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第三幕 子猫はもっと遊びたい
北町奉行と愉快な部下たち 1
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行燈に火を入れ始める宵の頃。
八重洲の北町奉行所では普段ならとっくに退出しているはずの与力たちが一室に集められいて、畳に額を擦り付けんばかりに深々と頭を下げていた。
彼らが頭を下げている相手は北町奉行の天野影光。天野は自身の直属の部下である内与力五名の前で苛立った様子を隠そうともせずに声を張り上げた。
「まったく! どいつもこいつも役立たずばかりで頭が痛ぉなるわ!」
彼は将軍直々の密命を拝して、今こそ出世の好機とばかりに勇んで愛姫探索の指揮を執ったのだが……上がってくる報告はどれもこれも見当違いのものだったのだ。
天野は報告書の束の中から一枚を掴んで読み上げる。
「深川の割烹『吉野』で似せ絵に似た少女を見たとの風聞あり。対象の店の向かいにある料亭『幾松』で同僚の目明し五名と監視にあたる。なお滞在中の経費はお奉行へ回すようにと料亭の女将に託ける也。……こいつらわしの金で飲み食いしたいだけじゃろう!? 誰だこの報告書を上げた馬鹿野郎どもの上司は。小磯、おぬしの配下か。よし、こ奴らが飲み食いした経費は全額お前が自腹で払って全員牢にぶち込んでおけ」
天野はその報告書を破り捨てると次の報告書を抓み上げた。
「本郷湯島天神前で似せ絵に似た若衆(少年)を見かけた。……おい、もうこの時点でおかしいと思うのじゃが? 若衆じゃないだろ? わしが所望しているのは姫だろ!? というか、なんだこの報告書は、出だしでコケておるのにこの長さはどういうことじゃ? ……なになに、あの若衆こそが拙者が長年追い求めていた運命の伴侶かもしれぬ。拙者は昔から女には興味がなく常々自分の性に苦悩していたが、今日の出会いがこれまでの苦しさを全て吹き払ってくれた。嗚呼、これぞ湯島天神のお導き――……。おい、この野郎の上司は誰だ、こやつはお導きが欲しいそうだ。深川辺りに沈めて涅槃へのお導きをしてやれ」
天野はその報告書を握りつぶして次の一枚を抓んだ。
「現在縁日が行われている杵柄神社で愛姫らしき少女を発見。おぉ! これじゃ。こういう報告が欲しかった! ……なになに? 神社の名物になっている餅撒きに参加していたその少女に声をかけると『拙者は猫柳家家臣服部百合丸でござる! 今は餅拾いで忙しい故、後にして下され!』と血走った眼で偽証した。しかし私はこの少女こそ愛姫であると確信している。なので褒美の金子を下され。……人違いじゃないか。おい、これ普通に人違いだろ? 何なのだおぬしらの部下は。頭がおかしいのしかおらんのか? あ?」
額に青筋を立てて震えている天野。内与力の皆は目を合わせるのを恐れてみんな頭頂を垂れている。
「だいたいこの猫柳家の子らならわしも知っておる。あれじゃろ、剣士みたいな風体をした自称『お庭番』の百合丸と、忍びのように気配を消せる自称『幼な妻』の霧だろ。どちらもウチのかみさんに妙に気に入られて、たまに飯をたかりに来ておるわ! 早くああいう孫が欲しいねぇって義父上にせっつかれて、婿養子のわしの立場がけっこう微妙な感じになっておるわ!」
イライラしたまま次の報告書を掴む。
「杵柄神社で霧という名の怪しい幼女を発見。って、初っ端から愛姫じゃねぇだろ! こいつら本来の仕事が何なのか、ちゃんと分かってんの!? もう完全に出落ちだろ!」
畳にたたきつけるように報告書を捨てて次のを掴む。
「杵柄神社でそれらしき少女を含んだ一団を発見。遠くから観察していると『猫柳家美少女家臣団』だと名乗りを上げていた。……もうね、猫柳の子らはいいから。今度こいつらの話をしたら……」
天野は怒りを通り越して無想の境地に至ったような顔で配下の者たちを見下ろすと、
「ほんと、お前ら腹ぁ切らすからな」
底冷えのする声で宣言した。
「いいか? 次にこんなふざけた報告書を上げた奴はその直属上司共々相応の報いを受けてもらうからな。わしに上申する前にちゃんとおぬしらが中身を吟味せよ。とりあえず報告書の数を出して仕事をしてるフリなんかしても、わしは認めぬぞ。分かったな?」
殺気を含んだ震える声でそう命じられた与力たちは頭を下げたままスササササと後ろ向きに下がって天野の前から消えた。
「くそっ、これだから我ら北町奉行は町人どもから『お笑い町奉行』と陰口を叩かれるんだ!」
天野が腹立ちまぎれに畳を蹴ったらちょうど足の小指が文机の角に当たって、天野は足を抱えて悶絶しながら畳の上を転がった。
八重洲の北町奉行所では普段ならとっくに退出しているはずの与力たちが一室に集められいて、畳に額を擦り付けんばかりに深々と頭を下げていた。
彼らが頭を下げている相手は北町奉行の天野影光。天野は自身の直属の部下である内与力五名の前で苛立った様子を隠そうともせずに声を張り上げた。
「まったく! どいつもこいつも役立たずばかりで頭が痛ぉなるわ!」
彼は将軍直々の密命を拝して、今こそ出世の好機とばかりに勇んで愛姫探索の指揮を執ったのだが……上がってくる報告はどれもこれも見当違いのものだったのだ。
天野は報告書の束の中から一枚を掴んで読み上げる。
「深川の割烹『吉野』で似せ絵に似た少女を見たとの風聞あり。対象の店の向かいにある料亭『幾松』で同僚の目明し五名と監視にあたる。なお滞在中の経費はお奉行へ回すようにと料亭の女将に託ける也。……こいつらわしの金で飲み食いしたいだけじゃろう!? 誰だこの報告書を上げた馬鹿野郎どもの上司は。小磯、おぬしの配下か。よし、こ奴らが飲み食いした経費は全額お前が自腹で払って全員牢にぶち込んでおけ」
天野はその報告書を破り捨てると次の報告書を抓み上げた。
「本郷湯島天神前で似せ絵に似た若衆(少年)を見かけた。……おい、もうこの時点でおかしいと思うのじゃが? 若衆じゃないだろ? わしが所望しているのは姫だろ!? というか、なんだこの報告書は、出だしでコケておるのにこの長さはどういうことじゃ? ……なになに、あの若衆こそが拙者が長年追い求めていた運命の伴侶かもしれぬ。拙者は昔から女には興味がなく常々自分の性に苦悩していたが、今日の出会いがこれまでの苦しさを全て吹き払ってくれた。嗚呼、これぞ湯島天神のお導き――……。おい、この野郎の上司は誰だ、こやつはお導きが欲しいそうだ。深川辺りに沈めて涅槃へのお導きをしてやれ」
天野はその報告書を握りつぶして次の一枚を抓んだ。
「現在縁日が行われている杵柄神社で愛姫らしき少女を発見。おぉ! これじゃ。こういう報告が欲しかった! ……なになに? 神社の名物になっている餅撒きに参加していたその少女に声をかけると『拙者は猫柳家家臣服部百合丸でござる! 今は餅拾いで忙しい故、後にして下され!』と血走った眼で偽証した。しかし私はこの少女こそ愛姫であると確信している。なので褒美の金子を下され。……人違いじゃないか。おい、これ普通に人違いだろ? 何なのだおぬしらの部下は。頭がおかしいのしかおらんのか? あ?」
額に青筋を立てて震えている天野。内与力の皆は目を合わせるのを恐れてみんな頭頂を垂れている。
「だいたいこの猫柳家の子らならわしも知っておる。あれじゃろ、剣士みたいな風体をした自称『お庭番』の百合丸と、忍びのように気配を消せる自称『幼な妻』の霧だろ。どちらもウチのかみさんに妙に気に入られて、たまに飯をたかりに来ておるわ! 早くああいう孫が欲しいねぇって義父上にせっつかれて、婿養子のわしの立場がけっこう微妙な感じになっておるわ!」
イライラしたまま次の報告書を掴む。
「杵柄神社で霧という名の怪しい幼女を発見。って、初っ端から愛姫じゃねぇだろ! こいつら本来の仕事が何なのか、ちゃんと分かってんの!? もう完全に出落ちだろ!」
畳にたたきつけるように報告書を捨てて次のを掴む。
「杵柄神社でそれらしき少女を含んだ一団を発見。遠くから観察していると『猫柳家美少女家臣団』だと名乗りを上げていた。……もうね、猫柳の子らはいいから。今度こいつらの話をしたら……」
天野は怒りを通り越して無想の境地に至ったような顔で配下の者たちを見下ろすと、
「ほんと、お前ら腹ぁ切らすからな」
底冷えのする声で宣言した。
「いいか? 次にこんなふざけた報告書を上げた奴はその直属上司共々相応の報いを受けてもらうからな。わしに上申する前にちゃんとおぬしらが中身を吟味せよ。とりあえず報告書の数を出して仕事をしてるフリなんかしても、わしは認めぬぞ。分かったな?」
殺気を含んだ震える声でそう命じられた与力たちは頭を下げたままスササササと後ろ向きに下がって天野の前から消えた。
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