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第二章、学徒動員
六話
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「列を乱さないで!遅れますよ」
引率の先生が声を上げる。
雑嚢を背負い直し、足早に歩き出す。
前を行く挺身隊の女性が道を示し、白い腕章が煤けた街の中でやけに目立っていた。
東京の町には、夜だというのに沢山の人が歩いていた。みんな、着物やモンペ、薄汚れたよれよれのシャツなどを着ている。道の両端には、今にも崩れてしまいそうな、ボロボロの木造住宅。
一体、どこに向かうんだろう?汽車に運ばれて移動するだけだったとはいえ、体は疲弊している。
腰は痛いし、足の裏は砂利で擦れてヒリヒリする。そのくせ、まぶたの裏まで熱くて、泣きたくなるほど眠い。
どこでも良い。どこでも良いから横になりたい。
先生が声を張って歩いている。
「良いですか!戦況はますます重大な局面を迎えています。各自一層責任ある行動を心掛けて下さい。工場までは歩いてすぐです」
(アルイテ、スグ......?)
軽く駅から三十分経っている。しかし、まだこれといった工場らしき建物は見えない。
「ねぇ、本当に着くのかな?」
「工場、空襲で潰れちゃったのかな?」
「もう寝たい......」
しばらく歩いていると、背の高い煙突と、鈍く光る鉄の屋根が見えた。
工場の門前に着くと、整列した私達の前に軍服姿の教官が現れる。
背筋の通ったその男は、私達をぐるりと見渡した。
「ここでは班行動だ。班長の指示に従うように」
「はい」
その時、どこからかサイレンが鳴った。赤いライトも点滅した。
「どこだ。くそ、またかっ!」
「え?」
機械の故障ってやつだろうか。男性は私達を無視して機械の方へ走っていった。私達も何だ何だと追い掛けた。
着いた現場。
そこでは、挺身隊の女性達が機械に防火バケツの水を掛けていた。機械は悲鳴のような音を出し、水蒸気を上げている。
「早く!もっと水だよ!!」
「ホースは?ホースはまだなの!?」
女性達の怒号の中。何か分からない私は、傍にバケツが置いているのを発見した。
「あの、これも」
一人の女性に手渡すと、怒鳴られた。
「何やってるの!早く持って来なさいよ!!」
「え」
「早く!」
「あ、はい!」
学校の授業でした防火訓練を思い出して、私達も水汲みを手伝った。やがて水道のホースが伸びてきて、バケツでの作業は終わった。
気になったので、近くにいた女性に尋ねた。
「あの、火事ですか?」
「あんた達......ああ、勤労奉仕で来た学生さんか」
「知らない顔だね。これはあれだよ。機械が熱くなったんだよ」
冷やす為の水かけだと判断し、改めて機械を目の当たりにした。十三番と書かれた機械には監督が到着し、ようやく私達に近付いた。
「あ、学生さん達だね。遠路はるばるどうも。明日は五時から働いてもらうことになるから、今日は休みなさい」
監督に連れられながら工場の敷地の奥に進むと、長屋のような木造の建物がいくつも並んでいた。
外灯はほとんどなく、ぼんやりと灯る裸電球の下で、白く乾いた土埃が風に舞っている。
「ここが今日から学生さん達の宿舎です」
監督が指し示した先に、番号札のついた引き戸がいくつも並んでいた。
先生は何やら監督と話しているようで、話し終わると、私達に指示を出した。
「一班と二班、三班と四班、五班と六班でそれぞれ同班です。みなさんはそれぞれ同じ部屋を使うこと。朝は五時起き、点呼は五時半。消灯は午後九時。それまでは班ごとに荷物を整理して休みなさい」
「え!?」
柳子が思わず声を上げる。
「寝返り打ったら隣の子の顔にぶつかりそうね……」
後ろで誰かが苦笑した。
木の床は冷たく、部屋の隅に積まれた布団はどれも薄っぺらい。
みんなで協力して布団を敷くと、畳がほとんど見えなくなった。
「これで……ぎりぎり、全員寝られるかな」
文が布団を整えながら呟く。
「もう寝よ寝よ。明日は早いから」
六班の班長であるカエデはお兄さんの遺品である陸軍略帽を脱ぎ、髪をパタパタと仰ぐ。
「やっと寝られる……」
ツユが座り込むと、膝ががくんと折れた。
「ほんと、もう動けないよ」
「布団は共同だからね!毎日かわりばんこしていくのはどう?」
「わぁ!志穂、頭良い!」
ユリが拍手をする。
消灯時間が迫ってきていたので、急いで寝巻きに着替えて布団に潜り込んだ。
まだ夜が明けきらない薄暗い宿舎。
壁の隙間から吹き込む冷たい風に、布団の端がかすかに揺れる。
「起きろー!五時だ!」
カエデの声で、朝が早い組が目を覚ます。
寝ぼけ眼で布団を跳ね除け、私もゆっくりと起き上がった。
「ほら、早く着替えて」
「んー......」
畳んでおいた襟付きの白い作業着にモンペを穿き、防空頭巾の紐を結ぶ。
制服を作業着に着ている子もいるが、機械に巻き込まれないようにリボンは取っていた。
「う、うう……眠い……」
柳子が小さく呻きながら、布団の中で丸まる。
「ラッパの音、聞こえなかったの?」
文が背中を軽く叩くと、柳子はしぶしぶ体を起こした。
みんなで布団を畳み、隅に積み上げる。
薄暗い部屋の中で、髪を整えたり雑嚢の中身を確認したりと慌ただしい。
昨日支給された布手袋を両手に嵌め、布製の簡易ブーツを履き終えたら、足早に廊下を通り抜ける。
長屋の外には、他の班の子達が並んでいた。
班員点呼を済ませ、工場へ向かう。
「作業を開始して下さい。班長は当番を決めますので集まって!」
文とカエデはそれぞれ班長なので、先生のとこに行ってしまった。
引率の先生が声を上げる。
雑嚢を背負い直し、足早に歩き出す。
前を行く挺身隊の女性が道を示し、白い腕章が煤けた街の中でやけに目立っていた。
東京の町には、夜だというのに沢山の人が歩いていた。みんな、着物やモンペ、薄汚れたよれよれのシャツなどを着ている。道の両端には、今にも崩れてしまいそうな、ボロボロの木造住宅。
一体、どこに向かうんだろう?汽車に運ばれて移動するだけだったとはいえ、体は疲弊している。
腰は痛いし、足の裏は砂利で擦れてヒリヒリする。そのくせ、まぶたの裏まで熱くて、泣きたくなるほど眠い。
どこでも良い。どこでも良いから横になりたい。
先生が声を張って歩いている。
「良いですか!戦況はますます重大な局面を迎えています。各自一層責任ある行動を心掛けて下さい。工場までは歩いてすぐです」
(アルイテ、スグ......?)
軽く駅から三十分経っている。しかし、まだこれといった工場らしき建物は見えない。
「ねぇ、本当に着くのかな?」
「工場、空襲で潰れちゃったのかな?」
「もう寝たい......」
しばらく歩いていると、背の高い煙突と、鈍く光る鉄の屋根が見えた。
工場の門前に着くと、整列した私達の前に軍服姿の教官が現れる。
背筋の通ったその男は、私達をぐるりと見渡した。
「ここでは班行動だ。班長の指示に従うように」
「はい」
その時、どこからかサイレンが鳴った。赤いライトも点滅した。
「どこだ。くそ、またかっ!」
「え?」
機械の故障ってやつだろうか。男性は私達を無視して機械の方へ走っていった。私達も何だ何だと追い掛けた。
着いた現場。
そこでは、挺身隊の女性達が機械に防火バケツの水を掛けていた。機械は悲鳴のような音を出し、水蒸気を上げている。
「早く!もっと水だよ!!」
「ホースは?ホースはまだなの!?」
女性達の怒号の中。何か分からない私は、傍にバケツが置いているのを発見した。
「あの、これも」
一人の女性に手渡すと、怒鳴られた。
「何やってるの!早く持って来なさいよ!!」
「え」
「早く!」
「あ、はい!」
学校の授業でした防火訓練を思い出して、私達も水汲みを手伝った。やがて水道のホースが伸びてきて、バケツでの作業は終わった。
気になったので、近くにいた女性に尋ねた。
「あの、火事ですか?」
「あんた達......ああ、勤労奉仕で来た学生さんか」
「知らない顔だね。これはあれだよ。機械が熱くなったんだよ」
冷やす為の水かけだと判断し、改めて機械を目の当たりにした。十三番と書かれた機械には監督が到着し、ようやく私達に近付いた。
「あ、学生さん達だね。遠路はるばるどうも。明日は五時から働いてもらうことになるから、今日は休みなさい」
監督に連れられながら工場の敷地の奥に進むと、長屋のような木造の建物がいくつも並んでいた。
外灯はほとんどなく、ぼんやりと灯る裸電球の下で、白く乾いた土埃が風に舞っている。
「ここが今日から学生さん達の宿舎です」
監督が指し示した先に、番号札のついた引き戸がいくつも並んでいた。
先生は何やら監督と話しているようで、話し終わると、私達に指示を出した。
「一班と二班、三班と四班、五班と六班でそれぞれ同班です。みなさんはそれぞれ同じ部屋を使うこと。朝は五時起き、点呼は五時半。消灯は午後九時。それまでは班ごとに荷物を整理して休みなさい」
「え!?」
柳子が思わず声を上げる。
「寝返り打ったら隣の子の顔にぶつかりそうね……」
後ろで誰かが苦笑した。
木の床は冷たく、部屋の隅に積まれた布団はどれも薄っぺらい。
みんなで協力して布団を敷くと、畳がほとんど見えなくなった。
「これで……ぎりぎり、全員寝られるかな」
文が布団を整えながら呟く。
「もう寝よ寝よ。明日は早いから」
六班の班長であるカエデはお兄さんの遺品である陸軍略帽を脱ぎ、髪をパタパタと仰ぐ。
「やっと寝られる……」
ツユが座り込むと、膝ががくんと折れた。
「ほんと、もう動けないよ」
「布団は共同だからね!毎日かわりばんこしていくのはどう?」
「わぁ!志穂、頭良い!」
ユリが拍手をする。
消灯時間が迫ってきていたので、急いで寝巻きに着替えて布団に潜り込んだ。
まだ夜が明けきらない薄暗い宿舎。
壁の隙間から吹き込む冷たい風に、布団の端がかすかに揺れる。
「起きろー!五時だ!」
カエデの声で、朝が早い組が目を覚ます。
寝ぼけ眼で布団を跳ね除け、私もゆっくりと起き上がった。
「ほら、早く着替えて」
「んー......」
畳んでおいた襟付きの白い作業着にモンペを穿き、防空頭巾の紐を結ぶ。
制服を作業着に着ている子もいるが、機械に巻き込まれないようにリボンは取っていた。
「う、うう……眠い……」
柳子が小さく呻きながら、布団の中で丸まる。
「ラッパの音、聞こえなかったの?」
文が背中を軽く叩くと、柳子はしぶしぶ体を起こした。
みんなで布団を畳み、隅に積み上げる。
薄暗い部屋の中で、髪を整えたり雑嚢の中身を確認したりと慌ただしい。
昨日支給された布手袋を両手に嵌め、布製の簡易ブーツを履き終えたら、足早に廊下を通り抜ける。
長屋の外には、他の班の子達が並んでいた。
班員点呼を済ませ、工場へ向かう。
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文とカエデはそれぞれ班長なので、先生のとこに行ってしまった。
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