47 / 94
第三幕 子猫はもっと遊びたい
雷蔵、私にも友達ができたんだよ! 2
しおりを挟む
「えー、これまでの長々とした話を全部ひっくるめて端的に言いますと、坊ちゃんに初めて友達ができた。というわけですかい」
「そういうことだよ」
話をまとめるとその一言で済む話を、青太郎は四半刻(三十分)をかけて喋りまくった。
それくらい青太郎にとって嬉しいことなのだと察することができるし、そのこと自体は良い事なのだろう。
三つや四つの頃の青太郎が友達が出来たとはしゃいでいるのなら雷蔵だって一緒に喜んでいるところだ。
しかし青太郎はもう十六。赤ん坊が初めて「おっ母ぁ」と喋ったことを喜ぶ親のような気持ちにはなれない。
むしろ「へ? ようやく!?」と不安になる。それどころか今まで一人も出来なかった友達が急にできた。そこに何か裏があるのでは……と考えてしまうのは雷蔵らしい用心深さがあるからか……。
「青太郎坊ちゃん。その者たちは坊ちゃんを狐屋の主人だと知って近づいてきたのでは?」
「もー、何を聞いていたんだい雷蔵。その子たちは私を人攫いだと勘違いして刀を向けてきたんだよ。私の顔つきが間抜……穏やかなので、すぐ誤解だと分かってくれたけどね」
「間抜けな顔つきで良かったですな」
「お前、私がわざわざ言い換えたところを元に戻さなくて良いからね」
「で、その子たちは猫探しを明日も手伝うと言ってくれたんですかい?」
「うん。私でもできそうな仕事だから狐屋の主人としてひとつやってみようと奮起した甲斐があったね。私の人徳がああいう心根の優しい子を引きつけてしまったんだろうね」
「単に暇だったからじゃないですか? まぁ、どちらにしても金が目当てで近づいてきたんじゃないなら安心です」
「……まぁね」
いくら場の空気が読めない青太郎でも、さすがにこの流れで猫が見つかったらその子たちに一分ずつ渡さなきゃいけない事になっているとは言い出せなかった。
「一応確認として訊きますが、その子たちの身元は確かなんで?」
「んー、何と言ってたかなぁ……。あ、そうそう確か『猫柳家幼女家臣団』と言ってたぞ」
青太郎が微妙に覚えきれていない名前を出すと、雷蔵は怪訝な顔つきで訊き返した。
「猫柳家幼女家臣団? ……狂言一座ですかい?」
「私と同じことを聞くね。でもあの子たちは本当にお旗本の家来らしいよ。私は猫柳家なんて聞いたこともないのだけど雷蔵は知っているかい?」
「猫柳家……」
雷蔵は青太郎が騙されているのではないかと勘ぐったが『猫柳家』と『幼女家臣』という二つの組み合わせで、先代将軍の末子の徳川余三郎が猫柳家という端役の奴よりも実入りの少ない家を継いだ事を思い出した。
確かそこには服部家と立花家の娘が厄介払いで押し付けられているという話も耳にしたことがある。
「聞いたことがありますな。他家から押し付けられた幼女を家臣としている猫柳家という旗本のことは」
「へー、それじゃああの子たちは本当に旗本の家来なのか。けれど幼女が家臣とはおかしな旗本だね」
「旗本といっても最下層の家格ですな。おそらく日々の食事にも事欠く生活をしていることでしょう」
「なんだい。私の友達を悪く言うのはやめておくれ」
青太郎が珍しく本気で機嫌を損ねている顔をしたので不意を突かれた雷蔵は少しだけ慌てた。
「いえ、あっしは何も悪口を言うつもりはなくて、そういう生活をしているだろうから明日はその子たちに弁当を持って会いに行けば喜ばれるのではないかと言おうとしたのです」
「おおっ! 確かにそうだね。それじゃお都留さんに言っておにぎりを作ってもらうことにするよ。具は何が良いかなぁ……」
勝手にやってきて貴重な睡眠時間を奪っておきながら、こうも能天気な顔で喜んでいる青太郎を見ていると雷蔵はなんだか無性に腹が立ってきて嫌味の一つでも言ってやろうという気になった。
「それにつけても、坊ちゃんは裕福な家に生まれて良かったですねぇ。何の取りえもない坊ちゃんが普通の家に生まれていたら彼女たちと同じ生活をしていたかもしれませんぜ」
「あぁそうだね、私ぁこの家に生まれて来て良かったよ。こんな私でもあの子たちにしてあげられることがあるんだから」
雷蔵の嫌味に対して青太郎は無邪気な笑顔で答えた。
「――っ!?」
「ん? どうしたんだい雷蔵。急に苦しそうな顔をして」
「いえ、なんでもありやせん。それより早く出て行ってくれませんかね。あっしは早く休みたいんで」
「あぁそうだった、邪魔して悪かったね。ゆっくり休んでおくれ」
青太郎が上機嫌で部屋から出て行って雷蔵は部屋で一人になる。
「……ったく、普通は嫌味を言われたら少しくらいムッとするもんだが、嫌味に気付かないようじゃ手に負えねぇ」
ぐったりと布団の上に倒れた雷蔵は目を覆うように手を顔の上に置いた。
目を瞑って溜息を吐くようにすぅー……と鼻息を吹く。
「ったく、本当にどうしようもねぇなぁ……」
雷蔵の口元は静かに笑っていた。
「そういうことだよ」
話をまとめるとその一言で済む話を、青太郎は四半刻(三十分)をかけて喋りまくった。
それくらい青太郎にとって嬉しいことなのだと察することができるし、そのこと自体は良い事なのだろう。
三つや四つの頃の青太郎が友達が出来たとはしゃいでいるのなら雷蔵だって一緒に喜んでいるところだ。
しかし青太郎はもう十六。赤ん坊が初めて「おっ母ぁ」と喋ったことを喜ぶ親のような気持ちにはなれない。
むしろ「へ? ようやく!?」と不安になる。それどころか今まで一人も出来なかった友達が急にできた。そこに何か裏があるのでは……と考えてしまうのは雷蔵らしい用心深さがあるからか……。
「青太郎坊ちゃん。その者たちは坊ちゃんを狐屋の主人だと知って近づいてきたのでは?」
「もー、何を聞いていたんだい雷蔵。その子たちは私を人攫いだと勘違いして刀を向けてきたんだよ。私の顔つきが間抜……穏やかなので、すぐ誤解だと分かってくれたけどね」
「間抜けな顔つきで良かったですな」
「お前、私がわざわざ言い換えたところを元に戻さなくて良いからね」
「で、その子たちは猫探しを明日も手伝うと言ってくれたんですかい?」
「うん。私でもできそうな仕事だから狐屋の主人としてひとつやってみようと奮起した甲斐があったね。私の人徳がああいう心根の優しい子を引きつけてしまったんだろうね」
「単に暇だったからじゃないですか? まぁ、どちらにしても金が目当てで近づいてきたんじゃないなら安心です」
「……まぁね」
いくら場の空気が読めない青太郎でも、さすがにこの流れで猫が見つかったらその子たちに一分ずつ渡さなきゃいけない事になっているとは言い出せなかった。
「一応確認として訊きますが、その子たちの身元は確かなんで?」
「んー、何と言ってたかなぁ……。あ、そうそう確か『猫柳家幼女家臣団』と言ってたぞ」
青太郎が微妙に覚えきれていない名前を出すと、雷蔵は怪訝な顔つきで訊き返した。
「猫柳家幼女家臣団? ……狂言一座ですかい?」
「私と同じことを聞くね。でもあの子たちは本当にお旗本の家来らしいよ。私は猫柳家なんて聞いたこともないのだけど雷蔵は知っているかい?」
「猫柳家……」
雷蔵は青太郎が騙されているのではないかと勘ぐったが『猫柳家』と『幼女家臣』という二つの組み合わせで、先代将軍の末子の徳川余三郎が猫柳家という端役の奴よりも実入りの少ない家を継いだ事を思い出した。
確かそこには服部家と立花家の娘が厄介払いで押し付けられているという話も耳にしたことがある。
「聞いたことがありますな。他家から押し付けられた幼女を家臣としている猫柳家という旗本のことは」
「へー、それじゃああの子たちは本当に旗本の家来なのか。けれど幼女が家臣とはおかしな旗本だね」
「旗本といっても最下層の家格ですな。おそらく日々の食事にも事欠く生活をしていることでしょう」
「なんだい。私の友達を悪く言うのはやめておくれ」
青太郎が珍しく本気で機嫌を損ねている顔をしたので不意を突かれた雷蔵は少しだけ慌てた。
「いえ、あっしは何も悪口を言うつもりはなくて、そういう生活をしているだろうから明日はその子たちに弁当を持って会いに行けば喜ばれるのではないかと言おうとしたのです」
「おおっ! 確かにそうだね。それじゃお都留さんに言っておにぎりを作ってもらうことにするよ。具は何が良いかなぁ……」
勝手にやってきて貴重な睡眠時間を奪っておきながら、こうも能天気な顔で喜んでいる青太郎を見ていると雷蔵はなんだか無性に腹が立ってきて嫌味の一つでも言ってやろうという気になった。
「それにつけても、坊ちゃんは裕福な家に生まれて良かったですねぇ。何の取りえもない坊ちゃんが普通の家に生まれていたら彼女たちと同じ生活をしていたかもしれませんぜ」
「あぁそうだね、私ぁこの家に生まれて来て良かったよ。こんな私でもあの子たちにしてあげられることがあるんだから」
雷蔵の嫌味に対して青太郎は無邪気な笑顔で答えた。
「――っ!?」
「ん? どうしたんだい雷蔵。急に苦しそうな顔をして」
「いえ、なんでもありやせん。それより早く出て行ってくれませんかね。あっしは早く休みたいんで」
「あぁそうだった、邪魔して悪かったね。ゆっくり休んでおくれ」
青太郎が上機嫌で部屋から出て行って雷蔵は部屋で一人になる。
「……ったく、普通は嫌味を言われたら少しくらいムッとするもんだが、嫌味に気付かないようじゃ手に負えねぇ」
ぐったりと布団の上に倒れた雷蔵は目を覆うように手を顔の上に置いた。
目を瞑って溜息を吐くようにすぅー……と鼻息を吹く。
「ったく、本当にどうしようもねぇなぁ……」
雷蔵の口元は静かに笑っていた。
0
あなたにおすすめの小説
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる