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外伝:アレクシス
あいしてるの罪 ep1
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――愛してる。
アレクシスにとって、魔法は息をするよりも簡単なものだった。
それは彼が古くから魔道の一門として栄えてきた家に生まれたせいであり、母親の胎内にいるころから双子の弟ルシアンと魔力を交わすことを楽しんでいたせいでもあった。
そのせいか、成長後もなお、二人は魔力を共有して繋がっていた。
「アレク、どうしたの……?」
アレクシスが暗い感情に心を濁らせると、その気配はつながった魔力を通してルシアンに伝わった。
「べつに。少しお腹が空いただけ」
心配そうに自分を覗き込む弟を悲しませないように、アレクシスは嘘をつくのが上手くなった。弟の前では、心の陰りを払い、明るく振る舞って、悩みを見せることを拒んだ。
Ωである自分より体格も良く、魔力も強いαのくせに、ルシアンはアレクシスのことをいつでも対等に扱ってくれた。
だからこそ、弟の期待に応えたくてアレクシスは魔術の鍛錬に励んだ。
αであるルシアンに教えるほんのついでとアレクシスにも魔術を教えていた父は、アレクシスの才能を見出すと神殿に出仕させることを嫌がった。
「この子は病弱で。まだ出仕させるのは忍びないのです……」
七歳の誕生日を迎えた後。アレクシスは父がそう言って神殿からの使いを追い返したのを聞いていた。
その光景にひどく胸騒ぎがして。アレクシスはこっそりと神殿とは何か、出仕とは何かを聞き回った。そして、自分がΩで、発情を迎えれば神殿の神巫になるしかないこと、神殿では魔法を習うことはできないことを知った。
そんなの、イヤだ。
小さな頭で、どうにかして出仕せずに済む方法はないか考えた。
そして、病弱だから、と言った父の嘘を信じた。
病弱であれば、出仕せずに済むのだと。
それまでルシアンと野山を駆け回るように遊んでいたアレクシスは、ぴたりと外に出ることを止めた。代わりに暗い図書室で魔導書を読み、こっそりと夜更かしをして、バレないように食事の量を減らした。
ゆっくりとアレクシスの身体は衰えた。少しずつルシアンとの体格差は大きくなり、病弱だから、といった父の嘘がやがて本当に変わっていった。
それでも、ルシアンと二人でいる間は小さな頃と変わらなかった。笑い合い、ふざけ合って、互いの魔力を手繰り寄せては魔法の技を比べ合った。
魔力の量でこそアレクシスはルシアンに敵わなかったが、魔法の巧みさでなら、アレクシスはルシアンに負けることは無かった。アレクシスにとってそれは確かな誇りだった。
ほとんどのΩの子が最初の発情を迎える十二の頃になっても、アレクシスにはΩらしい発達は何ひとつ見られなかった。
魔法の才と、臆することなくルシアンと張り合うやりとりを見て、知らぬものは彼をαだと勘違いさえした。
ずっと、このままでいられたらいいのに。
願いを叶えるために、アレクシスは成長を止めるための魔法を探し求めた。身体に働きかける魔法は高度で、解説した魔導書を読み解くのは易くはなかった。けれどアレクシスにとっては、その難解さはまるで謎解きをしているような愉しみですらあった。図書室の片隅で忘れられている古い魔導書を読み解き、異国の祝詞を紐解いて、印となるように古語を練り直す。まるでパズルを組み立てるように、身体の仕組みを書き換える術を探る。
アレクシスが嬉々として学び取り、身につけたそれは、呪いと呼ばれるような禍々しい術だった。
「何を考えている。アレクシス!」
父の叱責に、アレクシスは朗らかに笑って答えた。
「出仕せずに済む方法を探しているのです。……父上が、望んだことでしょう」
そう微笑んだアレクシスの笑みは、とても美しかった。紅玉のような赤く澄んだ瞳をもつ怜悧な顔立ちに、肩先で切りそろえられたつややかな黒髪と、日差しを知らぬ白い肌。まだ幼さの残る線の細い肢体は儚げで、けれどアンバランスなほど大人びた表情をしてみせる。
「発情しなければ、出仕する必要などない、そうでしょう? この術が完成すれば、私は未分化のままでいられる。そうしたら、何の心配もないでしょう」
「アレクシス……!」
父が言葉を失う様に、アレクシスは笑みを深めた。
身体の成長を止める術。もしそれが実現すれば、途方もないものだった。どれだけの応用が利き、どれほどの利をもたらすか。アレクシスを叱責し、その行動を禁忌としながら、魔術師として生計を立て、日々研鑽を積む父親のなかで冷静で合理的な判断が下されるのを、アレクシスは見て取った。
もはや父親が彼を手放すことはないと、アレクシスは確信していた。
さらに六年の月日が流れた。アレクシスは十八になっていた。自らを実験台にした成長を止める魔法はまだ未完成で、ゆっくりとアレクシスは成長していった。大人のαへと成長していくルシアンと比べれば、アレクシスの体はまるで子供のままだった。二次性徴らしい発達もなく、発情の気配さえない。十五かそこらのあどけなさを残した外見のまま、未分化であり続けるアレクシスの存在は、一族の中でも問題視されるようになっていた。たとえ発情していなくても、Ωなのだから出仕させるように諌めに来る親族や、そのまま発情したら嫁に欲しい、と迫る者までが現れた。
そして、とうとう、その日が来た。初めての発情が。
通常なら、小さな頃におこる初めての発情はちょっとした発熱と、微かな芳香程度で治まる。けれど呪いによって不自然に発達をねじ曲げていたアレクシスの『初めて』は、まるで違った。
ちょうど神降ろしのように、それは完全な発情だった。
運悪く居合わせた一門のα――アレクシスもよく知る年上の従兄弟が、彼の芳香に惑って、本能のままにアレクシスを組み敷いた。危うくうなじを噛まれるところを使用人に助けられ、アレクシスはそのままシェルターへと移送された。
ルシアンが魔法大学校から帰ったときには、その全てが終わっていた。
そして明くる朝。
シェルターに遣わされた禰宜を、アレクシスが懐剣で刺し――絶命至った、との報が入った。
アレクシスにとって、魔法は息をするよりも簡単なものだった。
それは彼が古くから魔道の一門として栄えてきた家に生まれたせいであり、母親の胎内にいるころから双子の弟ルシアンと魔力を交わすことを楽しんでいたせいでもあった。
そのせいか、成長後もなお、二人は魔力を共有して繋がっていた。
「アレク、どうしたの……?」
アレクシスが暗い感情に心を濁らせると、その気配はつながった魔力を通してルシアンに伝わった。
「べつに。少しお腹が空いただけ」
心配そうに自分を覗き込む弟を悲しませないように、アレクシスは嘘をつくのが上手くなった。弟の前では、心の陰りを払い、明るく振る舞って、悩みを見せることを拒んだ。
Ωである自分より体格も良く、魔力も強いαのくせに、ルシアンはアレクシスのことをいつでも対等に扱ってくれた。
だからこそ、弟の期待に応えたくてアレクシスは魔術の鍛錬に励んだ。
αであるルシアンに教えるほんのついでとアレクシスにも魔術を教えていた父は、アレクシスの才能を見出すと神殿に出仕させることを嫌がった。
「この子は病弱で。まだ出仕させるのは忍びないのです……」
七歳の誕生日を迎えた後。アレクシスは父がそう言って神殿からの使いを追い返したのを聞いていた。
その光景にひどく胸騒ぎがして。アレクシスはこっそりと神殿とは何か、出仕とは何かを聞き回った。そして、自分がΩで、発情を迎えれば神殿の神巫になるしかないこと、神殿では魔法を習うことはできないことを知った。
そんなの、イヤだ。
小さな頭で、どうにかして出仕せずに済む方法はないか考えた。
そして、病弱だから、と言った父の嘘を信じた。
病弱であれば、出仕せずに済むのだと。
それまでルシアンと野山を駆け回るように遊んでいたアレクシスは、ぴたりと外に出ることを止めた。代わりに暗い図書室で魔導書を読み、こっそりと夜更かしをして、バレないように食事の量を減らした。
ゆっくりとアレクシスの身体は衰えた。少しずつルシアンとの体格差は大きくなり、病弱だから、といった父の嘘がやがて本当に変わっていった。
それでも、ルシアンと二人でいる間は小さな頃と変わらなかった。笑い合い、ふざけ合って、互いの魔力を手繰り寄せては魔法の技を比べ合った。
魔力の量でこそアレクシスはルシアンに敵わなかったが、魔法の巧みさでなら、アレクシスはルシアンに負けることは無かった。アレクシスにとってそれは確かな誇りだった。
ほとんどのΩの子が最初の発情を迎える十二の頃になっても、アレクシスにはΩらしい発達は何ひとつ見られなかった。
魔法の才と、臆することなくルシアンと張り合うやりとりを見て、知らぬものは彼をαだと勘違いさえした。
ずっと、このままでいられたらいいのに。
願いを叶えるために、アレクシスは成長を止めるための魔法を探し求めた。身体に働きかける魔法は高度で、解説した魔導書を読み解くのは易くはなかった。けれどアレクシスにとっては、その難解さはまるで謎解きをしているような愉しみですらあった。図書室の片隅で忘れられている古い魔導書を読み解き、異国の祝詞を紐解いて、印となるように古語を練り直す。まるでパズルを組み立てるように、身体の仕組みを書き換える術を探る。
アレクシスが嬉々として学び取り、身につけたそれは、呪いと呼ばれるような禍々しい術だった。
「何を考えている。アレクシス!」
父の叱責に、アレクシスは朗らかに笑って答えた。
「出仕せずに済む方法を探しているのです。……父上が、望んだことでしょう」
そう微笑んだアレクシスの笑みは、とても美しかった。紅玉のような赤く澄んだ瞳をもつ怜悧な顔立ちに、肩先で切りそろえられたつややかな黒髪と、日差しを知らぬ白い肌。まだ幼さの残る線の細い肢体は儚げで、けれどアンバランスなほど大人びた表情をしてみせる。
「発情しなければ、出仕する必要などない、そうでしょう? この術が完成すれば、私は未分化のままでいられる。そうしたら、何の心配もないでしょう」
「アレクシス……!」
父が言葉を失う様に、アレクシスは笑みを深めた。
身体の成長を止める術。もしそれが実現すれば、途方もないものだった。どれだけの応用が利き、どれほどの利をもたらすか。アレクシスを叱責し、その行動を禁忌としながら、魔術師として生計を立て、日々研鑽を積む父親のなかで冷静で合理的な判断が下されるのを、アレクシスは見て取った。
もはや父親が彼を手放すことはないと、アレクシスは確信していた。
さらに六年の月日が流れた。アレクシスは十八になっていた。自らを実験台にした成長を止める魔法はまだ未完成で、ゆっくりとアレクシスは成長していった。大人のαへと成長していくルシアンと比べれば、アレクシスの体はまるで子供のままだった。二次性徴らしい発達もなく、発情の気配さえない。十五かそこらのあどけなさを残した外見のまま、未分化であり続けるアレクシスの存在は、一族の中でも問題視されるようになっていた。たとえ発情していなくても、Ωなのだから出仕させるように諌めに来る親族や、そのまま発情したら嫁に欲しい、と迫る者までが現れた。
そして、とうとう、その日が来た。初めての発情が。
通常なら、小さな頃におこる初めての発情はちょっとした発熱と、微かな芳香程度で治まる。けれど呪いによって不自然に発達をねじ曲げていたアレクシスの『初めて』は、まるで違った。
ちょうど神降ろしのように、それは完全な発情だった。
運悪く居合わせた一門のα――アレクシスもよく知る年上の従兄弟が、彼の芳香に惑って、本能のままにアレクシスを組み敷いた。危うくうなじを噛まれるところを使用人に助けられ、アレクシスはそのままシェルターへと移送された。
ルシアンが魔法大学校から帰ったときには、その全てが終わっていた。
そして明くる朝。
シェルターに遣わされた禰宜を、アレクシスが懐剣で刺し――絶命至った、との報が入った。
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