが、結構ビビっている。
 うーん、こんなにテンパっている妹を見るのは、なかなか珍しい。

「あなたがウル様ですね?」
『はい、あなた方の識別で言えばそうなりますね。無事に力を取り戻すことが出来ました』

 宙に向かって言った俺の言葉をあさっりとウル様は肯定した。
 さて、俺たちは一体どうすれば良いのだろう?

『問題ありません、直ぐにあなた方の魂をこちらに回収いたします』

 俺の表情を読んだのか、それとも俺の思考を読んだのか。
 ウル様がそう言うやいなや、辺りが光に包まれた。

 視界が歪む。
 そしてなんだか良く分からない力に引っ張られているような感覚に陥る。

 夢の中で空高く飛び上がった時のような、そんな感覚。

 そして、俺たちが目を覚ましたら、そこは例のあの場所だった。
 あの、白い霧に囲まれた……以下略の世界。

 そこには、ベル様ともう一人、同じような白い羽衣を身に纏った赤髪の女神がそこに立っていた。
 多分、分かり易いようにそこだけ変えてくれたのだろう。

『ありがとうございます、ヴァルクリス、ミュー、エフィリア。あなた方の活躍により、私は救われました』

 どうやら完全に力が戻ったらしいウル様が俺にそう礼を言った。
 良かった、これでミッションコンプリートが本当に確定した。

 いや、しかしこの際、そんな事はどうでも良い。
 俺たちの急務は、あの世界を今後どうしていくかだ。

「ウル様、今、あの世界は動きを止めてしまっています。この状況は一体どうすれば良いのでしょうか?」
『はい、今あの世界は、有史より続いていた聖女の存在が消えてしまったため、システムエラーを起こし、フリーズ状態となっています』

 やはり、俺の予想した通りだ。

 というか、多分今ウル様は、俺の知能レベルに合わせた言葉を発しているのだろう。
 エフィリアとミューが完全に良く分からない言葉にポカンとしている。

 ウル様は創造神である。
 世界を修復するのは容易いだろう。
 しかし、あの世界はあくまでも聖女の存在を前提として来た世界だ。
 今の状態を出来る限り保った状態で、修復なんてそんなことが出来るのだろうか?

「あの世界を再び機能させるには、どのようにすれば良いのでしょうか?」

 俺の質問に、ウル様が確実に困ったような表情を浮かべている。

 ……いや、大丈夫だよな?
 聖女が消えたからといって、あの世界は全部オジャン。全てリセットしてウル様が 一から創り直す、なんてことは無いよな?

『どうすれば良いと思います?』

 ……おい、女神?
 そんなもの、俺に分かるわけないだろうが!

『そこで、あなたの知恵を借りたいのです』

 世界創造の先輩であるベル様が割って入って下さった。
 うーん、助かるぜ。

「それは構いませんが、何をどうすれば良いか。見当もつきません」
『世界のシステムはそんなに複雑ではありません。世界が無事に回るように辻褄を合わせれば良いだけの話です』

 ……辻褄を合わせる、か。

 うん?

 ってことは、だ。
 歴史でも設定でもなんでも改変して良い、って事になるんじゃないか?

 多分今これ、俺に世界の設定をいじれ、と言っているに違いない。

 正に聖女が転生する前にやった作業を、今度は悪用せずに俺にやれ、と言っているのではないか?

 お二人にそれを確認すると、あっさりと『そういうことになりますね』と認めやがった。
 マジかよ!

 ちきしょう、良いだろう。
 やったろうじゃないか。
 俺がどれだけ異世界作品に関わって来たと思っているんだ!?


 とはいえ、地球と同じような世界を創ってもしょうがないしなあ……。

 ベル様には悪いが、この異世界を科学が支配した世界に発展させるつもりは毛頭ない。
 それに、女神様サイドとしても、せっかく作った異世界を別のサンプル例にした方が諸々と有意義だろう。

 ひとまず俺は、ウル様にこの世界のシステムを見せて貰った。

 うーん、なるほどなるほど。

 ラルアー以外の大陸もそれなりにしっかりと作ってあったのは意外だったな。
 ということはまだどちらも渡航の技術がないだけだったか。

 まあ、他の大陸は結構大きなサイズだったりしたので、いつか侵略されないか不安ではあるが。
 ラルアー大陸がオーストラリアだとして、アメリカ大陸やユーラシア大陸が海を越えた先にある、と思ってもらえればいい。

 まあでも、ひとまずそっちは手を加えないで大丈夫だろう。

 さて、じゃあ問題のラルアー大陸内部の問題だ。

 基本的な技術面は特に問題ない。

 中世設定にしては、かなりご都合主義な設定と共に、高度な技術がしっかりと発展している。
 紙、服飾、建築、インフラ整備然りだ。

 一個気がかりなのは、これは以前にも感じたことがあったが、教育の問題だ。
 きっと聖女は地球時代、学校が嫌いだったのだろう。もしかしたら不登校だったのかもしれない。
 だからこの世界には学校が無い。

 そこの改定は恐らくすべきだろう。

 しかし、ここで、「実は500年前から学校がありました設定」とかにしてしまう訳にはいかない。
 その設定の影響は、バタフライエフェクトどころの騒ぎでない。モスラ千匹の羽ばたきクラスだ。

 つまり、余りにも大昔から改変してしまうと、そもそも論で、俺やミューが生まれない世界になってしまう。
 しかし、現在に近い改変にすればするほど、聖女と魔王の戦いが繰り返し行われていた……つまり、聖女が活躍した事実が色濃く残ってしまう。

「く……思ったより難しいな」

 見ると、魂状態のミューとエフィリアは、俺の操作を見て、完全にあっけに取られている。
 それもそのはず。俺は、SF作品なんかでありがちな空中に浮かんだディスプレイのようなもので設定をいじくっているのだから。

 そんなオーバーテクノロジーの設定まで、こんなところにパクって持って来なくたっていいのに。

「す、凄いですね、兄上様が何をされているのか、全くわかりません」
「それが、以前坊ちゃまが仰っていた『かがく』とかいう魔法なのでしょうか?」
「ああ、まあ、そんな感じ、です」

 すみません、さすがにまだここまでは発展していません。

「それで、兄上様は何をそんなに困っておられるのですか?」

 そうだ、俺一人で悩んでいたって仕方がない。
 ここには俺の天才参謀天使エフィリアもいるのだから。

 俺はここまでの内容をかいつまんでエフィリアに話した。

「なるほど……では、直前までの聖女の戦いを『歴史』にしてしまいましょう。一代前であれば、改変後から我々が産まれるまでに、『多くの人々が魔物に殺された』という歴史を挟まないため、影響は少ないのでは?」
「歴史?」
「はい。『無事聖女は、その存在と引き換えに魔王を撃ち果たした。そして我々は、聖女の生まれない世界を生きて行くことになりました』と。であれば、そこまでの設定は全く改変する必要はありません。その事実だけを残す形にしてしまえば、ウル様のお手間にはならないのではないでしょうか?」
『ええ、それならば全く問題ありません』

 おお、さすがは天才エフィリアである。

 概ねはその方向で行くべきだろう。
 俺たちのヴィ・フェリエラ期の前の戦いでそういう状況になっていたとすれば、恐らくは俺もエファもミューも無事生まれるはずだ。

「坊ちゃま……そうなると、フェリエラやバルガレウス達は……」
「ああ、俺もそれを考えていた。」

 もちろん、ここまで一緒に戦ってくれた彼らを見殺しになど出来ない。

 しかし、このままだと彼らは歴史となった最後の戦いの後、復活してこられなくなってしまう。

「聖女が産まれると、魔王そして幹部魔物が現れる」というルールの場合、当然聖女が産まれなければ、魔王たちの復活もない、という訳だ。

 となると、その部分のルールは書き換えなくてはならないが。

 ……うん?

 いや、よくよく見れば、そんな必要は無さそうだ。
 俺とミューは、聖女が生まれると、魔王と魔法使いが復活すると思っていた。

 しかし、実際には順序が逆。つまり、魔王が生まれると、聖女と魔法使いが誕生する、というシステムになっていたのだ。

 これは聖女のミスか?

 ……いや。
 恐らく保険なのだろう。

 聖女と魔王の誕生のタイミングを研究された時に、魔王よりも聖女の方が先に産まれていた、という証拠を残さないためだ。

 全く、本当に抜け目ないやつだよ、聖女《アイツ》は。

 でもこれは逆に助かった。

 俺は、聖女にまつわるシステムを全消去し、そのうわべの結果だけをコピーした。
 これで聖女が作って来た歴史は改変されないが、無事ウル様だけは解放されたという形になる。

 例えるなら、リンクファイルだったのを埋め込みにした、みたいな感じ?

 さて、後はフェリエラ達をどうするかだな。

 聖女が産まれない。
 でも、魔王はいる。
 魔王たちは、魔物を呼び出して人間を襲ったりはしない。
 でも、魔王はいる。

 その時、俺は消去されなかった「聖女にまつわらない」一つのルールが目に留まった。

『魔王が復活した後、魔王の影響で魔法使いが三名から四名生まれる』

 ……あ。
 良い事思いついた。

 ここまでの全ての問題を解決し、俺の夢を叶えられる設定が。

 であれば、ここをこうして……。
 こういう設定にして……。
 いや、この設定は必要だよな……。
 やはり、フェリエラたちの魂は後で一度ここに呼んでもらう必要があるな。


 そして、長い事パズルを組み合わせ、ついに新生ラルアー大陸が完成した。


「よし出来た! これでどうだろう!? エフィリア、ミュー?」

 俺は鼻息荒く、ようやく作り上げた、聖女排除の辻褄を合わせた世界の設定を二人に確認してもらった。

 しかし、正直あまり理解はして貰えなかった。
 そりゃそうか。

 良く分からない単語や世界観のオンパレードだもんな。
 でもミューは「坊ちゃまの作った世界に間違いなどあるはずがありません」と、力強く同意してくれた。
 一方エフィリアには「兄上様の作った世界に間違いなどありません基本的には▪▪▪▪▪」と言われた。

 聖女討伐をミスった俺には、何も言い返すことは出来なかったが、「ありません」の後に「、」くらい入れて欲しかった。

「ウル様、ベル様。これであれば、お力を行使し続けなければならないことは無いと思いますが、一応ご確認をお願い致します」
『ええ、問題ないと思います』
『ええ、確かに』

 ふふん、どうだ!
 この世界創造までをしっかりやっての救世主である!


 ……ともあれ、俺はこうも思っていた。

 地球時代の俺が、作品としてはさんざん辟易としてきた、地球の異世界転生作品の「テンプレ」な設定。

 いざこうして世界の設定を実際に作ってみると分かる。
 あれらの世界も、実際暮らしてみる事になると、案外悪くないのかもしれない。

 俺は一生懸命辻褄を合わせた、俺の作った『多くの人が魔法を学び使える世界』を見てそう思ったのだった。




(第45話 『叶えたかった夢』へつづく)
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