幼女のお股がツルツルなので徳川幕府は滅亡するらしい

マルシラガ

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第三幕 子猫はもっと遊びたい

北町奉行と愉快な部下たち 2

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 八重洲の北町奉行所。その一室では奉行の天野影光が苦虫を五匹ほど咀嚼したようなしかめっ面で自分の前で平伏する五人の部下どもを見ていた。

「おい。無いのだが?」

 天野はそう言ってトントンと机の上にある蓋の開いた文箱を指先で叩いた。

「昨夜おぬしたちを叱って以来、一枚も報告書が上がってきて無いのだが?」

 お天道様が真上に来そうな頃合いになっても文箱は空のままである。

 天野の明らかな不機嫌さに五人の部下は平伏したままピクリとも動かない。

 天野の問いかけに下手に返事をして叱責の矢面に立つくらいなら、畳に置かれた百人一首の札のようにペタリと這いつくばってやり過ごし、自分以外の誰かが怒られればいい――。と、五人全員がそう考えていた。

「皆の者。おもてを上げぃ」

「……」

 五人とも動かない。

「おい、面を上げぃ」

「……」

 五人とも動かない。

「わかった。顔を上げるのが一番遅かった奴を問い詰めることにする」

 五人全員がチョンマゲを飛び上がらせるほどの速さで一斉に頭を上げた。

「くっ、おぬしらはつくづく……。まぁいい、僅かに遅れた小磯に訊く事にする」

 天野は立ち上がると、文机を跨いで小磯の前に立った。

「あれ以来わしのところに報告書は上がって無いが、おぬしたちのところにまで一枚も報告書が無いわけじゃあるまい? 飼っている目明しどもからいくらかの報告は入っているはずだ。そうだな?」

「はっ、お奉行様の仰る通りいくつかの報告は受けております」

「なぜそれをわしに伝えぬ?」

「それが全て猫柳家の子を誤認した報告ばかりで……」

「皆のところも同じ報告ばかりか?」

「はっ」

 他の四人が揃って同じ答えをしたので、天野は腰に手を当ててやれやれと首を振った。

「どうしてそう猫柳家の子供にこだわるのだおぬしらは。この似せ絵をよく見てみろ、全然違うではないか」

 天野はそう言って愛姫の文机の上にある愛姫の似せ絵を抓み上げた。

「確かにあの子らは並よりも目立つ。見栄えが良いのもそうなのだが、他者の存在がかすんでしまうほど強い個性が人の目を惹くのだろう。しかし、だからこそこの似せ絵とは違うと一目で分かるはずだ」

 天野は似せ絵にもう一度目を落としながら自分の知っている二人の幼女の特徴を言い始めた。

「猫柳家の年長のほうの子、服部百合丸は忍者大名の服部家と同じ苗字を持っておる。だがあの子には忍者のような日陰者らしさはまるで無く、むしろ太陽のように明るくて活発で声も大きい。道場通いの剣士のような白い道着と紺の袴と着用していて、凛々しくあろうとしていつも目尻を吊り上げた険しい表情を作っているが、気を抜いているときはふにゃりと伸びた猫のように緩んだ顔をする。顔立ちはどちらかと言えば中性的で少年っぽい。そもそも似せ絵とは髪型が違う、この子は剣士のような恰好を好みながらも女子ゆえに総髪で、長い髪を後ろで束ねて馬の尻尾のように垂らしているのだ。全然違うだろう」

 五人の部下たちも懐に入れていた似せ絵を取り出してもう一度じっくり見直した。

「猫柳家の幼いほうの子は立花霧という。武名を轟かす九州の名家立花家と同じ苗字を持つ子だが、幼女ゆえに当然武将らしい威圧感は皆無だ。むしろ気配を消すことが上手くて猫のように足音を立てずに走る、まるで生粋の忍者のようにな。いつも瞼を半分下ろした眠そうな目をしているが非常に聡い子で会話は巧みで抜け目がない。この似せ絵の子とは目つきが全然違うではないか」

 それだけ言うと天野は似せ絵を懐に仕舞って部下たちの前で腕を組んだ。

「……」
「……」

 部下たちは次の言葉を待って沈黙し、天野も部下たちが何かの反応を示すのを待って黙った。

 それっきり不自然な静寂の間がしばらく続いた。

「……どうした。何か言う事はないのか、おぬしら」

 しびれを切らした天野がそういって部下たちに会話の口火を切るように促すと、部下の一人が恐る恐る手を上げた。

「天野様。猫柳家の子供たちのもう一人の子の特徴をまだ仰ってませんが」

「もう一人とな?」

「はい。似せ絵にそっくりな髪型、似せ絵にそっくりな目、似せ絵にそっくりな鼻、似せ絵にそっくりな口元、似せ絵にそっくりな顔の輪郭、あと、他の二人からは『お愛ちゃん』と呼ばれていて、愛姫様の『愛』の字を呼び名に使っていることから滅茶苦茶怪しいのではないかと奉行所の中でもっぱらの評判の子ですが、お奉行様が『あの子らは違う』とはっきり仰っているので放置している子の事です」

「待て、猫柳家にいる幼女は二人だけだぞ?」

「え? 三人いましたが?」

「……へ?」

「……え?」

 唖然とする奉行。当惑する部下たち。

 奉行と五人の部下たちはようやく何が起きたのかを察してダラダラと冷や汗を流す。

 耳に痛いほどの静寂がしばらく続き、遠くで鳶がピーヒョロロロォーと鳴いた後、

「ばっかもーん! その子が愛姫様じゃー!!」

 北町奉行の中は一転して蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
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